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役行者小角

2008年07月16日 | 【寺社と坊主の話】

役行者小角(637-701)とは  

 役の優婆塞(うばそく)と言う出家せずに半俗半僧の修行者として、続日本紀に登場する人物です。姓が加茂役公(えだちノきみ)、名を小角(おづぬ)と言い、大和国葛木上郡茅原の里(御所市茅原)吉祥草寺で加茂一族のひとりとして生まれた。孔雀明王の呪を体得し、その秘法を自在に駆使し葛城山や金剛山で修行し日本乗っ取り計画への野望を密かに考えるようになった。ちなみに、その野望を引き継ぎ実行したのが道鏡なのです。
 中村の街道筋にある「野口神社」の祭神彦八井命(ひこやいノみこと)があり、茨田の長者の娘が小角を見初め恋に落ちた。小角が修行一筋で応じ無かったら、ついに娘は大蛇に変身し、小角を呑み込もうと森の中の穴に隠れて待っていた。村人が通りかかり、火を吹く大蛇に驚いて、熱湯をかけたところ大蛇が井戸の中に入り、岩で井戸の口を塞ぎ閉じ込めた。と言う道成寺の安珍・清姫の伝説に似た話が残っています。小角が色男だと言いたいのか、女に惑わされることなく修行したことが言いたいのか不明だが、神格化する上での過程で出てきた話だと思われます。

 生駒・葛城山・金剛山・岩湧山・槙尾山施福寺・葛城山七宝滝寺という葛城山系での山岳密教を確立し、吉野金峯山で蔵王権現の法力を感得して修験道を確立しました。飛鳥元興寺の開祖である慧灌から孔雀明王経法を習ったと言う説があります。自らの力量で体得したように見せるのも小角らしい。いずれにせよ慧灌と小角との関係は深く、孔雀明王経法の奥義に日本古来の山岳密教を結びつけ呪術を身につけたようです。この呪術で天皇抹殺し乗っ取りを考えていたと思われる話も残っている。物部氏との関係や壬申の乱への関わり、弟子の韓国連広足による密告による謀反人としてのレッテル、火の粉のないところに煙は立たずです。

 伊豆に流された役行者は、飛行術を会得していたと言われ神格化に磨きをかけていた。罪を減じられたのも朝廷は、その秘術や超能力の話を聞き恐ろしさに負けたのであろう。母を鉄鉢に乗せて唐の国まで飛行術で行ったと言う話まで残ります。正直、ここまでくると口から産まれた詐欺師、ペテン師そのものですね。同じペテン師でも、歴史に残った色男道鏡の方がよほど優れた詐欺師ですね。ちなみに、鉄鉢が飛ぶと言うのは、西国26番一乗寺の空鉢伝説や信貴山空鉢堂伝説などがあります。

 おそらく一言主の神になりたかったのだろうが、加茂一族の支持が得られず一言主の神にはなれなかった。そこで、山岳信仰として蔵王権現の生まれ変わりとして神になろうとしたのだろうが、蔵王権現にもなれなかった。結果、神にもなれず、天皇にもなれず、単なる優婆塞で終わってしまったと言うところでしょう。



(参考)

追い出された鬼達は 今何処へ
【388】大峰山寺 天川
【181】朝護孫子寺 奈良信貴山

【146】金峯山寺 奈良吉野
【184】金剛山寺(転法輪寺) 奈良御所
【295】三佛寺 鳥取三朝  
【387】母公堂 天川村
【148】龍泉寺  奈良天川
葛城一言主神社 奈良
葛城神社 金剛山


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