不 可 侵 宙 域 [ b l u e - A T ]

マウス楽描&散文 / Yes Peace!! / No War! / Yes LGBT!! / No Nukes!!!

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2017-07-07 | [etc,,,]

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みんな違ってみんな完璧

2016-11-30 | [Ypsilon]
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シルバーソウルとサイテイヤロウ

2016-11-03 | [Ypsilon]
ボトムズ×銀魂@迷走散文

~~~~~~~~~~~~~~~

JUMP作品が琴線に触れる機会がなかった。
前面に押し出される努力・勝利・友情、恋愛や喧嘩を主食にしたり、
運動能力や頭脳戦を競ったりする物語は、遠いフィクションに感じられた。

最初で最後の、新刊で全巻揃えた長編作品はJUMPの「花の慶次」だったが、
原作は時代小説で、今のJUMP系統とはかなり毛色が違う。

ここへ来て、ひょっこりと「銀魂」にハマった。
生真面目な小中学生の親御サン達が新聞の投書欄を沸かせたり、かたや、TVアニメ再開や
実写映画化や連載終了間近で盛り上がったりしている、悪名高きアレである。

しかし、エンターテイメント等という代物は、各々が好みの視点で消化すれば良く。
まして既に60巻以上も刊行されているうえ、一話~数話で完結する話も多い。
例えば当方は、まにあっくなゲームやお下品ネタは適宜早送りし、
人情噺や人間模様、そして好みに合う笑いを反芻している。
一時、時代劇ファンを自負した身としては、見得を切っての決め台詞や、
ハードボイルドな展開が懐かしく、小気味良い。

やや気になるのは、途切れぬ某氏の喫煙と、ビジュアル的にもどうかと思うマヨネタと、
多くの登場人物達の口の悪さだ。激しい口調になると、年齢も性別も関係性も消え、
誰が発しているのか判別がつかないような汚い言葉遣いの応酬が続く。
イマドキそんなものかとも思うが、JUMPを愛読する若き読者諸君が、
こういう言葉遣いに慣れていく様を止められないというのは正直歯がゆい。

だがそれより何より気になって仕方ないのは、シリアス寄りの長編に入ると
最終的に意味のない戦いばかり繰り返される展開、だ。

もともと、主人公・銀時は、強さ故に生命を奪い合う無常を知り、剣を捨て、
木刀を提げ、吹っ掛けてくる相手はかわしたり、峰打ちしたりしていた。

「刃物プラプラふり回すんじゃねェェ!!」(原文ママ)

当方が読破した60巻迄の間、過去以外で銀時は直接人の命を絶っていない。
それでも、人間同士が怒りをぶつけ合い傷付け合う場面を、ある意味格好良く見せている。

ほとんど殺し合いのような死闘をしていても、もちろん相手はこちらの生命を奪う
つもりで刃物を突き立てて来ても、生還するか、他からの影響で致命傷を受けるかだ。

過去を乗り越える為、友情や家族愛や武士道を貫く為、
その人や街を護る為に、また、義理や誤解やすれ違いという理由で、
脈打つ他人の身体を切り刻むような行為が許されようか。否。
これは少年漫画だから、スポーツ漫画と同じ様に戦う場面を扱うが、
描いているもの、伝えたいことは別。格好良く見せたいのは、努力・勝利・友情。
もちろん、そうだろうけれど。

昨今の、猟奇的なげーむのような殺人場面のある作品に比べたら、ずっとマシで、
裏切り者や敵キャラが生命を落としても、因果応報と意味付けされ、さっきまで
斬り合いしていたのに、何故か感動する場面にすり替わっている事さえある。
そういう美学もわからんではないが。

モヤモヤしていたところ、ふと、ボトムズは違ったな、という思いが脳裏をよぎった。
そうだ、フィクションでも人が人を傷付けて然りという納得の出来る理由など有りはしない。

ボトムズのキリコと銀魂の銀時は、戦場経験者という共通項がある。
攘夷戦争後、市井の生活に紛れ込み、マダオ生活に勤しむ20代後半の銀時に対し、
TVシリーズ当時のキリコは18歳。不本意にバトリングさせられたり、
生活の為に傭兵として勤務したりもするが、最終回迄に戦争から離れる人生を模索し、
最新のキリコが描かれた「幻影編」では完全に戦闘行為を拒否している。

キリコにとって戦いとは、努力も勝利も友情もない。その腕で稼いで生きるだけだ。
「野望」の前半の共食いでは逃げる事に徹し、後半は執拗に追ってくるリーマンを追い払った。
無駄な弾は撃たないし、格好良い勝ち方も追及しない。実に現実的だ。

イプシロンにとっては勝利以外の他には何もない。理性も名誉も美学もない。
幸いな事に失敗作だった為に、瓦礫の下で迷う機会が与えられ、自らの人生を選択出来た。

さて、銀時と銀魂世界の面々はどうだろうか。廃刀令が敷かれたばかりの
ネオトキオ江戸で、最終回までの間に、これから幾度「誰かを護る為に」と剣を取り、
「悪者ではなく、結局いい奴だった」雑魚キャラやボスキャラを切り捌くのだろう。

「幻影編」で追っ手に迫られ、仲間達が「武器を取れ」「ATに乗って戦え」と呼び掛けても、頑なに拒んだキリコ。心配したその収束はファンタジーな展開となってしまったが、微笑ましく納得できたのは長年のファン故なのか。



そういえば、当方のイプシロンの二頭身マウス絵を見た知人に「銀さんだ銀さんだ」と言われ、イプシロンに似ている銀さんとやらは何処の馬の骨か、と思ったのはいつだったか。

61巻以降も重そうで微妙に首が凝りそうな気がしないでもないが、見届けねば。
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マウスde描きまうす

2016-03-25 | [Ypsilon]



蒼き鬼神。ほんの一時、そう呼ばれていた。
生まれながらに、人の手が加えられていた。

例えそれが、血の繋がった両親であったとしても、
生み出した彼らが望むような人間が出来上がるだろうか?

人の知恵など浅いもの。21世紀の今でさえ、我々は生きる術を知らない。

ひとりひとりの生命は美しく、愛しい。
それがふたりさんにんと増え、大きな集団になると、歯車が狂う。

自然の寛大さをいいことに、自らを保つための水や空気さえ汚す。
不要な狩りに飽き足らず、周囲を巻き添えにしながら共食いを始める。

蒼き鬼神こそ、我らが理想。完璧な勝者。
そこに、何を望んだというのか。

答えも行き先も知らず、大人の姿でこの世に誕生した幼子は戸惑う。
そして、我が身を疑う。

「私は完璧なのか?」

広大な宇宙で、荒廃した砂漠で、瓦礫の下の暗闇のなかで、その身を映す鏡を求める。

生命は蒼くも紅くもなく、完璧も不出来もない。
予め仕組まれた運命もなければ、墓には名誉も金も埋葬できない。

人が生きるとは、ただ、そこに在る、ということだ。
在る、が連続すると、滑らかに動く生物になれる、ということ。

「在る」ために、我々はどう生きるべきか?次の世紀で見つかるのか?
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こんな可愛い私を!

2015-08-22 | [Ypsilon]
「あなたに、こんな可愛い私を、撃てる筈が無い!!!」
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「キリコぉぉ」

2015-08-01 | [Chirico]
いろんな声優の声で呼ばれていたが、やはり耳に残るのは、フィアナさんの切なげな
「キリコぉぉ」

対照的に、元気で素直で、甘えてるようで自立してるココナの
「キリコぉー」

年上で処世術に長けていて頼れたり、時にちっとも頼りなかったりするバニラの
「おい、キリコ?」

父親のようで、腹黒いようで、意外と清々しいとっつあんゴウトの
「キリコよぉ」

本人の感情が薄く口数が少ない分、周囲の面々の「キリコ~」という呼び方で、
その間柄、関係性が見えてくる。

そして、改めて、いい名前を付けてもらったものだな、と思う。

♪名前、それは、萌えるイヤ燃える、生命~アストラギウスの、一人ずつ、ひとつ…♪


ところで。
プロトワンは、試作品1号から命名されたとすると、かなりの成功例かも知れない。

イプシロンは、
プロトファイヴ=試作品5号(ギリシャ文字のE)か、
プロトトゥウェンティ=試作品20号(ギリシャ文字のYかu)か、
プロトトゥウェンティファイヴ=試作品25号(英語のアルファベットのY)、、、
だったのかも知れない。

元々普通の人間でロボットではないが、アンドロイドとしたら相当な成功例だろう。
機械人間でもニュータイプでも超能力者でもない。そこがいい。


~~~~~~~~

ありがたいことに今でも、拍手を月に数回は頂戴しております。
アストラギウス銀河のごとく、広いココロで、ゆるーーーく見守ってください。
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公式で赤肩3人組が可愛くなるとはコレ如何に?

2014-10-15 | [etc,,,]
SDぼとむず、ですか?
イマドキは、Dすたいる、というのですか?

「可愛(めんこ)くなったな、赤肩3人組さんよ」
//www.kotobukiya.co.jp/product/product-0000001396/

ブルーATも是非。スコタコ売れ行き次第ですか?
//www.kotobukiya.co.jp/product/product-0000001249/

完成品ならともかく、当方、ぷらもでるでは手が出せませぬ。

打って変わって、こちらはアダルト風味な展覧会。
ろまんあるばむえくすとら、の、折込ぽすたーの、ですね。
//www.yayoi-yumeji-museum.jp/yayoi/exhibition/now.html
//www.votoms.net/news/
//ameblo.jp/maru1048/entry-11932014730.html

みりたりー度数が高めなので、少々二の足を踏みますな。

邦男氏や紀生氏ならば、直行なのですが。むー。
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こいつのミギー肩は赤く塗らねえのか?

2014-09-28 | [etc,,,]
個人的考察に、拍手をありがとうございます。


当方、リアルタイムで読み逃していました。


ボトムズ×寄生獣@追記的散文
~~~~~~~~~~~~~~~

ボトムズも、当時さまざまな理由(=暗そう、難解、丁度アニメから離れていた等々)で
見逃した人(現30~50代)や、当時まだ存在していなかった人(現30歳以下)が、ここ数年に
初めてその全貌を見て、むせた(=良かった、ハマった、惚れた)と言う感想をたびたび聞く。

両作品とも雰囲気が取っ付き難い。あらすじや、数ページや数話をチラ見しただけでは、
余計に難しそう、なんか面白くなさそう、どうも真面目でカタそうという印象を受け易い。

しかし、クソマジメな話ほど爆笑したり微笑ましかったりキュンとしたりする反動が強い。

ボトムズの主人公の好敵手および主人公については、ブログ創設以来書き連ねているので
割愛するが、寄生獣の主人公の寄生生物および主人公にも、そういう印象を受ける場面がある。


「シンイチ、ツメタイ」

2度出てくる台詞。情を持たず冷静沈着で昆虫のような生命体が吐くわりに、
甘えや責めという身近な相手にしか見せない感情表現に聞こえて可愛い。


「せっかく、ニンゲンのコウビが見られると思ったのに」
「寝てろ」

好奇心全開で拗ねたような口を聞く相手に対し、もうこれだけで充分満足そうな男子高校生。
読み手の想像力をかき立てられる。


イマドキの少年少女漫画は、キャラクターの絵も言動も過激過ぎるモノが多い。
Hやサツリクの描写がばんばん出てきて、たまに見ると本当に驚き過ぎて唖然とする。
しかもとても偏った嗜好のHだったり、人の命を奪う行為をオシャレに格好良く見せたりする。
この根底に流れているものは、描きたいものは何なのか?と疑問が湧く。

(それにしても、命を奪う行為と誕生に繋がる行為…
 両極端な2大テーマを欲するのは本能がその刺激を求めるのだろうか??)


戦争もサツジンも起こる。30年前も、おそらく30年後も。
しかしそれを、キリコやシンイチは決して肯定しない。
揺れて、悩み、落ち込み、思考停止し、再考し、次の結論を出していく。

その自分の心身を形成しているものとは、他の生き物(=食べ物)であり、
空気や大気といった、地球上と宇宙に舞う塵の一粒一粒であり、
それらは例えば、250億分の1以上の確率で存在する。

自分として意識している薄い皮膚で覆われた細胞の集合体は、どこからどこまでが自分なのか。
この身体は、ただ他の生き物がカタチを変えたものなのではないか。
この思考や紡ぎ出す言葉も、他の生き物の意識から生まれているものなのではないか。
自分と他者との境目がなくなる。すべてが同化していく。

成すべきことは、物凄い確率で存在している今を、肯定し、全うすること。

それを感じさせてくれる作品に惹かれる。



~~~~~~~~~~~~~~~
※当方、現時点で新装版4巻までしか読んでおりません故、今後、感想が変わる
可能性があるのと、恐縮ですがネタバレは切実にご遠慮願うことを補足しておきます。
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「頼れる右手はいますか?」

2014-09-26 | [Ypsilon]
ついこの間、と本気で思っていたTVシリーズ本放送から30年(1983~1984)。
CDもDVDもインターネットも携帯もスマホもなかった時代に生まれ、輝き続けている。

何百年も昔の文学作品から見れば、まだまだ幼く大袈裟かも知れないが、
21世紀の煌びやかな絵や動きのアニメ作品と比較すると、古典の域を感じる。

茶色と橙色の2色でペッタリと塗られた煙が、モコモコぎこちなく動く。
絵筆に白絵具をたっぷり浸してから飛び散らせた、真っ黒い宇宙空間を彩る星々。
技術だけ見れば、なんと可愛らしく必死なのだろう、と思われかねない。
しかし、目に沁みて喉がむせるような硝煙や、漆黒に瞬くアストラギウス銀河の星たちが、
思いもよらないリアルさで迫ってくる。その演出たるや。

80~90年代は、アニメ作品のそれまでの軌跡(1963、鉄腕アトム放送開始)と
未来である現在(2014)のちょうど真ん中あたり。幸運な時代だったのかも知れない。

古典とは、周囲のあらゆる環境に流されず、時代を問わず支持される作品だろう。
十二単を着ていようが、破れたGパンを履いてようが、人間そのものに大差はない。

ボトムズより数年後(1990~1995)に連載された、古典、と呼ばれつつある某漫画に手を出した。
作中に流れる地味な空気、先の読めない展開に目が離せなく、無駄の無さが小気味良く、
普遍的な情や程良い冗談が心地よく、笑みさえこぼれる。こんなにも際どい物語なのに。

面白い、と思い始めたのも束の間、徐々に余裕が無くなってきた。

「おまえ、せっかく仲間と会えたのに」

仲間という響きに、イプシロンが拘り続けた「同類」という言葉が脳裏をかすめる。
人が仲間を欲するのは何故か。孤独から逃れたいからか。

「おまえたちは、何の為に生まれてきたんだ?」

その感覚が解るようでいて、すんなり入ってこない。
大きな優しさから出てくる台詞だとは思う。優しく育てられたのだろうと思う。

「わかっていながら、おれは、何をしていたんだ」

自分を責めるのは何故だろう。後悔するのは何故だろう。自己陶酔だろうか。
誰かに慰めてもらいたいのだろうか。苦しむ人は苦しみたいから、というのを思い出す。

「きみ、泉くんだよね?」
「さあ、どうなのかな……」

伏線が張られていた、幾度か聞いた問いへの答えに、恐ろしいほど血の気が引く。
ここまで視点を共にして歩いてきたはずの主人公が、離れていく怖さ。

クエントで豹変したキリコを思い出す。
親友も仲間もヒロインも皆が困惑するなかで、ただ一人、ココナの勘は違った。

「何かしょいこんじまったんだよ、あの顔はね…」

同じ世界にいる人間は納得できない。こちら側としては少女の勘にすがりたい。
物語の世界と、自分とを繋ぐものを見失い、不安になるのだ。

「ごめん、人違いでした」と席を立つ彼女の勇気。
「いつのまにそんなに強くなった? 鉄で出来ているのか」と言う父親。
そして、情を持たない寄生生物の冷静な分析に救われる。

その人を解っている気になっていたが違った、と突き付けられる虚しさ。
そんな風に思う自分の未熟さにも、情けなくなる。

まだ、物語は半分以上残っている。(※新装版4巻まで読了)

義務と権利と、彼の母親の遺志を継いで、見届けねば、と思う。

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その者、蒼き鎧を纏いて

2014-07-16 | [Ypsilon]
駱駝色の砂漠に降り立つべし。失われし神との絆を絶ち、遂にキリコをクエントの地へと導かん。


拍手、ありがとうございます。クエントの鍾乳洞でメジと並んで修行してきます…。
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あおいほのお

2014-07-14 | [Ypsilon]
恋愛はよくわからない。
人を愛し、人から愛されるのは、嬉しいことだと思う。
一瞬でも、数日でも、数ヶ月でも、数年でも。

しかしその先には、何がある?
どちらかの命が消えるまで添い遂げるか、
または、どちらも生きているのに、故意に離れるか。
恋愛の先には、そんな究極の二者択一しかない。

一対一が基本で、三角や四角になると、ややこしくなる。
だから、一対二になった時、どこか一辺を故意に切断する、という選択を迫られる。

それまでの絆も、縁も、何もなかったようなふりをしなければならず、
共に喜んだり悲しんだりした記憶も、もう二度と、共に思い出す事が出来なくなる。

どうして、人と人の間に、そんな不思議な関係があるのだろう?
深い繋がりを感じたのは、錯覚だったのか。
真実だったとしたら、遠くへ押しやらなければならない理由は何か。

自分から先に、心の底から、人を求めたことはない。
一人の人に対して、他の人よりこの人が好きだ、というのも実はよくわからない。
そんなに多くの他の人を知らないし、選んだわけではないのだ。


先に、相手から求められた。
そして周囲からも「そういうものだ」「それが愛情というものだ」と教えられた。

自分という意識が目覚めた時、瞳に初めて映ったもの、
「初めて見た光」がその人だった。深い感情はなかったが、
何も知らない自分に何か導いてくれる存在だと、暖かく包んでくれる存在だと思った。

そして、次に気付いた時、
両腕をまわされ、キスをされた。あなたが好きだ、と。
手を携え、共に生きよう、と。

正直、最初はどういうことかよくわからなかったが、
求められたから、理解したい、応えたいと思った。
これが自分が生きる理由、死んではいけない理由になるのかも知れない。

自分を必要としてくれる人。その人の支えになりたい。
これが恋愛なのか、何なのかわからないが、とくに決めつける必要もない。

この人の生命を脅かすものは、近付けてはならない。
私は完璧に、守ってみせる。
それがもし、あなたにとって不本意なことであっても。

いや、それが本当に守ることになるのか。
この人が望んでいると思うことを叶えることが、本当に守り通すことではないか。

それとも、最初にあなたが生きる価値を見出してくれた私が、
そのままの自分自身を貫き通すことこそ、本当にすべきことなのではないか。

今の自分は、共に生きる者として相応しいのか。
今でも自分は、求められているのか。
そうでないなら、「私に生きる価値がある」のか。
その答えを得るには……。



~~~~~~~~~~~


とてつもなく個人的な補足雑談。


とてつもなく個人的な話となり大変憚られるが、昨日シツレンをした。
厳密にいうと数年前の古傷を反芻したようなもので、リアルタイムではない。
自分の身体が半透明になったような、地に足がついているか不安になるような感覚。
滅多にない機会なので、というほど余裕もないのだが、うつらうつらと
湧いては消える思考をそのままにしていたら、ふと、イプシロンが浮かんできた。
何故ここに登場する?と、そう長く考える前に、ひどく納得してしまった。
当方のレンアイ思考と、イプシロンのそれとが、あまりにシンクロしているのだ。
この場合、TVシリーズだけでなく、OVA「ザ・ラストレッドショルダー」も
加味したイプシロン像になってしまうのだが、パターンが非常に似ている気がする。
額の傷を残したイプシロンに敬意を表して、シンクロ具合を確かめるためにも、
散文にして記録してみようと、解毒を期待して書き上げたのが上記である。
結果、滑稽なくらい自分なのかイプシロンなのか個人的に差分を感じない。

…だからか、イプシロンが他人とは思えないのは。

基本的には、TVシリーズだけがぼとむずで、あとは蛇足という認識でいる。
そもそもOVAがあることを長く知らず、いくつか出ているとわかってからも興味がなかった。
ネット上で、自分の知らないイプシロンのカットを見掛けて、OVAの存在を思い出し、
初めて「ザ・ラスト~」を手にした。自分にはその後に見た「赫奕~」より衝撃だった。
TVシリーズのウド編とクメン編の間の数ヶ月を補足するストーリー、という、
他のOVAや劇場版と違って、しっかりと本編に沿った内容なのだ。
ゲストキャラと秘密結社の面々はともかく、イプシロンと素体とキリコの3人は、
このOVAを含めるか否かで、その後のクメン編や宇宙編、サンサ編に影響をきたす。
なかでも、イプシロンの出生と、素体~プロトワンとの関係は、あまりに大きな
後付けであり、面食らった。2クールしか登場しないイプシロンを哀れんだのか、
二次創作的に思いついたのかは知らないが、どう消化したらいいか複雑な思いだった。
しかも、イプシロンの表情のカットが一切省かれた、あのラストである。
過去記事にも書いた通り、この演出では三角関係として成り立っていない。もともと
TVシリーズもイプシロンにとってプロトワンへの思慕は恋愛感情ではない、と明確に
思っていたので、下手な三角関係の描写をされずにホッとした部分もあるが、主人公の
最大のライバルであり、全編通して大きな秘密の鍵であった「パーフェクトソルジャー」の
誕生を描いたドラマにしては扱いが軽く、なんと情けない、と思ってしまった。

TVシリーズとOVAの微妙な歪みはぼとむずの仕様であり、いつしか当方も「ザ・ラスト~」
のイプシロンを刷り込みされていた。そのうえでの今回の個人的な発見に辿り着いた。
イプシロンが羨ましいのは、キリコという鏡に自分を映して戦い、決着をつけられたことだ。
当方はシツレンの度に鏡を失い、存在意義を信じられなくなり、全身と言わずとも
指先くらいは透けているんじゃないか、と、手のひらをまじまじと確認する始末。
この喪失感を、クメンの岩場の影でキリコに見逃された時、ムナメラ川の戦闘中に味方の
ヘリに激突された時、カンジェルマン宮殿の地下でプロトワンに撃たれた時、また、
戦艦Xの噴射に煽られたり、一瞬ATごと捕えたプロトワンが振り切って逃げたりした時、
イプシロンは幾度と味わったことだろう。

当方にはイプシロンに同情する余裕は全くない。共に、静かに、次の機会を待つだけだ。
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寺(ブログ)に弾薬(ネタ)が必要かぁ!

2014-07-06 | [etc,,,]
拍手、何度かいただいております。ありがとうございます。

以下は自分の備忘用。ツッコミご容赦。

新グッズ予約受付中☆ 何を入れようか?やっぱ弾薬?

無料視聴開始☆ らしいけどよくわからん。

左より千葉繁、川浪葉子、高橋良輔氏、塩山紀生氏、塚田延式氏。 同窓会?そうかい。

クエント星におりたった、キリコとファンタム ファンタムちゃ~んも。

「ああっ、おれのスコープドッグが」 ああっ。

「なければ、つくってみせるさ」 うんうん。

「なぜ“ 俺 ”と戦ってきた」 「お前が追いかけてくるからだろう」 …そうだったんだ、キリコ、ふーん。

過去記事:良輔監督の特別講義 ふむふむ。

評価データベース ほうほう。

裏話記録多々&1996年「武器屋」のわずかな痕跡。

痕跡を追うが
どこにも本文は無。
座長を主人公と想像すると、TVシリーズの主要人物や上層部人物は実際には登場せず、
戦争も描かれず、損ばかトリオやゾフィーみたいな武器屋の親父等のボトムズ(底辺)の
人々の生活が交差する中で、TVストーリーを彷彿とさせるようなセリフや場面が
あるような作品だったのでは、と推測される。

何かご存知の方、こっそりご教示ください。
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お宝発見

2014-06-15 | [Ypsilon]


砂漠の星のクレーターに眠るイプシロン。

魂は、その身が誕生したあの楽園に。
自然の営みの中に。万物流転の、宇宙の理の中に。

もし寿命が2年とさだめられているなら、どう生きる?

悪しき因習を一掃し、革命を起こして新しい世界を築くのか。
辺境の惑星の洞窟の中で、瞑想をして生きるのか。
全宇宙の神として君臨する力を求めるのか。

ただ、生きている、という実感を追い続けるのか。

イプシロンにとって、戦うことが生きること。
生き続ける為には、戦い続けなくてはならない。
完璧な戦士であるが故に、敵は常に倒され、目の前から消えていく。
対峙する敵がいなくなると、存在理由がなくなる。

2年の間、高価なヂヂリウムを消費する価値がなくなる。
「欠陥品に興味はない」と一蹴される。

生き急ぐ必要があった。
モルモットであることを悩む余裕はなかった。
愛情も信頼も、仲間も友も家族も、最強兵器としての2年には無用だ。

ならば、感情も痛みも必要なかったはずだ。

「ただの人間であるお前が、私を批判するのか?」

ただの人間であることへの憧れ。
ロボットでもなく、心と身体を弄ばれ、人の欲の為に使われる命。

イプシロンがキリコより一つだけ勝っていたとすれば、
その「自由」がどんなに素晴らしいものかを理解していた点かも知れない。
本人は意識していないだろうが。

もしもイプシロンが、テルタインを降りて秘密結社と決別出来たなら、
ヂヂリウムの問題は別にして、傭兵に志願はしないだろう。

それこそ、彼のプライドが許さないはずだ。


~~~~~
お宝はココ
リクエストしたい。ストライク犬とセットで。あ、損ばかトリオもいいな。
イプシロンの寝顔がお宝…? ええ、それでも結構(笑

お宝その2
「これは必ず貴方の財産になるから漫画を描きなさいと」
当時、我が家にボンボンが転がっていなければ、ここのブログも生まれなかった。
あのコミカライズが、当方のボトムズ歴スタート地点だったのは間違いない。まさに、財産。
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30年前の3月23日が最終回

2014-03-25 | [Ypsilon]
イプシロンが最終回を迎えることはなかった。
ひと足先に、自由になってしまったから。

果たして、イプシロンは自由を求めたのだろうか?
不自由を感じていたのだろうか。

否、彼は他人と比較する余裕はなかったはず。
我が身は満ち足りて、完璧なのだから。

司祭コスプレの教育係に「ばか」と言われようと、
双子の科学者に感情を弄ばれようと、恥じる事など無い。
「ふつうのにんげん」を哀れみこそすれ、その自由を羨む必要など無い。

自分が誰よりいちばん優れている。こんなにも恵まれている。
そう思う事を、ひとは何故躊躇するのだろう?
何故、わざわざ他と比較して嘆いたり、束縛を感じたりするのだろう?

イプシロンは、単純な悪役のように高笑いはしない。
完璧な身体に感謝しつつ、自分の人生を探して突き進む。

「誰が、私を、ざんねんないけめん、等と言っているのだ?
 私がいなかったら、TVシリーズが成り立つとでも言うのか?
 ウド編は言わば序章。クメン編から物語が始まり、宇宙~サンサ編が本編で、
 クエント編はオマケみたいなものだ!(断言」


~~~~~~

スロー更新の当ブログに、拍手をくださる皆様。ありがとうございます。
とうとう、本放送から30年がまるまる経ちましたね。
まいった、まいった、となりのじんじゃ。By.ばにら。
そんな感じで、気長によろしくお願いします。
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生きることは、たたかうこと。自分と。

2014-01-07 | [Ypsilon]
子どもの頃、「たたかう」とは、
敵をやっつける=ころすこと、戦争をすること、だとしか理解していなかったので、
母親に「“生きることはたたかうこと”なんておかしいし、嫌だよね」と言ったら、
「生きることはたたかうことよ」と、そのまま返された。

そのまま過ぎて、反論するでもなく、会話は終わった。

ロボットアニメや時代劇を好んで見て、人の命が奪われる場面に
ある意味感動しながらも、ころしあいすることを嫌悪した。

敵と味方で分かれて対戦することは、
体育の競技でもなんとなく好きになれなかった。

TVゲームで、モンスターや対戦相手に対して「しね」とか「ころせ」とか
連呼する友達の言葉にも、心が痛くなって嫌だった。

気付いたら母親はたたかい終えてこの世を去り、深い会話は出来ず仕舞いだった。

しかし、なるほど、生きることはたたかうこと、かも知れない。
と、気付いたのはいつの頃だったか。

ただ漠然と、ボトムズという作品に惹かれ、忘れることなく30年が過ぎた。
記憶が薄れるどころか、ろくすっぽ見返してもいないのに、鮮明になっていく。

キリコの台詞。ココナの台詞。
ああ、そうか、皆、たたかいさながらに、生きているのだ。
一見、他者とやいばを交えるように見えても、その実、自分とたたかっているのだ。

アニメも、時代劇も、命のやりとりを見せながら、生き方や考え方、
人間の有り様(よう)をいろいろに構成し直して、描いて見せてくれている。

なかには、戦争や命を奪い合う方に重点が置かれている作品もあるが。
ボトムズは違った。
イプシロンは懸命だった。生きることに。
誰かを蹴落としたり、ましてころしたりすることに生きがいがあった訳ではない。

キリコも、シャッコも、カン・ユーも、リーマンも、同様だ。
自分の居場所を探し、ただそこで息をして存在を保ちたい。
この世に生を受けた生き物ならば、ただそれだけなのだ。
一瞬の快びに目を奪われても、その次に目に映るのは、自分の姿。

ココナの人物設定に、「戦争孤児」と書いてあるのを初めて見た時、
そういうことになるんだ、と、少し驚いて、胸が痛んだ。

誰一人、戦争を肯定しない。
誰かが、見知らぬ誰かの命を奪っていい理由なんか、絶対ない。

たたかう相手は、いつも自分自身なのだ。

現実的に言うならば、いかに誰かの命を奪わずに生きるか、だ。

衣食住と、家族や会社や地域や国という社会で生きていく上でも。
人類の、相当、崇高なテーマだ。
これまでの30年もこれからの30年も、戦争というかたちではなくとも、
確かに、あらゆる人や動植物の命をいただいて、ここに生きている自分。

コールドスリープを選んだキリコ。
サンサのクレーターで眠るイプシロン。

例えばあと30年で、どれくらい彼らに近付るだろうか。




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