特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

迷 ~後編~

2012-05-06 08:33:17 | ゴミ部屋 ゴミ屋敷
翌日の朝・・・
私は、アパートの近くの大家宅を訪問。
作業開始の挨拶と、大家の指示・要望を聞くためだった。
大家や管理会社の意向によっては、作業内容を大きく変えざるを得なくなるケースもある。
やはり、あまり神経質になられると、仕事はやりにくい。
したがって、インターフォンを押す私は、ちょっと緊張していた。

玄関に現れたのは年配の男性。
大家は、私が何者かすぐにわかったようで、開口一番「ご苦労様」。
現れた強面に、一瞬、緊張度が増した私だったが、その一言で緊張は和らいだ。
私は、「これから作業をはじめますので、ヨロシクお願いします」とペコリ。
それから、作業を実施するにあたっての注意点や要望を訊ねた。

自分のアパートをあんな状態にされて心中穏やかではなかっただろうに、大家からは特に細かい指示はなし。
前日のうちに母親から連絡を受けていたこともあり、二つ返事で作業実施を承諾。
とにかく、悩みの種だった部屋がやっと片付くことになってホッとした様子。
「お手数おかけします」「ヨロシクお願いします」と頭を下げてくれ、軟らかくなっていた緊張感を更にほぐしてくれた。

それから、私は現場アパートを訪問。
算段は、午前中は室内で荷造梱包をし、午後から荷造梱包をしながら搬出するというもの。
意図してかどうかわからなかったが、この日もまた女性は不在。
母親によると、「捨ててほしくないものを伝えて外出した」とのこと。
そして、母親も、意見もせずそれを許したよう。
私は、「酷なようだけど、自分のしでかしたことの尻拭いを母親がしている姿を女性に少しでもみせた方がいいのではないだろうか・・・」と内心で不満に思った。
反面、これまでの経緯から女性と顔を合わせるのは気マズイため、ホッとしたのも事実だった。

室内の様子は前日と少し変わっていた。
前日はゴミ野が広がっているだけだったのだが、部屋の奥にはビニール袋の山ができていた。
そして、よく見ると、トイレが片付いていた。
前のトイレには、雑誌・衣類・トイレットペーパーの芯etc・・・
そして、使用済みの生理用品も山積みされていたはず・・・
しかし、それがなくなっていた。
娘の恥を隠そうとする親心がそうさせたのか、私に気をつかってくれたのか、母親が自分で片付けたよう。
“母親が女性(娘)にやらせた”とは到底思えず、ここでもまた、内心に不満めいた感情が湧いてきた。
ただ、経緯がどうあれ、それをやらずに済んで私が助かったのも事実。
女性や母親に不満を抱くのはお門違いであることを自分に言いきかせ、作業に集中するよう努めた。

「必要なものと不要なものを指示しておいていただければ、あとはこちらでやりますから」
「終わったら電話しますので、貴重品だけ持って喫茶店かどこかで時間をつぶしていてください」
私はそう言って母親にも外出を促した。
汗と脂と汚れにまみれて大変そうに作業をする姿をみせたくなかったし、娘が原因のそんな作業を見たところで気持ちが浮くはずもなかったから。
たが、母親は動こうとせず。
何とも気持ちが落ち着かないようで、まだ部屋にいるほうが気分的には楽みたいだった。

危険に晒されたり作業の邪魔になったりしなければ、どこにいようが母親の自由。
また、依頼した仕事がキチンと遂行されるかどうか検分する権利もある。
無理矢理追い出すわけにもいかず、結局、私は、母親の前で荷造作業を開始。
慣れた作業につき、テンポよくゴミの袋をつくっていった。
すると、母親は、市販のマスクとゴム手袋を着けて、私と同じようにゴミをビニール袋に詰めはじめた。
それに気づいた私は、「私がやりますから・・・」と言葉で制止・・・
が、私の言うことを聞くつもりがあれば、はじめからそんなことをするわけもなく・・・
結局、そんな母親を横目に気にしながら、作業を進めるほかなかった。

ゴミの中には、女性が追いかけていた夢の欠片がいくつもあった。
若者は、往々にして、華やかな(華やかそうに見える)世界に憧れるもの。
華やかさには縁がない私でも、その気持ちはわからなくはない。
“チャレンジしないで後悔するより、チャレンジして後悔したほうがいい”という考え方も理解できる。
ただ、ゴミと化した夢の欠片は、何かを警告しているかのようで、そこには妙な虚しさがあった。

「育て方を間違っちゃったかなぁ・・・」
「ちゃんと育てたつもりなんだけどなぁ・・・」
母親は、髪を振り乱し、汗を流し、ホコリにまみれ、ハァハァと息を荒くしながらひたすらゴミを袋に梱包。
そして、時折、手を休めては、自分にいい訳をするように愚痴をこぼし、大きな溜息をついた。
すると、私の脳裏には、
「俺が、親の期待に反して汚仕事に就いていることに、お袋も同じような愚痴をこぼしてるかもなぁ・・・」
といった思いが過ぎり、苦笑いとともに小さな溜息がもれた。

「今の仕事はアルバイトだし、本人がやりたがっていた仕事でもないので・・・」
「仕事をやめさせて、近いうちに実家に戻そうと思います・・・」
「娘にとって、その方がいいのかどうか迷うところですけど・・・」
母親は、元気なくそう言った。
その内面では、ゴミが片付いた安堵感を娘の将来に対する不安感が押しのけているようだった。
返すべき言葉を用意できなかった私は、泣きそうになる母親を前に、「YES」とも「NO」ともつかない深刻な表情を浮かべてそれを返事のかわりにした。

大家や近隣の協力、そして母親の手伝いもあり、夕方を待たず、すべてのゴミは部屋からなくなった。
大型家電など必要最低限のものだけ残し、あとは思い切って捨てられた。
ただ、その後には、相応の汚損が残留。
浴室、キッチンシンク、トイレ等の水回りを中心に、かなりの汚れが付着残留していることが露になり、それがまた母親を落胆させた。

幸い、ほとんどの部分はクリーニングできれいにできるレベル。
しかし、残念ながら、床は例外。
フローリングの一部には、湿気とカビにやられた腐食痕が結構な大きさで発生していた。
私は、原状に戻すにはクリーニングではなく床材の張替えが必要であることを伝えた。
母親は、更に落胆。
“焼け石に水”とわかっていながらも、そこを雑巾で拭いた・・・
夫に相談するかどうかの迷いを拭い消そうとするかのように・・・

請け負った作業が終わり、私と母親は、代金の支払いについて契約書類を交換。
ただ、これらは便宜上の紙キレ。
費用と手間を考えると、裁判沙汰なんて非現実的。
結局のところ、“信用”に頼るしかなく、イザとなったら泣き寝入るしかない。
私は、母親の親心を回想し、「代金はキチンと払ってくれるだろうな」と楽観した。
そしてまた、「代金が回収できなかったとしても、請け負ったことを後悔するのはよそう」と、自分にカッコつけながら現場を後にしたのだった。



憲法22条「職業選択の自由」は、単なる制度的保障。
当然、就業の自由を保障するものでも、職業の選択肢を用意してくれるものでもない。
自己責任の上で、自分で考え、自分で迷い、自分で選ぶしかない。
職業は一生を左右するため、夢と現実のバランスを保ちながら賢く選ぶべき。
ただ、この時勢は、派遣労働者・非常勤労働者が増え、失業者やニートも減らず、学生や若者でさえも就職難に陥っている。
個人に仕事を選ぶ余裕はなく、社会もそんな余裕をゆるさなくなっている。

「迷わず進め!」
夢を追う人に意見するには迷いがある。
夢をつかめるのは、ハイレベルのセンスと能力と持ったごく一部の人。
凡人の場合、夢をつかむケースより夢をつかめないケースの方が圧倒的に多いような気がするから。
しかし、夢は追わないとつかめない。
チャレンジ精神は、生みだすものであって殺すものではない。
だから迷う。
夢を指向するには、自分の能力と忍耐力を冷静に見極め、実現度を測る必要があると思う。
浅慮の次に待っているのは後悔だと思うから。

「迷うくらいなら辞めるな!」
転職を考えている人には迷わずそう言う。
それでステップアップできるのは、ハイレベルのキャリアと能力を持ったごく一部の人。
凡人の場合、ステップアップするケースよりステップダウンするケースの方が圧倒的に多いような気がするから。
しかし、人生の変化には仕事が大きく作用するもの事実。
転職によって人生を好転させる人が少なからずいることも事実。
だから迷う。
とにかく、転職指向のベースとなっているものが“現実からの逃避願望”なのか、それとも“向上心をもったチャレンジ”なのか、それを冷静に見極める必要があると思う。
逃避の次に待っているは後悔だと思うから。


「この仕事に迷いはない」
そう言えばカッコいい。
が、「仕事に迷えない」というのが私の現実。
私は、迷いたくても迷えない現実に包囲されている。
クドいくらいに言っているけど、私は、この仕事を本意でやっているのではない。
金のため、生活のため、責任を果たすため仕方なくやっているわけ。
そこに選択の余地はない。
この歳・この能力・この経歴では、同等の賃金を稼げる仕事は他に見つかりっこないはず。
また、この感性が活かせ、この無能力さが通用し、この経歴が役に立つ仕事は他にないはず。
だから、迷えない。迷っている場合ではない。

それでも・・・それでも、迷ってしまう・・・
やはり、この仕事に覚悟を決めるのは一生かかっても無理か・・・
こうして名言ぶった迷言が湧いてくるのもそのためか・・・
私は、迷いなく生きたがる自分と迷わずに生きられない自分との狭間で、新たな迷いに遭遇しながら、また、新たな答に迷いながら、それを文字にしているのである。
迷える人生の苦悩を分かち合うために、迷える人生の面白さを分け合うために。



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