MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルツウ-3-4

2010-04-23 | オリジナル小説


話を再び、天界を鴉と彷徨うアギュとシドラへと戻そう。

閉じられているとは思えない程に空は青い。
その空に向けて聳える4つの柱。
しかし、柱と見えたのは、流れ落ちる衣服のヒダが直線をより強調している為。
明鴉が4大天使と紹介したモニュメントは向かい合いたたずむ巨大な彫像であった。
見上げてみると、それぞれの彫像は背で折り畳んだ羽を有しているのがボンヤリと伺えた。
『驚いたな・・・これでは・・・会話等、できるのか。こいつも死んでいるんじゃないのか?』シドラが囁く。明鴉に向けたのは不信の眼差しだ。
「・・・死んでいるというのは当てはまりません。ここの天使達は、すべて仮死状態なんです、って言っても死んでるのとあまり変わりませんか・・・彼等は来るべきハゲマゲドンに吹き鳴らされるラッパの音を待っているんです。」
鴉が自信なさげに訂正する。
「ふん、そしたら起きるわけか。」
「まあ、待ってるうちに待ち疲れてしまったわけですね。」
気を取り直すと、アギュを振り返る。
「ここでは仮に4大天使と呼んでいますが・・・別に言えば・・・普賢、文殊、観音、弥勒、4菩薩だと呼ぶ人間達もいるのですよ。この名前はご存知でしょう?」
『今度は仏教と来たか。』
「つまり・・・同じ物だと言うのですね?」アギュは柱をしげしげと見上げた。
「はい、たまたま、あなた方は最初にミカジェルと遭遇したわけで・・・彼はキリスト世界にしか自分を置くことを認めない、そういう奴ですからね・・・その結果、彼のイメージ世界に感応したまんま、ここに入って来たということです。だから今、ここは一見キリスト世界としてあなた方の脳裏に現れているわけです・・・ちょっと良かったら、見方を変えれて見てください。おもしろいですよ。意識して、これは天使だという先入観を捨てて見るわけです。」
そう言ったとたん一瞬、天使であった明鴉は黒い羽を持つ鴉天狗にだぶる。
「この姿の方がお好みでしたなら、こちらをお選び下さい。」優雅に舞ってみせる。
その回りの死んだ天使の群れも、羽衣のような衣装をなびかせたままの眠る迦陵頻迦と天部の梵天の群れと重なった。
「そう・・おもしろいですね。」アギュは感慨深くそれらを見て取った。
「あらゆる信仰の形をあなたがたは具現化させているわけなのですね。見る者によって違うものと写る・・・彼等人間のそれぞれに見たいものを見せる。」
「いわば、商売道具です。」鴉は黒い羽毛に覆われた切れ長の目で笑う。
「この姿で人間の信頼を勝ち取り、最も我々がおいしいと感じる信仰心を捧げさせるわけですから。」
「しかし、あらゆる宗教が一つの姿を持つわけでもない。」
「そうです。ミカジェルのように固定した姿に固執するものも多いですけど。信仰される中心になるものは一定とは限らない。宗教派閥が無数に産まれるわけですよね。4大天使と名乗るものさえ、たくさんいるといいましたよね?。平たく言ってしまえば、望むものを人間から取り出せす為ならば、なんだってありだと言ってもいい。魔族も天使もただの呼び分けだと僕はいいました。魔族と天使がまったく同じ行動をすることもあるのです。」
「デモンバルグのように。」
「そう、デモンバルグなんてその代表例でしょうね。彼は恐怖を好むけれど、自分の求める魂をひたすら守っている。雛を守る親鳥のように。滑稽と言ってもいいくらいだ。」
改めて、アギュは聳える彫像を見上げた。羽ではなく今度は背には光背が見える。
奇妙な事に目線を上に走らせれば走らせるほど、上半身はぼやけ胸や顔に当たる部分は濃い霞が掛かっているように見えた。
「・・・4大天使は会話もできます。あそこへ行けば・・・のはずです。」
「なるほど。そのようですね。」見上げてうなづく。
なぜなら、天使柱が形作る正方型の中心に、一つの次元が作られていることがアギュには感知できたからだった。
像がぼやけて曖昧になっていっている場では、空間が強く内側に凹んでいると強く確信する。「では、行ってきましょう。」
アギュは浮遊すると、鴉を追い抜いて見下ろす。
「あなたは?」
鴉は困ったようにアギュを見上げた。
「僕は・・・遠慮しておきます。用もないし。彼等も僕に関心なんてないでしょうから。僕はきっとはじかれてしまう。でも・・・あなたなら大丈夫だと思いますよ。」暗に4大天使の方でも既にアギュに関心を寄せている可能性を示唆する。
「僕はここであなたのドラゴンレディと待っていますよ。」
「冗談じゃない。」すばやく、怒ったシドラが現れた。
「あなたはどっちが好みです?」明鴉はシドラに問うたが無視された。
『我もおぬしについて行くぞ。危険極まりない。』
「シカシ。」アギュは目をすがめて上空を吟味した。人格が変転する。
「アソコへはバラキでは侵入できない。特殊な場だ、違うか?」
しばらくバラキと会話をしたシドラは、間を置いてから渋々うなづく。
それらを好奇心一杯で見て取った明鴉は嬉しそうにドラゴンの背に近づいた。
「ほら、言ったでしょう。ここで僕と遊んでいましょうよ。」
「やなこった。」「ちょっとだけ、乗ってもいいでしょう。」「なんだと」
鴉とバラキの背に乗ったシドラが言い争ってるのを背後にアギュは上へ上へと自分の存在を引き上げて行く。
その空間は回りの空間を引き込む中心部とは反対に、近づくにつれてその外部輪郭からは侵入を拒むかのように分子が外へ外へとと押し出されている。
流れに逆らうように、体が重く動きが遅くなる。
例えれば、そこは時間というものが更にゆっくりと流れているかのようだった。
時間が負荷に押しつぶされ這いつくばる。
「人工的な次元だ。これが4大天使の力か?」
アギュは自身の存在を巧みに分散することによって複数の空間にぶれさせた。幾重にもぶれたアギュは(それは人の目で見たとしても感知できない)ほとんどの抵抗力を相殺することに成功した。
そしてやがて、その4大天使のプライベート空間とでも言うべき場所に到達する。

はじき出されるように気が付いたら、アギュはその空間に飛び込んでいた。
そして、そこに『それ』はいた。
渦くまる光の粒子の渦。その空間をみっしりと詰めて重く存在する金色の光。
太陽には及ばないが、核融合を繰り返す巨大で圧倒的なエネルギー。
立ち上がる太陽フレアのような4本の角がなければ日輪そのものであった。
その前では、蒼き光のアギュは小さな光に過ぎなかった。
しかし、その光はその場のエネルギーに瞬時に反応しそれらを取り込み、何よりも強く鋭く輝いた。アギュは身の内が溶岩のように滾る熱に満たされるのを感じる。
おそらく、少しでも戦けばその存在に頭から飲まれてしまっただろう・・・生半可な気力ではアギュでさえ光に溶けてしまったかもしれなかった。
胸に輝く低いオレンジの光がアギュの体温を冷やして行く。
アギュはかつて惑星よりも巨大なワームドラゴンと対峙したこともあった。
臆することはない。
「オマエが4大テンシか?!」アギュの口から不遜な高い声が放たれた。
「4人いるっていうのに、4人、いないじゃないか!」
重い空間に鎮座する光はしばし激しく渦巻いた。粒子がぶつかりあう、ゆっくりとしたざわめきと共に光が立ち上がるのがわかる。
『・・・控えろ・・・』と、その存在は濃く重たい意志を伝えて来た。
『・・・我らは4人にして1人・・・1人にして全てのもの・・・』
「フン。気取ってるな、さすがホショクシャどもの親玉だ。」
『・・・宇宙から来しものよ・・・』
ふーん、なるほど。もうアギュ達のことを把握している。明鴉の言った通りだった。
『・・・この星を巡る・・・三千世界において、知ろうとして我らの知らぬことなどないのだ・・・』
ほとんどはあえて知りたくもないことばかりって言いたいようだなとアギュは心のうちで皮肉る。
『・・・天使との争いも・・・すべて見ていた・・・』
『・・・お前が鴉に語った話も・・・ここで聞いていた・・・』
「すべてお見通しってわけか!では、オレが誰だかはもう知っているな?!」
アギュは挑発する。
「オレがどういう存在かってことだ!言ってみるがいい、三千世界の蛙よ!」
『・・・それは・・・わからぬ・・・外世界から来たということだけしか・・・』
挑発をかわし、淡々とそれは己の無知を認めた。『・・・お前は何者だ・・・・』
「オレはニンゲンだ。最高にイカシタ、シンカしたニンゲンだ!」
アギュは誇らし気に叫ぶ。「オレはリンカイシンカ体!。」
思い出したように口から、こう笑が迸った。
「いっとくが、ロードではない。」
それに答えるかのように、金色の粒子が光速で渦巻いた。
「4大天使・・・笑ってやがるのか?」アギュは油断なく身構える。
『・・・なるほど・・・愚かな間違いだったな・・・』
「ロードなど、いないのだろう?」アギュは容赦しない。
「それはオマエ達がニンゲンをホショクする為に、カンリするために作ったゲンソウだろう!? そうやって、人間達を騙してエネルギーを食うわけだ!」
しばし、光は沈黙する。
「ホラ、見ろ!図星だ!オマエらは寄生虫だっ!」
叫ぶと共に、剣のような青い光が渦巻く光に鋭く打ち込まれたが、その先端は金色の密度の濃い粒子と激しくぶつかり火花を散らせた・・っと思う間もなく先端が折られ四方に弾けとんだ。4本の光の角は微動だにしない。
『・・・戦いなど飽いた・・・我らに争いをは無用・・・』
侮りがたい相手であることをアギュは悟り、密かに舌を巻く。
少しはお行儀良くした方が利口なようだ。
光が飽いたのはアギュへの関心でもあったのかも知れない。
誰もいないかのように光が、つぶやく。
『・・・ロード・・・わからない・・・』意識が水面のように揺れる。
「オマエにもわからないのか。オレもわからないがな。」
ふと、アギュも真顔になり、小さくつぶやいた。
対峙する二つの光にしばし時が過ぎたようだ。

『・・・宇宙にも・・・ロードはない・・・』
「知らん。」4大天使が再び呟くと、即座にアギュは吐き捨てた。
「ただ、オレと同じリンカイしたニンゲンはすべてウチュウの果てを目指して消えたと聞く。果てにナニがあるかはわからない。今のところは、誰にもな。」
『・・・宇宙の果て・・・』
「いつか・・・」その時、自分でも思いがけないことをアギュは言う。
「オレも行くがな。」
言ってから思う。果たして、オレは本当にそれを望んでいるんだろうか。
他の人格からの干渉はなかった。彼等は完全に接触を断ち、沈黙している。
自分でもアギュはわからなくなった。
光は再び、アギュの存在を思い出したようだ。
『・・・なぜ、お前は行かない・・・』
今度はアギュの方が答えない。意趣返し、子供のように。
「オマエも・・・おそらく、そこへ行けるんじゃないかな?」
確信は持てないまま、天界とされる空間の薄い膜のことをアギュは考えていた。
「あと何億年か待てば、ここは破れる。銀河の中心を貫く、ワームホールへと投げ出される。オマエらはドコへ行くんだろうな。ウチュウの果てとやらへも自由自在かな。」
アギュの目には押さえがたい憧憬が浮かんでいたのかもしれない。
再度、光が問う。
『・・・なぜ・・・仲間の下へ行かない・・・』
「仲間じゃない。」即答せずにいられない。「オレの仲間はここにいる。」
今はだ。しかし、そしてその後は?。
彼等が短い命を終えた後、アギュはどこにいるのだろうか。
『・・・進化した人間も変わらぬものだな・・・』
アギュは自分の思いがすべて4大天使に伝わっていることに困惑した。かつて上司となった元最高機密研究所の長官、イリト・ヴェガはアギュを憂慮していたのではなかっただろうか?。覆い隠すべき肉体を失った人間、すべての感情がむき出しになったまま生きている存在。見方を変えてみれば、それが臨海進化体なのではないかと。

「そんなことはどうでもいい。」アギュは目的を思い出した。
「オレが聞きたいのは、デモンバルグだ。デモンバルグのことは知っているな?」
『・・・デモン・・・』4大天使は確かに肯定したようだ。
「アイツは何もんなんだ?アイツの追ってる魂のことを知りたい。」
『・・奴は・・不可侵領域・・・』気のせいか、いらだしげに光は瞬いた。
『・・・もうひとつ、ある・・・・』
「?」
『・・・追ってるもの・・・』
「デモンバルグが追ってる魂がもう一つあるのか?」
『・・・追ってはいない・・・対になるものだ・・・』
「渡が持ってる魂と対の魂があるのか?」
『・・・デモンバルグはそれをいつも遠ざけている・・・・』
「自分の追ってる魂からか。」
『・・・デモンバルグの狙いは・・・わからない・・・』
「デモンバルグは有史以前からのただ1人の悪魔だって聞いたが。」
『・・・・おそらく・・・・』
「4大天使のオマエらよりも古いのか?」
『・・・確かめようがない・・・・』
アギュは僅かに舌打ちする。
「ちぇっ!役に立たないな。ならば、それはいい。その対になる魂とやらはどこにあるんだ?」
もったいぶるかのように光が渦巻く。密やかな笑いを秘めて。
「教えろ!」その時、アギュの中から突如、別の人格が浮遊してくる。
「そんな風に彼等にごり押ししてはいけません。」「いいんだ、こいつらは所詮、デモンバルグと変わらないホショクシャだぞ。」「あなたの何倍も生きてこの星の人々の信仰を司って来た方々です。もっと聞き方があるでしょう。」
少し、抵抗があったが交代する。
「申し訳ありません。」アギュは光に許しを請うた。「カレは口の聞き方をしらないものですから。」
『・・・1人ではないのか・・・』
「はい、あなた方と同じです。私は二人、統合人格を入れると3人と言った方がいいかもしれません。」
『・・・似ている・・・』
アギュと変わったのはカプートと呼ばれた418であった。
「実は、私達が複数人格を得たのはある不可抗力なのですが。確かに、肉体を失いつつある私達と、具象化した体とはいえ物理的な姿を捨てて1つに融合したあなた方、4大天使と私達は似ていると言えば言えるでしょうね。」
いつもは滅多に出ては来ない418はついつい饒舌になる。
「ただし、大きな違いがある。私達は連邦からの頸城があるとはいえどの空間にも出入りが自由である・・・しかし、明鴉さんの話によると、魔族も天使族もこの地球の重力から離れることができないそうじゃないですか。あなた方、4大天使もそうなのではありませんか?。あなた方が今の姿を取る事にしたのも、それが大きな要員ではないのですか?」
『・・・よく、しゃべることだ・・・』4大天使の口調に始めて変化が現れた。
『・・・我々は有史より地上を管理していた・・・何の変化もない単調な繰り返しだ・・・人間は増え栄え、たくさんのエネルギーを我々に提供し続けた・・・我々はそれを吸収し淘汰しあい重い巨大なエネルギーとなった・・・しかし、それだけだ・・・終わりがない・・・それに気づいたものがここに来て自分を封印した・・・いつか何らかの変化が現れるまで・・・そう・・・すべてに・・・我々は飽いた・・・今は地上になんの関心もない・・・』
「そうですか・・・」418のトーンも落ちる。
「我々がオリオンからこの地球に来たことで、何らかの変化が起こせればいいのですが・・・」
『・・・期待はしていない・・・』
「我々はここの人類と祖を同じくする人類の末裔です。ここの時間で何千万年も前、祖の人類から別れた一群の人間達が船でこの星に降り立ちました。我々が派遣されて来たオリオン連邦を作ったのはそれ以外の人類です。祖の人類にはあなた方のような天使や悪魔と言う観念があったことが伝わっています。しかし、オリオンの人類にはそのような観念すら失われているのです。しかし、ここの人類達は今だに祖の人類に近い遺伝子を保ち、自覚はないかもしれませんがあなたがたような存在と共にあります・・・それがなぜなのか私は知りたいのです。」
4大天使の光が激しく渦巻き出す。内側で新たなエネルギーを作り始めていることを418は確認する。退屈した彼等の好奇心を刺激し、興味を引く事ができたようだ。
『・・・ドウチ・・・』
「・・・なんですって?」
『・・・思い出した・・・かつて我々は魔族と激しく争った・・・それを調停したのがデモンバルグであった・・・魔族も天使族もかつては同じものであったと奴は言った・・・・争うのは無意味・・・どちらが上か下かもない・・・」
光は記憶をたどるように瞬いた。
「・・・そう、奴は言った・・・ドウチと呼ばれたのだ・・・我々はパートナーソウル・・・それが原型だとデモンバルグは言っていた・・・』
「!」アギュの内も激しく輝く。ついに望む情報を引き出したのだ。
「その時から、彼はその二つの魂のうちの一つを追っていたのですか?」
『・・・そうだ・・・もっとずっと昔から・・・』
418は興奮を抑える事ができなかった。
「そうです!、確かに祖の人類の初期の記録にドウチと言う存在が残っているのです。人々はドウチによって守られていたと。それではひょっとして・・・デモンバルグは遥か人類がここに降り立ったときからの何らかの情報を握っているのに違いありません!。これは私の直感です。直感に過ぎませんが・・・あなた方は変化を待っているといいました。もしかして、その変化に繋がるかもしれないのは・・・デモンバルグなのかもしれません!。彼に会わねばならない・・・」
『・・・奴は一筋縄ではいかぬ・・・それ以上は・・・語らぬ・・・』
「彼の追っている魂と対になるものはどこにあるのです?」
418は頭を下げる。「必要なのです、教えていただかなくてはなりません。」
『・・・60年前までは日本にあった・・お前も知る神月・・』
「神月にあったのですか?!」
『・・・それから後はわからぬ・・・痕跡が消えた・・・・』
「消えたのですか。ほんとに?あなた方でもわからない?」
『・・・わからない・・・』
アギュが落胆しかけた時、光は続けた。
『・・・わからない、が・・・ある・・・』
「何か方法があるのですね?」
『・・・知る方法はある・・・・』
「方法?」
光はものすごい勢いで渦巻き、己の中央に一つの穴をうがいた。
『・・・過去に聞くがいい・・・』
アギュはその竜巻が形どる螺旋の洞窟を半信半疑で見つめる。
粒子の渦巻くその巨大な洞窟は深くえぐるように熱の滾る溶鉱炉へと突き抜けて行るのではあるまいか。蒸気が盛んに吹き付けて来るが、熱さは感じなかった。

「おい、どうした?」再び人格が現れる。「やめとけ、こんなの罠じゃないのか?」
そして、叫ぶ。「ヒカリ、なぜオレ達にそこまでする?」
『・・・信じられぬか・・・ならばそれまで・・・』
「アナタ方は・・・」人格が統合する。「アナタ方も・・・来し方を知りたいのですね。ここに籠ってすべてを遠ざけてはいても本当は、いまだ待っているのです。」
『・・・デモンバルグの秘密を暴き出したものはいない・・・我らもできなかった・・・対になる魂を手に入れ・・・奴の秘密に近づくがいい・・・』
「勿論、あなた方が私を葬る可能性もなくはないが。」
『・・・・無意味・・・・』
418も再び現れる。
「時間と言われるものも不確定な次元の一つと言われています。この宇宙全体よりも大きなものとみられ、解明されていません。宇宙の中では明確な時間の観念がないからです。どうして、時間の密度がところにより濃くも薄くもなるのか?。まったく時間と言うものがない次元も多く存在する。遡るところさえ確認されているんですから。極端に言えば、あってないものとも言えるのです。ただ人間の観念の中に存在する時間という観念に限って言うならば、時間軸は螺旋であるとの考察があります。X軸に対するY軸は平行宇宙の連なりではないかと。時間とはそのX軸を移動する点同士の繋がりで表現されるしかないものなのです。そして、未来に行くのは容易いが、過去に戻るのは難しいと言う話もある・・時間軸は常に先へ先へと進んでいると考えられているから・・・と言うことは、もしも過去に戻れたとしてもです、そこからまたここへと引き返すは容易なはず、となります・・・こんな、チャンスは滅多にありません!。行ってみることに私は賛成します。」
「オレにはそんなに楽観的に思えない・・・このラセンを辿れば、デモンバルグの秘密に近づけるのか?本当にジカンを遡ることができるのか?・・・ヒカリ、騙すんじゃないだろうな!」
『・・・面白い・・・』
光が始めて声をあげて笑う。そこには、複数の響きが混じっていた。
『・・・こんなに面白いことは幾久しい・・・お前という存在が気に入ったと言ってもいい・・・そうだ・・・ここには我らが有史から経験した全ての記録がある・・・我らが見守って来た人類の歴史とやらを辿れば、そこここにデモンバルグの影が浮かぶのがわかるだろう・・・」
アギュは瞬時に心を決めた。
「では・・・行きます。」
アギュの統合人格はあらがううちなるものを押さえこむと、4大天使が開いた螺旋・・・日輪を貫く何処とも知れぬ洞窟へとその身を投げ込んだ。

スパイラルツウ-3-3

2010-04-23 | オリジナル小説

その頃。
城月村の旅館『竹本』では、綾子が眉を潜めていた。
「いやあねぇ、爆弾低気圧かしら?。」
調理場でお盆を胸に抱えたまま、天上に目を走らせる。先ほどから吹き続けた強風の最中、つんざくような雷鳴の音とともに雨が屋根を打つ音が響き出した。
「こいつは、いけねえや。」板さんは9人前の小鉢に手際良く、山菜の和え物を箸で分けながら「こんなの滅多にないですよ、女将さん。通り雨だと思いますがね。」
「今、テレビでやってますよ。」仲居の田中さんがほぼ配膳の終わった客用の高足のお膳を2人前2つ、4人前、お一人様の一膳と積み分けながら隣の居間へ顔を向けた。
「渡坊、天気予報聞かしてくれや。ボリューム上げてもらわんと、最近耳が遠くなってかなわん。」板さんのセイさんの声はマスク越しで籠っている。
「ほんとやんなるねぇ。カッパ着てくりゃよかったわ。10分ぐらいだけど、これじゃビショビショになっちまうわよぉ。」
「おりゃ、バイクだからカッパはいつも持ってるけどよ。」
「帰りも降ってたら、うちの貸してあげるわよ。」
綾子は明るく請け負うと居間へと顔を出す。
「異常気象だってさ。」テレビの前に陣取った渡が振り返る。
「太平洋上で大きな台風が突然、産まれたんだって。」
「ふーん。どうして?」
「さあ。」渡は首を傾げる。「わかんないから、異常気象なんじゃないのかな。」
「この大雨もそれと関係あるの?。」
「さあ。わかんない。」渡は既に天気予報に飽き始めていた。
「関係ないけど、関係あるみたいよ。なんか異常だってお天気の人が騒いでるから。」
「そうなの。」綾子は納得いかない顔でいたが「あれ?ユリちゃんは?トラちゃんは離れにいるの?」
「知らない。」渡は答える。テーブルに広げた分解した古いビデオデッキの部品に既に関心は移っていた。「トラはガンタと一緒だと思うよ。」
「また、呼び捨てなんかして。」綾子が眉を上げる。「年上なんだから、ガンタさん、でしょ?そろそろ、夕飯だから呼んで来といてね。」
「来んじゃない?もう、わかってるし。」
離れと母屋の間は屋根のある飛び石の廊下が付いている。でも、この雨だとずぶ濡れかな。渡がそう思った時。
「あら、香奈恵ちゃんどうしたの?」母の声に顔を上げた。
「あれ、そうだ、忘れてた!上で食べるんじゃなかったの?」
香奈恵は階段を飛び降りるように落ちて来てすごい音を立てて座り込んだ。
「痛たたっ!踵ぶつけたっ」でも、それどころじゃない。
「香奈恵ちゃん、勉強忙しいの?」
「おばさん・・!」やんわりとした綾子に、香奈恵はてんぱった様子で
「ママは、ママはいったい今、どこ!?」
「さあ。」
「寿美恵さんなら、富士の間のお客さんのとこだよ。」
思いがけず、厨房から田中さんの声がかかる。
「富士の間?」渡は手に持ったコードを取り落とした。ハンダが取れてしまう。
「ああ、あなた達が連れて来たお客さんのとこね。」
ジンのとこだ。ジン・・・おばさん、何やってんだ?。
「良い男だからね。」田中さんのクスクス笑いはあまり良い感じではない。寿美恵がしばしば、男の客の部屋に長居することを意味深に当てこすっているわけだ。
香奈恵にもそれはわかった。
いつもなら、ムッとするところだが今日は違う。
「なんだ~、良かった!」と、胸を撫で下ろした。
「何がいいんだよ!」渡の尖った声に「何、カリカリしてんのよ。」と、返す余裕もでる。思わず安心した香奈恵は、目の前のキャンディーに手を伸ばす。いつもはお子ちゃまの食いもんだと馬鹿にしているものだ。
「どうしたの?お客さんのとこにいるのがいいの?」おっとりと促す綾子に慌てて手を振る。「ううん、なんでもないの!もう、いいの。大丈夫だから、おばさん。」
「変な子ね。」綾子は困惑しながらも、厨房に戻っていった。田中さんがお膳を運び始めたからだ。二人掛かりでないと運びきれない。
「あ、手伝おうか?」自分を渡が睨んでるのを感じて飴を口に入れたまま。
「いいわよ、足りてるから。お勉強の続きをなさい。」
「どうせ、手伝う気なんかない癖に!」母親達が遠ざかると渡は機嫌が悪い声を出す。「あるわよ!ありますって。」香奈恵は渡に会心のしかめ面を返す。「ただ、残念なことに私は受験生なもんで~!断られました~っと!」
「僕、もう食べる準備しないと。」渡はおもむろに立ち上がると機材を片付け出す。いつもはやんやと怒られないと始めないことだ。
「なによ、渡、あんたなんで機嫌悪いの?」入れ替わりに上機嫌になった香奈恵。
「ねぇ、あんた達が連れて来た客って、どういう人?どこで会ったの?どこの人よ?雑誌の編集者なんでしょ?譲兄ぃと一緒じゃん、知り合いだったして!独身?」
「いいだろ、どこでも!」
香奈恵が尚も食い下がろうとした時、ユリが弾むように階段を下りて来た。
「ふむふむ。なるほど、そういうコトか。よ~く、わかった!」
ユリは手に持ったノートをしきりに読んでいる。
「これで、ナゾはすべてわかったぞ!」
香奈恵の血が引いた。

「ユ、ユリちゃん・・!?ま、まさかっ、それっ?!」
私の日記?という言葉が出なかった。カッと頭が熱くなり、恥ずかしさ怒り、しばし、口をパクパクする。
「あんたっ、それっ!人のものを勝手に・・・!」
「作戦うまくいったね。」渡の機嫌が直る。「で、なんだって?」
「うん、あのな、カナエのオヤジのな・・・」
「ダメーッ!!!」香奈恵がユリに飛びついてノートを奪い取った瞬間、「あんた達、ここ早く片付けないとダメでしょ。」香奈恵の母、ママリンこと寿美恵が厨房から入って来た。
「どうしたの?」
「どうもしない、どうもしない。」ユリと渡が声を合わせる。
「どうもしないっ!ママ、今までどこにいたのよっ!」

「何よ、すごい剣幕で。」寿美恵おばさんは、まだオバサンぽさの微塵もない顔の目を丸くした。「香奈恵、あんたどうしたの?鬼みたいに真っ赤な顔して、まさか熱でもあんの?勉強のし過ぎてってことだけはないか。」
「富士の間にいたんでしょ?」動揺から立ち直れない香奈恵の代わりに渡が聞く。
「ああ、あの人。」寿美恵は相好を崩す。「面白いわね~あの人!ジンさんって編集さんだけあって、話も面白いしうまいし!ほんと、楽しかったわ。時の立つのも忘れちゃたわよ~!」
「なかなかイケメンだし。」ユリの極自然な指摘に寿美恵はブンブンとうなづく。
「ねぇ~!ユリちゃんもそう思う?ユリちゃんもああいう人ってタイプなの?そうよね~!お父さんで目が肥えてるもんね~!」
「タイプではない。」寿美恵は聞いていない。
ルンルンと鼻歌を歌いながら、二人組のいる客間から戻って来た綾子達の方に向かった。他の客室へのお運びの手伝いをするのだ。足取りは軽い。
「今日は宴会がないから、ちょっと楽できるわね!」
「ビールとか沢山、注文取ってもらわないとなぁ。あれがおっきいんだからよ。」
「大丈夫!富士の間の客は、お酒たっくさん飲むみたいよ~!もう、注文もらってきたから、冷えた壜取りあえず出しといて!後で、あたしが運ぶから!1人で食べるの寂しいから、あたしにお相伴してくれないかだってぇ!」
セイさんに明るく答える寿美恵の声がした。

「サビシイだぁ?アクマがナニ、言ってるんだか。」
ユリがポツリと言った後、子供達3人は互いの顔を伺い黙りこくっていた。
「ちょっと、ユリちゃん!さっきの話だけどっ!」香奈恵は改めて怒りがぶり返す。
「人の日記を勝手に読むなんてそれはないんじゃないのっ!」
「どのオンナだ。オヤジの相手。」
「どのって!?どのって・・・!」香奈恵は言い募ろうとするが、ユリの冷静さに感情が冷えて行くのがわかる。必死に抵抗を試みる。
「関係ないでしょ!あんた達、子供なんかに・・・!」
「カンケイある。カナエが悩んでるとつまらない。それ、リユウ、大きいぞ。それにカナエとは5つしか離れてないぞ。カナエだってまだまだ、コドモじゃないのか。」
「そうだよ。」渡も加わる。「心配だったんだ。」渡の子供にしては落ち着いた真摯な口調に香奈恵は抵抗力があっけなく消えて行くのを感じていた。
「だって・・・」何より、1人で背負ってる重荷が消えて行くのがわかってなんだかほっとしてきた。どうしよう、涙が滲みそうだ。
「だって・・・」ユリが差し出したノートを渡が読み始める。
「話をしてくる。」
「えっ?」香奈恵はほっとしたのもつかの間、冷水を浴びる気分になる。
「・・・待ちなよ、ユリちゃん。」渡がノートをテーブルに置いた。もう、読んだのか。書くのに何時間もかかったのに・・・意味不明の悲哀まで香奈恵を包み込む。
「あの様子じゃ、寿美恵おばさんはその人に気が付いていない公算が高いよ。その人が騒ぎを大きくしたい訳じゃないならそっとしといた方がいいんじゃない?」
でかした、渡!香奈恵は思わず、心の中で叫ぶ。
「そうか、ワタルがそういうなら・・・そうなんだな・・・」
ゆりはがっかりする。よっぽど、4人の女性が泊まってる『梅の間』へと勇ましく乗り込んで行きたかったのだろう。快刀乱麻肉を切らせて骨を断つユリのことだ。
「そうよ。あの人達は大人なんだから、宿がなくて仕方なく泊まってるだけなんだと思うし。」香奈恵はやっと人心地が付いた気分だった。
「それより、カナねぇ。」渡が改まったので、香奈恵の心臓がまた脈打つ。
「ここに書いてある・・・おばさんの再婚の話・・・」
「噂よ、噂。」香奈恵の声は暗い。「でも、本当はわかんない。田中さんはそういう申し込みが確かに向こうからあったって言ってたし。まだ、お見合いまでは進んでないと思うんだけど・・・」
「タナカさんはまったくオンミツだな~」ユリが感心する。
「カセイフは見た!でなくてナカイさんは見ただ!」
「あのさ。」ジッと考え込んでいた渡がふいにニカッと笑った。
「その人、顔いいんだろうか?」香奈恵は当惑する。「ん、さあ?」
「それだ、ソレ!」即座に趣旨を見抜いた、ユリが手を打った。
「不細工だったら、絶対、ナイぞ!そのハナシ!」
「あっ!そうか!そうだね!」寿美恵が男を顔で選ぶ女であることは娘の香奈恵も否定できない事実なのだった。まずは顔、そして経済力があればそこで決まる。
「明日、役場に偵察に行こうよ。」
うんうんうなづく香奈恵。なんと頼もしい従兄弟と幼友達。
「よーし!見合って見合って~ぇ、アシタはおっミアイだ~!」
「見合い?誰の見合いだよ。」
ガンタとトラが足を拭きながら入って来る。
「ちょっと雨、小降りになってきたみたいだの。」
その声を合図に3人は勢いよく夕食の配膳に立ち上がる。家のもの達の食べるおかずは厨房の端に用意ができていた。後は、茶碗や皿を持ち寄って自分達で配膳するのだ。セイさんは一服して、帰り支度を始めようとしていた。
基本的に、客の食事の後の洗い物は板さんの仕事ではないからだ。
「ゲンさんはどこに行ったんかい?渡坊のおやじさんも姿が見えねぇし。」
二人は電話があってどっかへでかけたとビールを取りに来た寿美恵おばさんが答えている。「なんだ、上がる前に一杯やろうと思ったのによぉ。」
「セイさん、バイクでしょ。飲むなら送ってあげるわよ。」綾子が声をかけてまた、廊下を小走りに走っていった。確かに雨の音は小さくなった。雷の音も遠い。

子供達と離れの住人はいつも一緒にみんなで夕飯を食べ始める。
この日はセイさんと田中さんもちょっと一服しながら、話に加わる。
賑やかに食べながらも渡は香奈恵に囁いた。
「カナねぇがこの家を出て行くなんて、絶対阻止するからね。」
子供、子供と馬鹿にしていた渡のこの言葉。ユリちゃんといい、泣かせるではないか。そう思う香奈恵の胸は詰まり、しばし夕飯が喉を通らなかった。香奈恵はテレビ番組を見て笑いながらバクバクと飯を腹に詰め込んでいるガンタを盗み見た。
私がこんなに感極まっているというのに、まったく気が付かない。こっちを見ちゃいない。ガンタなら絶対に私が胸がつぶれる程、悩んでるなんて気が付かないだろう。ほんと、小学校6年生の半分も思いやりがない。
ほんと、食い気ばっかし。
「なんだよ。」香奈恵の強い視線にガンタがその薄い目を始めて向ける。
「ガンタの馬鹿!」
香奈恵は唐突に叫ぶとみそ汁を喉に流し込んだ。


突然、旅館の入り口が騒がしくなった。
入り口の両開きのガラス戸が開く音、雨や車の通る音に混ざって複数の人声が錯綜する。その中に母親の綾子や姿を見なかった祖父と父の声が入ってることを渡は聞き分けた。
「なんだろ?なんの騒ぎ?」食事後の洗った皿を積み上げていた渡は布巾を持ったユリと顔を見合わせた。
「おじさん達、どっか行ってたんだ、帰って来たの?」最期のお皿を軽く降って水気を切ると香奈恵がそれを広いシンクの大きな水切りに乗せる。お客さん用の皿は巨大食器洗浄&乾燥機にまとめて入れている。田中さんが最期の仕事と食事の終わった客から下げてきたものから食器類の油汚れのひどくないものが、既に中にセットされているのだ。まだ、全部は回収し切れていなかった。
「富士の間の客は食事が遅いねぇ。」田中さんがこぼす。
「寿美恵さんがさっさと食べ終わるようにさせればいいのにね。」
「あとはスイッチ入れるだけでしょ。僕らがやるから、帰っていいんじゃない?」
晩酌を我慢していたセイさんがおっとりと廊下へ出て行くのを見送りながら渡が言う。「あら、そう?悪いわねぇ、それじゃあそろそろ失礼させてもらおうかしら?8時になるし。父ちゃんが飲み過ぎちまうから。」「私もマジ、勉強しなきゃ。」
香奈恵がタオルで濡れた手を拭き、田中さんがエプロンを外したその時、玄関から廊下をドヤドヤと近づいて来る複数の足音がする。
「田中さん、なんか、すぐに出せるものある?」
香奈恵に影が薄いと言われた浩介おじさん、渡の父が厨房の暖簾から顔を出す。
「なんですか?お客さんですか?」田中さんも誰もが戸惑う。
「飯はまだあったはずだし、足りないならうどんでもなんでもちょっと茹でてやりゃいいんじゃねぇか。」
「まあ、そんなもんでええやろ。」セイさんが祖父と共に戻ってくる。
「綾子が今、部屋に案内してるから。食事は急がなくていいと思うよ。すぐ、風呂に入ると思うから、びしょ濡れなんだ。浴衣だけじゃ足りないかな?僕のお古がどっかに・・・」
「桔梗の間ですか?」田中さんが確認する。幸いにも開いていた一部屋だ。
「おキャクさんなのか?随分、遅いな。」
「大繁盛だね!ねえ、ねえ、始めて部屋が埋まったんじゃないの?」
「始めてではないわい。」と祖父が相好を崩す。「いくらなんでもや。」
「また、1人増えたの~?」香奈恵がうんざりするポーズ。
「お客じゃないけ。言わば、人命救助、ボランティアってやっちゃ。」
祖父は誇らし気に厨房の椅子に座ると、泥跳ねで汚れた裾を雑巾でゴシゴシこする。
「浩介さんも濡れたもん、着替えたらええ。」
「さっき、駐在さんから電話があったんや。」父が祖父の向かいに腰を下ろすと渡やユリが回りに群れ集まった。香奈恵がすかさず、薬缶の熱いお茶をそそぐ。
鍋を出すセイさんが、エプロンを再び付けようとする田中さんを止めた。
「後はわしとゲンさんがやるけ、帰ってもろうて大丈夫じゃ。」
「おう、後で浩介さんに軽トラで送ってもらうとええぞ。バイクは置いてけや、セイさん。事後承諾やけど、ええやろ?浩介さんな。」
「あ、はい送りますよ。大丈夫。僕は飲みませんから。あと、原付なら荷台に積めばいいんじゃないですかね。」
「そんなことより、ナニがあったんだ?ツヅキだ、ツヅキ!ハヤク、ハヤク!」
ユリがじれて催促すると祖父はお茶を含んでからおもむろに。
「遭難者らしいの。」
「この辺の山でぇ?」渡は驚く。
「山道から落ちたらしい。御堂山のずっと奥に石不動の滝があるじゃろ。山菜採りに行ってた山田の婆様が見つけての。駐在さんと消防の北さんが救助にいっとったんじゃが・・・さっきの雨と風ですっかり弱っちまって・・・旅行者らしいが荷物も金も落としたってゆうて何も持っとらんもんで駐在さんがどうしたもんじゃろってさっき相談してきたんじゃ。」
「留置所に泊めるわけにも行きませんしね。うちで一晩、面倒を看てもらえないかってことなんだよ。」「はあ、それで。」

階段を下りる足音と浴場に案内するらしい綾子の声がしたので、渡はそっと暖簾を分けて廊下を覗いた。すると、すぐ側にユリの頭も続く。
濡れた肩をバスタオルで包んだ白髪まじりの痩せた中年男の後ろ姿が見えた。
寄り添う綾子の後ろから寿美恵おばさんが着替えらしいものを持って付いて行く。
「あれ?」ユリがつぶやく。
「どうかした?」
「あのヒト・・・どっかで見たか?・・ううん、違うか?」
視線を感じて顔を上げると階段の上に神興一郎が立っていた。
渡と目が合うとニヤリと笑う。
渡の動揺に顔を上げたユリが「あ、アクマ!」と声を出す。
ジンは笑いを張り付かせたまま、浴場の入り口に消える新顔の背中に一瞬鋭い視線を走らせた。
「なかなか、ここは賑やかでいいさね。」
鷹揚にそう感想を述べると睨みつけるユリに背中を向けた。

スパイラルツウ-3-2

2010-04-23 | オリジナル小説



ことの始まりは神月の近くで発見された山梨の遺跡だ。
そもそも、私の父親、おやじは発掘をやっていたのはもう書いた。
だから、私の名前が鼎になりかけたわけなのだ。
当時はただの助手だったけど、今では堂々と大学の助教授になっている。
ママリンの話ではオヤジは発掘の手伝いをしている女子大生達に昔から人気があったらしい・・・娘の私にはその魅力のほどがまったくわからないのだけど。
ママリンと離婚する前にも、何度か怪しいことがあったらしいのだ。
それでとうとう、頭にきたママリンはオヤジと離婚することにした。
オヤジはちゃっかり再婚してるのだ・・・その時の相手とね。
私は嫌だったけど、会ったこともある。と言うか、会わされた。
入籍する前だったと思う。まだオヤジに未練があった可愛い娘になんたる仕打ちだ。
尋ねていったらオヤジの部屋にいた。
一緒にご飯も食べた。仕方ないじゃない。偵察もあるし。
ママリンより、若いだけで美人とは言えない。パッとしない普通の平凡な人だと思った。実物を見たら、別に憎くもなくなったくらい。

遺跡の発掘にオヤジが来るらしいって言うのは、私は数ヶ月前から知っていた。メールで知らされた。ママリンが知ってるはずはないと思う。
オヤジが発掘に近くに来る。それはいい。まだ、それはいいのだ。おやじが自分の仕事をしてるだけだ。おやじがうちに顔を出したりしなければ関係ないことだもの。
さすがに、それはなかった、なかったのにだ。
問題は、この辺にあまり宿泊施設がないってことだ。
オヤジの発掘チーム、10人前後らしい。そこの男どもは現場で1週間ほどのキャンプ生活をするらしい。
山を越えれば泊まらなくても入れる温泉とかがあるし、コンビニも国道にあるし、思ったよりも不自由はないみたいだ。
ところが困ったのは、女の方だと言う。そこでだ。
オヤジの馬鹿はだ、この『竹本』にその人員を極秘に送り込んで来やがったわけよ。
今日、泊まる8人のうちの4人が実はそうなわけ。
しかも・・・しかもだ。てっきり全員、学生だと思っていたのに。
そのうちの1人がだ・・・例の再婚相手なわけですよ!。
結婚してからも、ずっとオヤジの発掘の助手をしていたんだと。
奴ら、筋金入りの考古学オタクカップルだよ。
確かに、ママリンはなんで結婚したの?ってくらいに(ママはオヤジの顔と実家の財力に惚れたとかなんとかってまったく、ほんとかよ)化石なんか興味も欠片もないって人だから・・・別れたのも仕方ないんだけど。
さっきちらりとしか、見ていないけどオヤジに聞いた通り、彼女に間違いない。
ママリンはオヤジの浮気相手を見たことはないとは言っていたけど。
それにしてもその無神経。あまりに、あんまりじゃない?。
私は電話でオヤジに抗議した!したけど・・・ママリンは相手を知らないし、名前はありがちな鈴木まゆみだから(私の前の名前は鈴木だったわけ)大丈夫だと来たもんだ。オヤジは発掘となると他の細かいことや感情や機微がまったく目に入らなくなる人なのだ。だから、離婚されるんだよね。


「かなねぇ、なにやってんの?」
そこまで綴った時、香奈恵は死ぬ程びっくりして思わずペンを投げ出していた。
「うわっ!渡!」
「ナンダ、ナンダ?ナニ、書いてる?秘密の文書か?怪しいぞっ!」
飛び込んで来たユリからノートを守るのが精一杯。
「いいからっ!ちょっと、ユリちゃん!勝手に入んないでよっ!」
「なんで?ナニ、隠してる?ナニ?ナニ?ナンダ、ナンダ?」
「かなねぇ、ご飯出来たってさ。」
いつの間にか、外は真っ暗。机の灯りだけが光源になっていた。
ユリと違い部屋の入り口に立つ渡の顔が廊下の灯りを背に受けて影になってる。
「こんな暗いところで1人でなんだ?なんで、シタ来ないんだ?」
香奈恵はユリを迂回し、服の中に隠したノートを押さえながら部屋の灯りを付けた。
「私、勉強があるから。渡、私上で食べるって言って来てよ。」
「ベンキョー?、ベンキョーだってぇ?」ユリは何も乗っていない机を見回す。
しまった、教科書でも開いておくべきだったと香奈恵は内心、舌を打つ。
「いいの!大事なレポート書いてたんだから!いいから、ユリちゃんは邪魔しないでよ!渡もさっさとママリンに言ってきてよ。」
「寿美恵おばさんなら、挨拶に行ってるよ。」こんな時も冷静に渡は答える。
「挨拶って?」
「母さんが厨房で手が放せないから、おばさんが女将ってことで。」
「なんですってぇ!」しまった!なんで?!思わず、声と身ぶりが大きくなった。
「お客さんに挨拶、ママリンが行ってるのっ?」
「うん。」
「宴会場?!、個室?!」
「今日は宴会ないから。・・・客室だよ。」
渡の声も不信な色を持つ。気がつけば、彼も1歩、2歩と部屋に踏み込んでいる。「なんで?4組しかいないんだから。夕飯を出すついでに。いつものことじゃない。」
「ソーダ、ソーダ!おかしいぞ?!カナエ!なんか、あんな?!」
渡とユリの疑惑の集中砲火に香奈恵はもう何も考えられなくなる。
母親と離婚した夫の浮気相手・・・現、元夫の妻。この二人が顔を合わせることになろうとは・・・!
「いいから!出てって!出てけ~!」
香奈恵は叫ぶとユリと渡のペアカードを全力で部屋の外に押し出した。
勢い良く襖を閉めると、廊下に不満の声が満ちる。しばらくボソボソと小声で話し合っていた二人だが、やがて階段を降りて行く音がした。
それを確認するまで襖を手で押さえていた香奈恵だったが、1人になると途端に畳に座り込んでいた。
どうか、ママリンがスズキマユミに気がつきませんように。
香奈恵は一心に祈った。
その時だった。
偶然なのだが、突然、窓が強い風にガタガタとなり出し香奈恵はビクッと身をすくませる。それはものすごい突風だった。電線が木々が、ごうごうと山鳴りがしている。まるで、旅館全体が揺すられるようだ。どこかで何かが倒れる音、飛ばされるた缶の金属音が断続的に響いた。
「なによ、これ?天変地異の前触れ?」
まさかと思う。
余りにタイムリーな気象の変化なので、つい不吉な予感が胸一杯に広がった。
こんなところで籠ってる場合ではないのかもしれない。
慌てて香奈恵は襖を開けると廊下にまろび出た。



その嵐こそがアギュとミカジェルと名乗る天使との争いがもたらしたもの。
バラキが次元に侵入した結果、引き裂かれたこの星の次元の破壊と修復の証。
そしてその頃、アギュと新たな天使、明鴉は天界を目指す。




「じゃあ、行きましょう。」
ルシィフェルこと鴉と名乗った天使はアギュと共に旋回しながら次元を導いて行った。
「ここは正確には本当の深部とは言えないんです。ここよりもっと内側に回り込んだ隠された次元があるんですよ。そこには滅多なものには行けないんですよ。」
「より、情報の濃いものだけが。」
アギュはうなづいた。蒼い光体となった体が通り抜けて行く、地球の持つ次元の重なりが彼の内部に地図のように把握されていった。それは巻貝のように外だけではなく内部へと深く濃くよじれて続いていた。それらのすべてを自覚することが、のちのちデモンバルグを追いつめる時にも必要となるだろう。
宇宙人類であるニュートロン達もすぐれた次元探知能力を持ち、ひとたびボードの前に座れば最低でも10以上の次元を戦闘や航行の為に理解し把握することができる。ニュートロンであるタトラもその力が優れていた。しかし、それはあくまで宇宙空間における巨大な次元においてだけであるらしい。彼等がその生命のほとんどを宇宙空間だけで過ごし、生きた星に降り立ってもその場に長く暮らした事がない為かもしれない。彼等には星々が持つ小さいブレである次元を感知する能力は育たなかったのだろう。
最高に進化したと呼ばれる臨海人類であるアギュレギオンだけが、その両方を瞬時に理解し把握できたのであろうか。
更に空気の密度が濃く重くなり、アギュは空間に切り裂かれた裂け目を通る度にどこか非日常の次元に分け入って行くことを感じていた。
しかし、別空間にあるバラキとシドラも外のワームホールの中を見え隠れしながら、しっかりと重なって付いて来ていた。
「シドラ。」アギュはすぐ隣であっても、遥か彼方で揺らめくワームの背に呼びかけた。「無理して追って来なくてもワタシなら大丈夫だ。」
「無理ではない。この方法ならバラキも付いて来れる。」揺らめく影がつかの間、アギュの肩先に現れ消えた。それは水底から覗くように判然としなくなっていたが、声だけはまだはっきりと届いた。「そちらに突入できるかは、やってみないとわからないがな。バラキの情報はでかすぎる。」
「すごいね。君の連れは。」ルシィフェルは感嘆した。
「彼女もタフだが、あの竜はもっとすごい。しかし、あれでは実体があっては維持できないはずだ。きっと、実体を持たない存在なのでしょうね。彼女も・・・あなたと同じなんですか?。」
「バラキは実体を持たないわけではありません。3次元と呼ばれるこの次元では視現しない・・と言うか、人間の網膜で形として認知できないだけです。シドラはバラキが造る次元によって守られているから生身の人間ながらが、それらを越えたものとして存在できているのですよ。そして、ワタシはかなり特別な人間ですから。」
どこまで説明するべきか迷ったが、この相手にはわかるわからないはさておき、正直に話した方がいいとアギュは直感で思った。
「もともと、ワームドラゴンは宇宙の違う次元を跨いで生きる生物なので、次元が変換されるダメージを受けないのです。それは常に自身の回りに一定の次元を作り出しているからだと言われていますが・・・我々にも理屈はよくわかりません。」
「なるほど、なるほど。」感嘆してルシィフェルはうなづいた。彼の眼は新しい知識を得る喜びに更に輝いていた。
「面白い!。そんな話は地上にいてもなかなか聞けませんからね。僕はそういう話が大好きなんです!。さっき、色々悩んでいたと言ったでしょう?。自分の事だけではない、この世界、宇宙に付いても僕は知りたいんですよ。天使族の中にはなかなかそういう奴はいませんからね。」彼は生き生きとして羽ばたいた。
「さあ、教えてください。あなたの言ったのは、宇宙の次元ってわけですね。ここなんかよりもずっと大きい、それはもっともっと深い濃い次元ってわけなんでしょうね。」
アギュの思った通りの深い洞察力と理解力をこの天使族は示した。
「アナタはこの星の持つ、すべての次元を把握しているわけですか。」
「頭で思ってるだけですよ。所詮、井の中の蛙、井の中の天使です。宇宙のことまではとても付いていけません。僕達はどうしても宇宙には出ていけないのです。試してみましたが・・・なぜだかわかりませんが・・・・ひょっとしたら、人間が宇宙に進出したなら彼等に付いて出て行けるのかもしれないと僕は期待しているんですがね。とにかく、今は天使族は・・・魔族もですがこの地球にガッチリと閉じ込められているんですよ。宇宙のことは人間の著書で勉強したり、自分で推察したりするしかないんです。」
鴉は残念そうに首を何度も振った。
「この星に色々な次元があることは僕達は太古から既に常識として知っていました。その調査の結果を人間の姿を借りて幾つか書き記したこともあるんですよ。眉唾、オカルト作家として軽くあしらわれましたが・・・。」
「古代とはどのくらいなのです?」アギュはさりげなさを装って聞いた。
「B・C20000年程でしょうか。僕が自分を認知した頃はその頃だと思われます。それ以前のことはわからないんですが・・・・その頃は人間も天使も悪魔も、もっと数が少なかったと思います。生き物が増えると同時に次元が次第に増えて行ったのは確かです。特に最近はどんどん複雑になるばかりで・・・正直、地上の状況は僕にも把握しきれないくらいに荒れてしまっているんです。一番の原因は、人類の増加・・・彼等の意識活動がものすごく活発になってることでしょう。おまけに彼等が殺し合ったり大勢で死んだリして色々と歪めてしまったことが最も大きな原因ではないかと考えているのです。」
「人類の意識活動が次元を生み出している・・・」
「ええ。人類の意識と無意識の増大と分化がその原因だと僕は考えているのです。」
明鴉はきっぱりと言葉を切った。
「ところでそろそろ・・・着きますよ。人間の信仰が作り出した天上界とやらに・・・つまり、天界の果てです。」
次元の裂け目に白く輝く雲のようなものがアギュの目にも捕らえられた。


「広い・・・」アギュは思わず呟いた。
先程までの狭い、まるで針の穴を通るかのような圧迫感と重圧感がふいになくなった。新たな、そして最期の空間に突入した瞬間、開かれた感覚があった。空間は相変わらず、濃く重かったが視覚が開いた為に驚く程、感覚は変わった。
「驚きますでしょ?僕だって何度来たってそうだ。」明鴉はゆるゆるとアギュの先に翼を使ってその巨大な空のホールとでも言いたげな空間を舞い降りて行く。
地球程もあるかに思われるその空間の真ん中に白い雲で出来た氷山のような大陸が浮かんでいる。その地平線には白い4本の高層ビルのようなものが互いに向かい合って聳えているようだった。しかし、まとわりつく水蒸気が混ざった空気は耐えようもなく重い。「これは・・・水素の雲か。」アギュは身体全体を蒼く燃え立たせながら、ゆっくりと鴉を追って降りて行く。
「これほどの空間がこの星の次元に内包されているとは・・・」
アギュの内部が論争を始める。
「ここはひょっとして・・・人間達の無意識の集合意識の中に構築されているのかもしれませんね。」
「ナンデ、そんなことが言える?。」
「そうじゃないと隠されている訳がわからないからです。ここは信仰の世界ですよ。」「そんなモノか・・・確かに、オレ達が知ってるジゲンとはイロが違うな・・・」
「そうでもしないと、これだけのエネルギーが内部にあることの説明がつかないのです。」
「ホシ全体のエネルギーとそのセイメイの発するエネルギーを足してもあまりあるメモリー数になってしまうわけか。そこまで重いジゲンがウチガワに存在できるわけがない。自体の次元とも生物の醸し出す次元ともソウが違う・・・なるほど。」

『ここはかなり近いぞ』ふいにシドラが半身を現して囁いた。
「宇宙と繋がっているのか?」アギュは素早く返す。
『繋がってはいない。ただ、すごく重なりが薄い。』
「ひょっとしたらあと何億年かでそちらのワームホールと繋がるかもしれないんですね。」アギュは唸った。「それは、どういうことになるのか・・・?」
(人の深層意識が作り上げた世界は宇宙の深部へと繋がっている・・・?)
シドラは思考にふけり出すアギュなど、構いはしない。
『ここなら、バラキを突入させるのも楽かもしれないぞ。』
弾んだ声にはその命令を待ちかねる期待がある。
アギュは名残惜しくも楽しい思索を打ち切った。
「何かあった時は頼みます。」薄い次元の膜が引き裂かれた時、その脆弱な境目に再生能力があるのだろうか。もしもなかった場合、この異質な分子同士で構成された、次元と次元が触れ合った瞬間、何が起こるのかアギュには確信が持てなかった。この空間全体がもっとも濃く重いワームホールの中に一瞬で吸い込まれてバラバラに破壊されてしまうかもしれなかった。もし、ここが本当に人の無意識界を具現化しているのだとすると、人々の深層意識にどういう影響があるのかはアギュの推測の枠を越える。
数億年かかるゆっくりとした段階的な変化が今突然、人々の意識に訪れるなどということが良いこととはとても思えなかった。
「近くにいてください。」
アギュと明鴉に付かず離れず寄り添ったシドラ・・・バラキの影は最終次元の深部へと降下して行く。

落下すると同時に上昇する感覚の中、周辺はアギュの困惑を誘うものへと次第に変わっていった。雲の大陸に近づくにつれ、その雲が雲等ではないことが判明したからだ。それは白い羽が密集してできていた。
「天使ですよ。」明鴉の声は悲し気だった。「みんな眠っています。」
3人は眠る天使で構成された雲の内部へと入って行った。
白い十字架の群れが空間に乱立しているようだった。それらがすべて空中に浮かぶ翼を広げた天使達なのであった。その白い墓標の連なりは行けども行けども終わりがないかと感じられる。
『なぜ、寝ている?』突然、現れたシドラの声に明鴉がため息を付く。
「待ち疲れたんでしょうね。」
『人の信仰を担うおぬしらが何をたわけたことを言うのか。』
「ここにいるのは、セラフィム呼ばれる上級天使達です。」
鴉は360度、墓標を見回す。
「ここまで上がって来れる人の感情は、あまり多くありません。より、深く純粋な思いや願いだけがここまで登ってきます。」
「それを・・・食べるわけですか?」
「ええ、エネルギーですから。芳醇で滋養に満ちた・・・神のミルクですよ。」
鴉はくくっと笑う。「その見返りに願いを聞いてやることもあるってわけです。勿論、雑用をこなすのは下級の天使ですが・・・」
「明鴉、あなたも上級天使だったのではありませんか?」
「いや、僕は。」鴉は墓地の案内人よろしく、墓標の中を案内して行く。
「僕なんかは古いってだけで。この空間は、時間をかけて人間と天使が造ったわけです・・・ここが素晴らしき哉、夢の天界ってやつですよ。」
『話に聞く程、楽しそうではないな。』不謹慎にシドラも笑う。
「僕は最初からここにはノータッチです。僕ははぐれ天使ですから。ミカジェルみたいに兵隊ごっこがしたい天使兵に見つかれば、飽きるまで追い回されるだけです。こういうふらふらしている堕天使は結構、多いですよ。ここにいるよりは楽しいですから。中には、わざわざ天使の記憶を封印して地上に降りて一から人間をやってるやつだっています。」
「なぜなのですか?ここに天使が大量に眠ってることと、それは関係があるのですね?」
「ご明察!」明鴉は悲し気に墓標を見上げ、そして見下ろす。
「さきほどのミカジェルも思えば可哀想なんですよ。あんなに痛めつけなくてもきっと・・・あと数千年でここにその身を晒したことでしょう。」
アギュは一体の天使にまじかに近づく。その瞼は凍り、肌も髪も粉を吹くかのように霜に覆われていた。アギュは静かにその指で大理石のように固い足先に触れる。それは生命の欠片もなく、冷たかった。
『・・・絶望か』シドラの呟きが風のように耳朶を通り過ぎた。
「そうです。」明鴉は声を含んで喉を鳴らす。
「待ち疲れてしまうわけですよ。人間は良い、何度死んでも再び生まれ変わる。新しい細胞が世界に再生されるんです。・・・天使族は違います。死なない・・・再生はなしです。無から産まれて無に消えるんです。勿論、いつの間にか補充されますが・・・」
明鴉は後ろに浮かぶアギュを振り仰いだ。
「見たでしょう?ミカジェルの眷属どもを。あれはミカジェルが作り出した影なのかもしれませんが・・・画一化されているのです。魔族もおそらくそうですが、時が経てば経つほどに・・・ほとんどがパターンの繰り返しになってきてると私は感じているんです。進化がない。」
「それはどういう・・・ことなのでしょう?」
「さあ。」鴉は首を傾げた。
「わかりません。私は今、それを調べています。何か、人の嗜好と関係しているのかもしれない・・・」
まるで墓場のような天使の森を抜けると、また新たな森が現れた。進むに連れて、空へと屹立する4つの柱がよく見えて来る。
それがなんであるか、アギュは確信する。
「彼等が・・・4大天使です。」明鴉の声を聞くまでもなく。

スパイラルツウ-3-1

2010-04-23 | オリジナル小説



   3. 悩める香奈恵が日記を綴る


私は今日から日記をつけることとする。
そうせずにはいられない気分なのだ。

手始めに何を書くべきか。まずは名前だ。自分の為の日記に自己紹介とはおかしいが、将来この日記が出版されるかもしれないから書いておこう。
だいたい、日記を付ける人って絶対それ意識してると思う。
そうじゃなきゃ、日記なんか書く意味ないじゃないか。ねえ。
(この辺、シドさんの口調の真似)

さて、私の名前はカナエと言う。古代の竃の道具のことを差しているらしい。
ちなみに付けたのは父。父親は遺跡の発掘をしている。
漢字で書くと正式には「鼎」と書くのだと教えられた。
まったく、そうと知ってみると変な名前だ。
漢字にしたって難し過ぎる。子供がテストに書くなんてことまったく考えていない。
さすがにこの漢字は母親に却下され、戸籍上は香奈恵になっている。
昔・・・今はもう、母とは離婚している・・・父親に抗議したことがあった。
そうしたら『煮炊きをする為の大切な道具なんだよ』って、オヤジは悲しそうに言い訳したっけ。そんなのできれば、知りたくなかった。
以前、ある小説を読んだ時に、主人公が同じ名前だった。その中に彼女の言葉として女の子だからって台所製品の名前を付けるなんて、セクハラも甚だしいと書いてあったっけ。私もまったく同感である。言語道断と私は思うのだ。

ここまで書いたところで・・・
まったく、なんの騒ぎなんだろう。うるさいったらない。
子供軍団が下の居間で騒いでるみたいだ。
爆裂ユリちゃんの声が一番、大きい。
お客さんを案内して来たみたい。何、営業してんだかね。
連れて来た人を上から見たが中々、かっこいい。こんな時でなければ・・ちょっと嬉しいところなんだけど。私の好みのタイプだ。
宿帳を覗いてきたが、なんか聞いたことない旅雑誌のルポライターだとか。
こんな辺鄙なところに!。信じられない!。ちょっと怪しいかも?
心に悩みがなければ、私だって情報収集にいそしみたい所だ。
いやいや、それはまずいのだ。今日は駄目だ。
今日は客が多くて忙しいんだから。
この『旅館』は一応、情報誌では20人までは泊まれることになってる。
部屋は5部屋、車は6台。(満杯になったことは創業以来ないらしい・・)
でも私としては、9人だって充分許容範囲を越えてると思う。
まあ・・・秋の全国学力試験の塾の勉強があるからって、私は今こうしてここに籠ってるわけだから関係ないっちゃないんだけど。
サボる口実でもあるから、みんながあまりに忙しいと後ろめたくなってしまうじゃない。
母もおばさんも勉強なら仕方ないから気にしなくてもいいと言われてるんだけどさ。そんなわけで私の場合は、公式に認められて手伝わなくていいわけです!。
そうじゃなかったら、今頃賄いだのの手伝いで大変なところだったろう。
宴会のお運びにも借り出されそうだし。あれが一番、嫌だ。花の美空で、2階まで重いビールだ運んでさ。敬語だってうまく使えないし、お客さんに話しかけられたりたらば焦っちゃうじゃない。酔っぱらいの親爺なんて、嫌いですだしさ。
とにかく、私は子供軍団とは立場が違うんですよね。
このお勉強で忙しい私ですら、スリッパはしまったんだからさ。
後は渡がもっと働けばいいんだと思う。ユリちゃんもトラちゃんもいるし。
ガンタだって忙しい時は手伝えばいいんだ。
ほんとにこういう時は受験生はありがたいのだ。
勉強を理由にすれば、大概は思うがままだ~。
ほんとは・・・勉強どころじゃないんだけどさ。
・・・ほんと頭が痛い。
それは・・・今日の泊まり客のせいなんだ。
ほんとにほんと、まじ顔を合わせないで済んで良かったよ。
どんな顔すればいいか、わかんないもん。
まさか、ほんとに来るとはね。
ほんと、おやじの馬鹿たれめが!
もうこうなったら、どうしようもないのはわかっている。
だけど。
母・・・ママリンにも綾子おばさんにも、誰にも会いたくない気分なのだ。
やっぱ決めた!。
情報は明日にでもゆっくり収集しよう。イケメンだって所詮は泊まり客!。
一緒にご飯を食べれるわけじゃなし。
今日はここで夕飯も食べようっと。
後で渡を呼んでそう言おう。そうすればすぐ運んでもらえるはず。

それにしても、下の騒ぎはまだ続いてる。まったく、よく騒げるものだ。若いな~。
2階のこの部屋まで丸聞こえだもの。あれじゃあ、客室のお客さんにまで聞こえてしまうんじゃないの。聞こえてたらどうするんだ。おばさん達、いないのかしら?。
渡が珍しく興奮しているみたい。ユリちゃんは当然、またまた爆裂状態だ。
どうやら・・・いつものメンバーで、例のお化け屋敷を探検に行ったみたいね。
あいかわらず、お子ちゃまなことといったら。
もう私は卒業したんだもんね。そういう面白そうな・・・いや、違う、子供っぽいことはもうやらないのだ。乙女ですもん。
恋だってするし。って言うか、してるし、シドさんに。
女同士ってことは取りあえず、置いといてだ。
他に匹敵するようなかっこいい人、学校にはいないしね。
しかし・・・なになに?。また、何か下で言ってるぞ。
これはあきれた!。どうやら、ガンタまで一緒に行ったらしい。何か、説明してる。新しい客のことかな?。ガンタの知り合いなのかしら?。旅レポーターの知り合いなんているのかしら?。
だいたい、お化けなんか見たがる渡の気がしれないわよね。
じいちゃんの話だとさ、渡は千年に1人と言われた霊能力者の血を引いているわけだ。そんな危険な身の上で何考えてるんだか。
その話を聞いて以来、私は心霊番組だって渡がいる時は見るのを辞めたんだからね。
お化け屋敷なんか行きたくない。絶対、行くもんか。
もしも、もしもよ、そんなとこ行って、才能が開花しちゃったら・・・どうするんだ・・・?!。どうするのよ、渡。霊能力者、竹本渡でテレビにでも出るか?。
あ、でも自分が見えちゃうわけでないなら・・・私がマネージャーになってテレビ局に行ってだ、ジャニーズとかとも会い放題!。それは、それでいいかも~っと!
・・この話も置いといてだ。

それにしても、ガンタときたらあきれる。
子供のやることにまたまた首突っ込んでさ!。
前回、私達と御堂山に登ってさんざんな目にあって、怒られたくせに。
反省してないのかしら。ほんとに、進歩ない。
そんなだから、シドさんと同じ顔してるのに私に恋をしてもらえないのだよ。
ほんとなんでなんだろう。シドさんを見るとドキドキすんのに。
ほとんど顔が同じなのに、まったくときめかないなんて不思議なくらいだ。
シドさん・・・シドさんなら私の悩み・・・シドさんになら相談できるかな。
そうしたら、きっとこんなに悩まないで済むような。
ああ、シドさんがいてくれたなら!。


シドさんと言えば、爆裂ユリちゃんだ・・・。
シドさんはユリちゃんをとっても可愛がっている。ちょっと焼いちゃうくらいだ。
まったく、ゆりちゃんもいけないんだ。渡を引きずりまわしてさ。
冒険だなんて、ユリちゃんが言い出したに決まっている。
いや、いけなくはないんだけどさ。
どうも、ついつい怒ってしまう。遠慮がない。お互いに遠慮がなさ過ぎだ。
ユリちゃんのことが他人の気がしない気がするんだよな。
子供の頃から、お互いにずっと『竹本』にいるせいだろうか。
私のほんとの兄より親しいくらいだ。譲兄ちゃんが東京の大学に行っちゃって随分になるし。どっかの小さい出版社に入ったって聞いたけど。
卒業しても顔も出さないで勝手に就職決めてさ、電話一つ滅多によこさない兄にママリンはいつも腹を立ててる。立ててるけど、もう諦めたみたい。そんなところが、おやじにそっくりならしい。むかつくおやじ。又、思い出しちゃった。
譲兄ちゃんは母と父が離婚したあおりをまともに食らったから、ちょっと屈折してる。私の方はまだ2歳で小さかったから。気がついたらここにいた『竹本』を自分の家のように思ってる私とは、譲兄は違うのだよ。
兄ちゃんはママリンが離婚しておじさんの養子先の旅館を頼ったことが、結構抵抗があったみたい。ここではいつも遠慮してたし。なんだか、いつ見ても居場所がないみたいだった。ない、というか・・・あえて作らなかったんだと思う。おじさんやおばさんに甘えるのを潔しってしなかったんだ。
だから、ママリンがここのじいちゃんから大学のお金を借りようとしてたことも嫌だったんだろう。自力で奨学金を取って、学費もほとんどアルバイトで払ってたみたいだから。ママの送った生活費も働いて返すって意地はってるみたいす。
確かに、私達は浩介おじさんの妹の子供に過ぎないんだよね~。
そして浩介おじさんは、綾子おばさんの旦那さんでこの『竹本』の婿養子。
私もほんとは、この家のじいちゃん達とは血が繋がってないんだよな~。
でも、そんなこと感じさせないくらいよくしてもらってる。じいちゃんにもばあちゃんいも可愛がってもらってる。私は本当の家族だと思ってるよ。
・・・だからもし、ママリンが再婚することになったら私はここを出て行かなくてはならないって考えると気持ちが暗くなる。そのことも、悩みのひとつなんだ。
なんだか、そんな話が密かに進行中らしいのだ。ママリンも綾子おばさんも私が気づいてないと思ってるかもしれないけど。村には既に噂が蔓延している。
そのお見合いの相手は役場の人らしいんだ。そうなったら・・・。
ママリンはこの村に根を降ろして『竹本』に通えることを喜んでいるんだと思う。ただ、私はそうは行かない。今更、『竹本』を出て、母親の新しい旦那さんの家に転がり込んで暮らすなんて冗談じゃない。(今なら、譲兄の気持ちがわかる)
だから、私はがんばって勉強するんだ。
私も大学に進んで、譲兄みたいに都会に出て一人暮らしをするつもりだ。

それにしても、ママリンは阿牛さんのことはもういいんだろうか。
ママリンは阿牛さんの後添いになる為にがんばっていたはずなのに。
ママリンが昔から本気でそう思ってたのは知ってる。だって、そう言ってたから。
『カナエ、阿牛さんが義理のお父さんになるんだったら構わないわよねぇ?』
なんて。
勿論、私は構わなかったから構わないと答えたものだ。
(ところで、話は逸れるけど。綾子おばさんの阿牛さんへの態度も謎だ。綾子おばさんが阿牛さんを悪く言ったことは確かに一度もない・・・でも、微妙なんだけどガンタやシドさんとか、ユリちゃんに対する態度とちょっと違うような感じが私にはするんだ。敬して近寄らずっていうのかな。なんだか、阿牛さんを避けてる気がするって思うのは私だけ???)
ママリンの野望の障害は二つ。
一つは、肝心の阿牛さんがあまりに忙しくてほとんど日本にいないこと。
私の見たところ、脈は薄いと思う。阿牛さんはまだ、ユリちゃんの亡くなったお母さんが忘れられないんじゃないのかしら。
そして、もう一つ。もう一つが重要だ。
それは、シドさん・・・シドさんが阿牛さんの恋人・・・実は内縁の妻ではないかという噂(これも噂だ、狭い村の。)があるのだ。シドさんは強敵だ。
それを知ってママリンはシッポを巻いて、あきらめたのかもしれない。
だってママリンはシドさんのファンでもあるからね~。
ライバルのファンになっちゃ、お終いだよね。
でも、あの二人は、所謂よくいうお付き合いなんかしていないと思うんだけどな。私もママリンには何度もそう言ったんだけど。大人は疑り深いんだよね。
確かに、社長秘書とは言ってもシドさんは社員ぽくない。事実、阿牛さんがシドさんの尻に敷かれてる(なんて表現だ)というきらいは確かにある。あると思う。
でも、私の女の直感では、恋愛とかそんな感じはまったくしない。
シドさんは阿牛さんには恋心はまったく持っていないと感じるのだ。これは、まちがいない!と思う。
ママリンが阿牛さんと再婚するのは構わないが、シドさんが阿牛さんと結婚するのは嫌だなんてね。だって、本当に嫌だもん。私は構う!。声を上げて構う!。
大反対するぞ。勿論、反対する権利はまったくないんだけど。
シドさんには結婚なんてつまらないものして欲しくない!似合わないよ!
あとは爆裂ユリちゃんが爆裂して、拒んでくれればいいんだけどなぁ。


ところで、爆裂ユリちゃんと言うのは私が付けたあだ名だ。本名は阿牛ユリ。
うちの従兄弟の渡と同い年。あれ?そうだよね。うんうん。
とにかく、うるさいのと元気のいいのを絵に描いたような女の子だとは浩介おじさんの言葉だ。おじさんはユリちゃんがお気に入りなんだ。
昔からそうだったわけじゃない・・私が小学生の頃は、もっと大人しい子だった。あの頃は口が聞けなかったせいかもしれないけど。でも、私がアツカワの奴(あっちょの兄だ)とつかみ合いの喧嘩になった時に、アツカワに加勢しようとした男の子を無言で思い切り突き飛ばしたのは、やっぱり、今の片鱗が・・・って???・・あれ?。ちょっと待ってよ。なんだか、変だぞ。
私とユリちゃんが同学年だったはずがない。そうだったら、今ごろ高校生になってるはずだもの。でも、なんだか、同級生だったユリちゃんが想像できてしまう・・おかしな話だ。なんだか私にはその印象が強くあるみたいだぞ。なんでだろう?。
父と母からよく聞かされていたからだろうかな。
まあ、いいや、何かの記憶の混乱に決まってる。
それにしても、なんとなく、ユリちゃんが渡のお母さんに・・・綾子おばさんに顔が似ているような気がするのは私だけなのかしらん?
だから、当然、渡とユリちゃんて似ているというか、同じ系列の顔だと思うぞ。
なんだか、二人で一つのペアのカードみたいだ。
そういう関係ってちょっとうらやましくもある。
大人になって結婚したりしたらほんと、面白いけど。それは浩介おじさんがじいちゃん達と酒の席で言ってた話だ。おじさんはユリちゃんが渡の嫁になってくれたら、さぞかしやり手の女将になるだろうとどっかで期待しているんだろう。綾子おばさんも美人だけど、ユリちゃんだって将来かなり有望だもの。爆裂美人女将誕生だ、笑っちゃう。ぜひ見てみたい気がする。
影が薄い浩介おじさんは、私のみたところ誰よりも旅館経営に闘志を燃やしている。この家が大好きみたいだもん。人前に出ると真っ赤になって何も話せなくなるおじさんだからかもしれない、(家族の間ではそういうことないんだけど)下っ端仕事がほんとに大好きみたい。私にはちょっとわからない。
おじさんのことだ、渡の代になっても旅館『竹本』がますます発展するようにと密かに野望を燃やしているのだろう。
でも、ママりんの話だと渡とユリちゃんは兄弟みたいなもんだからそういう恋愛関係とかはかえって難しいかもって。それって、さっきの阿牛さんとシドさんの関係にも当てはまるんじゃないかな。
友達として仲良過ぎるとお互いに異性とは見れなくなることがあるらしい!。
ママりんはそういう話が大好きだ。

急に、下が静かになった。
渡は何やってるんだろう。
早く、上に上がってこないかしら。もう、6時になる。そろそろ、宴会かな?。
なんだか、お腹も空いて来た。
私が自分の部屋に籠ってるのをみんなまさか知らないのかしら?。
確かに、裏口からこっそりと上がって来たけどさ。
おじさんは見ていたはずだし。
ただ、おじさんがてんぱってる場合は・・・あるか。
また、忙しくて忘れたとか?
まあ、いい。渡さえ上がってくればいいんだから。早く来い、と念力。

私が裏からこっそり入ったのは・・・さっきから思わせぶりに書いてるが、泊まり客に見られない為だ。自分の日記に書くのすら、躊躇われるこれって・・・どうよ。
えーい、でも書いてしまえ!。書いたら、すっきりするかも。
私が上に密かにあがったのは、今日の客の1人に会いたくない為。
チェック・インする客の顔を2階からこっそり見るためだ。
その希望はどちらも叶ったわけだけど。
事実は思ったよりも私を打ちのめした。