ビクトリアンなマドンナ

 

 
 19世紀半ば以降、黄金期・爛熟期を迎えたイギリス絵画は、よく、「ビクトリア朝美術(Victorian Art)」というタームで表わされている。

 大陸的(と言うより地中海的)な古典主義と、ラファエル前派的な宗教性や象徴性、イギリス中世騎士文学や詩の主題とが融合した、独特の雰囲気。水彩画の伝統を感じさせる透明性。自然への憧憬と質朴さ。貴族的な上品さと、正統を重んじる厳格さ。云々。
 加えて、ビクトリア朝の時代、産業の発展に伴う繁栄は、貧富の差の拡大をもたらしつつも、下層の庶民階級にまで洗練や道徳・礼節を浸透させていった。もちろん絵画は、こうした世相をも描き出す。

 で、私の「ビクトリア朝絵画」のイメージというのは、自然主義的だが感傷的で、格調高くも通俗的で、質素に見えても装飾的で、つまり、高度に洗練された文化的娯楽の大衆的絵画、という感じ。

 それでも一流の画家たちがいる。「ビクトリア朝絵画」の代表的画家と見なされている、マリアンヌ・ストークス(Marianne Stokes)もその一人。
 ストークスというのはイングランド風景画家である夫の姓で、旧姓はプラインドルスベルガー(Preindlsberger)。オーストリアの古都グラーツの生まれ。

 マリアンヌの絵は大変に女性的で、古典主義的な技量と美意識、オーストリア的な気品と色香、ラファエル前派的な赤や紺への偏好などが、ジュール・バスティアン=ルパージュ的な田園的、自然主義的な明快さ、透明さと見事に溶け合っている。

 彼女の描く女性像は、大抵は真正面か真横からのもの。これが多分、彼女の造形的な美のアングルなのだろう。その平面性は、のちに彼女が油彩を捨て、テンペラを用いるようになって以降、俄然、印象深くなる。
 が、女性像の象徴する母性が、どことなく抽象的に感じるのは、マリアンヌに子供がいなかったからだろうか。

 略歴を記すと……

 奨学金を得てフランスを訪れたマリアンヌは、アカデミーで腕を磨きつつ、他の多くの若い画家たちがそうだったように、バスティアン=ルパージュの素朴な魅力の虜となる。画題の関心が田園から、宗教、中世ロマンスや詩へと移った後にも、その影響は変わらなかった。 
 フランス滞在中、フィンランドの女流画家ヘレネ・シェルフベックとともに、ポン=タヴェンを訪問。ここで、夫となるエイドリアン・ストークス(Adrian Stokes)と出会う。

 イギリスに渡り、夫婦でセント・アイヴズに住まって、ニューリン派に参加。女流画家エリザベス・フォーブスらと親交を持つ。が、ラファエル前派に感銘してからは、画題はもっぱら宗教や物語に。美しきヒロインやマドンナを描いて、俄然本領を発揮する。

 一方で、しばしば夫婦でヨーロッパを広く旅行。チロルやクロアチア、スロバキア、タトラ山脈など、田園の山々を好んでまわった。
 その先々で、夫エイドリアンは農村生活を髣髴とさせる風情ある風景を、マリアンヌはスロバキアの民族衣装を着た繊細な人物画を描いた。幻想性をかもす異国の風俗文化の絵は、コスモポリタンなマリアンヌの良さが最もよく現われている。

 あまり実物を観る機会はないけれど、イギリスまで行けばたくさん出会えると思う。

 画像は、M.ストークス「聖母子」。
  マリアンヌ・ストークス(Marianne Stokes, 1855-1927, Austrian)
 他、左から、
  「メリザンド」
  「貧者のために働く聖エリザベト」
  「死と乙女」
  「ギリシャ正教会で祝福のために聖水を運ぶルーマニアの子供たち」
  「聖燭祭」

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