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ワールドカップ番外偏

2010-07-27 14:54:27 | ケープタウン
ケープタウンからヨハネスブルグへ電車で。27時間は長い。計算間違いしてバスより早いかと思いきやバスは20時間ほどで、かなりぐったりした。部屋にはセルビア人記者、プレトリアへ里帰りする男性と自分の3人。昔、列車で働いていた頃があり4週間(プレトリアからタンザニアへ2週間、1日休んで2週間かけて戻ってくる)ぶっ通しで列車に乗ったりもしたが、今回は旅や仕事というより交通機関感覚で乗ったので長く感じた。でも、あいかわらず果てしなく乾いた大地を駆け抜けるのは気持ちがいい。列車で働いているころはいつも窓の外ばかり見ていた。休憩時間にはクリーングの車両(エンジン車両の次にあるためお客さんは絶対こない。)に行って扉を全開に開けて窓の外の壮大に大地、村々、人々、緑に魅了されていた。


レストラン車両での食事は良心的でびっくりした。ステーキ52ランド。かれーランド。

ヨハネスブルグに飛行機の乗り継ぎくることはあるがダウンタウン中心であるパーク駅に来たのは初旅以来だ。駅からの交通手段が全くわからない。ヨハネスブルグはとにかくでかいし、今でも四方に急速に広がっており、数年前で高級地区サントンはヨハネスブルグの北部だったが今は中心よりになっている。交通機関が乏しいのはケープタウンも同じだがケープタウンは小さな街なので不便さは軽減される。あまり自信なさそうに歩くのも賢くないのでピアに電話すると心よく迎えに来てくれた。ピアはいつもヨハネスブルグに遊びに来いといっていたのでワールドカップもかねてピアを尋ねられちょうどよかった。

ピアは最近スバルを購入し、中はゆったりでスムーズでパワーあり。スバルは自分も好きだがあまりケープタウンではあまり見ない気がする。ピアはかなりお気に入りのよう。ピアはその日、今デートしている女の子の一人、ブロンウィン(相変わらず年上好きのピア)と同僚の家に夕食に行くから一緒に行くぞ、と。運転中、その彼女から電話がありピアはKojiも一緒にいく、夕食後もしどっかに繰り出すならKojiに女の子を見つけようとピアはいう。

ピアのアパートは寝室2つ、ラウンジで広々としきれいに整頓されている。特にバスルームは改装したというだけあってすごくいい。ピアはアパートへ戻り次第、愛する猫に食事をやる。今、家を探しているようで購入しだい犬をかうという。後、ワイフも探しているという。。


ソウェトのバックパッカーズ


ソウェトの巨大なタウンシップへ沈む夕日

サッカーシティは素晴らしいスタジアムだが、場所的に試合後自分の車がないとどうしようもない。ケープタウンだと駅まで歩くなり、シャトルバスでいき、そこから電車に乗り十分帰宅可能だ。サッカーシティは試合後無料電車、シャトルバスはあるが、ソウェトかダウンタウンへ行くだけでピアが住むような地区には戻りようがない。というわけでケビンが泊まったソウェトのバックパッカーズにだめもとで電話してみるとドームにひとつだけベットの空きがあるというので即効予約。

ピアにダウンタウンのパーク駅まで送ってもらった。ピアはもし、試合後、迷ったり足がなくなったら何時でもいいから電話しろ、ソウェトを夜歩いたりするな、遠慮なく電話しろ、迎えに行くからと。頼もしいものである。仕事もあるし夜遅くにつれまわすようなことはしたくないけど気さくにそういってくれるのはうれしいものである。恩着せがましいところが全くない。


電車内


ソウェトのOrlando Westにあるソウェト唯一のバックパッカーズに電車で。自分の電車はプラットホーム1番でどんより、そしてスタジアム行きの無料電車は全く反対側の12番でにぎやか。もう随分旅慣れたが、それでもいまいち勝手がわからないところでは緊張するし、するべきである。大切なのはきょろきょろせず、落ち着き、堂々、平然としながら注意を払うことである。電車は1時間遅れ(普通らしい)て到着、その間待っている他の人と話し、緊張をほぐした。電車の窓汚すぎで全く外が見えない。隣に座っていた人にOrlando Westで下りるので教えてくれとたのんだ。

駅からかなりの距離、ホントは乗り換えたらよかったらしいのだがわかるわけもなかった。人に聞きながら歩き回っていると警察がいたので尋ねたらバックパッカーズまで送ってくれた。警察は

「ここ歩くの怖くないのか?」

「もう南アフリカに10年すんでるよ。」と答えると納得していた。でも、夜は歩くなよと念を押された。

こういうと何だか本当に危険なようだが、ソウェトは昔に比べるとかなりましになっている。観光地にもなっているし、マンデラ氏の家やソウェト運動の博物館なども立派なものがある。チェックインして、いざスタジアムへ。Riya Vayaというワールドカップ前に開通したバスシステムがソウェトを通っており便利。

結論から言いますとスタジアムには入っていません。話長くなるので省きます。でも、違う形で十分楽しんだ。試合後、また、Riya Vayaでバス停へどり、パックパッカーズの運転手に迎えに来てもらい消灯。

   
ワールドカップ終了後花火が高々と。

ベットがブヨブヨで、ベットの下の鉄柵が尻を刺激しかなり痛くほとんど寝れなかった。5時ぐらいに起きてあまりの寒さに夜があけるまで庭を行ったり来たり歩き回っていた。夜が明けると即効でミニバスに乗ってパーク駅に戻った。運ちゃんにズル語で何やらいわれ、きょとんとしていると他の客が

「駅はその道をまっすぐ行ったところだからここで下りてくれだって。」

運ちゃんはヨハネスブルグにいるならズル語覚えろといっていた。朝8時ぐらいでダウンタウンは今から一日が始まろうと店を準備する人や、通勤客ですごく活気に満ちていた。通りを曲がってまっすぐのところに駅が見えた。

 

喧騒とまだ朝の冷え込みを十分感じながら駅に向かって歩いているとふとデジャヴュに駆られた。立ち止まりまるで初めて回りに気づいたような不思議な感覚とともに見渡してみた。記憶が洪水のように沸き起こった。あの時の通りだった。あれから10年。同じ通りを堂々と自信と時の流れを感じながら歩いた。妙な爽快感で笑みを浮かべた。

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