特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

弱肉弱食 ~後編~

2010-01-12 13:56:14 | Weblog
「???・・・※○※△※□※!!!」
何も考えず鳥の骨らしき物体を拾い上げた私は、言葉にならない悲鳴を上げた。
と同時に、稲妻のような悪寒に身を震わせ、その場に立ち尽くした。

「何!?」
私は、とっさに手にした骨を床に放り投げた。
そして、離れたところからそれを凝視した。

「チキンじゃない・・・」
鶏の足骨によく似ていたが、足先の部分が鳥類ではなく・・・
毛・肉球・爪・・・
それは、どう見ても獣の脚・・・猫の脚のようだった。

「どういうこと?」
私は、状況がいまいち飲み込めず。
骨になったネコの脚が落ちている経緯を考えたが、その答えはすぐに浮かんでこなかった。

「行くか・・・」
頭をひねっていても何も片付かない。
現地調査を済ませるまでは私に後退の道はなく、ひたすら前進あるのみ。
止まらない悪寒を背負いながら、私は、一歩一歩慎重に歩を進めた。

「!!!」
私の目は、前方に得体の知れない物体を発見。
正確に言うと、得体は知れていたのだが、私の頭が得体を知りたがらなかっただけ。
私は、イヤ~な予感を増しながら、更に歩を進めた。

「勘弁してほしいなぁ・・・」
その物体は、骨だけになったネコの死骸。
しかも、自然に白骨化したものではなく、赤みを帯びた生々しいもの。
それは、明らかに、何かが肉を食った痕だった。

「1・2・3・・・」
“頭+背骨+肋骨+尻尾”から成る本体を数えてみると、計4体。
それが、部屋のあちこちに点在。
そして、そこから外された脚もまた、部屋のあちこちに散在していた。

「気持ちワル・・・」
それは、まるでエイリアンの仕業。
顔の皮・手足の先・尻尾を残して、肉という肉はきれいになくなっていた。

「確か・・・5匹いたはずだよな・・・」
見当たる死骸は4匹分。
私は、もう一匹がいないことに気がついた。

「どこかな・・・」
いるはずのものがいないと気になるもの。
私は、恐怖心に近い好奇心をともなって、どんな姿になっているか見当もつかない最後の一匹を探した。

「こっちか?・・・」
私は、ポケットの懐中電灯を手に持ち替えて、まだ見ぬ浴室へ。
そして、その光は、糞だらけの浴槽に潜む一匹の猫を照らし出した。

「生きてる?・・・」
そいつは、痩せた身体に目だけを大きくし、こちらを凝視。
そして、“フーッ!フーッ!”と私を威嚇した。

「コイツが食ったのか?」
私の頭には、部屋で見た死骸の画像がフラッシュバック。
猫ごときを怖がる必要もなかったのだが、私は、その猫が仲間4匹をアノ状態にしたことを想像して、身の毛もよだつような恐怖感を覚えた。

「そんなに怖がるなよ・・・」
私は、敵意と恐怖心を剥き出しにする猫をなだめようと一言。
しかし、猫に向けて発したつもり言葉は、そのまま自分に跳ね返ってきた。

「どうすっかなぁ・・・」
正式な作業依頼を受けるまでは、部屋は放っておいてもOK。
しかし、生きている猫を部屋に放置して帰ることには、抵抗があった。

「とりあえず、餌と水だな・・・」
私は、棚に積まれていた猫缶を何個か開け、大きめのボウルに水を注いだ。
そして、それを浴室の床に置き、そこを離れた。

「何でこんなことになってんだろう・・・」
一通りの見分を終えた私は、妙な脱力感を覚えて玄関前で小休止。
空に視線を泳がせながら、でるはずのない答を頭の中に探した。


ことの経緯はこうだった・・・

何日も前のこと。
住人は、友人と旅行を計画。
ペットホテルの費用を節約するため、部屋の猫達には、日数に見合うだけの餌と水を用意して旅行に出発した。
数日の旅行を終えた住人は自宅に帰らず、そのまま友人宅へ。
当初は短期滞在のつもりが、結果的にずるずると長期滞在へ。
友人との楽しい時間が、時の経過を忘れさせたのだった。
そうして何日かが経過。
さすがに猫のことが心配になってきた住人。
放っておけば放っておくほど、心配する気持ちは罪悪感となって肥大。
ついには、罪悪感は恐怖感となって、住人の帰宅を阻むようになった。
しかし、ある日のこと、帰宅しなければならない事情が発生。
嫌でも、住人は、帰宅せざるを得なくなった。
玄関を開けると、住人の鼻を悪臭が直撃。
そしてまた、目には凄惨な光景が飛び込んできた。
その凄惨さは、住人の想像をはるかに超えたもので・・・
結局、玄関から一歩も足を踏み入れることができず、そのままドアを閉めるしかなかった。

不在にしていた日数から換算して、住人は、猫が死んでいるであろうことは覚悟していた。
だた、想像していたのは“静かな餓死”。
部屋を荒らすことや共食いすることなんて、全く想像していなかったよう。
更には、一匹の猫が生き残っていることも・・・
私が状況を説明していると、女性の声は消え、それに代わって鼻をすする音が聞こえはじめた。
どうも、電話の向こうで泣いているようだった。
そして、“偽りは通用しない”と考えたのだろうか、部屋の住人は妹ではなく自分であることを打ち明けてきた。
当初、私が目算した通り、自分が抱える罪悪感と羞恥心に耐えられなくなった女性は、架空の“妹”をでっち上げていたのだった。

後日、私はその部屋を片付けることになったのだが、それがどんな作業になったのかは、想像に難くないだろう。
特に手を焼いたのは死骸(本体部分)。
あまりに生々しくて、当初は、近寄るだけで悪寒が走り・・・
視線を合わせては、触れることもできず・・・
結局、視線を外したまま、手探りで袋に詰めた。
次に手を焼いたのは、大量の糞と毛。
部屋中に相当量の糞が堆積しており、ヒドイ有様。
手と足を汚しながら、地道に糞闘するしかなかった。
生き残った一匹の捕獲にも、かなり苦労。
敵意と警戒心を剥き出しにして部屋中を逃げ回るものだから、私は右往左往するばかり。
結局、先に浴室を掃除し、それからそいつを浴室に追い込んで幽閉。
最終的に、私と和解することがないまま女性に引き取られていった。


“共食い”・・・
生き残った猫は、強いから仲間を食ったのか、それとも弱いから仲間を食ったのか・・・
何だか、人間にもこれと共通するところがあるような気がする。

人と人とが支え合う時代から、人と人とが食い合う時代へ・・・
強い者が弱い者を食い物にする時代から、 弱い者が更に弱い者を食い物にする時代へ・・・
そんな中で、
“弱肉として我慢して生きるくらいなら、死んだ方がマシ”
“弱肉として辛抱して生きるくらいなら、死んだ方がマシ”
“弱肉として苦労して生きるくらいなら、死んだ方がマシ”
なんていう寂しい肉欲が、人の心を支配する。

私は弱い人間だからハッキリしたことはわからないけど、本当に強い人間は、弱肉を追わないのではないだろうか・・・
本当に強い人間は、肉欲に任せて目の前の弱肉を食うのではなく、逆に、自分を弱者に差し出すのではないだろうか・・・
利他の精神・慈愛の精神・奉仕の精神を豊かに持った人間が、本当に強い人間ではないだろうか・・・
そんな風に思う。
そして、そんな強者は、貧しい肉欲によってではなく豊かな愛によって腹を満たすのだろうと思う。


「人の弱みにつけ込み、人の不幸で飯を食う」
そのように揶揄されるこの死体業。
言われて悲しくとも、否定できない現実がある。
それでも、誰かが必要としてくれるこの仕事。
結果的に、誰かの助けになることもある。

私は、歯がゆいくらいに弱い人間。
汚れた肉欲に負けっぱなしの人生。
ただ、強い人間になれなくとも、弱肉を貪らないでも生きていけるくらいの力はつけたい・・・
そう思いながら生きているのである。








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