赤いフルーツトマト

写真付きで日記や趣味を書くなら

ノロケしか書かん!!

2015-02-13 15:27:06 | 日記
1ヶ月後にはれおくんは北海道なので、もうれおくんのことばっかり書きます。
今までもそうでしたが。

おもむろに1月半ばの朝
「俺今度北海道行くねん」
「旅行?友達と?」
「いや、上司と、仕事で」
「出張とか?」
「いや、移動が決まった。2ヶ月弱後くらいかなー」
「転勤ってこと?」
「まぁそんなもん」

兄も仕事で4年くらいいたしそんな話したり、他に気になってる言うてた同級生の女の子(実在するかは謎)とはどうするの?と聞くと
「このままなんも無いままやろ」
「もう一人の人も?」
「もうないな」

「やったらうちが一緒に北海道について行く」
うちがすぐそう言うと思って無かったのか
「高槻大好きやから付き合うの高槻の男しかあかん言うてたやんかー」(よく覚えてますこと)
「高槻大好きやけど、れおくんの方が好きやもん」
「なんやそれw」

「2ヶ月弱…1か月半後くらいで引っ越し準備出来るんか?」
「そんだけあったら出来るやろ」
どうせうち服と絵描くもんあったらええし。
まぁ、現実問題そんな簡単にはいかないの分かってるし、すぐには無理でしょうがお金少しずつ貯めて会いに行きます。
言質取りみたいなもんです。
まぁ「一緒に行く!!」を拒否されはしなかったし。


それにしても最近はほんまお疲れ気味で、半年以上一緒に寝てるときにも聞いたことのないような、はっきりと会話してるような寝言が増えた。突発的に喋りだす感じ。いびきは前からでしたが。
前も朝急遽な仕事入ってたし。
「んー…次のまで時間的にギリですけど、僕しかいないんでしょう?」
やし。
「出世すると仕事増えて大変やわ―」
と出かけて行きました。

酔ったときすごく甘えん坊になるから、今なら真夜中いきなり呼び出されてもすぐ自転車飛ばして行けるけど、北海道は無理やからなぁ。
最初は土地や道や(運送業だから)人間関係慣れるのに忙しいだろうけど、寂しさがドッと来たとき心配なん。
最初の頃よく手料理作って一緒にご飯食べてたんだけど、
「うち実家暮らしやから分からんけど、一人暮らしって寂しくないの?」
「寂しいよ!!」
って即答やったもんなぁ。
北海道の寒さと寂しさにやられて死なんかったら良いが…。あととにかく事故が心配や。


昨日ガス止められて(言われた期日までに払ったのに止められたらしい)ガス会社に電話で文句言ってはった。
そして食材の消費期限の問題によりうちが実家帰って焼きそば作ってまたれお宅に参上。最初嫌や、父も怒るわ、言うたら
「どうせれおくん家行く言うて来たんやろ?やったら理由言ったら作らしてくれるって」
親公認ってことでええんですね。mixiつぶやきと日記で友人はほぼ知ってますからね。因みに書いた内容もれおくん本人に見せましたしね。

「麺にゅるにゅるやぁ。こんな触感の焼きそば初めてや」
と遠回しな文句をいただいた。熱々ラップして歩いて持ってきたらこんなんなるやろうが。
最初の頃はうちが作ったご飯一緒に食べてたら
「うまっ!!」
って褒めてくれてたのに。


まぁ居る内に風邪の看病出来たの嬉しかったな。以前から風邪引いたら看病しに来る言うてたし。あとまだ節分と(豆買っておいてある。恵方巻きもせんと)、バレンタインもあるしな!!
一緒に居れるうちは傍に居ようと思う。
女性媚薬
紅蜘蛛

生まれてはじめて、同窓会に参加してきました。

2015-02-02 11:01:13 | 日記
生まれてはじめて、同窓会に参加してきました。
夜だったので体調の不安はかなりあったのですが、母親と主人の協力のおかげで参加することができました。

わたしって、起こる出来事は他人から見たら案外ついてないというか、「かわいそうに」とか「大変」「気の毒に」と思われることばかり起きるのかもしれないけど、周りの人、というか重要な関係者にはかなり恵まれているのです。おかげでわたし本人はあまり苦労せずに何でも乗り越えて幸せに生きているんです。かなりありがたいことです。

とりあえず幹事の男の子は知っていて、でも他にどれだけ知っている人、仲のよかった子が参加するかは全くわからず。途中から学年が変わってしまい、当時メールはあまり一般的でなかったので誰とも連絡をとっていなかったので。
今日、知ってる人が誰もいないかもと薄々思っていました。

会場に着くと何人か集まっていて、幹事の男の子が出迎えてくれて、なんとなく見覚えもあったのでほっとしました。

(本名の下)ちゃん、と呼んでくれたのですが、彼には在学中に一度でもそう呼ばれた記憶がなかったのでちょっと驚きましたが、高校時代はだいたいその呼ばれ方だったので、すごく懐かしくて。

結局、1年で同じクラスだった子と2年で同じクラスだった子がいて、すごく嬉しかったです。


みんな一目見るなり「マリアンヌちゃん!」と話しかけてくれてびっくりしました。よくわかったなぁって
あまり変わってないじかくあはあるんですが、「マリアンヌちゃん?」と確認系で言われると思っていました。

しかも、顔が丸くなったことを指摘されて。

「安心したー!その方がいいよ!」と言ってもらえたし自分でもそう思うのですが、9月までは、ステロイドをはじめるまでは、もう少しやせていたんだよ(^^;と思うとちょっと複雑な気分です。病気って一瞬で人を変えるんだなぁ。


みんな、「(3年の時)何組だった?」という会話で自己紹介するのですが、わたしの場合は「病気で2年の時に休学して留年した」という紹介になるのはなかなか悲しいことだと、初めて知りました。

これまで留年が寂しいとか大変とか思ったことは一回もなかったので。

説明するとみんな「大変だったんだねぇ」と言うのです。

わたしにとっては適切な紹介だし、留年したことは誇りのように思っていたのですが、ちょっと飲みの席にはあわない重い話題のようです。

そういえば、あの学年の卒業アルバムにわたしはのってないんだなぁと思い知った時、やっぱり少し悲しかったです。

進級させてもらえそうだったのに、なぜ安易に留年することを自分は選んだんだろう?

目標があったからきちんと勉強したかったし、学年が違くなっても友達じゃなくなるわけじゃないし、記憶がなくなるわけでもないんだからと思ったし、きちんと決断したことなので後悔はしていませんが、でもやっぱり、最初の学年の友達が大好きでした。ずっと同じ学年でいたかったなぁと今更ながらちょっと思います。

でも、覚えててくれる人もいるし、こうして同窓会にも参加できるし。

次は、もっと体調の心配をしないで参加できたらいいな。
今回は、本当に行ってみてよかったです。
威哥王
三便宝