世界をスケッチ旅行してまわりたい絵描きの卵の備忘録と雑記
魔法の絨毯 -美術館めぐりとスケッチ旅行-
黄金の画家
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オーストリアの首都ウィーンの画家として、まず最初に名が挙がるのがグスタフ・クリムト(Gustav Klimt)であることは、多分間違いない。
私は苦手なんだけどね。怖いし、気持ちが悪い。生理的に受けつけない。純然たる好みの問題だけれど……
クリムトという画家は、画家の“人間”が見えてこない画家だ。人間としての影が薄い。
保守的なウィーン画壇に反撥し、ウィーン分離派を結成する一方で、体制にも戦争にも無関心。生涯独身で、母と姉二人とともに慎ましく暮らし、けれどもモデル女たちを愛人として数十人の私生児を産ませたという好色家。社交界依頼の肖像画は描くけれども、社交界には出入りせず、自分を慕う弟子たちに惜しみない援助を与え、やがてその弟子たちが新しい芸術の世界へと去っていくのを寂寥の気持ちで見送った。自らデザインした絵描き服を着て、猫たちを抱く、額の禿げ上がった中年男……
う~む、やっぱり人間が見えてこない。
クリムト自身の言葉はこうだ。
「僕は自画像を描かない。絵画の対象としての自分には興味がない。来る日も来る日も、朝から晩まで絵を描いている、画家としての自分にしか価値はない。僕を知りたいなら、絵から理解するよりほかない」
こんなクリムトの絵に私が感じるイメージは、「エロス(官能)」よりも「タナトス(死)」よりも、まず「世紀末ウィーン」だ。
文化の爛熟を呈した帝政オーストリア最後の時代。すでに馥郁と糜爛し、やがては腐爛して崩れ去ってゆく予感を含んだ、だがそれを打ち消す豪奢さ、絢爛さをもってますます華々と学術・芸術を匂い咲かせるウィーン。足許が崩れ行こうとするその上で、人々が享楽のワルツを踊り続けるウィーン。あの若きヒトラーをも惹きつけた、稀有な帝都ウィーン。
そんな時代に現われた、生粋のウィーン芸術家クリムト。
クリムトの絵が放つとされる官能、耽美、頽廃、淫蕩、狂気、死、等々はすべて、世紀末ウィーンの反映であり、クリムト自身が世紀末ウィーン人として、愛すべきモデル女たちを通して、刹那の甘美と忘却の陶酔をもって、率直にそれらを描きつけたのだ。
……と思う。
父親が彫金師という出自。貧しいなかで、稼ぐために装飾工芸を手がけた、その眼と腕は職人的で、一方、描かれる女性像は、女好きのクリムトの趣味・嗜好を強烈に反映している。
それを人々は、“ファム・ファタル(運命の女)”と呼んだ。恍惚の表情を浮かべる華麗な女たち。その華麗さを、金箔と、ビザンチン・モザイクの文様との装飾が強調する。奥行きのない、平面的な、パターン化されたアラベスク模様の衣装と背景のなかに埋もれる、あるいは浮かぶ、即物的な肉感を持った生々しい女たち。その赤裸々な官能性に、人々は狂喜した。
けれども“ファム・ファタル”は、妖艶で空虚な世紀末ウィーンそのものだった。クリムトが脳梗塞で倒れ、スペイン風邪による肺炎で死去した、その同じ年、オーストリア=ハンガリー帝国もまた崩壊した。
画像は、クリムト「接吻」。
グスタフ・クリムト(Gustav Klimt, 1862-1918, Austrian)
他、左から、
「金魚」
「ダナエ」
「人生は戦いなり(黄金の騎士)」
「ひまわり」
「水の城」
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