晩方、どこかでけたたましくサイレンが鳴り響いているかと思うと、その音はみるみるウチの方に近づいてきます。10年程前の冬の或る日、事件は起きました。近所、それも極めて至近で火事が起こったことに気付くと晩ご飯の手も休めて外に出ました。細い通りには消防服を着た人やおまわり、野次馬がうごめいていました。ひょっとして?とドラマの登場人物の如く人ごみをかき分けて進んで行くと嫌な予感は的中、じじいのウチでした。幸い既に鎮火しておりボヤで済んだようではありましたが、窓ガラスは砕けて、黒こげになった台所付近からは家の中が丸見えになっておりました。六畳程の部屋にはロフトベットが見えましたが、消防車の放水による水がしたたり、ほのかに白煙とも湯気ともつかないようなものが舞っておりました。
一人のご婦人が「お知り合い?ここのおじいさんは大丈夫ですか?」とボクに訊いてきました。ボクも気掛かりでしたが、知り合いというか顔見知り程度でしたし安否もわかりません。勿論じじいの姿はどこにもありません。すると前にいた人が、救急車で病院へ搬送されたようですよ、恐らく東病院でしょうと教えてくれました。その晩、夜も更けてみんな居なくなると、びしょびしょになった玄関の周辺にはじじいの日頃可愛がっているノラ猫達だけが何匹も腹をすかしたままじじいの帰宅を待ちわびておりました。
翌日、じじいの家の前を気にしながら通りかかると、今度は昨晩とは違ったご婦人が自転車にまたがったまま柵越しの部屋に向かって中の誰かと会話をしているようです。見ると、おでこの辺りに大きな絆創膏を貼ったじじいでした。生きていました。近所の人たちもやはり気にかけていた様子で、何かお力になれることがあったら遠慮なく申し付け下さいねと、それにしても体が大丈夫でなによりでしたなどと言いながら帰っていきました。このじじいはやはり近所の人たちからも慕われ愛されているのだと思いました。
そのじじいは、恐らくこの界隈では有名人ですので敢えて名前を出してしまいますが、菅原さんという方です。愛情を込めて「じじい」と呼んでおります。この近所の風呂無しボロアパートに一人暮らしをする91歳の老人です。高齢者の一人暮らしという言葉の響きには、どことなく悲愴でネガティブなイメージがつきまとうものです。ところがどっこい、何故だか菅原のじじいにはそのイメージが全くあてはまらないのです。最近でこそ買い物袋をぶら下げてタクシーから降りる姿に出くわしましたが、足腰もしっかりとして背筋もシャンとしています。
火事を起こしておきながらナンですが、じじいは一応、ここいら一帯のアパート・マンションの管理人という肩書きで、朝から晩までとにかく行動的です。ゴミ収集所を掃除している姿を毎日見かけます。おまけにやたらと無駄に声が大きいのですが、耳が遠いわけではありません。標準語の中にも少し東北訛りのイントネーションが聴き取れたのはボクも東北出身者だからでしょう、尋ねるとやはり仙台出身だそうです。
ここにボクが越してきた当時、初対面で道ですれ違った時の挨拶のあまりの声の大きさに、実は気のふれた老人だと本気で思った程でした。また、夏冬構わず路上で上半身裸で踊っていたら誰でもそう思うでしょう?少ししてそうではない事に気付きましたが、今度は単に度が過ぎた猫好きな一介の老人という存在に変わっただけでした。まあ、変わり者ではあることに違いはありませんが。また、それを他人に言えた義理でもありませんが。
その後は挨拶を交わす程度でしたが、やがて万が一町や駅など人が多い場所で出くわす事があると見つからないように隠れるようになっていました。なぜなら、とにかく腹の底から絞り出すその野太い声の大きさといったら尋常ではありませんから、何事だ?と確実に道行く人に見られるのが恥ずかしかったのです。とにかくその調子で、知っている顔があると誰彼構わず話しかけている姿に何度も遭遇すると、笑いをこらえながらお気の毒様と足早に通り過ぎる存在でした。でも、捕まった誰の顔にも不愉快な様子は見受けられません。強いて言うなら、弱ったなぁ・・です(笑。
つづく