環境色彩デザインを考える人へ

長年の経験と実践の中から、色彩デザインに役立つ情報やアイデアを紹介して行きます。

把握しておいた方がよい、設備類の色

2010-08-31 19:56:00 | 身近な素材の色
これは集合住宅等によく使われている雨樋(塩ビ管)のサンプルです。現場から指定されるメーカーは2社程度で、色は3~4色しかありません。いつも外壁色にぴったりと合うものがなく、選定に苦労します。



建築設計においては、このような設備を出来る限り露出させないような工夫や配慮が行われますが、どうしても人目につく場所に出現せざるを得ない場合もあります。ですから、色彩計画の初期段階から、このような設備(=色が限定されるもの)の位置等も踏まえ、素材や色彩の選定にあたります。

メーカーが限られますから、このサンプルは事務所にいつも置いてあります。ある時気がつくと、スタッフがマンセル値を測り、数値を記載したテープを貼っておいてくれました。

●ホワイト色 2.5Y 8.5/0.5
●シルバー色 5Y 7.0/1.5
●クリーム色 2.5Y 7.5/2.0
●ココア色  7.5YR 5.0/2.0

いずれも視感測色による近似値ですが、選定の際とても役に立ちます。
背景色と全く同色にすることは出来ませんが、“出来るだけ目立たなくする”ことは可能です。背景となる壁面の色に対し、

●背景色(外壁)よりも明度は低め
●背景色(外壁)よりも彩度は低め
●上記を満たした場合、色相はより近い方

という選定基準が考えられます。とすると、高明度の外壁以外ではホワイトは滅多に使うことがない、ということになります。実際、私もほとんど使ったことがありません。中・低明度に対しての高明度色というのは、最も視認性の高い配色です。交通標識や公共のサイン等には、やや明度の低い地色に対し白抜き文字が多く見られますが、これが2色以上の差を最も認識しやすい配色です。

次に近似の明度のシルバー色とクリーム色がありますが、クリーム色はやや彩度が高く黄味が強く感じられます。特にYR系やR系、N系の外壁色に対してはより黄味が強調され、背景色よりも目立ちやすい色です。

最後のココア色ですが、これも彩度が2.0程度とやや強い色味を持っています。ですが、煉瓦タイル等を使用した際には、やや低めの明度で色味のあるものも必要です。使用頻度は少ないとは言え、暖かみのあるR系やYR系の彩度3~5程度の色彩を使用する際は、同調する設備の色彩も少し色味を持たせた方が、馴染み易くなります。

近年、建築物の外装色は高明度化の傾向にあります。住宅でも重く暗い印象を与えるとされ、低明度色を避ける傾向は強まっています。中・高明度色を基調色とする場合、明度8.5のホワイト色は背景よりも目立ちやすいため、馴染ませるという観点で見れば彩度の低いシルバーが最も使いやすい、ということになります。4色の中では万能選手、という感じです。実際、このシルバー色を選定することが7~8割以上を占めています。

それにしても、たった4色で様々な建築物の外装色に対応させよ、というのは中々厳しいものがあります。設備色が限定されるから、その色に併せて外装色を検討しよう、ということはもちろんありませんが、例え管理等の問題から4色しか生産出来ないにせよ、もう少しそれぞれに使いやすい4色がありそうに思います。

※ちなみに、コストはかかりますが、樋にはステンレスや鋼管もあり、塗装して背景の壁面と同色で仕上げる場合もあります。

明確な差の表現には、明度差が効く

2010-08-29 21:42:28 | 色彩指定のポイント
一つの建物に複数の素材・色彩を使用する場合は、それぞれの関係性の調整が難しくなります。ですが象の規模や形態に併せて、素材や色彩を使い分けることは、特に高層化の著しい都市部の建物等において必要不可欠な配慮だと考えています。

例えば10数階程度の集合住宅において、基壇部と中・高層部が意匠的に分節化され、それに応じて配色を行う場合。明度についてはあくまで参考ですが、2以上の差(対比)が必要だと、自身の様々な経験や調査の結果から導き出しました。私が色彩計画を検討する際は、必ず選定した色彩(素材)のマンセル値を測定し、一定以上の差が取れているか、その差が実際にどれくらいの見え方をするかということを確認します。

【都区内でみかけたやや対比の甘い分節の例(明度差1.5弱)】


明度差は彩度差よりも、中景・遠景と距離を置いた際も“その見え方の変化が少ない”要素です。もちろん、距離を置けば明度・彩度ともに下がって行きますが、彩度の対比を強調すると近接して見る時、中・遠景で見る色よりも鮮やかさを増すため、色そのものが目立ちやすくなる恐れが増します。
距離を置いた時も対比を維持する見え方を彩度だけに頼ろうとすると、いたずらな高彩度化につながりかねない、と懸念する思いがあります。必要以上に建築物の色彩が主張をすることは、周辺環境との調和を乱す要因となるだけではなく、街路の緑の見え方を阻害したり、何よりも建築物そのものの価値を下げる結果に繋がるのではないか、と考えます。
(主張の強い色彩の飽きられやすさ、長持ちさせることの重要性についてはまた別の機会に…。)

一方、明度は低くなり過ぎると、圧迫感を与えたり重厚な印象になりやすい色彩でもあります。例えば集合住宅の基壇部で考える際、2階分で約6m、3階分で9m前後になります。歩行者の目線で見ると3階分というのは相当な高さですから、明度の低い色彩を選定する際は、周辺の色彩はもちろんのこと、周囲の道路幅なども考慮し、どのくらい壁面が引いて見られるかなどの要素も踏まえることが大切であると考えています。

そのような検証を積み重ねて行くと、概ねではありますが、建築物の外装に使用しても違和感のない明度の下限、対比の程度が経験値として身に付いてくるように思います。恐らく建築家が部材の寸法やモジュールに対して、経験値を持っているのと同様に。

スタンダードのその先を目指して

2010-08-26 21:51:11 | 日々のこと
まちを歩いていて建築や工作物以外に、存在が気になるものがいくつかあります。多くは後からまさに“取ってつけた様な”設備機器やサイン・広告表示等です。いくら素敵な建物でも、目の前の舗道のガードレールが鮮やかな緑だったり、装飾過多な街路灯があったりすると、やはり屋外環境の多様さを意識せずにはいられません。

建築やランドスケープ、ストリートファニチャー等を考えるそれぞれの人が、“自身が受け持つ部分を取り巻く周辺の要素”を踏まえれば、解決できる問題が多々あると考えています。
毎日の生活の中で目にする、ちょっとしたもの。一つ一つは小さな存在でも、集積するとやはり他を圧倒する要素になりかねません。また、それらが持っている色、というのは本来の機能からは切り離され、過剰な主張を持っている場合が多くあります。

少し引いて全体を見てみれば、その主張がどれだけ余分なものであるか、実感することは簡単なことです。それを多くの人に伝えて行きたい、と様々なアプローチを試みています。

CLIMATが事務局となって始めた、日本の基調色の再生を目指す活動、10YR CLUB
まだ歩き始めたばかりですが、今私達の身近にあり、暮らしに欠かせない様々なものに愛着が持てるような環境づくりに寄与することは出来ないだろうかという思いから、様々な提言と共に、10YR系の色彩を展開した事例を紹介しています。

一方、建築や工作物以外の、こうした小さなものにこそ、地域の特性や個性が表現されるとまちがもっと楽しく、生き生きと活気づくのではないか。まちの中にもっとアートが欲しい、グラフィカルな表現が発するパワーを感じたい。あるいは、他に置き換えることの出来ない、超個性的な色使い、等々…。まちなみとしての基調色を整えつつ、積極的に色を楽しむことが可能な環境、を思い描いています。

意識は常に、対局にも向かう。日夜このような激しい葛藤の中で、最適解を考えています。

魅力あるまちなみに欠かせない、固有性のある色

2010-08-25 19:21:12 | 日々のこと
古い写真で、かなりピントが甘い写真しかないため、今回はサイズ小さめで…。
長野県にある松本市美術館で見かけた、アートペインティング自販機です。草間弥生さんは松本出身、ということをこの地を訪れて初めて知りました。

この自販機は一台だけ、確かチケット売り場の脇に設置されていました。誰が見てもわかる、草間さんらしい色使いとモチーフ。見ているだけで楽しくなります。この場に一台だけだからこそ、愛着を持って接することが出来ます。街中の自販機がこうであればいいとは思いません。大量生産されたプロダクト製品とは異なる固有性が宿ったもの、単に姿形の美しさだけでなく、そのような言わば物語性に人の心は動かされるのではないか、と考えます。



私が建築や工作物の外観の素材・色彩にこだわり、近付いた時の表情などについて深く考えるのは、まちを歩いている時に惹き付けられる、こうした固有の雰囲気を持つモノやコトに興味があり、それを出来る限り汲み取れるような環境に居たい、と思うためです。

毎日の暮らしの中で発見するちょっとした賑わいや時にハッとするような変化。いつもは気付かなくても、一歩脇道に入ると見つけられるモノなど。こうした変化は、やはり環境全体の関係性の中で見ていますので、小さな存在はともすると全体の混乱に埋もれがちです。

部分が生きるための全体のあり方、を考えずには居られません。

美術館の前庭には花モチーフの巨大なアートが設置されています。こちらも大変印象的で、忘れ難い風景の一つです。

歩行者の目線に併せたデザイン

2010-08-24 20:06:14 | 色彩デザインのアイデア
昨日、外壁の表情について書きましたが、その続きをもう少々。
モザイクタイルというのはタイルの中でも安価で施工性に優れた建材です。種類も豊富で、多様な建築物の外観にふさわしいものを選択することが出来、特注品を使えば“世界にたった一つ”のタイルを制作することも可能です。価格のリーズナブルさから考えるとちょっと申し訳ないくらい、永く外観の美観性を保つことのできる仕上材だと思います。

大きな平場の面は塗装(吹付けを含む)で仕上げると、塗膜の汚れやクラックが目立ちやすく、決して躯体本体の性能や機能に影響を与える訳ではありませんが、見た目の老朽化を加速させる要因となりがちです。

モザイクタイルは組み合わせ次第で、多彩な表情を演出することができます。単に色や質感の幅だけでなく、45×45、あるいは45×95というモジュールを生かし、パターンを組むことが可能です。



これは今から8年前に竣工した神奈川県にある集合住宅です。5階~17階まで、7棟の建物群が集積していますが、敷地の約60%をオープンスペースとし、緑豊かな環境が形成させています。計画当初から懸念材料であったのが、この各棟のエントランスにある丸柱です。直径1200mmという寸法でした。
どのように扱っても、圧倒的な存在感を消すことはできそうにありません。ですから、出来る限り居住者の目線を意識し、近接した際に柱そのもののボリューム感を感じさせないような配色を心掛けました。

45×45mmのモザイクタイルを2色使用し、横一列づつのストライプパターンを展開しています。2色の対比はごく穏やかで、少し距離を置くと混色して単色に見えるほどです。昨日のコラムに記載しましたが、この手法は工場で紙貼りにする際、人の手でパターンを組むため、大変手間がかかりコストも割り増しになります。現場の工務長さんからは、何度も『300mm幅(シート一枚分)のストライプでいいじゃないの』と言われましたが、どうしてもここは譲れない部分でした。
ここでは、ストライプというパターンをデザインしたかった訳ではなく、あくまで表情豊かな丸柱、を表現するべきだと考えていました。

この写真は竣工してから4年後に撮影したものです。若かった緑も立派に育っていました。エントランス脇の丸柱は相変わらず圧倒的な存在感を持ちながらも、タイルの織りなす繊細な表情が住宅にふさわしい、柔和な雰囲気をつくり出していました。

建築家は目線に近いところ程、ディテールを1/1のスケールで検証すると言われます。素材や色彩も、そのように扱わなくてはならないと、この集合住宅が竣工した時に強く思いました。