部屋にたくさんのモノを溜め込む人の気持ちは分からないでもない。
私も中学~高校生の頃、自分の部屋にやたらとたくさんのモノを溜め込んだ時期があったから。
本音と建前を下手に使い分けて薄っぺらいきれい事を吐くばかり教師、支え合うフリをしながら足を引っ張り合うばかりの友達関係・・・それ以上に性根がひん曲がっていた(いる?)私は、つまらない学校生活にホトホト嫌気がさしていた。
そんな心は、いつも何かに飢え渇き、隙間だらけ・穴だらけ・・・何とも言えない淋しさがあった。
そんな私は、モノを溜め込むことによってそれを埋めようとしていたのかもしれない。
しかし、物理的なモノで心を満たそうとしても無理だった。
いくらモノを溜め込んでも、それは一時的に自分をごまかすことぐらいしかできず、心の隙間は一向に埋まらなかった・・・
それから二十余年、この年になってその術を見つけたものの、残念ながら実現には至っていない。
現場の話を続ける。
男性が受けたショックは事のほか大きそうで、その目は泳ぎ表情は強張っていた。
私は、男性が立ちすくむ玄関前に近づき、男性の視線を追って中を見た。
すると、イメージしていた通りのゴミ屋敷が広がっていた。
「やっぱり、こういうことになっていましたか・・・でも、これはまだ軽い方ですよ」
実際のレベルは軽くはなかったけど、〝少しでも男性の気が楽になれば〟とそう言ってみた。
「なんでこんなことになっちゃったんだろう・・・」
しかし、男性は、私のささやかなフォローにも表情を変えず、呆然と呟くばかりだった。
「起こってしまったことは仕方がありませんよ」
「・・・」
「この程度の片付けなら一日でできますから、そんなに心配しないで下さい」
「一日で?」
「ええ・・・今まで、これ以上の現場を何度となく片付けてきてますから大丈夫です」
「そうですか・・・」
「まずは、お母さんと話し合ってみて、それからご連絡下さい」
「はい・・・わかりました」
「あと一つ、アドバイスですが・・・捨てるかどうか迷った場合、捨てた方がいいときとそうでないときがありますが、この部屋の場合は思い切って捨てられることをお勧めします」
「はい・・・」
「迷ったら捨てることが、片付けのコツですよ」
「なるほど・・・憶えておきます」
肝心の女性がいないところで、家にズカズカと入り込むのは無礼な気がしたので、興味はありつつも私は玄関から奥へは進まなかった。
また、他人と遭遇することは女性の羞恥心を刺激すると思ったので、女性が帰ってくる前に退散することにした。
同行していた担当者も私の仕切りに口を挟むことなく、一緒に現場を離れてくれた。
それから、男性からはすぐに連絡が入るものと思っていたのに音沙汰のないまま、しばらくの時が過ぎた。
そして、何日も経って私も現場のことを忘れかけてきていた頃、男性から連絡が入ってきた。
「連絡が遅くなって申し訳ありませんでした」
「いえいえ・・・どうかされましたか?」
「捨てないものを選り分けて持ち出すのに時間がかかりまして・・・何分、自宅が遠方なものですから」
「そうですか・・・で、お母さんは?」
「本人は嫌がったんですけど、とりあえず、うちで引き取りました」
「それはよかった」
「とても、あんな所に置いておく訳にはいきませんからね」
「ところで、あの後、大変だったんじゃないですか?」
「そうなんです・・・」
男性は、話を続けた・・・
あの日、私が現場を離れてからしばらくすると、家主女性(男性の母親)が外から戻ってきた。
そして、玄関に立つ男性の姿を見ると非常に驚いて大慌て。
男性は、言いようのない怒りがこみ上げてきて女性の言い訳にも耳を貸さず激高。
女性は、泣いて謝罪。
男性は、女性に手荷物をまとめさせて、強制的に自宅に連れ帰ったのだった。
男性は、女性の心情についても話してくれた・・・
夫を亡くして独りになった女性の心には、ポッカリと大きな穴が空いた。
決して仲がいいばかりの夫婦ではなかったけど、長い年月の山谷を一緒に歩いてきた二人。
いつの間にか、お互いの存在は必要不可欠なものとなっていた。
そんな中で夫を失った女性は、一気に気持ちの張りをなくし、その生活も単調なものとなった。
部屋の中にも寒々とした空間が目立つようになり、それを埋めるためにモノを増やしていった。
また、喜ぶ人も文句を言う人もいなくなったために家事にも身が入らず、掃除やゴミ出しも後手後手になるようになった。
そのうちに、ゴミを出す回数も減り、部屋に溜まる量も増えてきた。
同時に、掃除も滞るようになり部屋の汚れも増していった。
そして、そのまま月日を重ねていきゴミ屋敷が着々と形成されていったのであった。
女性は、自宅がゴミ屋敷と化していく状況にあって、それを問題に思わない訳ではなく、相当に頭を悩ませていた。
しかし、問題が深刻化していけばいくほど誰かに相談する勇気が持てなくなっていった。
そして、あとはゴミ屋敷をひた隠しにするしかなくなったのであった。
「必要なモノはほとんど出しましたから、部屋に残っているモノは全部捨ててもらって結構です」
「承知しました」
「鍵を送りますから、あとはお任せします」
「取っておくモノはもういいですか?」
「大丈夫です、よろしくお願いします」
作業の日。
依頼者となった男性も家人の女性も現場には来なかった。
私を信頼して送ってきてくれた鍵を使って部屋に入り、いつもの段取りで作業を始めた。
一般的な?ゴミ屋敷では、ありとあらゆる種類の生活ゴミがゴチャ混ぜになって山積されているのだが、この家のゴミはある程度の分別と袋詰めがなされていた。
また、その様は、女性が少しでも片付けようと試みていたことを伺わせた。
長い間、この部屋の問題に手を焼いていた近所の人達も、片付け作業を歓迎して何かと協力してくれた。
そのお陰もあって、特段の障害もなく作業は無事に終了した。
「最初の電話からここまでくるのに随分と手間と時間がかかったけど、きれいに片付けられてよかったな」
私は、作業の最終チェックを行いながら、空っぽになった部屋をしみじみと眺めた。
そして、依頼者親子が肩の荷を降ろして和解する姿とその後の穏やかな生活を想像し、ちょっとした達成感を覚えたのだった。
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そんな心は、いつも何かに飢え渇き、隙間だらけ・穴だらけ・・・何とも言えない淋しさがあった。
そんな私は、モノを溜め込むことによってそれを埋めようとしていたのかもしれない。
しかし、物理的なモノで心を満たそうとしても無理だった。
いくらモノを溜め込んでも、それは一時的に自分をごまかすことぐらいしかできず、心の隙間は一向に埋まらなかった・・・
それから二十余年、この年になってその術を見つけたものの、残念ながら実現には至っていない。
現場の話を続ける。
男性が受けたショックは事のほか大きそうで、その目は泳ぎ表情は強張っていた。
私は、男性が立ちすくむ玄関前に近づき、男性の視線を追って中を見た。
すると、イメージしていた通りのゴミ屋敷が広がっていた。
「やっぱり、こういうことになっていましたか・・・でも、これはまだ軽い方ですよ」
実際のレベルは軽くはなかったけど、〝少しでも男性の気が楽になれば〟とそう言ってみた。
「なんでこんなことになっちゃったんだろう・・・」
しかし、男性は、私のささやかなフォローにも表情を変えず、呆然と呟くばかりだった。
「起こってしまったことは仕方がありませんよ」
「・・・」
「この程度の片付けなら一日でできますから、そんなに心配しないで下さい」
「一日で?」
「ええ・・・今まで、これ以上の現場を何度となく片付けてきてますから大丈夫です」
「そうですか・・・」
「まずは、お母さんと話し合ってみて、それからご連絡下さい」
「はい・・・わかりました」
「あと一つ、アドバイスですが・・・捨てるかどうか迷った場合、捨てた方がいいときとそうでないときがありますが、この部屋の場合は思い切って捨てられることをお勧めします」
「はい・・・」
「迷ったら捨てることが、片付けのコツですよ」
「なるほど・・・憶えておきます」
肝心の女性がいないところで、家にズカズカと入り込むのは無礼な気がしたので、興味はありつつも私は玄関から奥へは進まなかった。
また、他人と遭遇することは女性の羞恥心を刺激すると思ったので、女性が帰ってくる前に退散することにした。
同行していた担当者も私の仕切りに口を挟むことなく、一緒に現場を離れてくれた。
それから、男性からはすぐに連絡が入るものと思っていたのに音沙汰のないまま、しばらくの時が過ぎた。
そして、何日も経って私も現場のことを忘れかけてきていた頃、男性から連絡が入ってきた。
「連絡が遅くなって申し訳ありませんでした」
「いえいえ・・・どうかされましたか?」
「捨てないものを選り分けて持ち出すのに時間がかかりまして・・・何分、自宅が遠方なものですから」
「そうですか・・・で、お母さんは?」
「本人は嫌がったんですけど、とりあえず、うちで引き取りました」
「それはよかった」
「とても、あんな所に置いておく訳にはいきませんからね」
「ところで、あの後、大変だったんじゃないですか?」
「そうなんです・・・」
男性は、話を続けた・・・
あの日、私が現場を離れてからしばらくすると、家主女性(男性の母親)が外から戻ってきた。
そして、玄関に立つ男性の姿を見ると非常に驚いて大慌て。
男性は、言いようのない怒りがこみ上げてきて女性の言い訳にも耳を貸さず激高。
女性は、泣いて謝罪。
男性は、女性に手荷物をまとめさせて、強制的に自宅に連れ帰ったのだった。
男性は、女性の心情についても話してくれた・・・
夫を亡くして独りになった女性の心には、ポッカリと大きな穴が空いた。
決して仲がいいばかりの夫婦ではなかったけど、長い年月の山谷を一緒に歩いてきた二人。
いつの間にか、お互いの存在は必要不可欠なものとなっていた。
そんな中で夫を失った女性は、一気に気持ちの張りをなくし、その生活も単調なものとなった。
部屋の中にも寒々とした空間が目立つようになり、それを埋めるためにモノを増やしていった。
また、喜ぶ人も文句を言う人もいなくなったために家事にも身が入らず、掃除やゴミ出しも後手後手になるようになった。
そのうちに、ゴミを出す回数も減り、部屋に溜まる量も増えてきた。
同時に、掃除も滞るようになり部屋の汚れも増していった。
そして、そのまま月日を重ねていきゴミ屋敷が着々と形成されていったのであった。
女性は、自宅がゴミ屋敷と化していく状況にあって、それを問題に思わない訳ではなく、相当に頭を悩ませていた。
しかし、問題が深刻化していけばいくほど誰かに相談する勇気が持てなくなっていった。
そして、あとはゴミ屋敷をひた隠しにするしかなくなったのであった。
「必要なモノはほとんど出しましたから、部屋に残っているモノは全部捨ててもらって結構です」
「承知しました」
「鍵を送りますから、あとはお任せします」
「取っておくモノはもういいですか?」
「大丈夫です、よろしくお願いします」
作業の日。
依頼者となった男性も家人の女性も現場には来なかった。
私を信頼して送ってきてくれた鍵を使って部屋に入り、いつもの段取りで作業を始めた。
一般的な?ゴミ屋敷では、ありとあらゆる種類の生活ゴミがゴチャ混ぜになって山積されているのだが、この家のゴミはある程度の分別と袋詰めがなされていた。
また、その様は、女性が少しでも片付けようと試みていたことを伺わせた。
長い間、この部屋の問題に手を焼いていた近所の人達も、片付け作業を歓迎して何かと協力してくれた。
そのお陰もあって、特段の障害もなく作業は無事に終了した。
「最初の電話からここまでくるのに随分と手間と時間がかかったけど、きれいに片付けられてよかったな」
私は、作業の最終チェックを行いながら、空っぽになった部屋をしみじみと眺めた。
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