Biting Angle

アニメ・マンガ・ホビーのゆるい話題と、SFとか美術のすこしマジメな感想など。

『フロム・ヘル』トークショーatジュンク堂新宿店

2009年10月25日 | アラン・ムーア関連
『フロム・ヘル』読了の興奮も冷めやらぬ10月23日、ジュンク堂書店新宿店で行われた
『コミックで世界を解く-魔術師アラン・ムーアの世界』に行ってまいりました。

内容はムーア&『フロム・ヘル』を語るトークイベント。
特殊翻訳家の柳下毅一郎氏とライムスターの宇多丸氏がムーアの世界と『フロム・ヘル』を
語りつくすというものです。

会場の喫茶スペースは様々なタイプの来場者で満員御礼。
Promethiaの話をしている一群がいるかと思えば、その後方ではトップ10の番外編について
情報交換が行われているという濃い会場へ、いよいよ柳下&宇多丸の両名が入場してきました。

柳下氏はいろんなイベントで見慣れてるのですが、初めて見る宇多丸氏はすごく好印象。
コワモテな外見とは裏腹にエレガントな言葉遣い、柳下氏のサポートに徹する事も厭わない姿勢、
それでいて的確かつ時機を得た質問&ツッコミと、知性派ラッパーにして鋭敏な評論家としての姿を
深く印象付けてくれました。
個人的には、新たな名コンビ誕生か?とも思ったりして。

まず参加者に配られたのは、柳下トークの名物ともいえるおまけレジュメ。
今回は作画のエディ・キャンベルが自身のブログに掲載した、ムーアにより与えられたシノプシスを
翻訳したリーフレット(第5章の序盤にあたる部分)が用意されました。
これを読みながら、PCからの映像による該当シーンとの対比について柳下氏が説明を加え
宇多丸氏がそれに質問を返していくというやりとりで、トークの序盤戦が始まりました。

まずはヒトラーの父母によるSEXシーン。ここではムーアの指示に不足した部分をキャンベルが補い、
それが実際の作品になったことが説明されます。
一方でシノプシスを読むと、ムーアが視点の位置や光源の配置、室内の様子に至るまでを
細かく指示していたこともわかります。
V様やウォッチメンの頃から有名だったムーアの“指示癖”、作画家に対する偏執狂的な
コントロールぶりが、この資料によって証明されました。

このコントロール癖に応える作画家の苦労たるや、想像に難くありません。
ムーアの要求に応え続けるのは、画を描くほうにとっても一苦労じゃないかと思ってましたが、
どうやらその程度では済まなかったみたい。
柳下氏によると、ムーアと『Big Numbers』で組んだビル・シェンケヴィッチ(ニュー・ミュータンツや
エレクトラなどを手がけた売れっ子作画家)に至っては、ムーアによる執拗な指示によって
精神のバランスを崩してしまい、結局は作品そのものが未完となってしまったそうです。

『フロム・ヘル』のコマ割りは原則として1p9分割ですが、これは動きを見せたり
特定のコマを強調しようとする日本的なマンガの作法とは別モノであり、全てのコマに
同等の意味と役割を持たせようという考えに基づいているようです。
(わたしはてっきり、コマ割りで魔方陣をつくろうとしてるのかと思ってました。)
また作中でガルが語る時空間の認識については、ヒントンの著書で実際に書かれており
彼の『第4の次元とは何か?』は当時結構な評判を呼んだとか、ムーアがネタ本にした
『切り裂きジャック最終結論』は相当なクズ本だけど、そこから『フロム・ヘル』という傑作をひねり出したのは
ムーアの功績であるとか、作品を深く知る上で興味深い情報がぽんぽん飛び出してました。

ちなみに第14章の謎については、宇多丸氏の求めに応じて柳下氏による見解が示されましたが、
その際に序文を引用しながら、ムーアの「優しさ」について語っていたところが、強く心に残りました。

やがて話は柳下氏による「聖地巡礼」、ホワイトチャペル連続殺人ゆかりの地を訪ねた
写真つきレポートになりました。
今も実在する酒場「テン・ベルズ」、犯行現場付近に貼られていた謎の萌えステッカー
(でも内容は反イスラムキャンペーンという怪しいシロモノ)、そして全ての鍵となる
ホークスムアの教会建築など、レア映像の数々に場内は大興奮でした。
(これらの写真は、柳下氏のブログ「映画評論家緊張日記」経由でも見られます。)

続いて柳下氏によるムーアコレクションのお披露目。
Lost GirlsやらPrometheaやらMiraclemanやら、ムーアファン垂涎の品々が続々と登場し、
さらにムーアのサイン入り『V for Vendetta』のじゃんけんプレゼントも行われました。
(残念ながら私は一発目で負けましたが・・・。)
どの作品も邦訳が望まれる傑作ばかりと見受けましたが、中でも特に凄いと思ったのは
『リーグ・オブ・エクストラオーディナリー・ジェントルメン』の番外編にあたる第3作、
The Black Dossierの異常なまでに凝りまくった造本ですね。
書簡の断片やら3D印刷(とそれを見るための3Dメガネ)までを綴じあわせたあの本は
確かに日本では出せそうもありません。
せめてトップ10の番外編であるフォーティナイナーズとスマックスくらいは、なんとか
邦訳されて欲しいものですが・・・。

そしてこれら以上にレアかもしれないのが、その後に流されたアニメ『シンプソンズ』の
日本未放映エピソードに柳下氏が字幕をつけたバージョン。
この回ではムーアが自分自身の役で声の出演を果たしており、さらに低音の渋い歌声まで
聞かせてくれるというサービスぶりです。

こんな茶目っ気とサービス精神のあるムーア先生なら、うまく頼めば来日してくれるかも。
みすず書房でもヴィレッジブックスでも小学館集英社プロでもいいから、ぜひムーアを
日本に招いていただきたい!と切に願ってます。

それにしても、『ウォッチメン』に乗っかって出版社が勝手に作ったと思われる番外編
『ウォッチメン・ベイビーズのVフォーバケーション』をファンから見せられたムーア(と会場の我々)の
ガッカリ感たるや、もはや言葉では表現できません(笑)。



なんて最低な商売・・・しかしこれを出すほうもヒドいけど、買うほうもヒドいよなぁ。
でもこれがアメコミに限らず、出版業界における現実の姿なのですが。
それを実際にこんな思惑の中で翻弄され続けてきたムーアに引っ掛けてくるあたり
シンプソンズ恐るべし!という気もしますけどね。
ひょっとして会場で話が出ていたように、ムーア自身が脚本まで書いてたりして・・・!
「絶望した!商業主義と人気取りのために何でもやろうとするアメコミ界に絶望した!」

・・・これではムーア先生というより、むしろ絶望先生になっちゃいますか(^^;。
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