特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

過去片付け

2008-07-31 08:26:15 | Weblog
殺人・傷害・窃盗・詐欺・・・殺伐とした事件が絶えない。
次から次ぎへと、際限なく悲しい出来事は起こる。
最近は、通り魔事件も頻発。
まるで、目に見えない闇の力が働いているかのよう。

怖いのは、〝いかにも〟といった風体の人物でなく、普段は〝ごく普通〟に見えている人間が豹変して凶行に及ぶこと。
「まさかアノ人が・・・」
「そんな事するような人には思えなかった」
なんて言うセリフは、何か事が起こるたびに囁かれる。
そんな輩が一般人に紛れ込んで急に襲ってくる訳だから、逃げようがない。
これからは、「人を見たら泥棒と思え」ではなく、「人を見たら殺人者だと思え」が教訓になるかも。
「知らない人にでも、気持ちのいい挨拶をしよう」
と言っていた古き良き時代は、もう戻ってこないのだろうか。

専門家がどう分析して理屈をつけても、全ての原因は人間の心。
その心が、人を善行にも悪行にも駆り立てる。
その中で被害に遭う側になるの人もいれば、危害を加える側になる人間もいる。
刻まれた過去は、法的には片付けられても人間的には片付けられず、どちら側に立ってもその重荷は一生背負っていかなければならない。

自分が被害者にならないように気をつけるのはもちろん、実のところは、自分が加害者にならないように己を見張ることも大切なのかもしれない。
邪悪の種は、誰の心にもあるものだから。
そして、残念ながら、その種を枯らす力は人間にはないから。

そんな時代を反映してか私固有の性質か、日常の中に不安を覚えることがいくつかある。

まずは電車。
ホームで電車を待つ際、最前列に並ぶのに抵抗がある。
「後ろから押すヤツがいるんじゃないか」と、思ってしまうのだ。
過去に危ない目に遭ったことがあるわけでもないし、危ない場面を目撃したことがある訳でもないのに。
そんな私は、自分の後ろに立つ人のことが気になってチラチラと観察してしまう。
〝D東郷〟のように、いつも壁を背にしていれば安心なのかもしれないけど、それじゃ生活に困るし・・・

あとは、空き巣。
今までに空き巣に入られたことがある訳でもなく、また、入られたところで空き巣が欲しがりそうなものがある訳でもないのに。
でも、留守の自宅のことが無性に気になる。
また、出掛けるときも締め忘れが気になって、一つの鍵を何回も確認してしまう。
いい言い方をすると〝用心深い慎重派〟なんだけど、ちょっと度が過ぎているような気がする。

引きこもり願望・手のひらの多汗・不安神経症・不眠症・アルコール依存症・対人恐怖症・パニック症・鬱症etc・・・
専門の医師ではないけど、経験のある人が私をみて、「軽度の自閉症では?」と言ってきたことがあった。
それを聞いて、始めは首を傾げたけど、過去の苦い経験やストレスなど色んなことを思い返してみると、心当たりがチラホラ。
そして、それらを病気として捉えてみると、何となくホッとするような感情が湧いてきた。

「自分のせいではなく、病気のせい?」
自閉症は精神疾患だと思われがちだが、実は脳の疾患。
メンタルトレーニングでどうこうできるものではないらしい。
自分で自分の精神的な軟弱さを責めては、自分で自分に〝ダメ人間〟の烙印を押してきた。
そうして、自分で自分に精神的ダメージを与える中毒にかかったまま生きてきたけど、〝自閉症・脳疾患〟の可能性があることを聞いて、何となくホッとするものがあったのだ。
だからと言って、何もかも病気のせいにして甘えてはいけないし、開き直って自己チューになってもいけないけどね。


「この人、大丈夫かな?・・・」
その依頼者と電話で初めて話した時、私は直感的にそう思った。
暗い声に無愛想な口調。
女性が意図したことでもないのだろうが、受話器の向こうは低滞した雰囲気。
「部屋の中にゴミを溜めてしまい、困ったことになっている」
「同じアパートの住人も不審に思ってるみたい」
「近々、不動産屋が見に来ることになった」
「追い出されたら困るので、その前に何とかしたい」
そんな相談。
女性は口数も少なく、細かいことを話すのが面倒臭そうでもあったので、私からの質問は基本的なものにとどめて、ひとまず女性の家に行くことにした。

到着した現場は、小ぎれいな普通のアパート。
その一階に女性の部屋はあった。
私は、いきなりインターフォンを鳴らすより電話を入れてから訪問した方がいいような気がして、アパートを一旦離れた。

電話をして後、しばらく待機。
それから、再びアパート行き女性宅のインターフォンを鳴らした。
心の準備ができていたであろう依頼者の女性は、すぐにでてきた。
私が営業上の愛想を振りまいて挨拶をすると、女性は私と目を合わせることなく頭を下げた。
その顔に笑顔はなく、声のトーンも口調も電話で話したときと同じく低滞。
ただでさえ人と上手に話せない私は、女性に対する苦手意識が膨らんできた。

「じゃ、とりあえず、中を見せていただけますか?」
早々と煮詰りそうになった雰囲気に見切りをつけ、私は、中を見せてもらうことに。
女性は、暗い表情のまま、私を中に通してくれた。
しかし、中を見られるのが恥ずかしかったのか、どこの馬の骨ともわからない男と二人になるのがイヤだったのか、女性は、私と入れ違いに表へ出て行った。

「やっぱ、土禁かなぁ・・・」
靴を脱いで上がることに抵抗感があり・・・
かと言って、人の家に土足で上がり込むことに罪悪感もあり・・・
女性が上で靴を履いていたかどうかも思い出せず、結局、私は靴を脱いで上がることにした。

「こんな感じか・・・」
所々は床が見えているレベルで、ゴミの量は驚くほどではなく。
〝ゴミ屋敷〟とはいえ一人暮らしの女性宅を勝手にあさるのも無礼かと思い、私は、中にあるものに手を触れないように注意しながら、全体を慎重に観察した。

「あ゛~ぁ・・・」
圧巻だったのは台所。
食器や食物容器、更には腐った食べ物が山積みとなり、流し台はほとんど見えず。
その周辺を無数の小バエがホバリングしていた。

一通りの見分を終えて、私は、女性の待つ外へ出た。
そして、人を寄せ付けようとしないオーラを放つ女性に勇気を持って声を掛けた。

「それなりに溜まってますね・・・」
「・・・」
「いや・・・でも、最近はゴミを溜める人は珍しくないですよ・・・表面的にわからないだけで・・・」
「・・・」
「特に台所が・・・」
「やっぱり、ヒドイですか?」
「はい・・・や・・・フツーですね」
「・・・」
それがもともとのペースなのか、この時が特別に気落ちしていたのか、女性は元気なく、私の話を聞いているのか聞いていないのかハッキリせず。
イラつきこそしなかったものの、私は自分に心労を覚えた。

「片付けは、お急ぎですか?」
「まぁ・・・」
「タイムリミットはいつですか?」
「○日です・・・」
「その日に不動産会社が来るんですね」
「えぇ・・・」
「じゃ、あまり時間がないですね」
「はぃ・・・」
私は、必要と思われる作業内容とそれに伴う費用を明示。
すると、女性の暗い表情には険しさが加わり、何かを思い詰めたかのように黙り込んだ。
その様子からは、女性の懐具合が悪いことが伺えた。

当然のことだが、私は、ボランティアで仕事をしているわけではない。
何度も言うけど、〝自分のため金のため〟に仕事をしているのだ。
ビジネスとして成り立つ許容範囲内なら値引にも応じるけど、赤字になってまではやれない。
一つ一つの現場それぞれに相手の窮状は理解できるけど、〝大人の自己責任〟として、一線を引かないとキリがなかったりするのだ。
しかし、私は、女性の面影に自分の一面を見るようで、〝他人事〟〝仕事〟と割り切る中にも情を動かす何かを感じて、女性の事情を聞いてみることにした。

私の質問に対してしばしの沈黙を挟みながら女性は重そうな口を開いた。
そうして、とぎれとぎれに事情を話してくれた。

女性は、独身で一人暮らし。
実家には両親も健在で、姉弟もいた。
もともとは、女性も実家で暮らしていたのだが、転職を機に独り立ち。
仕事も順調で、一人暮らしの生活も問題はなかった。
しかし、ある時、女性はちょっとした病気を患って入院。
その後も体調が優れない日が続き、会社も休みがちに。
休暇をとるたびに自分の席は窓際に近づき、最終的には居場所がなくなって退職。
ゴミが溜まりだしたのはそれから。
それまでは普通にゴミを出し、普通に掃除洗濯ができていたのに、それが全くできなくなった。
陰鬱な気分が晴れることはなく、何もする気が起きず。
自分に〝ダメ人間〟のレッテルを貼っても、社会人としての義務を果たさない罪悪感と老いた親のスネをかじる自己嫌悪感からは解放されず。
苦悩の中を悶々と過ごす日々が続いた。
しかし、そんな暮らしをいつまでも続けられる訳もなく。
いつかは、自分で終止符を打たなければならないことはわかっていたが、そのキッカケをつかめないまま時は過ぎ・・・
突然、不動産会社による設備点検予定の知らせが入ったのだった。

話し合いの結果、片付けの費用は女性の両親が負担することで決着。
時間的猶予が少なかったため、私は、急いで作業の手はずを整えた。
そして、それから日を空けないうちに作業を実施。
静かに作業を見守る女性を横目に見つつ、その日のうちにゴミの片付けは無事に完了。
一作業を終えてホッとする私とは対照的に、女性に笑顔はなかった。
女性が患っている病気が何なのか聞きもしなかったけど、私には、身体だけではなく心にも闇を抱えているように思えた・・・


人が生き方を変えるのは簡単なことではない。
「自力では無理」と言ってもいいかもしれない。
そしてまた、人が生きていくのは楽なことじゃない。
しかし、苦難は、人にあるべき道・・・生き方を変えるチャンスをもたらしてくれることがある。
また、苦悩が、過去から未来へと続く人生の足どりを確かなものにしてくれることがある。

女性の将来に明るい材料は少ないのも現実。
しかし、別れ際にチラッと私の目を見て礼を言ってくれた女性に、過去を片付けて未来の生き方を変える決意を見たような気がした。
そして、女性の顔に再び笑顔が戻る日がくることを期待しつつ現場をあとにした私だった。



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