月と六ペンス

 
 モーム「月と六ペンス」は、ゴーギャンをモデルとした画家ストリックランドの、芸術に取り憑かれた半生を描いた話。
 平凡な、まったくないも同じ存在だった中年の株ブローカー、ストリックランドが絵を志し、妻子を捨てて家を出る。長い漂泊の果てにタヒチへと渡り、土着民の娘と同棲して、癩病に犯されながらも絵を描き続ける。
 
 私はゴーギャンの人格を好きなわけじゃないが、それでもゴーギャンに比べるとストリックランドはあまりに俗物のような気がする。おそらく描くモーム自身が俗物なのだろう。
 が、通俗的ではあるけど、ゴーギャンを念頭に置かなければ、ま、面白い読み物かな。狙いどおりにヤマ場、ヤマ場が適所に用意され、物語は大いに盛り上がりながらトントンと進む。

 モームが俗物だというのは、彼の両性観によく現われている。皮相と言うか、下世話と言うか。

 ストリックランドが突然家を出、夫人たちは騒然とする。きっと誘惑に負けて、誰か女性と恋の逃避行に及んだのだろう、とみんなは想像する。
「ただ帰ってきてもらいたいんですの。帰ってさえくれれば、済んだことは済んだことですわ。何と言っても17年の結婚生活ですもの」
 ところが、彼が家を出たのは絵を描くためだと分かる。その途端に夫人の態度は急変する。女性に夢中になった勢いで一緒に逃げたのなら許せるが、信念のために家庭を捨てたのなら許せない、と言う。家庭は愛に勝ると自負するけれど、芸術には嫉妬する主婦。……あな、恐ろしや。

 ストリックランドのほうも似たり寄ったり。
「肉欲という奴は俺の精神を押し込めてしまうんだ。あらゆる情欲から自由になった自分、一切をあげて芸術に没頭できる自分をどんなに待ち望んでいることか」
 で、自分を愛した女性のヌードを描いた後、彼女を捨てて自殺に追いやったりする。性愛(と言うか、性欲)と芸術とが相矛盾する画家。……あな、恐ろしや。

 でも、ふんふんと、うなずけるところもあるかな。
「絵が描きたいんだよ、僕は。もう四十だからこそ、いよいよやらなくちゃ駄目だと決心したんだよ。僕はもう描かないではいられないのだ」
 ……相棒もこれくらい踏ん切りつけてくれたらねえ。

 画像は、ゴーギャン「タヒチの女」。
  ポール・ゴーギャン(Paul Gauguin, 1848-1903, French)

     Related Entries :
       人間の絆
       手紙
       ポール・ゴーギャン
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )
« 夢の話:浮力... トルコ料理 »