特殊清掃「戦う男たち」

自殺・孤独死・事故死・殺人・焼死・溺死・ 飛び込み・・・遺体処置から特殊清掃・撤去・遺品処理・整理まで施行する男たち

孤軍奮闘(vs自分編)

2007-09-14 07:18:20 | Weblog
その日の空も、どこまでも青くどこまでも遠かった。
私は、そんな空をただ見上げては、軽い溜め息を繰り返した。

「このストレス・・・結局は、自分との戦いなのかなぁ・・・」
人間駆除作業の疲労感のせいか、広い空を風の向くままに流れていく雲を眺めていると、地ベタを這い摺り回って生きることが煩わしく思えて気分がブルーになってくる私だった。

そうして待つことしばし、遺族がやってきた。
やって来たのは中年の男女二人。
男性の方は疲れた感じの暗い表情、女性の方は憔悴した感じの虚ろな表情を表情。
遺族が気丈そうなタイプの人だったら、近隣住民との出来事を報告するつもりだったけど、どう見てもそうではなさそうな二人を見て、私は余計な報告をするのはやめた。

お互いに簡単な挨拶を交わし、私は、キョロキョロと近所のハエを警戒しながら、二人を車庫の陰に誘導。
そこで、細かい事情を聞いた。

夫婦に見えた二人は、実は姉弟。
亡くなったのは二人の母親で、夫を亡くして以来この家で独り暮しをしていた。
近年は高齢と持病が重なって、独り暮らしをするのも無理がではじめていた。
しかし、故人はこの家から離れるのを嫌がり、一方の男性・女性にもそれぞれの家族と生活があり、故人を引き取って同居するには難しい事情を抱えていた。
そうは言っても、衰えていくことが目に見えている母親を放っておくわけにもいかない。
どちらかの家に引き取るか、どこか施設に入居させるか、考えあぐねるうちに時間ばかりが過ぎていった。

娘である女性は、頻繁に故人宅を訪問しては、家事や身の回りの世話をしていた。
たまには、何日か連続して訪問できないこともあったけど、できるかぎりのことはやっていた。
そんなある日、何日かぶりに女性は故人宅を訪問。
生活感が失せた室内といつもにない異臭に、〝まさか!?〟と胸騒ぎ。
そして、布団に横になったまま亡くなっている母親を発見したのであった。

事の経緯を話すのは男性の方ばかりで、女性の方は一言も口をきかなかった。
第一発見者となった女性は、ただただ、目を潤ませて私の方を見るばかり。
その眼差しは、女性が受けたショックの大きさと抱える悲しみの深さを物語り、何かに救いを求めているようでもあった。

「とりあえず、中に入ってきます」
中に入りたくないと言う二人から鍵を預かって、私は玄関に向かった。

「大したニオイじゃないな」
若干の腐乱死体臭に混ざってカビ臭さもあった。
老人の独り暮しでは、家事・清掃が行き届かないのもやむなしか、家の中は全体的に雑然としており、少しホコリっぽかった。

「この部屋だな」
外周観察で現場の部屋を特定していた私は、その部屋に向かってまっすぐ進んだ
汚染現場は、奥の和室。
聞いていた通り、故人は布団の上で亡くなっていた。
そして、その布団には、生きた人ではつけることができない濃色のシミが残留。
汚染痕は乱れた形ではなく、故人が安らかな死を迎えたであろうことが伺えた。

「汚染はライト級・・・パパッとやってしまうか」
頭の中で作業手順を組み立てた私は、必要な道具をとりに一旦外へ出た。

「どうですか?」
心配そう尋いてくる男性と黙ったままの女性は、かなり消沈していた。
どうも、母親を放置してしまったことを重く受け止めて悔やんでいるようだった。
同時に、自分で自分を責めているようでもあった。

「汚染はスゴク軽いものです・・・多分、眠るように亡くなったんだと思いますよ・・・」
「ご遺体が痛んだのは誰のせいでもありませんよ・・・時間が経てば誰だってそうなります・・・ごく自然なことです」
私は、故人が天寿をまっとうしたことと、安らかな死を迎えたであろうことを二人に強調したかった。
それが、二人へのフォローになったかどうかはわからないけど、わずかに表情を和らげてくれたような気がした。

「すぐに片付けてきますから」
私は、必要な道具を携えて、再び部屋に向かった。
まずは、殺虫剤でハエを始末。
墜落した連中をビニール袋にかき集めた。
次に、汚腐団を畳んで梱包。
汚染は畳にまでは達しておらず、簡単に消毒・消臭をして一次作業を終了。

「よし!とりあえず、これで遺族も中に入れるだろう」
私は、意気を上げて外で待つ二人のところに戻った。

「一次処理が終わりましたので、中に入って貴重品を探されたらいかがですか?」
私は、今後の仕事をやりやすくするためとトラブル防止のために、家の中から貴重品を出すよう促した。

「申し訳ないのですが、見てきていただけませんか?」
二人はとても中に入る心境にはなれないらしかく、その役目を私に任せたいと言ってきた。
その心情を察した私は、その役目を快く引き受けた。
それは単に仕事の一つとしてだけではなく、やろうと思えば現金等はポケットに盗むことぐらいできるのに、それでも私を信じて頼ってくれたことに応えたい気持ちもあった。

「じゃ、行ってきますから、しばらく待ってて下さい」
「よろしくお願いします」
「あ!あと・・・一応、駆除しといたんですけど、その辺からハエがでてくるかもしれませんから、気をつけて下さいね」
「は?・・・はい・・・」
「家の中にいるハエより、外に湧くハエの方がやっかいですから」
「は、はぁ・・・」
「人目につきにくい所で待っていて下さい」
「はい・・・」

私は、自分にしか分からないジョークをとばして、それから始まる自分との戦いを前に気持ちを鼓舞させるのだった。


〝自分との戦い〟
自分で決めたことをやり遂げること、自分が自分とした約束を守ること、自分を律すること。
そしてまた、悲しみを乗り越えること、苦しみに耐えること、後悔を未来の希望にかえること。

人は、強くもあり弱くもある。
弱くもあり、強くもある。
外(人)に対しては孤軍奮闘できても、内(自分)に対してはなかなかそうもいかないもの。
自分との戦いは、自分だけでやろうとするから苦戦する。
自分の中に戦力を整えようとするから、いつまでも戦えない。
誰かの助け・何かのヒントがあれば、意外と善戦できるものなのかもしれない。

それは、人から直接的に受けるの励ましや助けとは限らない。
人の生き様だったり死に様だったり、何気ない言葉だったり。
または、過去の想い出だったり将来への希望だったり。

故人の子である遺族二人が抱える苦悩を克服するのは並大抵のことではなさそうだけど、これから始まる自分との戦いには、この家に残る家族の想い出とそれぞれの家族の未来が支えになっていくのだろうと思った。

そして、そんな二人を天国から見守る両親の姿を思い浮かべ、私も優しく励まされるのだった。








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