私の仕事は、わすかな頭脳労働とそれなりの精神労働が混ざった超?肉体労働。
日々、そんな労働に勤しんでいる私は、身体のあちこちを弱めている。
中でも、膝腰は傷めやすい部位である。
治りかけた頃にまた傷める・・・慣れた仕事とは言え、寄る年波には勝てないのだろう、年を追うごとに傷みやすく治りにくくなっているのが自分でもわかる。
ドラッグストアに売っているパッケージ抜群の塗薬でごまかしているけど、それが効いているのかいないのか、私にも分からない。
まぁ、〝効果が分からない〟ということは、〝効いていない〟ということなのだろうが。
とにかく、仕事ができなくなるくらいの重傷を負わないようには、充分に気をつけている。
しかし、身体の調子が悪いと、気まで弱くなってしまう。
〝病は気から〟・・・〝気は健康から〟だね。
普段は当り前のように思っている健康がどれだけありがたいことか、実際に身体傷めて(病んで)みると、あらためて身に沁みるものがある。
話はガラリと変わる。
私がラーメン好きであることは、過去に書いた通り。
相変わらずあちこちの街で食べるけど、今、気に入っている店は三つ。
それぞれにそれぞれの工夫と独自性があって、なかなか美味しい。
しかし、私が紹介したら営業妨害になりかねないので、ここでは詳しい情報はださないでおこう。
何ヶ月か前のこと。
ある日の夜、10年来の友人と外で飲んだことがあった。
その友人と飲むときは、いつも同じ街。
メジャーな繁華街ではなくマイナーな外れ街。
お互い酒好きということもあって、二軒三軒とハシゴしなくても一軒目にちょっと長居するだけで充分できあがる。
その時も、いい気分に酔った頃、悩み多きお互いを励まし合ってお開きとした。
その後、私は、駅に向かう友人を見送ってから近くのラーメン屋に向かった。
これは、よくあるパターンなのだが、私は酒を飲んだ後に無性にラーメンが食べたくなる。
飲んだ後のラーメンなんてすこぶる身体に悪いらしいけど、その時もまたラーメンが食べたくなったのだ。
私は、〝たまの贅沢〟と自分を正当化して、足をラーメン屋に向かわせた。
向かった先は、行列ができるほどではないながらも、私の口に合うラーメンをだす店。
それまでにも、飲んだ後に何度か入ったことのある店。
暖簾をくぐってカウンターの隅に座った私は、普通のラーメンを注文。
ラーメンを着々とつくっていく店員の手元を眺めながら、至福の時を待った。
「おまちどぉ!」
目の前に出された丼からは、美味そうなスープの匂いと湯気が立ちのぼり食欲を刺激。
勇んで食べようとしたとき、丼の中にある妙なモノに目がついた。
「何?」
麺の上のモヤシに、黒く細長いモノが絡みついているのを発見。
それが髪の毛であることはすぐにわかった。
「・・・」
そのまま黙って食べようか、それとも苦情を訴えようか困惑。
私は、小心者特有の緊張感を覚えた。
素面(シラフ)だったら、間違いなく黙って食べていただろう。
しかし、酒に酔っていた私は気分が大きくなっており、〝ここはガツンと言ってやろう!〟と、顔を上げた。
「す、すいません・・・か、髪の毛が入ってるんですけど・・・」
「え!?」
店員は、慌てて丼を注視。
中に髪の毛が入っていることを確認すると表情を強ばらせた。
「も、申し訳ありません!」
「・・・」
「す、すぐ作り直します!」
「・・・いや、そこまでしなくていいですよ・・・髪の毛だけ取ってくれれば」
「しかし・・・」
「作り直してもらわなければならないほど、上等な人間じゃありませんから」
「・・・」
結局、店員は一旦丼を下げて髪の毛一本をつまみ出し、再びその丼を私の元へ。
そして、カウンター越しに何枚ものチャーシューをのせてくれ、ノーマルのラーメンをチャーシュー麺に変身させてくれた。
飲んだ後のチャーシュー麺は腹に重すぎるものではあったけど、そのサービスに私は恐縮。
まるで、ミスを犯したのは私の方であるかのように、コシの弱くなったラーメンを身体を小さくしてすすったのであった。
特掃の依頼が入った。
仕事の内容は、血痕清掃。
依頼してきたのは中年の男性。
汚れているのは洗面所と浴室であることがわかっただけで、その原因と汚染がどの程度のものなのか、具体的な要領を得ないまま話は進んだ。
ただ、微妙に震える男性の声から不穏な空気を感じた私は、余計な追求は控えて、それ以上の情報は現場で収集することにした。
現場は、閑静な住宅街にある一戸建。
依頼者の男性は、少しオドオドしながら私を出迎えてくれた。
そして、玄関前で挨拶をしようとする私を急かせるように招き入れ、そそくさとドアを閉めた。
それだけで、男性が、周り(近所)の目を気にしていることがわかった。
「急がせてすみません」
「いえいえ」
「とりあえず、清掃箇所を見せて下さい」
「どうぞ・・・そこの洗面所とその奥の風呂場です」
男性が示す方に足を進めると、洗面所から浴室にかけて広範囲に血痕が広がっていた。
ただ、腐敗したようなニオイも脂っぽい汚れもなく、当人は早期に発見された様子。
また、そこには水を流したような跡があり、誰かが掃除を試みたことが伺えた。
「母が風呂場で転倒してしまいまして・・・」
「ケガですか・・・」
「え、えぇ・・・」
「それは大変でしたねぇ」
「・・・」
「それにしても、この吐血量はスゴいですが、大丈夫だったんですか?」
「まぁ・・・何とか・・・」
「・・・それは何よりです」
私は、男性の話に嘘のニオイを感知。
これだけの出血がありながら〝命を取り留めた〟とは、どうしても思えなかったし、その血痕には〝自傷〟の疑わせる模様があった。
更に、男性の不自然な弱腰も私には解せなかった。
男性の虚言が、私が気持ち悪がらないようにするための配慮か、掃除を断られたら困るからか、近隣対策か、それとも自分にそれを言い聞かせるためなのか・・・
その真意は読み切れなかったけど、男性には、あくまで事故として処理する決意みたいなものを感じた。
どちらにしろ、下世話な野次馬は仕事の邪魔をするばかり。
また、男性の言う〝事故・存命〟を否定する理由・必要はどこにもない。
私は、余計なことを考えるのはやめて、頭を仕事に向けた。
作業自体は大した困難もなく、着々と進行。
ただ、狭い所での窮屈作業のため、足腰への負担が大。
また、男性の方は、私の作業がやたらと気になると見えて、行ったり来たりしながら作業を観察。
落ち着きなく、時折、私に話し掛けてきた。
「どおですか?」
「汚れ自体は想定の範囲にとどまってますけど・・・この血液の量はハンパじゃないですね」
「・・・」
「この通り、排水溝にもかなり溜まってますでしょ」
「・・・」
「ちょっと時間がかかりそうです」
「きれいになりますか?」
「ええ、それは大丈夫です」
「よかった・・・」
男性は、弱々しく微笑。
私は、自分の辛労などでは、男性の心労をどうすることできないことを悟った。
手をつける前の血塊は黒く死んだ状態でも、一旦手をつけると鮮明な赤を蘇らせる。
私の両手は真っ赤に染まり、その生々しさと血生臭さは、私の中でその人の死を揺るぎないものにした。
そんな中、私は、それを決定づけるモノを発見した。
排水溝の血塊の中に金属片らしきものが露出。
それを見つけた私は、慎重に探った。
姿を現したのは、刃が剥き出しのままのカミソリ。
私は、粘度を増した血をベットリとからませたそのカミソリをゆっくり拾い上げ、ちょっとした寒気を覚えながら、自分の手を切らないようにそれを始末。
洗面所や浴室にカミソリがあるのはさして不自然なことではないけど、この状態での発見は極めて不自然なことに思われてならなかった。
作業が終わって、浴室と洗面所の確認を男性に依頼。
汚染物とは言え、一応は依頼者側の所有物なので、回収して帰る廃棄物も一つ一つ報告。
ただ、カミソリがでてきたことだけは黙秘。
男性は腰を低くして清掃箇所を眺めると、特掃の成果に安堵してくれた。
「この道のプロでらっしゃるから、とっくにお見通しですよね・・・」
「は?」
「いや・・・あの・・・」
「何のことです?」
「・・・」
「大丈夫!掃除は完璧ですから、誰にもわかりませんよ!」
「・・・」
「あとは、元気になるのを待つだけですね」
私は、憔悴の中に笑顔を見せた男性に見送られて玄関出た。
外には、近所の人達がタムロ。
私が何者であるか、ほぼ察しがついているようで、私に向かって何かを疑うような視線を送ってきた。
私は、余計な事情を悟られないように、何かを言いたそうな人達に満面の笑みを送りながら現場を後にした。
人は誰も、言いたくないことを抱えてしまうことがある。
探られたくないことを抱えてしまうこともある。
それらは、正直に話して楽になるとはかぎらない。
それらを、誰に気づかれることなくフォローするのも、特掃の大切な仕事なのである。
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特殊清掃プロセンター
遺品処理・回収・処理・整理、遺体処置等通常の清掃業者では対応出来ない
特殊な清掃業務をメインに活動しております。
日々、そんな労働に勤しんでいる私は、身体のあちこちを弱めている。
中でも、膝腰は傷めやすい部位である。
治りかけた頃にまた傷める・・・慣れた仕事とは言え、寄る年波には勝てないのだろう、年を追うごとに傷みやすく治りにくくなっているのが自分でもわかる。
ドラッグストアに売っているパッケージ抜群の塗薬でごまかしているけど、それが効いているのかいないのか、私にも分からない。
まぁ、〝効果が分からない〟ということは、〝効いていない〟ということなのだろうが。
とにかく、仕事ができなくなるくらいの重傷を負わないようには、充分に気をつけている。
しかし、身体の調子が悪いと、気まで弱くなってしまう。
〝病は気から〟・・・〝気は健康から〟だね。
普段は当り前のように思っている健康がどれだけありがたいことか、実際に身体傷めて(病んで)みると、あらためて身に沁みるものがある。
話はガラリと変わる。
私がラーメン好きであることは、過去に書いた通り。
相変わらずあちこちの街で食べるけど、今、気に入っている店は三つ。
それぞれにそれぞれの工夫と独自性があって、なかなか美味しい。
しかし、私が紹介したら営業妨害になりかねないので、ここでは詳しい情報はださないでおこう。
何ヶ月か前のこと。
ある日の夜、10年来の友人と外で飲んだことがあった。
その友人と飲むときは、いつも同じ街。
メジャーな繁華街ではなくマイナーな外れ街。
お互い酒好きということもあって、二軒三軒とハシゴしなくても一軒目にちょっと長居するだけで充分できあがる。
その時も、いい気分に酔った頃、悩み多きお互いを励まし合ってお開きとした。
その後、私は、駅に向かう友人を見送ってから近くのラーメン屋に向かった。
これは、よくあるパターンなのだが、私は酒を飲んだ後に無性にラーメンが食べたくなる。
飲んだ後のラーメンなんてすこぶる身体に悪いらしいけど、その時もまたラーメンが食べたくなったのだ。
私は、〝たまの贅沢〟と自分を正当化して、足をラーメン屋に向かわせた。
向かった先は、行列ができるほどではないながらも、私の口に合うラーメンをだす店。
それまでにも、飲んだ後に何度か入ったことのある店。
暖簾をくぐってカウンターの隅に座った私は、普通のラーメンを注文。
ラーメンを着々とつくっていく店員の手元を眺めながら、至福の時を待った。
「おまちどぉ!」
目の前に出された丼からは、美味そうなスープの匂いと湯気が立ちのぼり食欲を刺激。
勇んで食べようとしたとき、丼の中にある妙なモノに目がついた。
「何?」
麺の上のモヤシに、黒く細長いモノが絡みついているのを発見。
それが髪の毛であることはすぐにわかった。
「・・・」
そのまま黙って食べようか、それとも苦情を訴えようか困惑。
私は、小心者特有の緊張感を覚えた。
素面(シラフ)だったら、間違いなく黙って食べていただろう。
しかし、酒に酔っていた私は気分が大きくなっており、〝ここはガツンと言ってやろう!〟と、顔を上げた。
「す、すいません・・・か、髪の毛が入ってるんですけど・・・」
「え!?」
店員は、慌てて丼を注視。
中に髪の毛が入っていることを確認すると表情を強ばらせた。
「も、申し訳ありません!」
「・・・」
「す、すぐ作り直します!」
「・・・いや、そこまでしなくていいですよ・・・髪の毛だけ取ってくれれば」
「しかし・・・」
「作り直してもらわなければならないほど、上等な人間じゃありませんから」
「・・・」
結局、店員は一旦丼を下げて髪の毛一本をつまみ出し、再びその丼を私の元へ。
そして、カウンター越しに何枚ものチャーシューをのせてくれ、ノーマルのラーメンをチャーシュー麺に変身させてくれた。
飲んだ後のチャーシュー麺は腹に重すぎるものではあったけど、そのサービスに私は恐縮。
まるで、ミスを犯したのは私の方であるかのように、コシの弱くなったラーメンを身体を小さくしてすすったのであった。
特掃の依頼が入った。
仕事の内容は、血痕清掃。
依頼してきたのは中年の男性。
汚れているのは洗面所と浴室であることがわかっただけで、その原因と汚染がどの程度のものなのか、具体的な要領を得ないまま話は進んだ。
ただ、微妙に震える男性の声から不穏な空気を感じた私は、余計な追求は控えて、それ以上の情報は現場で収集することにした。
現場は、閑静な住宅街にある一戸建。
依頼者の男性は、少しオドオドしながら私を出迎えてくれた。
そして、玄関前で挨拶をしようとする私を急かせるように招き入れ、そそくさとドアを閉めた。
それだけで、男性が、周り(近所)の目を気にしていることがわかった。
「急がせてすみません」
「いえいえ」
「とりあえず、清掃箇所を見せて下さい」
「どうぞ・・・そこの洗面所とその奥の風呂場です」
男性が示す方に足を進めると、洗面所から浴室にかけて広範囲に血痕が広がっていた。
ただ、腐敗したようなニオイも脂っぽい汚れもなく、当人は早期に発見された様子。
また、そこには水を流したような跡があり、誰かが掃除を試みたことが伺えた。
「母が風呂場で転倒してしまいまして・・・」
「ケガですか・・・」
「え、えぇ・・・」
「それは大変でしたねぇ」
「・・・」
「それにしても、この吐血量はスゴいですが、大丈夫だったんですか?」
「まぁ・・・何とか・・・」
「・・・それは何よりです」
私は、男性の話に嘘のニオイを感知。
これだけの出血がありながら〝命を取り留めた〟とは、どうしても思えなかったし、その血痕には〝自傷〟の疑わせる模様があった。
更に、男性の不自然な弱腰も私には解せなかった。
男性の虚言が、私が気持ち悪がらないようにするための配慮か、掃除を断られたら困るからか、近隣対策か、それとも自分にそれを言い聞かせるためなのか・・・
その真意は読み切れなかったけど、男性には、あくまで事故として処理する決意みたいなものを感じた。
どちらにしろ、下世話な野次馬は仕事の邪魔をするばかり。
また、男性の言う〝事故・存命〟を否定する理由・必要はどこにもない。
私は、余計なことを考えるのはやめて、頭を仕事に向けた。
作業自体は大した困難もなく、着々と進行。
ただ、狭い所での窮屈作業のため、足腰への負担が大。
また、男性の方は、私の作業がやたらと気になると見えて、行ったり来たりしながら作業を観察。
落ち着きなく、時折、私に話し掛けてきた。
「どおですか?」
「汚れ自体は想定の範囲にとどまってますけど・・・この血液の量はハンパじゃないですね」
「・・・」
「この通り、排水溝にもかなり溜まってますでしょ」
「・・・」
「ちょっと時間がかかりそうです」
「きれいになりますか?」
「ええ、それは大丈夫です」
「よかった・・・」
男性は、弱々しく微笑。
私は、自分の辛労などでは、男性の心労をどうすることできないことを悟った。
手をつける前の血塊は黒く死んだ状態でも、一旦手をつけると鮮明な赤を蘇らせる。
私の両手は真っ赤に染まり、その生々しさと血生臭さは、私の中でその人の死を揺るぎないものにした。
そんな中、私は、それを決定づけるモノを発見した。
排水溝の血塊の中に金属片らしきものが露出。
それを見つけた私は、慎重に探った。
姿を現したのは、刃が剥き出しのままのカミソリ。
私は、粘度を増した血をベットリとからませたそのカミソリをゆっくり拾い上げ、ちょっとした寒気を覚えながら、自分の手を切らないようにそれを始末。
洗面所や浴室にカミソリがあるのはさして不自然なことではないけど、この状態での発見は極めて不自然なことに思われてならなかった。
作業が終わって、浴室と洗面所の確認を男性に依頼。
汚染物とは言え、一応は依頼者側の所有物なので、回収して帰る廃棄物も一つ一つ報告。
ただ、カミソリがでてきたことだけは黙秘。
男性は腰を低くして清掃箇所を眺めると、特掃の成果に安堵してくれた。
「この道のプロでらっしゃるから、とっくにお見通しですよね・・・」
「は?」
「いや・・・あの・・・」
「何のことです?」
「・・・」
「大丈夫!掃除は完璧ですから、誰にもわかりませんよ!」
「・・・」
「あとは、元気になるのを待つだけですね」
私は、憔悴の中に笑顔を見せた男性に見送られて玄関出た。
外には、近所の人達がタムロ。
私が何者であるか、ほぼ察しがついているようで、私に向かって何かを疑うような視線を送ってきた。
私は、余計な事情を悟られないように、何かを言いたそうな人達に満面の笑みを送りながら現場を後にした。
人は誰も、言いたくないことを抱えてしまうことがある。
探られたくないことを抱えてしまうこともある。
それらは、正直に話して楽になるとはかぎらない。
それらを、誰に気づかれることなくフォローするのも、特掃の大切な仕事なのである。
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