特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

楽じゃない

2013-10-23 16:30:39 | 特殊清掃
秋も深まり、少しずつ時間に余裕ができてきている今日この頃。
夏季に比べ、身体は随分と楽になっている。
ただ、冬に向かって精神は降下姿勢に入ってきているような気がする。
身体的にキツい季節は過ぎたけど、精神的に楽じゃない季節が近づきつつあるのだ。

半年ぶりのブログ更新。
「もう、このままやめてしまおうか」と思ったりもしたが、この仕事自体が辞められるわけじゃなし。
ま、気の向くまま、面倒臭ければ書かなければいいし、気分と時間合えば書けばいい。
毎回が最終回になる可能性を秘めながら、再び、文字を打ち込んでいる。

この半年、幸か不幸か、日常に変化なし。
相変わらずハードな現場を駆けずり回り、時に恐ろしく汚れ、時に恐ろしく臭くなっている。
楽じゃない性格も相変わらずで、時に恐ろしく悩み、時に恐ろしく落ち込んでいる。
心身ともに疲労は蓄積されているけど、そこそこ元気にやっている。
健康のために3月からはじめた週休刊二日も、四苦八苦しながらも継続中。
ただ、意外なことに、酒を我慢するのは夏より秋(今)のほうが大変。
“食欲の秋”ならぬ“飲欲の秋”なのか、この頃は特にキツく、いよいよのときのため冷蔵庫にはノンアルコールビールを入れてある。


以前に登場した“チビ犬”は、今も元気にしている。
あの現場には本名や年齢がわかるようなものは一切なかったため正確な年齢はわからないが、外見はとっくに老犬の域に入っている。
普通に歩くことはできるけど、今はもう、走ったり、飛び跳ねたりすることもない。
体毛も薄くなり、体力も視力も聴力も衰えている。
獣医師によると、片眼は完全に見えていないとのこと。
いずれ、もう片方の眼も見えなくなることを覚悟しなくてはならない。

一時的ではありながら血尿をだしたことも何度かある。
もともとの持病か、当初、ヒドイ皮膚炎も発症。
皮膚が象のようになり、フケのような粉がボロボロとでてきた。
薬を飲ませたり、食べ物を変えたり、こまめに風呂に入れるようにしたりと、手を尽くした。
その甲斐あってか、今でもごく一部に炎症があるものの、全体的にはかなり治癒している。

前の飼主にいいものばかりもらっていたのか、食べ物の好き嫌いは激しい。
並のドッグフードは食べない。
自分用の皿に入れても、自分用の御飯だとは思ってないかのよう。
とにかく、人間と同じものが好き。
塩分・糖分・脂分等に気をつけながら人間の食べ物をわけてやったり、量に気をつけながらオヤツ系のドッグフードをやったりしている。

子犬のときから飼っているわけではないので、「なついてる」とは言いがたい。
普通の飼犬に比べたら、間違いなく、なついていない方だと思う。
その上、飼う前には想像もできなかったほどの多くのお金と手間がかかっている。
楽じゃないことはたくさんあるけど、それでも、引き取ったことに後悔はない。
それどころか、引き取ってよかったと思っている。
とにかく、可愛いし、癒されるし、和まされるし、この仏頂面を笑顔に変えてくれるから。
もちろん、私が生きているかぎりは最期まで一緒にいるつもりである。

ただ、生老病死は人も犬も同じこと。
犬が失明するのも時間の問題だろうし、老病で死んでしまうのもそんなに遠い先のことではないだろう。
(もちろん、私の方が先に死ぬ可能性だってあるのだが。)
それを思うと、悲しくて寂しくて目が潤んでくる。
しかし、だからこそ、この時間を大切にすることができるわけで、この時間をより大切にすることに想いを注ぐほかない。



「管理物件で死人がでた!すぐに来てほしい!」
ある日の夜、一本の電話が入った。
電話の主は不動産管理会社の担当者。
現場にはまだ警察がいる様子。
「警察から立ち入り許可はでていますか?」
部屋に入れなければ意味がないので、私はそう尋ねた。
そんな私に担当者は苛立ちをおぼえた様子。
「そんな悠長なこと言ってる場合じゃない!とにかく、すぐ来て!」
と怒鳴らんばかりの勢い。
私は、その勢いに押され、直ちに現場に行くことを約束。
そそくさと仕度を整えて、車を出した。

着いた現場は、一般的な大規模マンション。
現場までは結構な距離があり、それなりの時間が経っていた。
私は、まず、1Fエントランスの管理人室を訪問。
既に警察は引き上げ、電話の担当者とマンションの管理人が私の到着を待っていた。

「一人ですか?」
担当者は怪訝そうな顔をした。
「はい・・・」
一人きりの私は、そう答えるしかなかった。
「こんな時間ですからね・・・」
担当者は夜遅いから私が一人で来たと思ったようだった。
「いや、時間は関係なく、ほとんど一人です」
事実、そうだからそう答えるしかなかった。
「え!?作業も一人でやるんですか?」
担当者は驚きの表情をみせた。
若い頃はそんな依頼者の反応に得意になったりもしたものだが、この歳になるとそんな鮮度もなくなっている。

どんな凄惨な現場でも、どんな時間でも、原則として私は単独で行く。
二人以上の頭数は必要なのは、一人では持てないような家具・家電を動かさなければならないときや、大量のゴミや生活用品を処分しなければならないときくらい。
現地調査や特掃作業は一人で充分。
心細くもなんとのない。
ただ、「生きるためとはいえ、俺もよくやるよな・・・」と、思うことがある。
自分を卑下する気持ち、褒めたい気持ち、呆れる気持ち、それらが混ざったような複雑な気分になる。
このときもまた、そんな心持でエレベーターに乗り込んだ。

エレベーターホールと目的の部屋は結構離れているのに、悪臭はエレベーターを降りた瞬間に私の鼻を直撃。
「これじゃ他の住人が黙ってるわけないな・・・」
私はそう思いながら、目的の部屋に向かって前進。
すると、ある部屋の前に横たわる嗅ぎなれた異臭を放つ見慣れた色の粘液が目に飛び込んできた。
「これかぁ・・・こりゃイカンな・・・」
腐敗粘液の傍らにしゃがみこみ、誰にも聞こえないような小声でそうつぶやいた。


亡くなる直前、身体に異変が表れたであろう故人。
求めに外へ出ようとしたのか、玄関で倒れて死亡。
そして、そのまま時間が経過し、その肉体は溶解。
それがかなり進んだところで周辺に異臭が漂いだし、隣の住人が管理会社へ通報。
嫌な予感がした管理会社は、警察を呼んだうえで玄関を開けたのだった。

当初、腐敗汚染は室内にとどまり、悪臭だけが室外へ漏洩していた。
腐敗液は、警察が玄関ドアを開けたせいで外へ流れ出てしまったよう。
しかし、それを警察が掃除していくわけもなく、放置されたままに。
それは、見た目の不気味さだけではなく、それまでの何倍もの悪臭を放つこととなり、その結果、憤った住人達が管理会社に詰め寄ったのだった。


死因が明らかになるまでは室内は立入禁止。
結局、玄関ドアから外(共用通路)の特掃だけやることに。
夜も更け、周囲に物音や人影はなし。
私は、一人、薄暗い通路にしゃがみこんで黙々かつ淡々と作業。
一時間くらい過ぎたところで作業はひと段落。
最後に玄関ドアの隙間をテープで目張りし、周囲に消毒剤と消臭剤を噴霧して作業を終えた。

時刻は、泣く子も黙る丑三つ時。
一般的にはあまり気持ちのいい時間帯ではない。
しかも、車の荷室には原型をとどめない故人の一部を積載。
しかし、そんなこと私は意に介さず。
ここまでの年月やってくると、死人や幽霊の類を不気味がれるほどの鮮度も失われている。

人生は、楽じゃないことだらけ。
労苦や苦悩は、人生において何かと目立つ。
「楽に生きられないのが人生」と、頭にはなんとか理解させても、心が素直に受け入れない。
しかし、私の心は、楽に生きられないことは不幸なことではないこと、楽に生きようとしないことで得られる幸せがあることを知っている。
そして、どこかでそれを求めている。
だから、色んなことが頑張れる。こんな仕事でも頑張れる。

私は、独特の疲労感を抱え、「生きていくのも楽じゃないよな・・・」と、楽に生きられないことに開き直れない自分を重荷に感じながら、同時に、同僚でもなかなかやりたがらない仕事をこなせたことに小さな満足感をおぼえながら、夜闇の中、帰途についたのだった。



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