シネマ見どころ

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「オン・ザ・ハイウェイ その夜、86分」(2013年イギリス=アメリカ)

2015年07月11日 | 映画の感想・批評
 バーミンガムの建築現場から夜遅く1台の車が出て行く。ハイウェイに上がると、男は自宅に自動車電話をかけて「今夜は帰れない」という。その日は英国中が盛り上がるサッカー試合があり、息子ふたりと妻と一家四人でテレビ観戦する約束をしていたらしく、自宅では男のためにビールやソーセージの準備に忙しい。突然の「帰れない」コールに息子たちは失望する。
 こういう出だしから始まるこの映画はタイトルどおり86分間のドラマを同時進行で追うのだ。しかも、視点はただひとつ男が運転する車から離れないのである。そうして、ドラマは86分間の濃縮された時間の中で、こんなにもいろんなことが一度に起こるのかと思えるほどの起伏に富んだ劇的な物語を紡ぎ出すのだ。まず、男が急に帰れなくなった理由は何カ月も前、出張中のちょっとした火遊びから相手が身ごもってしまい、彼女の出産に立ち会うためロンドンの病院に駆けつけなければならないというわけだ。女には身寄りが無いのでかれが来るのを今か今かと待っているらしい。男は電話であと1時間半でつくと女を励ます。おまけに、翌朝には男の担当する高層ビルの着工が予定されているのだが、現場監督のかれは頼りなげな部下にかわりを務めるよう電話で説得し手順を教えようとする。そのいっぽうで、かれの上司は無責任にもほどがあると激怒し、現場監督を更迭すると息巻く。やがて、妻から電話があり、男はことの顛末を説明して赤ん坊を認知したいと宣言する。当然、妻は半狂乱となる。
 という具合に自宅、ロンドンの病院、部下、上司との自動車電話での緊迫したやりとりが交互に交わされるのである。むろん、男以外は電話の声だけ。巻頭からラストまで出ずっぱりの主人公に扮する今が旬の人気スター、トム・ハーディはこれでLA映画批評家協会賞の主演男優賞を受賞した。これまで見たことがないこの着想は一見に値する。86分経過後のハイウェイ出口では何が待ち受けているか、お楽しみだ。ああ、人生はままならない。 (健)

原題:Locke
監督:スチーヴン・ナイト
脚本:スチーヴン・ナイト
撮影:ハリス・ザンバーラウコス
出演:トム・ハーディ、オリヴィア・コールマン、ルース・ウィルソン