たまには、作曲家の生涯にふれてみてはいかがですか?
今日はウィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー(第7話)です。
≪作曲家の肖像≫
【Wilhelm Richard Wagner】
パリでとりあえず演奏は行ったものの、肝心の新曲「トリスタンとイゾルデ」の演奏がなかなか実現できませんが、今日はその続きからです。
(第7話)【起死回生】
その後、前後して1860年には、恩赦が出てドレスデンを治めていたザクセン王国以外のドイツ入国を認められるようになったため、どうにかして「トリスタンとイゾルデ」の上演を再度試みるべく、金策に明け暮れる日々が続きます。
翌年には「タンホイザー」をパリで上演しますが、大失敗。なんとか「トリスタンとイゾルデ」の上演をしたいワーグナーはその活路をウィーンに求めます。準備のためオーケストラを指揮しますが、どうにもうまくいかず、年月だけが流れていきます。
1862年、大赦が出されるとワーグナーは晴れてドイツを自由に往来することが出来るようになりますが、事態は好転することなく、またしても借金だけが膨らんでいきます。さすがに、そんな夫に愛想をつかしたのか?しばらく別居生活が続いていた妻ミンナともこの年に離婚する事になります。
やがて、ウィーンでも演奏会に向けて楽団の練習を重ねていきますが、結局演奏会が実現する見込みが薄れていきます。演奏の見込みが無くなると、同時に借金を返す宛ても無くなります。
1864年、いよいよ肩身の狭くなったワーグナーは夜逃げするようにウィーンの街を去っていきます。行く宛てももなく、とりあえずスイスに向かう途中ミュンヘンに立ち寄ります。
しかし、この時ミュンヘンを首都とするバイエルン王国では国王が急逝したため、18歳のルートヴィヒ2世がその跡を継いで、国王に即位したばかりでした。芸術にも強い関心を持っていたルートヴィヒ2世は即位すると、「ワーグナーを探せ」と命令を出していたのでした。若き国王はワーグナーにも強い関心を持っていて是非一度会ってみたいと考えていたようです。
そんな事とは露ほども知らぬワーグナーは、ミュンヘンを去るとスイス向かうため進路を西に取ります。ワーグナーを探す国王の使者はシュトゥットガルトでワーグナーを見つけると、5月に国王との謁見が実現します。人生のドン底に居たワーグナーにとってルートヴィヒ2世は正に救いの神でした。
ワーグナーに入れ込んでいたルートヴィヒ2世は、異例の厚遇でワーグナーを迎えます。ウィーンでのワーグナーの借金を肩代わりするばかりには留まらず、身支度のための一時金を与え、更に毎年、年金を受け取る事を約束されます。(どこぞのお国とは大違い!!)
そして、何よりもワーグナーはバイエルン宮廷劇団というオーケストラを手に入れる事になるのでした。
こうして、6月に念願だった「トリスタンとイゾルデ」の初演に漕ぎ着けるのでした。
バイエルン国王によって、一気に生活が急転したワーグナー、次はどんな音楽を書くのでしょうか?このつづきはまた明日。
【その他の作曲家の生涯はこちら】
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今日はウィルヘルム・リヒャルト・ワーグナー(第7話)です。
≪作曲家の肖像≫
ワーグナー:管弦楽曲集クーベリック(ラファエル), ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団, ワーグナー, バイエルン放送交響楽団ユニバーサルクラシックこのアイテムの詳細を見る |
パリでとりあえず演奏は行ったものの、肝心の新曲「トリスタンとイゾルデ」の演奏がなかなか実現できませんが、今日はその続きからです。
(第7話)【起死回生】
その後、前後して1860年には、恩赦が出てドレスデンを治めていたザクセン王国以外のドイツ入国を認められるようになったため、どうにかして「トリスタンとイゾルデ」の上演を再度試みるべく、金策に明け暮れる日々が続きます。
翌年には「タンホイザー」をパリで上演しますが、大失敗。なんとか「トリスタンとイゾルデ」の上演をしたいワーグナーはその活路をウィーンに求めます。準備のためオーケストラを指揮しますが、どうにもうまくいかず、年月だけが流れていきます。
1862年、大赦が出されるとワーグナーは晴れてドイツを自由に往来することが出来るようになりますが、事態は好転することなく、またしても借金だけが膨らんでいきます。さすがに、そんな夫に愛想をつかしたのか?しばらく別居生活が続いていた妻ミンナともこの年に離婚する事になります。
やがて、ウィーンでも演奏会に向けて楽団の練習を重ねていきますが、結局演奏会が実現する見込みが薄れていきます。演奏の見込みが無くなると、同時に借金を返す宛ても無くなります。
1864年、いよいよ肩身の狭くなったワーグナーは夜逃げするようにウィーンの街を去っていきます。行く宛てももなく、とりあえずスイスに向かう途中ミュンヘンに立ち寄ります。
しかし、この時ミュンヘンを首都とするバイエルン王国では国王が急逝したため、18歳のルートヴィヒ2世がその跡を継いで、国王に即位したばかりでした。芸術にも強い関心を持っていたルートヴィヒ2世は即位すると、「ワーグナーを探せ」と命令を出していたのでした。若き国王はワーグナーにも強い関心を持っていて是非一度会ってみたいと考えていたようです。
そんな事とは露ほども知らぬワーグナーは、ミュンヘンを去るとスイス向かうため進路を西に取ります。ワーグナーを探す国王の使者はシュトゥットガルトでワーグナーを見つけると、5月に国王との謁見が実現します。人生のドン底に居たワーグナーにとってルートヴィヒ2世は正に救いの神でした。
ワーグナーに入れ込んでいたルートヴィヒ2世は、異例の厚遇でワーグナーを迎えます。ウィーンでのワーグナーの借金を肩代わりするばかりには留まらず、身支度のための一時金を与え、更に毎年、年金を受け取る事を約束されます。(どこぞのお国とは大違い!!)
そして、何よりもワーグナーはバイエルン宮廷劇団というオーケストラを手に入れる事になるのでした。
こうして、6月に念願だった「トリスタンとイゾルデ」の初演に漕ぎ着けるのでした。
バイエルン国王によって、一気に生活が急転したワーグナー、次はどんな音楽を書くのでしょうか?このつづきはまた明日。
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