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ローマ・ルネッサンス散策~バチカン博物館・・・滞在3日目 後編

2008-03-14 | travelog


バチカンを後にし、テヴェレ河岸に建つサンタンジェロ城へと向かった。イタリア語でSant' Angelo、聖天使という名のお城。
前日行ったバルベリーニ宮の博物館の人が 「ROME PASS」 を何もチェックしなかったので、ここは3ヶ所目なのに無料で入れた。ラッキー!
特にコレと言った展示物はないのだが、中世に教皇の要塞・避難所として、また牢獄として使用されていたので、城の中の薄暗い通路や階段にはその名残があり、通風口やあちこちにある壁のくぼみ、弾薬庫の跡などがあった。
テラスに出ると、頂上には城の象徴である大天使ミカエルの像がそびえ立っていた。この像はレプリカで、本物は城の中に保管されているらしい。
お天気がだんだん良くなってきていて、早朝にサン・ピエトロ大聖堂のクーポラから眺めた時よりも、視界が晴れていた。
城の前にはテヴェレ河に架かるサンタンジェロ橋があり、欄干の両脇は、ベルニーニによる天使の像が飾られている。本当にローマの街には、ベルニーニの作品がわんさかある。

 サンタンジェロ橋から見たサンタンジェロ城正面

橋を渡ってローマ旧市街へと向った。バンコ S.スピリト通りからバンキ・ヌオーヴィ通りに入る。
この辺は地元の人ばかりで、観光客は歩いていない。見慣れぬ東洋人の私をじっと見つめながら、お年寄りや子供たちとすれ違う。ニコッとすると、ニコッと笑みが返ってきた。
バールで買ったハムとチーズのホット・サンドを食べながら、ローマ・ルネッサンスのおもむきが残るバンキ・ヌオーヴィ通りの細い路地をゆっくり歩いた。
建物や小さなお店、立ち話をする人々・・・ローマの人たちの生活が見え隠れする。
ブラスキ宮殿(ローマ博物館)の前を通って、V.エマヌエーレ通りに出たところにサンタンドレア・デッレ・ヴァッレ教会があった。
ドメニキーノの見事なクーポラのフレスコ画や、ベルニーニ親子のキューピッドの像などを鑑賞。
教会横の路地を進んで、カンポ・デイ・フィオーリ広場に到着。古い家並みに囲まれた広場一面に、果物や野菜、花や雑貨、古着を売るマーケットのテントがぎっしりと並び、たくさんの人で賑わっていた。
活気溢れるその空気に、生のローマの人たちの日常生活を感じ取ることができた。
その先にある、教皇パウロ3世を輩出したファルネーゼ宮殿の脇を、ツタの絡まる塀づたいに進むと、突き当たりに泉が見えた。
オヤジの顔のようなこの泉、「仮面の泉」 と呼ばれていて、ファルネーゼ家が祝いの時に、ここからワインを流したそうだ。
角を曲がって、とても情緒のある石畳の静かな広いジュリア通りに入り、「ファルネーゼのアーチ」 をくぐった。残念ながらツタは枯れていて、緑のツタのアーチではなかった。

 バンキ・ヌオーヴィ通り
 カンポ・デイ・フィオーリ広場のマーケット
 「仮面の泉」
 ジュリア通りのツタのアーチ
 
テヴェレ河沿いの道に出てバスに乗り、再びバチカンへと向かった。目的は博物館。
そのバスに、ジプシーの子供たちが乗ってきた。大声で話しながら後の方を陣取り、もちろん誰も近付かず、乗客みんなけげんそうな表情をしていた。でもどうしてあの子たちはみな、お腹がポッコリ出ているのだろう。10歳くらいの子も5歳くらいの子も、みんな妊婦みたいだった。
バチカン近くに着き、バスを降りると、ジプシーの子供たちも同じところで降りた。ササッと交わして反対側に渡って離れたが、大勢の観光客が集まるバチカンで物色するのだろうか・・・。
オッタヴィアーノ通りでジェラートを買って、リソルジメント広場でひと休み。たくさんの店が軒を連ねるこの通りには、ジェラート屋も何軒かあり、中には日本人がたくさん入っている店もあった。
ガイド・ブックか何かで紹介されている店なのだろう。でも、天邪鬼な私は、敢えてそういう店には入らない。(笑)
この時選んだフレーバーは、早くも病みつきになっていたピスタチオと、ブラックチェリーのヨーグルト風味。ホント、美味しい!!
博物館に行く前に、サン・ピエトロ広場の入口の方に歩いてみた。途中、バチカン職員の通用門があり、そこにいたスイス衛兵の警備員もおしゃれな制服で身を包み、全然警備員っぽくなかった。
朝来た時とは違って、サン・ピエトロ広場はたくさんの人で溢れ、大聖堂の入口も行列が出来ていた。
博物館に向かって、15分ほど城壁づたいに歩いた。1時間2時間並ぶのは当たり前と情報収集した時に知っていたので、少なくとも並ぶことを覚悟で向かったが、一度も立ち止まることなく、スルーですんなり入館できた。この時点で、午後1時過ぎ。混みあう午前中を避けて、午後にしたのが大正解だった。
バチカン宮殿の大半を占める博物館、当然中はとてつもない広さ。目的を絞って、約3時間半ほどかけて廻った。中でのことはここでは割愛するが、中もとても空いていた。
ただ一ヶ所、ミケランジェロの大天井画と最高傑作 「最後の審判」 が見れるシスティーナ礼拝堂だけは、混みあっていた。
この礼拝堂では、教皇選出のコンクラーベが行われる。薄暗い部屋の両脇にベンチがあったので、空いたところに座り、壮大で見事な作品をじっくり眺めた。
言葉で表現することなどできない、息を呑むほどの圧倒的なスケール。ため息が何度も出た。
礼拝堂を出て絵画館などを見たあと、セルフ・サービスのフード・コートに入り、ペンネ・アラビアータで腹ごしらえした。まずまずの味。

 博物館づたいの城壁
 ピーニャの中庭
 博物館の中
 博物館の中

渦巻き型の丸い螺旋階段(タイトル写真)を降りて博物館を出たあと、地下鉄とバスを乗り継いで、コロンナ広場まで行き、そのままパンテオンに向かって歩いた。
パンテオンは、現存するローマ時代の建築の中で、最も完全な形を残しているのだそう。太い石造りの柱が支える正面の柱廊を抜けて中に入ると、大理石の床とドーム型の天井が広がる聖堂になっていた。
ここは無料で入れるということもあってか、かなりの人で混んでいた。
ラファエロの墓があり、500年近くも前に亡くなった世紀の巨匠がここに眠っているのか・・・と思うと、何とも言えない気持ちになり、その前にしばらく佇む。
パンテオンの横を抜け、ミネルヴァ広場に出た頃には、だんだんと日も暮れてきて、“ミネルヴァのおちびちゃん” と呼ばれる子象の像の背中に乗ったオベリスクの前にある、サンタ・マリア・ソプラ・ミネルヴァ教会に入った。
「受胎告知」 のフレスコ画や、ミケランジェロの彫刻などを鑑賞したあと、教会裏の路地に廻ると、ガリレオが地動説の放棄を誓わされた異端審問にかかわった、旧イエズス会ローマ学寮の壁が立ちはだかっていた。
ホテルに戻るルートを考えていた時、目の前をミニバスが通ったのでバス停を探し、次のミニバスでバリベリーニ広場まで行った。
何度か来ている場所だったが、まだ見ていなかった 「蜂の噴水」 を見てから、地下鉄でホテルに戻った。

 パンテオンの列柱
 ミネルヴァのおちびちゃん
 旧イエズス会ローマ学寮
「蜂の噴水」

途中、ピッツェリアで切り売りのピザを買って、ホテルの部屋で夕食。MTVにチャンネルを合わせると、アニメを放送していた。もちろんピザは絶品!
なんか日本のアニメっぽいなと思ったが、当然セリフはイタリア語。画面から目を離していた時、突然日本語の歌が流れてきた。歌はオリジナルなのだ。
でも、なんのアニメかは見たことがないものだったのでわからなかったが、遠く離れたヨーロッパの地で、公共の電波から日本語が流れてきたのには驚いた。
翌日は、それまで以上に早起きしなければならなかったので、シャワーのあと歩き疲れて棒のようになった足に “休足時間” を貼って、即行寝た。


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