振り込め詐欺ももう珍しくはなくなってきた。
孤独な人の気持ちに入り込み、行う犯罪。
最初は、「おれ、おれ」といい、孫や子を装い、
高齢者の孤独につけこむような犯罪であった。
家族の形から、その後、会社の名前を使うなど、
犯罪の方法はどんどん変化していった。
日本の人間関係や家族関係のあり方の急所をついた犯罪であった。
本日のヤフーニュースには、26歳の男性が、
振り込み詐欺に「成果主義」をあげ、まるで会社の営業のように
行っているということが報じられていた。
26歳の男性は、無職。
26歳といえば、フレッシュマンを終え、仕事に慣れ始めたり、
自分の適性について考えたりする時期でもある。
会社・組織に所属する、というのも1つの安心感であり、
「職業的アイデンティティ」である。
無職者には、最近、「ニート」という名詞ができ、
そこで安定ができるようになったとも言われていた。カテゴリができると
自分の存在のおき場所ができるというわけである。
「フリーター」も、もはや市民権を得た。
ニートやフリーターが悪いというわけではない。
それで、自分の責任で人生を切り開いていければいいとは思う。
しかし、「振り込め詐欺」の「会社」のような組織を作った「彼」は
自分のおき場所がなかったのかも知れない。
組織の中に入り、
組織の一員として、
しかも、リーダーシップをとるというところに意味があったような気がする。
彼はどこにも所属できなかった人かも知れない。
誰にも、自分の「力」を認めてもらていると感じられなかったのかも
知れない。
彼が作った組織の中で、彼は担当を振り分け、営業成績を
グラフにした。
そこは、社会的に受け入れられる形ではなかったが、
彼にとっては、重要な自分の居場所であったし、
存在の確認であったのではないだろうか。
また、その組織の中にいる人にとっても、営業成績で
自分の位置を確認していたのかも知れない。
役割には意味がある。
組織の「部下的」な役割であっても、
自分が役に立っている、力になれていると感じられれば、
自分の確認ができる。
「透明な存在」といった少年A。
もはや少年ではないが、彼の放ったこの「透明な存在」ということば。
今、
「透明な存在」であることを認めるのが怖くて、
そうなりそうな自分が感じられるのが怖くて、
たまらない人たちは、どのくらいいるのだろうか・・・。
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以下、YAHOOニュース
振り込め犯「成果主義」、ノルマ月1千万円・グラフ競争
4月24日0時43分配信 読売新聞
釧路地裁帯広支部(野原俊郎裁判長)で23日開かれた振り込め詐欺集団の主犯格の公判で、「ノルマは月1000万円、成績はグラフで競争」など営業マンさながらの「成果主義」による管理ぶりが明らかになった。
詐欺と組織犯罪処罰法違反の罪に問われた、住所不定、無職水沢崇被告(26)の初公判で検察側が明らかにしたもので、「卑劣さが目に余る」などとして、水沢被告に懲役10年を求刑した。
グループは電話役や通帳の入手役、口座に振り込ませた現金の引き出し役などを細かく役割分担。担当間では直接接触させず、互いの氏名も隠すなど二重三重の発覚防止策を講じた。さらに電話役には、だます内容の「ネタ作り」報告書の提出を求めたほか、月1000万円のノルマを課し、個々の“成績”を示すグラフを作り、競争心をあおっていた。