どんぴ帳

チョモランマな内容

はくりんちゅ367

2009-01-12 10:52:09 | 剥離人
 朝一番、前歯が一本無く、壊れかけたメガネを掛けている堂本は、一本の缶コーヒーを飲む。

「うふふふふ、朝は缶コーヒーを飲まないと調子が出ないんですよ」
 堂本は笑顔で私に話し掛ける。ガン撃ちの仕事はローテーション制なので、最初の二人は朝一番で休憩時間になる。もっとも、朝一番は何かとやることがあるので、いきなり休憩という訳ではないのだが、それでも一段落すれば、休憩所でタバコを吸っていても構わないのだ。
 しかし、堂本はほとんどの場合、私が居る作業用コンテナの前に居るのだ。
「それで、自分は○○をしたんですけど、そうしたらぁ…」
 堂本は延々と私に何かの話をしている。元々あまり声が大きくないのと、話している内容が若干支離滅裂なので、正確には理解出来ない。
「ふーん、そうなんだ、それでヨッシーはどうしたの?」
「うふふふふ、その時自分はぁ、○○をしようと思ってぇ、それでぇ…」
 堂本の話は延々と続くが、やはり内容が半分程度しか理解出来ない。
「木田さん、ノズルを換えてくれる?」
 最初沈殿池(汚水が最初に流れ込む池)の躯体(主にコンクリートの構造物)の上から、ハルが大声で叫んでいる。
「はいよー!」
 私は返事をすると、整備済みのノズルを右手に持つ。
「あ、自分が行って来ます」
 すぐに堂本が右手を差し出す。
「悪いね、お願いしてもいいかな?」
「はい!」
 堂本はニコニコとしながら、壁の工具掛けからモンキーレンチを二本手に取り、槽内に入って行った。
 堂本の仕事振りが今一ながら、私とハルが堂本をメンバーから外さないのは、ここに理由があった。堂本は雑用を率先して行い、ほとんど嫌がることが無いのだ。何かと細かい雑用が発生する現場では、こういう人間は非常にありがたい存在なのだ。もっとも、堂本に、理解能力を超える仕事を言いつけたりすると、すぐにオーバーヒートをしてしまうという重大な欠点はあったが…。
「交換してきました」
 堂本は戻って来ると、汚れたノズルを軽く洗い、作業台の上に置いた。
「あ、自分、コーヒーを買って来ますけど、何か買ってきますか?」
 堂本が私に申し出る。
「ああ、じゃあ暖かいお茶を買って来てくれる?ヨッシーのもこれで買っていいから」
 私はそう言いながら、堂本の手に五百円玉を置く。堂本は前歯が一本ない笑顔を見せると、自動販売機に向かって歩いて行った。

 三分後、堂本が缶コーヒーとお茶を手に持って戻って来る。
「ヨッシーは缶コーヒーが好きだね」
「ええ、これで起きてから三本目です」
「三本目?」
「寝起きで一本、仕事前に一本、で、これが三本目です」
「朝飯は?」
「あ、自分は基本的に食べないんで…」
 堂本は美味しそうに缶コーヒーを飲む。
「あのさ、ちゃんと飯とか食べてるの?」
「夜はきちんと出ますから、大丈夫です」
「昼は?」
「ここみたいに昼の弁当まで出してもらえると、本当に助かるんですけど、普段は有料です」
 どこの現場でも通常、昼食は個人負担の場合が多いが、私の現場では昼食も現場の経費として彼らの負担はゼロにしていた。
「ま、弁当は基本的に有料でしょ」
「いえ、本村組の仕事の時は、社長の奥さんが作った弁当を買うんです」
「でもさ、本村組って確か奥さんが仕出弁当の仕事をやってるよね?」
「やってますよ。正確には、僕らの弁当は仕出弁当の余った食材なんです」
「あははは、そうなんだ…。じゃあさ、仕事が無い時はどうしてるの?だって給料をもらうと二週間で無くなっちゃうんでしょ?」
 これは堂本に限らず須藤もそうらしいが、本村組の職人の八割くらいの人間が、給料をもらうと湯水の如く使ってしまい、二週間で素寒貧になってしまうのだ。
「一応、社長に給料の前借りもしますけど、二万円が限度なんで…」
「晩飯は出るとして、仕事が無い日の朝や昼はどうしてるの?」
「自分は、『うまい棒』で切り抜けています」
「う、うまい棒?」
「ええ、30本入りのパックがあるんですけど、それを食べるんですよ。安い店だと250円くらいなんで」
「…他には?」
「ちょっと贅沢なんですけど、ベビースターラーメンも結構いいですよ。たまにお湯を入れたりして食べます」
「・・・」
「日曜日は夕食が無いんですけど、そういう日は三食うまい棒です」
「…缶コーヒーは?」
「本当は朝は缶コーヒーがイイんですけど、最低でも二本は飲まないとダメなんで、それだけで240円じゃないですか、うまい棒なら三本と水でお腹が膨れますから」
「…ああ、そう…」

 彼は肉体労働の日々を過ごしながら、『株式会社やおきん(うまい棒の製造メーカー)』のコーンパフで生き長らえているのだった。


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