文淵の徒然なるかな

日々の徒然なるのを綴る

桃太郎 62 雉編

2017-03-06 18:08:10 | 日記
 一進一退の攻防だと少なくとも涼は考えていた。しかしそれはただの錯覚だとすぐ知る事になった。

「どうした?リョウ息が上がってんぞ!」
「貴様こそな」
「ははは、苛つき過ぎて楽しくなってきたよ」
「不愉快な奴だ」
「そう言うなよ。こんなにも殺したくてたまらない相手なんだ。何しろこの俺に奥の手を使わせるくらいに……な」
「どういう事……」
「くくく、ははは、あははははは! どうだ?動けないだろ!毒なんて使うのは趣味じゃねぇが、こうでもしないと痛ぶり殺せねえからな」

 そう言うなり金男は涼の体に蹴りいれた。

「てめえもここまでだな」
「卑怯者め……」
「以前言ったよなぁ、勝てば良いんだよ、勝てば」
「☆□×○◆!」
「舌が痺れて何言ってるかわかんねえ」
「☆□×○◆!」
「ほら!しっかり喋れよ」
「☆□×○◆!」
「くそっ!わかんねーよ」
「☆□×○◆!」
「しっかり喋れって言ってんだろうがよっ!」
「……☆□×」
「わかんねって言ってんだろ!ああ……くそっ!なんだよ!くそっ!ああ……なんか、もうどうでも良くなったわ……死ね!」
 
 金男の剣が動けない涼の胸元へと突き刺さろうとした瞬間、鮮血が散った。

「は……なんだよこれ?なんで俺の手首がなくなってんだよ!てめえ何者だよ!」
「私の名は桃太郎、涼様申し訳ない遅れてしまい」
「☆□×!」
「少しだけお待ちください。すぐ手当てします」
「良いところ邪魔しやがって……てめえ、俺の手を切り飛ばしやがって……」
「次は首です」
「やれるならやってみろよ!」

 幾度なく剣戟を交えて桃太郎は少し下がった。

「なかなかお強いですね」
「はっ……てめえこそ」

 桃太郎と金男はお互いの腕を認めた。桃太郎は相手の剣を断ち切ろうとし、金男はへし折ろうとしたが、互いに弾き合うばかりで、望む形に至らない事を見ての言葉だった。

「桃太郎に涼!次こそてめえら必ず殺してやる……必ずだ」
「いえ、ここであなたを討たないとならない気がします。次はありません!」

 桃太郎の一撃を金男は斬られた腕を犠牲にして止め、煙発破で辺り一体に煙幕を張り逃走をはかる。

「逃がしません!」
「しつこい野郎だ」

 煙の中を数度交えるも、金男が予め仕掛けた罠に気を取られた桃太郎は惜しくも姿を見失い逃してしまった。

「豪胆に見えて繊細な仕掛け、侮れませんね」

 煙の晴れた先には既に金男の姿はなく、虚空に誰となく呟いた桃太郎は次合いまみえる機会を予感しつつ、記憶に刻む。

「☆□×……」
「涼様……傷の手当てをした後、手持ちの解毒薬を飲ませます。解毒薬は苦いですが辛抱願います」
「☆□×」
 
 涼は桃太郎へと言葉をかけるが、痺れた舌では上手く言葉が紡げずにいた。動かない体と喋れない不自由さ、恩人たる童の仇を討ってやる事が叶わなかった不甲斐なさ、そしてなにより力及ばずにいる自分自信の無力さが悔しく、知らず、人前にも関わらず涙を流す涼であった。体が動くなら上手くごまかせるのだが、それも叶わず、涙を流す涼を一度だけ見た桃太郎は、何も口に出す事なく手当てし、薬を飲ませた後で涙を拭った。

「涼様、安心してしばらくお休みください」

 桃太郎の言葉を受けて涼は静かに目を閉じるのであった。