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文革の犠牲者

2005-04-06 | 時流
以前、半年、10回ぐらいだけ、中国語を習った。

中国語は難しかったけれど、合間に話してくれる中国の実情が興味深かった。
この先生、中国語のレッスンより、<文革の異常さ>の話になると止まらない。
(おかげでほとんど発音が身に付かなかった。←ほんとは私が悪い)

実体験に基づいた話なので、聞いている生徒も引き込まれる。
「一言で言えば、中国は間違っている」と話し出す。

文革の敵は、文人・学者・知識階級のだったので、その地域で何代も医者をやり人々の敬愛を集めていた彼の父親はやり玉にあがった。家族も同罪とみなされた。

詳しくは覚えていないけれど、父親は農村に労働に行かされ、毎日のように毛沢東語録を読まされ、自己批判をさせられ、非道な扱いを受けた。 家族との連絡もほとんど取れず、食糧は家畜以下だったそうだ。

家族も毎日地域の長の家に連れて行かれ、そこで自己批判や、反省のための労働に従事させられた。 母親は、父親を非難する文章を書かされ、それを地域の人の前で読まされた。(隣組のような組織があったようだ)子供の安全のために、心の中とは裏腹のことを、母親は泣きながら読む。読み方が悪いと、やり直しをさせられる。

「幼かった私は、どうしてお父さんのことが大好きなおかあさんがこんなことを言うのかと問い詰めたこともあります。その時、お母さんは泣くだけでした。」と。

全く医学の知識のない人が医師として選任され、医療にあたる。 思いつきで診療するから、誤診もある。死人も出た。それでも彼は医師として扱われる。
誰も彼を信じない。だから党幹部が病気になると、遠い農村から本物の医師(中国語講師の父)を秘密で連れ出して治療に当たらせる。 「党の幹部が体調が悪いと聞くと、父に会えると喜んだものです。でも朝には連れて行かれてしまった。人目に付かないように、農村に戻されたのです。」

「おかしい」と発言した人はつるされる。拷問はひどいものだった。子供である講師も、<死なない程度>の拷問にあったと言う。
「めちゃくちゃです。それはみんな判っていた。それでも黙っていなければいけなかった」

今、上海には文革の記録を残す施設があるらしい。その中に拷問でなくなった青年の遺体があるという。(人形?名前も聞いたが覚えていない。だれかご存じでしたら教えてください)A講師は彼を知っている。「青年は何も悪いことはしていません。只めだっただけです。美少年だった。<悪いことをしている>と自白しないから拷問されました。中国人は何故、彼が死んだかを考えなくてはなりません。展示には異論もありましたが、私は展示されて良かったと思っています。」

話が戦争のことになるとこういった。「日本の人は中国人と会うとうつむく人が多い。戦争で悪いことをしたと思っているのでしょう。でも戦争とはそういうものです。中国は長い歴史の中で国内でも戦争をいっぱいやりました。その時中国人だってたくさん残虐に殺されました。日本は良い国です。もっと自信をもってください。」

中国語講師のAさんは、知能指数がものすごく高いと聞いた。知的レベルも高い。文革の嵐がなければ、ひとかどの人物として活躍したはずだと思う。日本で中国語を講師などしていないはずだ。

嵐の後、両親は彼が日本に行こうとするのを止めなかったそうだ。「いつ又同じようなことが起こるかもしれない。生きるために国外に出なさい。家族のことは心配しなくていい。」と父親は、国外に出るチャンスを掴めと奨めたそうだ。

いくつかのチャンスを逃してやっと彼は日本に来ることができた。そして、日本人の奥さんと幸せに暮らしている。

きっと彼は東京のどこかで中国語を教えながら、合間に文革の異常さを語っているだろう。
熱のこもった、聞く者を沈黙させるその話に教室は静まりかえって聞き入る。歴史の現実をかたる彼の中の苦悩が滲み出ているからだ。

文革後の中国にも、強い危惧を語っていた。

今も彼は東京のどこかで、「中国は間違っている」と心の叫びを伝えているだろう。
その話には、祖国中国への愛ゆえの、実体験があるからこその、厳しい視線があった。
普段は明るい人だ。冷静で論理的だし、冗談だってうまい。

私には、そのほんの少ししか理解できなかったけれど、「中国は間違っている」という言葉が重く、残っている。
(金木犀)
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4 コメント

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私も (まもおじさん)
2005-04-07 11:46:37
はじめまして、

私も20年?以上前に文革を経験した女性と話したことがあります。

最初、水滸伝など話していたのですが、私が「下放政策」の話をしたら、自分の体験を話してくれました。よっぽど、話したかったのでしょう、それはそれは雄弁でしたよ。

当時、日本では文革の実態が伝えられておらず、私も「下放」など肯定的にとらえていたのですが、話を聞いてびっくりしました。



それにしても思うことは、「文革」で被害を受けた人の話はようやく聞けるようになりましたが、迫害した人の反省を聞いたことがありません。

貴方の先生がいうような「文革記念館」があるのならぜひ見てみたいものです。
返信する
ありがとうございます (中洸庸)
2005-04-07 18:59:12
はじめまして、

間接ではあれ、文革を経験された方の話が聞けて嬉しく思います。中国(韓国も同じ)国内で自由に話ができる体制ができたらと常々思っています。
返信する
コメントを頂いたお二人へ (金木犀)
2005-04-08 08:04:30
◆まもおじさん さまへ

しばらく前の話で、もっと詳しくかきたかったのですが、記憶が定かではありません。

彼は、私達のような、軽い気持ちで中国をを学ぼうとする生徒には、もったいない先生でした。

私達は、彼の話を、「現実なのだ」と自分に言い聞かせながら聞いていました。



上海の文革記録館(?)については、もう少し調べてみます。たぶん中国が方針転換をしてから、文革を否定するために作られたものだと思います。



◆中洸庸 さまへ

拙文をお読み頂きありがとうございます。

>中国(韓国も同じ)国内で自由に話ができる体制が

>できたらと常々思っています。



本当にそうですね。

現在の中国の発展は、ハリボテ。。国家による言論弾圧、思想統制は厳然としてありますね。
返信する
はじめまして ()
2005-04-08 16:10:25
貴重なお話、興味深く読ませていただきました。

中国の実態を愛国心をもって命がけで訴えているジャーナリストや市民の方があちこちにいらっしゃるようですね。

ささやかながら応援したいですね。
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