総選挙公示

　昔から自民党と巨人と千代の富士は大嫌いだった。「世界」を支配して構造を安定化させようとする力、その安定した状態を将来に、永続的に継続させようとする潜勢力のようなものを子供ながらに嫌悪していたのかもしれない。１９９３年に細川連立内閣が成立した時は高校生だったが、その政変の動きをかたずをのんで見守ったことを今でもよく覚えている。経世会内の派閥争いに敗れて自民党を飛び出して宮沢内閣を崩壊させた小沢一郎は、千代の富士をツッパリ３発で土俵の外まではじき飛ばした小錦のように痛快な存在に思えたし、内閣不信任案が国会で採択された時の宮沢首相の顔ときたら、バース、掛布、岡田にバックスクリーン３連発をくらいマウンド上でうずくまる槙原と同じくらい情けなかった。

　総選挙が公示された。僕は今でも自民党が、その政策の中身如何にかかわらず、長らく政権与党の立場を永らえてきたというだけの理由で嫌いだ。論理的な理由があって嫌悪しているのではなく、生理的な部分に根源を発する感情的な忌避感がある。まあ、よくも今まで政権与党の立場を維持してきたものだと感心する。日本経済が崩壊し２０年になり、この国を覆った閉塞感はますます重みをますばかりだ。地方は疲弊し老人しかいなくなり、若者は将来の目標や夢を見ることをやめて思いついたように知らない人を殺すようになった。子供たちは何か事件があった時に校長先生が責任を回避できるように集団登下校をしなくてはならないし、自殺者は年間３万人を超えた。はっきり言って、この政党に社会の運営を託しても良いことなど何一つなかったのに、それでも自民党にまつりごとを託してきたこの国の国民性は、研究や観察の材料にはもってこいかもしれないが、それに自分まで巻き込まれるのはまっぴらごめんだ。カリスマ的なふるまいをするリーダーが一人現れただけで定数の三分の二の議席を与えたりする僕ら日本人のマインドは、いったい何なのだろう。

　それにしても麻生首相の言葉の軽さにはまったくあいた口がふさがらない。現在、国の借金は８００兆円を超え、一人当たり６７４万円だという。景気対策を理由に自分たちでせっせと赤字国債を発行しまくってきたのに、党首討論の時、民主党の政策を批判し、「将来世代に負担を残すのか」とつめよる姿は滑稽だった。まあ、よくもそんなことが言えたものである。この借金の額は、例えば今年のアカデミー賞の作品が何だったのか友人と口論になり「百万円賭けようぜ」と冗談で言った時の額くらいに現実味がない。あまりに巨額で自分たちの生活感覚からずれているので、国民の多くがまず間違いなく全然気にしていないし、将来自分たちがそれを返済しなくてはならないなんて悪い冗談としか思わないだろう。どうやら首相自身もそれが現実であることをすっかり忘れているらしい。だからこんな国民の怒りをあおるような発言が飛び出すのだ。

　大体、昨日発表された５期ぶりにプラスに転じたというＧＤＰ値だって、景気対策を口実に解禁された公共事業による上げ幅がかなりあるらしいじゃないか。この国のひとたちは一体どこまで道路を造れば気がすむのだろう。あの無機質に続くフラットな二次元空間のどこにそんな魅力があるというのだろうか。地方が疲弊しているというのを大義名分に、土建屋しか潤わない道路建設を進めたって問題の解決には一向になりはしないと思う。これまで依拠してきた土建的なシステムから脱却し、地方の産業の構造を転換させるような政策にカネをつぎ込まなくてはならなかったのに、それをしてこなかったつけが回ってきただけじゃないか。

　もう完全に余裕を失ったのか、麻生首相の顔からはあのひきつったような笑顔が消え、以前から彼のシンボルマークとして揶揄されてきたとがった口をさらに神経症的に鋭くして、自分たちの責任に目をつぶることしかできなくなったようだ。彼が自民党総裁に選ばれた時のくわしい経過を僕は知らない。のんきにネパールで雪男を探していたからだが、時々ラジオから流れてくるイランの英語放送でタロウアソウがプライムミニスターになったということだけは聞き、何かの間違いだろうと笑い合ったものだ。まったく雪男よりも冗談みたいな話だと思った。その数ヶ月後に帰国した時には、すでに致命的なまでに支持率は低下していたし、ぶら下がり会見の時に記者の質問に答えるしゃべりぶりもろれつが回らず、まったくさえなかったので、僕は彼のいい所をまったくしりません。