交換企画

「流月亭」と「のほほん日々」の合同企画サイトです~^^

静夜思  あとがき

2009年03月07日 | 小説:狐白




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碧使様。お誕生日おめでとう御座います!!


文字数制限の為、又後書きが分かれてしまいました。正直1万文字までは少ないと思います。
ギリギリまでつめてしまった為、いつも以上に読み難いことになりました。毎度の事ながら申し訳御座いません;;
そしてついに書いてしまいましたこの人。THE・幸村コラボ。
最早十勇士達のコラボでは無いと言うアレな事になりました。
しかも矢張り台詞が無いと言う快挙。
どんどん暴挙をおかしていく上に読みにくくなってきてますね此の人の話。

すいませんでした・・・・・本音を言えば一つの布団で眠る幸村×2の図が書きたかったのです!(ぐわっ)(ぶっちゃけた)



改めまして、お誕生日めでとう御座います!!
何だか冷え冷えとした寒いお話になりましたが・・・あ、愛は、頑張って、込めさせていただきました つもりです (ぐっ)(握り拳)


漢詩ネタ 第二段

2009年03月07日 | 小説:狐白


牀前看月光  (しょうぜん げっこうをみる)
疑是地上霜  (うたごうらくはこれ ちじょうのしもかと)
擧頭望山月  (こうべをあげて さんげつをのぞみ)
低頭思故  (こうべをたれて こきょうをおもう)

   
     ――――<李 白>


 静夜思 【せいやし】



霜割れの音色を聞いた気がして、真田幸村は眼を開けた。
何時の間にか眠りについていたらしく、辺りはとうに墨を流した暗色(くらいろ)
(あかり)の一つと灯(とも)らぬ部屋を浸すのは、今や寝息と静寂と、それに凍えた空気だけ。
呼吸(いき)をする都度
(たび)、深(しん)と沈んだ凍て哭く様に鋭い冷気が鼻の奥へと染み渡り
つんと僅かな痛みと共に、水香(みずか)にも似た夜の香りが漂った。

 (・・・何処だ、此処は・・・)

朦朧(ぼんやり)したまま半眼のままで、頸(くび)を動かし寝返りを試してみたものの
どうやら固い床の上に直(じか)に転がって居たらしく、肩の辺りがぎしりと鈍い悲鳴をあげた。
横向きに転がっていた所為であろう、下へと向いた右半身はほんの僅かに力を入れてみるだけで、氷のような激痛ばかりを生み出して
其の痛みでほんの僅かに暈(ぼ)やけた思考が醒めたのか、此処は己の部屋ではないと、漠然乍(ながら)に理解する。
肩の悲鳴に薄く眉を顰(ひそ)めたまま、ころんと返りを打って見遣れば、其処も此又闇世に広がる暗(くら)天井。
部屋に致せば広すぎの、座敷に致せばやや狭い。
そんな中途半端に区切れた天を暫く眺め、
嗚呼。此処は己(おの)が屋敷の一室か、と。
そう言えば、客人用の広い部屋があったかな、と寝惚けた頭で思い至ってみたのだが
なれば今度は何故に斯様な処で眠っていたのだろうか、と新たな疑問が沸いてきて。

こてん、と再び首を動かし、周囲(あた)りの様子を窺い見る。
眠気が未だに残っている為、どうにも瞼(まぶた)が重いのだが、それでも耳を傾けたなら其処には確かに多数の寝息と床に転がる気配が幾つか存在して
はてさて何があっただろうかと、氷の如くに染み透(い)る夜気(やき)を吸い込み乍(ながら)記憶の糸を辿ってみた。

今何時(なんどき)かは判らないが、あれはそう、確か夕暮れ灯点(ひとも)し頃。
赤光(しゃっこう)ほの差す夕色(ゆういろ)に、映えて靡くは天(あま)が紅(べに)
(いろ)美しくも艶(あや)しい入相(いりあい)、空火照(そらほでり)の夕焼け刻(どき)に、彼方(あちら)の皆が見えた事から始まった。
とは言っても向こうの皆を誘ったのは此方側。曰く「久方ぶりに皆で集(つど)って雪見月見と洒落込まないか」、と何処ぞの呑助(のみすけ)飲兵衛みたいな理由をこさえて招いたのが発端で。
月の出間近に迫る頃、固い挨拶会話などは二の次に。先(ま)ずは一献、笑酒(えぐし)でも・・・と杯(はい)を向けたは酒(ささ)の好きな海野であったか、それとも堅苦しい事が嫌いな十蔵だったか。
取り敢えず、その一杯を皮切りに宴と称した酒呑み会が始まって、月は雪はどうしたと、考える暇も隙も無いまま彼(あれ)や此れやと其の場の雰囲気、状況言葉に流された末に己も酒を飲まされて。
其の辺りから記憶が途切れ、気がついたのが先の事。

嗚呼、ならば俺は酔い潰れて仕舞っていたのか。

鼻の奥や耳が凛と痛い事から、それだけ周囲(まわ)りの空気が冷えているのが理解(わか)る。
確か火鉢や火桶も在った筈なのだが、どうやら火種は全て消えているようで炎の息吹は聞こえて来(こ)ず。
代わりに耳へと這入(はい)って来るのは彼方と此方の十勇士達の寝息吐息に呼吸の気。
果扠(はてさて)鼾を立てて寝入っているのは彼方の晴海なのだろうか。
そんな事を朦朧(ぼんやり)頭で考え乍(ながら)肩の痛みを解(ほぐ)すべく、二転、三転身体を転がし
嗚呼もうこれは一回起きた方が楽だろうと、睡魔に負けて殆ど力が入らぬ腹へと力を込めた。

 (・・・ん?)

どうやら自分が酔い潰れた後誰かが掛けてくれたのだろう、布団代わりの綿の入った上掛けが、起きるという動きに合わせてぱさりと落ちる。
其の瞬間に上体(からだ)を突つく痛い冷気が纏わりついて、無意識ながらに身体が震え、ついでにふるりと吐息も漏れた。
夜の帳の中でも判る白い靄(もや)が一瞬浮かび、次いで散と蕩(と)ける様子を眺めつつ、
どれだけ今が冷えているのか、また其の冷気に体温がどれだけの速さで奪われるのかを実感しながら、緩慢(ゆっくり)辺りを見まわした。

これ程の寒さに晒されても尚、頭の芯は暈(ぼ)やけたままではあるけれど
其れでも目を凝らして見れば、確かに彼方此方(あちこち)人の姿が転がっている。
己と同じく上掛けの中に収まっている者、この冷え込みの中だと言うのに上掛けすらも被らずに大の字なんぞで寝転ぶ者。
三の字、川の字、ぽつんと独りで転がってれば、ごちゃごちゃ集まり寄り添いながら重なるように寝ている者。
縦横無尽に皆それぞればたばた倒れて、けれども口から零れているのは心地の良さ気な寝息だけ。
どうやら俺が倒れた後(のち)も、随分盛り上がっていたようだ。
この様子では明日は全員二日酔いではあるまいか。
痛む肩を解(ほぐ)す動作も忘れずに、苦笑しながらそんな事を思うてみた。

そんな折。
視界にふとありえぬ物が入った気がして、さっと思考が僅かに覚める。

 (・・・・霜、だと?)

そう。霜。
真っ暗な闇の丁度真中(まんなか)辺りにて、細かに輝く純白色が確かに其処に在ったのだ。
部分にしてはほんの一抹(いちまつ)、一畳の半分程も無いだろう。
木張りの床に降りた青白色(せっぱくいろ)の其れは、淡く冷たく煌きながら夜の中にぽかりと浮かびあがっていて。
確かにこの寒さならば、霜が降りても不思議などでは無いだろう。
(しか)して此処は部屋の内(うち)。しかも部屋には二十近くの人間がごろごろ転がっているのである。
如何に寒い冷たいとは言え、流石に外に比べれば此処は暖かい筈だろう。
こうも見事に真白(ましろ)に霜花(そうか)が張るなどと、有ろう筈が無い訳で。
ならば先程、夢半(なか)ばの己が聞いた霜割れ声は夢の内事(うちごと)空耳事では無かったのか
有り得ぬ霜の産声を己は耳にしたのかと、そう思えばぞっとして。

真実(まこと)あれは霜なのか、と確かめるべくに膝を立てる。
矢張り部屋にああも見事に霜が降るなど怪訝(おか)しいだろう。
皮膚(はだ)を突き刺す暴力的な冷気から、そんな事もあるのでは・・・と納得しかけはするものの
矢っ張り、変だ。
此の寒さも冷たさも、宴の記憶も今の記憶も全てが夢であるならば納得出来る事だろう。
夢から覚める夢としてこの状況を夢見ているなら、床に霜が降りていようと氷柱(つらら)が下がっていようとも別段不思議などではない。
けれども、だ。
(くら)の中で煌く顕(しろ)へと一歩を踏み出す。
(か)の其れは己が動き歩く都度(たび)、細光(ささめびかり)を瞬(またた)かせ
まるで冬夜(ふゆよ)の星々を其の一箇所に集めたようにきらきら揺らめくばかりである。
其の色は、朝の陽(ひかり)を浴びた雪色。泡立つ滝の飛沫色(しぶきいろ)
布団代わりの上掛けを、肩に羽織れば重みを知り。
一歩を霜へと踏み行けば、足袋をはいていないが為に、とうに冷えていた足が更に氷の痛さに成る。
此が夢であるならば、こうも一挙一動を確(しか)りと感じるものであろうか。


其の霜は、一人の寝台(ねだい)の枕元へと降りていた。
否。皆々床に雑魚寝の状態であるならば、寝台も枕も無いのだろうけど。
夜目遠目であった所為か、近づき顔を確認するまで其れが誰かは判らなかった。
霜の発する仄かな燈(あかり)に照らされて、霜の寝台(ねだい)で眠っていたのは

 (――――俺?)

そう、自分。
佐助でも小助でもない、まさしく己であったのだ。

 (・・・嗚呼、そうか。彼方側の俺の方か)

何だこれは矢張り夢かそれとも心霊体験か、と暫し首を捻った後(のち)に、漸(ようよ)う其処に気がついて
「どうやら未だに頭が寝惚けているらしい」、と己の額を押さえ乍(ながら)に首を振る。
其のまま暫く佇(た)ったまま、矢張り上掛けに包(くる)まっている別の世界の己自身を呆(ほう)けて凝視(みつ)めていたのだが
そうだ霜はどうしたと、はっと思って慌てて視線をずらしてみた。
褥枕(しとねまくら)に広がった、雪白色(せっぱくいろ)の幻氷(まぼろしごおり)
其れは矢張り霜では無く

 (・・・月の明かり、だったか)

(そら)から垂(お)りた月光だった。

ほっと白露(はくろ)の吐息をつきつつ、次いで壁へと視線を遣れば
どうやら閉め忘れたのだろう、明かり取りの窓が一つ開いていて。
よくよく見れば月下青銀(げっかせいぎん)の絃かても、幽(かす)かに差し込んでいるでは無いか。
此の異様な寒さも又、此れが原因だったのかと再度安堵の其れを吐(つ)く。

 「疑うらくは是(これ)、地上の霜・・・か。」

静夜に降りる月の霜。
(やみ)に途切れた紗(しゃ)の糸を、掬うように手を差せば
(たちま)ち彼方の自分が眠る枕の霜に冥(くら)い影が作られる。
寒くて冷たい己の手先は、特に指が赤く成っているであろうに
月の清(きよ)い雪白色(せっぱくいろ)を受け止めている掌(てのひら)は、今は薄く白いだけ。
時折吹(ひゅう)と凍て哭く風が窓から入り込む所為か、誰かが一つ、嚔(くしゃみ)をした。

そうであった。此のままでは誰かが風邪を引いてしまう。
只でさえも此方の望月は身体が弱いし、彼方の小助についても又、身体が弱い方だと聞く。
如何に酒の熱を借りていたとしても、火の気の一切が感じられない今の此の寒さでは、例え窓の一つだけでも体調(からだ)を壊す危険が有ろう。

未だに眠気が取れない所為か、それとも酒が残っているのか
どうにも明瞭(はっきり)と醒めない頭を二、三度振って、窓の方へと歩み寄る。
窓を支える棒へと手を掛けてみれば、自然と頭(こうべ)が上へと向いて其処に浮かんだ月夜が見えた。
星の無い宙(そら)、彩(いろ)の無い夜。
山の端にひっそり掛かる清月(せいげつ)だけが、唯一明かりを投げていて。
此れは見事と口の中で呟いて、窓を閉じるは少々勿体無くもあるなと悪い事も思ってみて
けれどもなるだけ音を立ててしまわぬよう、窓の蓋をかたんと降ろす。
途端に床へと降りていた霜も燈(あかり)も瞬時に消えて、後に残るは真っ暗闇。
夜目(よめ)にも少し慣れては来たが、其れでも灯りが一つと見えない深夜の中、
次に呆(ほう)けて考えるのは、扠(さて)これから如何するか。と言う事である。

(いま)だに思考は眠りを求めているようで、ふらふら視界が覚束ないが
けれども身体は変に覚醒しているらしく、冷たい床に再び転がるのは一寸(ちょっと)・・・と拒否の其れを示していて。
ならばいっそ、此の侭(まま)朝まで起きてみるかと思ってみても、先程ちらりと垣間に見えた月の登り具合から、日の出迄にはまだまだ遠く。
軽く感覚が無くなっている指の先で肩に置いた上掛けを、胸の辺りで合わせておいて
うーんと辺りを眺めてみる。
元から火の気が無かった部屋に唯一なる光源だった窓を閉めてしまった今、部屋の中には全く燈(あかり)が無い状態。
彼方此方(あちらこちら)に散らばっている十勇士の寝姿かても、精精影で解る程に夜の色は深く濃い。
佐助の名でも呼んでみたら、全く動かぬ影山の何処か一部が動くだろうか?
そんな事を考えて、止めておこうと頭を振る。
用も無いのにわざわざ呼んで起こす意味などないだろう。

少し逡巡した末に、矢っ張り眠ってしまおうと先程己が転がって居た場所へと足を踏み出した。
けれども兎に角暗い部屋の中である。
大雑把に言ってしまえば先程己が寝ていた場所は、此方の壁から反対側の彼方の壁際付近であって
しかも其処に着くまでは、勿論彼方の自分も含めて、幾人かの眠人(ねむりびと)が処処(しょしょ)に転がっていた筈なのだ。
こうまで目先が見えないと、うっかり蹴ったり踏んでしまう畏れがあるのも確かであって。
扠困ったものだなと、殆ど足で探るように滑らせ乍(ながら)、夜闇の中を移動する。

 (・・・唖(ああ)、もう、良いわ)

(しか)し此の冷たい寒気の中なのだ。凍えきってる床の上を摺り足なんぞで歩いたら、忽ち足が痛くなるのはお決まりで。
少し歩いたそれだけで足から感覚が失せた事に何度目かの溜息(いき)を吐いて、億劫そうにその場に緩慢(ゆっくり)、屈み込む。
そろそろ眠気も限界なのだ、兎に角さっさと横になりたい。
ならばわざわざ元居た場所まで戻らずとも、此処で寝やれば良いではないか。
(こうべ)を垂れて「うぅ」と軽く唸った後、ほんの少しぺたぺた膝で這いずり回り
そうして辿りついた先は、先の某郷、彼方側の己の寝台(ねだい)の処である。

畳も枕もまるで無い、冷たく固い床の上にころりと転がる彼方の自分。
顔を此方に向けるように横向きに寝入っているらしいが、何分(なにぶん)非道く暗いが為に寝顔寝相は解らない。
唯一肩が規則正しく揺れている為、彼方の自分が熟睡している事が理解(わか)って。

ばさり、と。
肩に羽織った上掛けを、彼方の自分を覆うように上へと掛けた。
着物と言うのは基本が大きくゆったりしている物が故、二人で包(くる)まったとしてもまあまあ事は足りるだろう。
上掛け一枚、されども一枚。
途端に肩から背中にかけて冬の寒気が走った為に、慌てて先の上掛けの中へともぐり込む。
そしてそのまま床の冷たさ、這入(はい)り込んだ空気の痛さから逃げるように手足を縮め、頭の先まで掛け物の中に這入るように丸くなり
少しなりとも暖かさを求める為に、彼方の自分に擦り寄った。

 「・・・・ん・・・?」

何とか寒さを紛らわそうともぞもぞ動いた所為であろうか、彼方の自分の寝惚けた声が頭の上から降ってきたけど
今はもう、眠いやら寒くて震えが止まらないやらで一々気にしていられない。
更には横に成った事により、改めて己の身体がどれだけ冷えきっていたのかという事態を思い知り、
意図に構わず身体が強張るばかりであって、頭も頸(くび)も上げられないのだ。
彼方の俺には悪いのだが、少し体温を分けて貰おう。
すり寄りながら、そんな事を考える。


静かな夜の事である。
ふと目を覚まし、寝台(ねだい)の前を見て遣れば、其処には霜かと間違うばかりに輝く白い光があった。
思わず顔を、頭(こうべ)を上げれば、其処に浮かぶは山の端に掛かった月。
其の見事な美しさに暫し見蕩(みと)れていたのだけれど、
其の見事な美しさを暫く眺めていた後(のち)に、段々頭(こうべ)が垂れてくる。
見事に過ぎる月光は、私に人の恋しさを唯々(ただただ)思い出させるばかりであったのだ。


霜割れの音色が聞こえた気がして、真田幸村は眼を閉じた。

願わくば、今宵の静夜(せいや)に再び霜が降りない事を。


今回のお話は当サイトにてどうぞ

2008年11月30日 | 小説:狐白

本日も交換企画処にお越しくださりまして誠に有り難う御座います。
此方の管理人の片割れを勤めさせて頂いております、狐白です。

扠今回、此方にアップする筈のお話を一点書かせて頂いたのですが、あまりにも長い上、流血や殺傷シーンが多々見受けられました為に、僭越ながらも此方にアップするのは些かどうかと思いまして、当方のサイトへとアップをさせて頂きました。

大変にお手数ですが、もしもお話を読んでくださる御方様が居りましたならば
下記のリンクから当サイトへと飛んでくだされば嬉しいです。

・・・が、先にも書かせて頂きましたとおり、今回のお話は非常に長く読みづらい上、シリアスな方向一直線

加えて流血シーンが殆ど全面的に御座います。


苦手な御方様はどうかご遠慮くださるよう、深くお願いを申し上げます。




山中問答 壱
山中問答 弐
山中問答 参
山中問答 肆
山中問答 後書


続・常識って何だろう

2008年07月17日 | 小説:狐白



















(ああ)矢っ張り旦那なんだな、と。
正直、そんな有体(ありてい)な事を考えてた。
世界は違えど生き方違(たが)えど、矢っ張りこういう根本的な処は変わらないんだな、って。
其れが話を聞いて直ぐ・・・俺が抱(いだ)いた感想だったり。


 (恩人・・・ねえ?)


別の情報を求めて来たってのに、何故だろうかその言葉が一番心に引っ掛かった。
引っ掛かった・・・と言っても、勿論其れは良い意味で。
伝法(でんぽう)な口調乍(ながら)も、仕合わせそうに語った女の姿を見ただけで
例え話題が己の仕える主の方では無かったにせよ、それでも自分が認めた人物があれだけ善くに言われていたのだ。
ならば自然鼻も高く成るものだろうし、誇りに思える節すらある。
口調からして此方の自分は疎(おろ)か旦那とも余り接点が無かったのだろう、先の女の今の話を此方の二人に是非とも聞かせてやりたいとすら思ったのだが・・・・・



――――悪い。少なくとも今日は無理だわ。



そう。
今自分はそんな悠長な事は到底出来ない状況なのだ。
先の女に説明(はな)した通り、自分達はとある人物を捜している最中なのだし
行き先も明瞭(はっきり)解った今、もう世間話や与太話と無駄口を叩く暇(いとま)など無い状態(とき)なのだ。
おそらく今日。行き先が此方の上田城と判明したその時点で此方の自分に此方の旦那と双方会う事に成るのだろうが・・・・。
矢張り、どう考えてものんびりと今の話を口遊(くちずさ)める時間なんて無いだろう。
探し人を早く見付けねばならないし
それに何より





 「ふふふふ・・・・・・・・」




隣のこの人が、恐いから。









何が発端と成るのだろうか。
何処から原因と成るのだろうか。
今と言う結果がのし掛かっているこの現状では、それすら霞(かす)んで解らない。
確か、そう。
今日のこの日は某所の俺様達にとって何か特別な日らしいと、望月から話が来たのが始まりだったのでは無いのだろうか。

生きる場所も世界も違う此方の俺や旦那達とは、何やかやと二年と言うそれなりに長い付き合いで、十勇士同士の交流だって割とある。
いつも世話に成っているのだ、何か特別な日ならば一つ、ここは此方からも御礼を致すべきだろう、と。
そのまま話が決まっていくまでそう時間は掛からなかった。
ならばと早速赤飯でも・・・と意気込んだのが晴海で、一応向こうの旦那に対して菓子も入れておくべきだろうと望月、小助が意見して。
お届け役に選ばれたのがこの俺様。
本当はうちの旦那も共に訪れるべきであったのかもしれないが、
生憎旦那はその時丁度甲斐の国・・・大将に呼ばれて出ていた為に屋敷の方には居なかったのだ。
加えて今回、連絡無しの突然の訪問に成るからと
一筆啓上、幸様の意も添えた意味で文(ふみ)を認(したた)めておきましょう・・・そう言ったのは海野であったか。

兎にも角にも訪れるなら早くがいい、とそれぞれ散(さん)と手分けに移り
俺は俺で小助達の意見通り、向こうの旦那へ菓子を作っていた訳で。
打ち栗、菜饅頭、甘葛(あまづら)入りの蒸し羊羹。
扠(さて)も自給自足が基本の贅沢皆無が此方の草屋敷の特徴なのだ。
そんな味気も豪華も無い、この菓子達が彼方の旦那のお気に召すかね、と
そんな事を栗の入った赤飯をせっせと炊いてる晴海と、口に出しては心配していた時だった。


ドォン!と。


どこか遠くで、それはそれは素晴らしい程に爆発音が鳴り響き
続いて屋敷のどこからか、着弾点と見られる音が聞こえてきたのだ。


 「え!?何今の・・・奇襲!?」
 「まさか!奇襲ならば外に出ておる十蔵達が気付くじゃろう!!」


勿論俺様達は大慌て。
上田の城は兎も角として、普段俺様達が居るのは城下の外れの元廃寺(はいじ)
草屋敷だなんて勿論城下の人は知らない上に、此処に住んでる俺様達が忍びである事すらも、誰一人として漏らさぬように振る舞っている。
旦那が城の方で無く、此処に住んでいる事だって一部の信用出来る奴等を除けば知られていない事なのだ。
それが突然の石火矢による砲撃である。
しかも奇襲にしては軍団だの隊だのと、大勢の人間が動く気配なんてまるで無かった。
ならば少数精鋭か・・・とも思ったのだが、遠くから石火矢を打ち込んでおいて少数も精鋭も無いだろう。
それとも石火矢の音はただの誘導で、石火矢方面に気を取られている隙をついて来るつもりであろうのか。
否。
旦那の居ない今の草屋敷(ここ)を攻めて来たって利益なんて無いだろうし、此処は町外れなのだ。
こんな処を落としてみても街にも城にも何の被害も加わらない。
第一、石火矢の砲撃音は一発しかしなかった。
誘導にせよ奇襲にせよ、一発限りで終わらせるのも合点がいかない。腑に落ちない。

訳の判らない突然の奇襲に俺様達はそりゃぁ緊張しまくった。
その緊迫感たるや、昼間は全く起きやしないあの才蔵でさえも飛び起きて来た程のものなのだ。
砲撃のあった山方面には注意をしつつ、隣に居た晴海と眼で合図を送りながらも
被害の状況を確かめる為、着弾地点へと大慌てで駆けつけて。


・・・そう。
駆けつけなければ、良かったのだ。




 「・・・げ」
 「・・・うお」
 「・・・うわ」



現場を見て、まず俺様達の喉から出たのは何処か轢(ひ)き潰れたような変な声。
(つ)いで俺様達に訪れたのは何とも言えない重圧感。
おそらく誰もがこの惨劇から目を背(そむ)け、何事も無かったように振る舞いたいと願っただろう。

着弾点は、よりによってか海野の部屋。
しかもどういう具合なのか、飛んできたのは砲弾ならぬ水の弾であったらしく、正に目の前の現状は水も滴る佳い小部屋。
加えて先程「文を認(したた)めておきましょう」と言っては部屋へと入っていった此処の部屋の主までもに水の被害は降りかかり
くだくだに濡れた手紙を眺め、言葉を失う俺様達すら視界に入れていない状態で
にっこりと、どういう訳だか怖気(おぞけ)の感じる柔和な微笑みを浮かべつつ、ぽたぽた髪から滴を垂らし


 「・・・・・上等です」


売られた喧嘩は高値買い取り返品不可と
遠回しに宣言致す、滴る水すら凍る鬼が佇(た)っていた――――。





結論として、海野の部屋に水砲弾を撃ち込んだのはまず間違いなく十蔵だろう。
殆ど状況から来るものなのだが、証拠が幾つか上がった為だ。
一つ、事件が起きた其の時間。奴は確か石火矢の使い方を教える為に任務上の相棒である甚八と山に居た筈の事。
・・・其の山こそが、正に砲撃の掛かった震源地。
一つ、本日山へと出掛ける際に奴が洩らしていた言葉の事。
曰く、「石火矢でも水鉄砲は出来るのだ」。
そして一つ。正に決定的な事。
十蔵と甚八の行方が消えた。
二人が確かに居た筈であろう山の元には撃ったばかりの砲身が熱くなってる石火矢一つと、水を撃った際に使用されると思われる抹茶の入った桶が一つ。
争い諍(いさか)いの起こった気配はまるで無く、まさに『逃走現場』の様相(さま)であったと語ったは、様子を見てきた伊三の言葉(こと)

そして今。
此等の状況証拠達に決定打と言う楔(くさび)を打ち込み終わらせたのが、博打打ちの女の話であったのだ。


 「ああ良かった。矢っ張り此方の上田に来ていたみたいですね、佐助?」
 「・・・・そーみたいデスネ」
 「済みません、我が儘を言って此方の上田まで付いて来て仕舞って・・・・」
 「・・・・ああ、うん」


アレは我が儘っ言(つ)ーか、脅迫だったと思うんですけど俺様。
続けようとした其の言葉は敢えて喉元で飲み込んだ。
俺様だって命は惜しい。
其れ以前に手土産持って、此処某所まで赴いてきてまで仲間によって完全殺害とかされたくない。

そもそも海野が共にと付いてきたのはこの十蔵を追っての事で、実は俺様とは訪れた理由が別口なのだ。
では何故俺も一緒に鉄火場なんかで聞き込み捜査に混ざっていたのかと問われれば、少々後ろめたさの有る私情と言うのが混ざってて。
・・・詰まるところ、此方の旦那がどんな風に思われているのか気に成ったのだ。
裏界隈の連中は口性(くちさが)無いのが当たり前。世辞も立前口上も使わぬモンが上等なのだ。
だからこそ、飛び交う言葉は隠し無きなる本音であって。
ただの興味本位だったのだけれど、人と言うのはなかなか其れにうち勝てるような存在(もの)では無い。
勿論其れは、忍びである俺様にだって該当しうるものなので。
此方の俺や旦那には一寸(ちょっと)悪いなと思いつつも
其れでも得られた素っ気の無い小さな本音に、嬉しく思えたのも又事実。

・・・しかし、それで目出度し目出度しと終わらないのが世の無情。

そう。俺等が貰った情報とは、
嬉しい其れとご一緒に残酷なる現実までもが付いてきたと言う代物なのだ。


 「・・・どうやら私も、此方の上田城にお邪魔する事になりそうですね」


もう俺様ってば天晴満点で微笑むこの人、直視出来ない。




十蔵達が逃げた直後の城下や街道休み処に至るまで、
取り分け自分達の上田の方では十蔵達の目撃証言は見当たらなかった。
十蔵の事、砲撃事件は狙って行ったものでは無く、おそらく間違った末の結果が可能性としては高い。
甚八の方は性格からして、逃げるつもりは無かったけれども無理に十蔵に巻き込まれ、連れ浚われたと考えるのが妥当だろう。
けれども、そう。
意図的にしろ事故にしろ、着弾地点が悪かった。
どのみち怒られるなら、時間を置いて怒りを少し冷ましてからと逃げ出す理由もそう考えれば納得いく。
だけども、そう。
何度も言うが、怒らせた相手が悪かった。

あの後呑気に着替えつつ、文(ふみ)を再度認(したた)めて
出掛ける際に目撃証言を聞き込みつつ、其の結果の手応え無さに見当付けて
此処某所まで探しに参った海野の鋭さと根性は全力で敬服に値する。
女が語った褌一丁で窓から飛び降り某所の幸村に抱き付いたと言う変人男は十中八九十蔵だろう。
「追われている」と言う発言然り、甚八らしき子供を抱えて居たも又
衣服を脱ぎ出す窓から飛ぶと常識的に考えられない奇行の数々。
女が語った勝ち続けなる博打はおそらく、十蔵の兼ね備える驚異的な運の良さによるものだろう。

しかし、話に寄れば十蔵はよりにもよってか此方の旦那に出逢ってしまった事に成る。
詰まる処此方の旦那は人の多い従来で、突如窓から飛び降りてきた褌一枚の変質者に名前を叫ばれ無邪気な笑顔で迫られて、そのまま城までご一緒しちゃったと言う訳で。


 「・・・・せんせー、俺様急に頭痛と目眩がしまーす。早退したいでーす。
 てか何かもうどの顔(つら)下げて此方の旦那に会いに行けっての?コレ。」
 「何を言っているんですか。普段お世話に成っている分、こういう御礼事は面倒くさがらずきちんとしておかなければ駄目でしょう?」
 「そうじゃなくて。其処じゃなくって。・・・だーもー!!御礼っつかこの手土産、むしろお詫びの其れじゃん!!聞いたろ今の十蔵の話!!よりにもよって旦那だよ!!俺等のゴタゴタにこっちの旦那巻き込んじまったよ現在進行形で!!!」
 「佐助・・・。大丈夫です。あくまで私と佐助は別の理由別の用件で上田城を訪れるのですから・・・。
 十蔵達の事まで貴方が引っ張る事は無いですよ」
 「んな事言っても・・・・」
 「十蔵と甚八の件についてはあくまで私の用事です。
 ご心配なさらず。
 必ず、終わらせますから・・・。」






――――何を?






二人の人生を?






思わず問いかけそうになって慌てて疑問をうち消した。
いやいやいやいやいや。そんな真逆。そんなまさか。
だって此処は某所だぜ?
俺等の世界とは同じで違う異の世界。
旦那は勿論竜の旦那も大将も、俺様だって違うが同じで存在する。
要は今の俺様達は『此処に居るべきで無い存在』で、『此処世(ここよ)に居ては成らない存在(もの)
居ては成らない世界の中で切った張ったの仕置き沙汰は御法度ってぇモンでしょう。
幾らなんでもこれ以上、此方の俺等に迷惑云々は掛けたくない。
勿論海野もそんな事くらい重々承知済みの筈。
だからそんな物騒過ぎる、真逆な事はやらないだろう。



・・・やらないよね?




・・・・・むしろ頼むからやらないで。





 「扠、そろそろ私達も上田城へ参りましょうか」
 「あー・・・・うちの旦那が居なくて良かった・・・ホント・・・・」






道の先に聳える城を、やけに軽快な足取りで赴き始める背中を追い
この事件を切欠に此方の旦那の評判が落ちやしないかと思いつつ、頭痛を抱えて重い脚を運び出す。
取り敢えず、海野の制裁の有無を問わず十勇士の長であるこの自分が平謝りに謝る事は明白だろう。


朦朧(ぼんやり)と思うに動かぬ己の脚を動かしながら、ついと顔を上へと向ける。
其処にあったは見慣れたけれども見慣れぬ城と、城が溶け込む残酷なまでに青い蒼い空であった。












常識って、何だろう。















勿論この後某所上田で大変な騒動が発生した。
危うく海野によっての公開処刑が執行されかねん事態に成ったし
当然某所の旦那や俺まで巻き込んで・・・・ああ、もういい、語りたくない言いたくない。
本当巻き込んで申し訳ねえ極まりないけど。

俺様の用件、一言いいかな?


迷惑掛けっぱなしの俺様達だけれども
これからも、宜しくやってくれるかな。


そうそうとある博打打ちの女の話を此方の旦那か俺様に話してあげたかったんだけれども
生憎と、矢っ張りそんな雑談話をしている余裕や余力は全然無いし
むしろ俺様達で独占しちゃうのも好いかもね


だからねどーか皆様方。
あの女の人のお話は、此方の旦那や俺様達には内密に・・・・・。











特別な日、おめでとう。



















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あとがき

「のほほん日々」二周年のお祝いとして書かせて頂きました。

えー・・・月単位で遅刻とか管理人からして大変にアレで申し訳御座いません;;



常識って何だろう

2008年03月29日 | 小説:狐白
















其処の窓サ。そう、其処だよゥ。
うん。飛び降りちまッた。
そりゃ狭ッ苦しい荒(あば)ら屋だけどサ、それでも二階からだよゥ?
それもちッちゃい女の子を引き連れて。
尋常じゃないさね、考えられない。



アンタ等、あの男(ひと)の知り合いなンかィ?
探し人?ふゥん・・・・。
ううン、別に疑っちゃいないサ。
嘘だろうと本当だろうとアタシにゃァ関係無いからね。
けどね、何て言うかねェ・・・。
うん。雰囲気。
兄サン達、鉄火場(ここ)の雰囲気に似合って無いもの。
あの兄サンもそりゃァ似合っちゃなかったけどねェ。子供連れだッたしサ。
それでも兄サン達程場違いッて風体(ナリ)じゃァなかッたけどね。
そうさァ。
博徒連中なンざ、大抵は酒臭ェやら獣臭ェやらで鼻が曲がッちまいそうだかンね。
口性(くちさが)無いなァ当たり前、サマだ何だァ難癖つけるもお決まりで
手前ェが螻蛄(おけら)ン成ったら成ったでうじうじ文句垂れッてよゥ。
非道ェ時ゃ段平(だんびら)片手で腕やら指やらが転がる始末サ。やンなッちまう。
そりゃ札(ふだ)ァ張ンのが此処の商売だろうけどサ、
賭けるは銭(ぜに)か型(かた)ァだけにして欲しいよゥ。
命ィ張ンなら戦場(いくさば)でも処刑場でも何処へなりとも行ってやれてェ話さね。
けどねェ、アタシも生活かかっているからサ。うン。
強く言えない。
うン?いいえェ、違うよゥ。此処を仕切ってンのはアタシじゃ無い。
違う違う。アタシはね、此処の主(あるじ)から客泣かせ役を仰せつかっているだけサ。
そうサ。これでも立派な博打打ち。
腕だってそれなりに立つンだよゥ。
けどね。雇われ。
そう、だから客を減らす真似は出来ない。
非道く無礼働(し)いた客ならね、一昨日おいでだ何だのて摘み出せるンだけどねェ。
それでも強くは言えないのサ。



・・・え?こンな場所に女一人で平気かだって?
アハハハハ何だい兄サン優しいねェ。
大丈夫だよゥ、いざッてなれば大木みてェな用心棒がたんと居るから。
それに此処は鉄火場だよゥ?
文句が有ンなら喧嘩も勝負もコッチの腕で来いッてェのサ。
此処はアタシの縄張りだかンねェ、駄々を捏ねさしゃしないよゥ。
ふふ。
賭博(とば)の女に限らずともね、女ッてェのは強いのサ。
覚えておきなよゥ兄サン方?


嗚呼、御免よ。すッかり話が逸れッちまった。
嫌だねアタシッたら。直ぐに横道に入ッちまう。
ううンとね。だから。
うん。珍しいのサ。
兄サン達みたいに・・・・礼儀正しいッての?うン。
アタシなンかにね、さッきみたいな優しい言葉掛けてくれたりとかね。
そンな事されたの、一度しか無かッたからサ。
有り難うね。うん・・・。




厭だよゥアタシったら。辛気くさく成っちまって。
ええと。ああ、そうだッたね。
その窓から飛び降りた・・・・え?ああ、兄サン達の探し人ね、うん。
突然此処に飛び込んで来たんだよゥ。
そうさァ。小脇にちィちゃい女の子抱えてね。
でね。「追われている身だから匿ってくれ」ッてね。
ううン。全然深刻そうじゃ無かった。
むしろ笑いながら言ってンのサ。
そう。堂々と宣言したッ言(つ)ッた方が好いかねェ。
何が楽しいのか愉快そうに笑いながらサ、コッチの返事も待たずにずかずか入って来たンだよゥ。
まァ、それは構やしないけどねェ。こちとら客商売なンだから。
追われているてェ言葉もね、声音が声音だから冗談とも思えた程サ。

ううン、けどね。
抱えられてた女の子がね。凄く怯えていたからねェ。
床に下ろされても一ッ言も口聞けない程に震えちまッててサ。
男の軽衫(かるさん)掴んだまま、全然離れようともしない。
そりゃ此処は泣く子も黙る、血気も殺気も盛んな鉄火場(トコ)さ。
取って食われゃしないだろうけど、下手ァ打ったら尻の毛までも毟(むし)られちまう。
ましてや見たとこ年端も行かない子供だかンね、最初の方は怯えるンのも道理かなッて思ってた。
でもね、違ッた。
うン。屹度(きっと)追われてるッてのは本当だッたンじゃないかねェ。
男の方は兎も角サ、その子、頻(しき)りに外の方を窺ってた。
怯えてるッてのも、どうやら此処の雰囲気にじゃなくッてね。そう。外の方。

まァそれでもね。世の中ッてなァ叩きゃ埃の出る奴なンざごまんと居るンだ。
うン。一々気にしてたらこの界隈じゃ生(や)ッてけねェサ。
だからね。特に気にしなかった。
(ふだ)の一つも打てりゃ上等、子連れだろうと気にしないさね。
えっ?
ああ・・・ううン、親子じゃないと思うよゥ。男の方も随分若く見えたからね。
兄妹?かねェ?ううンそれでも何だか似てない。
男の方は珍しい綺麗な髪でね、変な具合に跳ねててサ。
子供の方は黒・・・黒とも言えないやね。えらく痛んでボサボサで、彼方此方色が抜けてたから。
長さも区々(まちまち)でね、ありゃ落ちゃないだって扱わない程の髪質(しろもの)だよゥ。
アタシもこンな生活だからね、櫛も入れる具合が無いから艶も張りも無いだろゥ?
そンなアタシよりも非道いンだ。
こンなちッこい子供がだよゥ?
普通子供の髪ッてェたら、軟らかくッて、さらさらしてて・・・・うン。
随分長い事、追っ手とやらに追ッかけ回されていたンだろうねェ。


うン。そう。
暫く此処に居た。
男の方はね、子供の様に眼ェ輝かせて
「何だそれは」、とか
「何をやっているのだ」とか
「どうやるんだ」とかね。
うん。札の張り方賽(さい)の振り方訊いてきた。
何だい兄(あん)ちゃん打った事ァ無ェのかい。ッてね、博徒連中が揶揄(からか)ッててサ。
「うん。無いから教えろ」ッて。
普通ならサ、馬鹿にされた挑発されたてェ頭や顔に血が上るンだろうけど。
すとんてな具合にね、答えてた。
いっそ清々しい程素直な声だったよゥ。無垢な子供みたいなサ。
今思えば笑ッちまう。ふふふ。

子供の方はね。足ィ抱えて其処の窓の下で蹲(うずくま)ッてた。
矢っ張り外の方を気にしながらね、男が打ってンのをじーッて見てたの。
そのうちにね、素人だからてェ揶揄(からか)ッてた博徒連中が眼ェ血走らせて来た。
うン。男にね。
手前ェサマしてンだろッてな具合にサ。
そう。如何様。
アタシも変だとは思ったンだけどねェ。
打った事が無いッてェ、尻の青い初心者なのに全ッ然負けが無いンだもの。
ずぅッと勝ってる。どう打っても勝つ。
上手いサマッてェのはね、状況を見てやるモンさ。
疑われちまッちゃ仕舞いだかンね、負ける時ゃちゃんと負けて、ここ一番に仕込むンさ。
勝ちの眼ばッか出してりゃァ、そらサマやッてますッて言ってるようなものじゃァないかィ。
睨まれンのも胸座(むなぐら)掴まれンのもそら道理さね。
そしたらね。


脱いだ。
うン、そう。帯から何からぽいッて脱ぎ捨てちまッてサ。褌一丁に成ッてンの。
持ってろッてぞんざいに子供の方に着物投げ渡してね。「此なら俺が如何様してるかどうかが解る。判らなかったら其れはお前等の方が莫迦なのだ」ッてね。そう言ッたの。
確かにアタシらは切った張ったにサマやる見破るで御飯(おまんま)食っているからねェ。素人なンかに見縊(みくび)られちまッちゃァ堪ンねェ。
けれどね。そう。
矢っ張り勝ってた。怪しい素振りなンか全く無くてね。
回りで殺気剥き出しにしてた博徒連中を初めとして、アタシの眼まで欺いたッてェ事なンかねェ。
だッたら可成りの道化野郎なンだろうけどサ。
何だかね。アタシにゃどことなくそンな風には思えなかった。
うン。純粋に楽しんでたように見えてサ。子供が新しい玩具貰った時みたいに。



でね。その内に。
窓の下で服抱えてサ、蹲ってた女の子がね。呟いたの。
此処に雪崩れ込んで来てから大分経っていたけどサ。思えばあの子が喋ったのッてあれッきりじゃなかッたかねェ。
人の名前をね。
此処の領主様の名前。うン。
一言だッたし殆ど呟いた程度の声だッたのにね、男にゃ其れが聞こえたらしくて振り向いて。
あの子は部屋の隅ッこで、男は楽しそうにど真ン中で打った張ったァしてたンに。
ホント、どんな耳をしてンだか。



そう。それでサ。
窓に駆け寄ってね。
一瞬下を確認してから、大喜びで諸手(もろて)なんかあげちゃッて。
そうサ。それでそのまま。
其処の窓から。うン。
飛び降りた。
褌一丁のままでだよゥ?片手に着物の片手に嬢ちゃん抱えてね。
ひょーいッて。垣根でも越えるみたいにサ。
お銭(あし)もそのまま放(ほ)ッたらかしでね。
・・・ああ、ううン違った。

一番始めに賭けてた金額だけ持ってッたんだ。

折角の勝ち金にゃ手付かずでサ。後目(しりめ)も呉(く)れずに行ッちまッたの。
何だかねェ。
コッチはすっかり毒気ェ抜かれちまッたよ。何だッたンだか。
これが負け続きの嵩(かさ)み通しだッたらサ。嗚呼逃げたなッて理解も出来る。
けどね、あの男ァ勝ッてたンだ。勝ち遠しだよ。
だから余計に理解(わか)ンない。


でね、流石のアタシも吃驚(びっくり)してサ。
慌てて窓から下見たンよ。
うン。ほらここッて入口(くち)は裏の方にあるけど、其処の窓だけは表通りに面しているだろゥ?
小汚ェ裏路地なンか滅多に人は居ないけどサ。表通りにゃそら人は沢山居る。
みんな見てたよ。
そりゃそうサね。いきなり褌一丁の男がだよゥ?空ッちゅうか窓から落ちて来たンだから。
何処の穢(きた)ねェ天女だよッて話さァ。
うン。でね。
そう。本当に居たの。
領主様。
此処からはちょッと離れてるけどね、向こうに有る甘味屋にでも行くつもりだッたンかねェ。
ホラ、あの人ッて甘ェ口の代表格みたいに甘いモンが好きだから。
何かね。抱き付かれてた。
そう。その男に。
女の子抱えたままね、自分が素ッ裸とか窓から飛び降りたとか、そう言う事全部忘れちまッた様子でさァ。
領主様の名前呼びながらね。
久しいなッ、とか、丁度良かったッ、とか。
やけに親しい風でね。うン。
えっ?女の子?
ううン・・・どうだったかな・・・。ぐッたりしていた様に見えたけど・・・。
まァいきなりこッから飛び降りたンだ。恐くて硬直してたンだろうサ。


だからね。そのまま。
領主様の方も最初は吃驚していたみたいだッたけど、矢っ張り何やら顔見知りだったらしくてね。
城の方に向かッて行ったよゥ。
だからサ。屹度(きっと)兄サン達の探し人は城に居るンじゃないのかなァ。
アタシが知ッてンのはここまで。うん。





うン?
本当に領主様だッたのかッて?
アハハハハ、言いたい事ァ解るよゥ。
解る解る。そンな変な男と本当に知り合いなのかいッてねェ。そら疑問疑惑も抱(いだ)くさァ。
けどね。間違い無ェサ。
この姐さんの観察眼を無礼(ナメ)ちゃァいけない。
そン時ゃ一人だッたけどね。

・・・え?

ああ、うん。時々二人での姿見掛けるの。
夕焼け色の髪した男と。従者か何かは知らないけどね。
随分親しげだッた。
何だかそッちの兄サンと似てる。うん。髪の色とか雰囲気とか。
顔は覚えちゃいないけどね。
あの男が領主様と知り合いならサ、案外兄サンが本人だッたりして。
ふふふ。
そう。そン時ゃ居なかッた。



うン。けどね。解るンだよゥ。
さっきアタシが言っただろゥ?
アタシみたいなサ。垢抜けちまッて可愛げも糞(くそ)も無い、博打打つ事しか能も才も無い女にサ。
心配だか、労(ねぎら)いだかね。
兄サン達みたいに、優しい言葉掛けてくれた人なンて・・・・。
これまで一度しか無かッたッて。






うん。そう。
領主様なの。


幸村様。






不思議だよねェ。
こンな塵芥溜(ごみだめ)みたいな処でサ。泥水啜ッて生きてるようなアタシにサ。
何で幸村様みたいな上の人がね。
うン。あれは忘れられない。
――――嬉しかッた。
ずッと厭な事ばッかりだったけどね。
此処に・・・上田に居れてサ。善かった、ッて。
心から思った。心から思えた。
面白いよねェ。
アタシよりも年下なのにサ。一言声を掛けられたてェだけなのにサ。
心ン中がね、じんわり冷たく成ッたの。
ううン、暖かくじゃない。
氷みたいなンがね、いきなり溶けて染みてきたッて感じかな。
何かね、身体の内(うち)から水に浸されて、溺れそうに成ったッて言うのかな。
うん。
騙し合いに化かし合いで、気の抜けない界隈だかンね。
何かそういう張り詰めたンを、幸村様は解かしてくれたンだろうサ。
可笑しいよねェ。
どンな街でも、どンな世の中でも、裏の腐ッた部分てェのは必ず在る。
そう言うンはさ、態度一つ言葉一つでどうにか成るッて甘いモンじゃ無いのにサ。
そンな中で生きてるアタシがね。
うン――。
頑張れる気になれたンだ。
ふふふ。そう。






――――たった一つの、言葉でね。









だからね。見間違えないよゥ。
向こうは何とも思ッちゃいないだろうけどサ、こちとら恩人みたいなモンなんだ。
見間違える訳が無い。
うン。


だからね――――。






――――――――――――

※やっぱり続きます。
どうして毎度毎度お話が長くなるのでしょうかこの人は。

シリアスでは御座いませんのでご安心を。
と言いますか鉄火場とか軽く江戸時代入ってますよね・・・・スミマセン・・・・;;;


百舌鳥の声 (後)

2008年01月25日 | 小説:狐白




 (なん、で・・・・)


何で。
視界に入った其の光景に絶句して、余りの驚きに声すら出ない。
此処は上田。此方の方の城下の筈。
否、確かに城からは離れている場所ではあるし、どちらかと言えば街道に近い端(はず)れの処。
偶々通りかかったとしても頷ける程、端の方であるのだけれど。
けど、けれど。


確かに其処に居た男は、十勇士の一人であった。
けれども其れは同じで違う、別の世界の十勇士であったのだ。
其処に居たのは
其処に居たのは――――。






 (あの、人・・・・が・・・・っ・・!)




















百舌鳥の声




















同じ名前で同じ立場。
けれども性格も性別も、まるで違う彼(か)の存在。
煌めいた刃の反射で一瞬見えただけだったけど
見間違いで無かったならば、彼(あれ)は彼方の根津甚八であった筈――。

思わず口に手を当てて、そのまま一、二歩後ずさった。
何故此処に
どうして彼が
真逆(まさか)あの女の人は彼方の小助や望月だとか・・・
だから此処まで追いかけて?
嗚呼、だけど。話を聞いた限りでは彼方の小助や望月だって簡単に屈する程に弱くは無いと思うけど。
ならば何故?
余りに唐突過ぎたゆえか、ぐるぐる過(よ)ぎる疑問の渦は全てそんな自問自答だけである。
余りに突然の事態に思考が上手く廻らないのか、頭の芯が非道く痛い。
・・・が、現実と言う状況は、そんな個人の混乱などには関係無くに流れてしまうものであり


 「・・・!」


無明(むみょう)の中で、到頭(とうとう)刃物と刃物がぶつかり合う厭な音が響き渡った。
悪口(あっこう)尽きた【ことり】達が遂に痺れをきらしたのだろう、今や聞こえてくる声は言葉と言うより絶叫で
まるで諫める気配(き)の無い殺気は非道く膨れ上がっている。
嗚呼、駄目だ。
今から誰かを呼びに行った処で間に合わないし、だからと言って加勢に行くのも今の慣れぬ此の姿では却って無駄に成って仕舞う。
しかしこのまま何もしないと言うのも隔靴掻痒(かっかそうよう)の感であり。
ぎり、と奥歯を噛み締めて、先とは別の意味で竦む足に叱咤して、
其れから甚八は徐(おもむろ)に、懐から百雷銃(ひゃくらいづつ)を取り出した。
走る事もまま成らないこの風体では、動く事を主とする援護なんて出来ないけれど
少なくとも此ならば、注意を引く事が出来る。
出来る事しか出来ぬのならば、自分は出来る限りの手を尽くそう。
勿論彼方の甚八の足手まといに成らないように・・・・

・・・それと。
なるべく出来れば両者達に、気付かれる事の無いように。


百雷銃を握り締め、更に打竹(うちたけ)を取り出そうと懐に手を入れたのだが・・・


 (火縄の匂い・・・!)


最早闇討ち辻斬り試し討ちと言った事では済まなくなった厭な匂いが靡いて来たのだ。
無燈(むみょう)の夜は非道く深い。
(くら)いでは無く深いのだ。
其れは何処か水の底の様に重く、わだつみ深き底の如くに凝(こご)っている。
なればこそ、水の中に居る時に非道く遠くの音が聞こえ易(やす)く成るならば
夜の空気は、音の代わりに匂いを運び易くしているのであろうのか。
小径(こみち)の奥での立ち回りである筈なのに、鮮明に届く慣れた匂いに眼を見開いた。
刃物を擦(こす)り合わせるような金属音は続いている。
成ればこの火縄の匂いは、決して彼方の甚八の其れでは無い筈なのだ。
其の結論に至った瞬間思わず懐から手を取りだし、足下に転がる石を掴む
そうして一歩、たった一歩で身を隠していた建物から足を踏み出し小径(こみち)の正面に躍り出た。


 (――――いた!)


其れから先の行動は、殆ど本能と衝動だけであっただろう。
目深(まぶか)に被った頬被(ほほかむり)の布下から、影と些細な煌(ひかり)の軌道を成るべく一瞬で見定めた。
その中で、闇と影と漆黒の中に光る赤・・・・線香以上に小さな火縄の灯火を瞬時に見付け、握った小石に力を込める。
反射的であろう頭の隅で距離を導き、それでも刹那、被った布や袖や裾が邪魔をして・・・



 「・・・・・あ・・・・・」



仕舞った、と。
気付いた時には遅かった。

甚八は銃や弓を使うがゆえに手や腕の力が見た目以上に強くある。
又、闇の中での光探しに其処目掛けての得物投げは水軍に居た頃散々教わり実戦済みであるが為、
印地(いんじ)打ちも可成りの腕前なのである。
しかし今回、動き難い身成りであった所為であろうか、其れとも反射的に印地を打って仕舞った為か、全くもって加減が出来なかったのだ。
加えて視線は奥の銃口に集中していたその為に、其の銃身が狙っていた人の影・・・即ち彼方の甚八が、石の飛行距離の直線上に其れは見事に位置している事に気付かなくて。


 「あ・・・・・あああ・・・・・」


其れは瞬き程にも満たない、一瞬の出来事だったであろう。
彼方の甚八の髪を掠めて二、三本ほど風圧で切ってしまった其の石は
一拍遅れ、径(みち)の奥・・・立ち回りをしている場所・・・の更に奥で、非道く鈍い音と共に見えなくなった。
更に二拍遅れた後、周囲の連中をあっさり倒したのであろう彼方の甚八が、石の消えた先を見る。
何処か頸(くび)を回す動作が硬直しきって見えたのは、気の所為なんかじゃないだろう。


――――やって、しまった・・・・・!!


此方も又、別の意味で硬直している思考の中でぐるぐる渦巻く罪悪感。
【ことり】達は全員彼方の甚八の足下で気絶してしまっているし、あの一人も頭を狙って石を投げてしまった為に少なくとも暫しの間は動ける状態では無いだろう。
ならばあの女性は彼方の甚八に任せてしまってさっさとこの場を立ち去るなり、仲間を呼びに行くなりすればいい筈だのに。

当たって、無い、かな。
怪我して、無い、かな。
どう・・・しよ、う。

浮かぶ思考は其ればかりで、足は竦むばかりであって。



提灯の明かりを吹き消してから、一体どれくらい経ったのだろうか
真闇(まやみ)であった筈の夜は、眼が慣れてしまった所為で薄朦朧(うすぼんやり)と透明掛かった色である。
次第に其れが漠然模糊(ばくぜんもこ)と薄れてゆき、やがて僅かな墨と灰の光陰が浮き出て見えてきた。
黒にも近い群青色の光からして、空一面を覆っていた雲が薄れているのだろう。
星が出ぬ夜は月が出る。
月の出る夜は提灯要らずの晩である。
其れだけ太陰の灯りとは、明るく輝くものなのだ。

さらり雲が晴れ渡り、音も無くに月白紺(げっぱくこん)が舞い降りる。
其れは森に差し込む木漏れ日の様には眩しく無く、海に差し込む陽光(ひかり)の様に蒼白く。
いよいよ光陰が明瞭(くっきり)分かれ、漆黒大地も仄かな白を帯びた色に染まった瞬間。

彼方の甚八が、此方の方を振り向いた。



 「・・・っ」



最早夜の色を成さない月の下、確実にぶつかった視線だけがどんな武器よりも恐ろしく輝いて見えてしまう。
頬被(ほほかむり)を目深(まぶか)に被っている為に、彼方からは顔は見えていないだろうし
普段は到底着ない様な出で立ちに、似合わぬ化粧さえ施されている為におそらく気付かれる事は無いかもしれないけれど
其れでも、恐い。
見付からないようにと思っていたのに、真逆こんな正面から遭ってしまうだなんて。
己の不甲斐なさと未熟さが、いっそ怨めしく思えてしまう。
かたかたと、寒さの所為だけでは無く震えだした肩を竦めて
じり・・・と、一歩後じさった。


 「あ、ちょっ・・・」
 「・・・・ひ、ッ!!!}


そんな向こうの言葉が引き金。
完全に血の気の失せたであろう眦(まなじり)から、じわりと涙が溢れる感覚が湧き起こり
慌てて踵(きびす)を返そうと、一目散に足駆ける。


その時だった。


ふわりと舞い上がる布越しに
ふと、四度(よたび)の百舌鳥の鳴き声が、何処かで聞こえて来た気がした――――。








 “ぁン?お前ェ簪(かんざし)なんて持ってンのかよ”
 “ッ、ちが、これは・・・ッ!!!”
 “・・・ふゥん?随分と見ねェ拵(こしら)えじゃねェか。色気沙汰にゃァとんと疎(うと)い手前ェが持つなんざ珍しい。雨とか雷ならまだしも槍が降って来るンじゃねェか”
 “・・・ぅう・・・・”
 “ま、折角だし使ってみろや。道具っつーンは使ってなんぼ、持ってるだけじゃ腐ッちまわァ”






――――しゃらん。






振り返った勢いか、それとも夜の風が吹いたか
すっぽり被っていた筈の、頬被(ほほかむり)の布がはらりと舞い落ちて
さらりと流れる髢(かもじ)の長く黒い其れが月の下に露わに成る。
そして次いで、鳴り響いた彼(か)の音色。
半透明で、周囲(まわり)の色に合わせて其の身を変色(か)える白。
けれども芯は決して変わらぬ純白で、まるで其れが誰かのようだと思って持ってた彼(あ)の簪。


 「あ・・・・っ!!」


視界の端で月の明かりで反射した銀の光に走り駆けた足を止め、慌てて落ちた被布(かぶりぬの)を拾い上げて又走る。
どうしても、振り向く事など出来なかった。
只、早く立ち去りたくて
唯、速く逃げたくて
裾が邪魔、袖が邪魔と苛立(いらだ)たしいやら悲しいやら恥ずかしいやらが混ざってしまって
ぼろぼろ泪が零れて落ちた。

泣き言も、涙も拒否も俯くことすら禁じられて居た筈なのに
其れら全てを破ってしまった事態に又、遣る瀬が無くて涙が出る。



しゃらしゃらしゃらしゃら
頭の上で響く音に掻き消され、矢っ張り何処かで百舌鳥の声が聞こえてきた。
どうして夜に百舌鳥が鳴く。
何故に里山の狩人は、夜に鳴いて自分を混乱させるのだ。
刃物同士の金属音にも、頭で揺れる簪唄(かんざしうた)にも似つかない其の鳴き声である筈なのに。




必死で嗚咽を噛み殺しつつ、其れでも泣く事を止めぬまま




一目散に走る百舌鳥は、真っ直ぐ住処へ走って行った。















その後甚八の報告により、【ことり】は全員縄(ばく)へとついた。
現場に駆けつけた佐助や晴海の証言では、奴等は全員気絶していて
それ以外の浚われかけた女性の姿や、もう一匹の百舌鳥の姿・・・
即ち【ことり】以外の人物は、誰一人として居なかった――――だ、そうである。

















---------------------------------
あとがき)

新年初!のお年玉的お話と言う事で!!
えー・・・一体此の何処にお年玉要素があるんだと言う話ですね。スミマセン辛気くさくって・・・・
加えて科白がまるで無いと言う奇跡!!!何でしょうねコレ!!閲覧者様への嫌がらせ!!?

あのほんとうスミマセン碧使様・・・・・ッ (なきそう)


尚、少々この場をお借り致しましてお話に出て参りました言葉の簡単な説明をばさせてくださりませ(深々)

百舌鳥=里山の小さな狩人との異名があるようです。
百雷銃=爆竹と思っていただければ。
打竹=火種を入れる容器です。
(かもじ)=カツラです(笑)
印地打ち=石打ち、石投げの事です。
白粉=実は厚化粧+のっぺら坊の方が美しいとされておりました・・・;;こ、今回は薄化粧でご容赦ください・・・;;
子取(こと)完全な当て字と言う名の造語です。スミマセン。


あ・・・の・・・スミマセンほんとう分かり難くて・・・・ッ!!!!


百舌鳥の声 (前)

2008年01月24日 | 小説:狐白




 「オイ。動くンじゃねェよ」
 「・・・ぅう・・・」

ぺたりと冷たい感覚が、皮膚(はだ)を通して伝わり来た。
冬も近い今の時季、水に溶かされた白粉は氷のような冷たさで、顔へ頬へ首筋へと薄く引き延ばされてゆく。
向き合った儘に座している穴山小助の手元には小さな皿が乗られていて、其処にはほんの僅かな水と綺麗に溶けた白粉板(おしろいいた)が入っていて
今は其れを、極々薄くであるのだが塗りたくられている最中なのだ。
元来自分は化粧とは縁(えん)が薄いゆえ、何処か引きつるような突っ張るような此の感覚が寒さか白粉の其れなのかすらも理解(わか)らなく
自然と震える肩さえも、冷たい指で擦(す)られると言うこそばゆい感覚なのからか、其れとも未知の待遇から来る緊張ゆえの震えなのかも判断(わか)らない。

只、寒さで震えた脳内で朧に理解出来るのは
半透明に蕩けた白が皮膚(はだ)に浸み入り色を残す代償に、じわりじわりと己の僅かな体温を奪ってゆく事だけである。
其れが主に頸(くび)やら耳の後ろやらと体温の高い処だから堪らない。

どうして世の女性達は、此の感覚に耐える事が出来るのだろうか。

・・・と、同じ女が疑問に思ってみた処で、所詮は詮無き事だけど。


 「俯くンじゃねェよ。胸張ってろ」
 「・・・。」
 「次、紅な」
 「ま・・・まだ、あるの・・・っ」
 「たりめーだ。白粉だけなんざのっぺら坊じゃあンめェし」


泣き言も、涙も拒否も俯くことすら禁じられつつ



只今甚八、化粧中――――。















百舌鳥の声 


















城下と言えども町と言えども夜の帳(とばり)が一度(ひとたび)降りれば、其処は深い海の底。
空気は沈み音も無く、勿論人気さえも無い。
人家に或いは御店(おたな)の中に、茫漠(ぼうばく)と灯(とも)る燈(あかり)を見て、
(ようよ)う此処が人の住まう里山である事が解る程に、月無し夜は重いのだ。
暮れ六つ(くれむつ)過ぎれば夜であり、夜であるならさっさと寝る。
其れは当たり前の事。
燈台(とうだい)点けてみた処でも、油代かて馬鹿には成らぬし灯りも所詮暗く薄い螢が如し
そんな中では何も出来ぬ文字すら読めぬ。ゆえに夜は早(はよ)う寝る。
店は兎も角普通の家は、それ故夜が早いのだ。
其れが当たり前の事。

(さて)そんな昏(くら)きの中を掻き分けて、ひたひた歩む子供が一人。
(さ)げた提灯と地面の隙間が僅かな間(かん)しか離れていない事から見ても、可成りの小柄な背丈であろう。
月さえ出(い)でぬ闇の中、紙を透かして歪んだ燈(あかり)は曇った様子で揺れていて、照らす足下(あし)さえ覚束(おぼつか)無い。
朦朧模糊なる燈(あかり)の中、ひたひた聞こえる跫(あしおと)は素足独特の音(それ)であり。
大きな風呂敷の様な布を頭に被せて顔隠し、左右に垂らした布の端の片方を口へと咥えて頬被(ほほかむり)
小袖の上に打掛(うちかけ)姿、顔は見えねど淡化粧。
何処か俯き加減に歩くも、其の足取りはびくびく震えて頼り無い。
九つ近い真夜中に、蹌踉蹌踉(よろよろ)ふらつき不審な動きで歩く子供は
何を隠そう、根津甚八の姿であった。


発端は、城下に広まる風の噂であった筈。

 『近頃【ことり】が現れる』

そんな些細な謎掛けの、虫の報せであったのだ。
【ことり】と言うのは鳥では無く、読んで字の如くの【子取り】・・・即ち拐(かどわ)かし人浚いを遠く暈(ぼ)かした言葉である。
震源地が何処であったかは定かで無いが、農民町民下民から、昼夜問わずに女子供が消えちまう
使いに出掛けたそのままで、買い物行くと言い残し、或いは一寸(ちょいと)眼を離していたその隙に、煙(けむ)の如くに浚われちまって居なくなる。
炭屋の下働きに、紐屋の娘、挙げ句の果てには風呂屋の湯女(ゆな)まで
決まって被害に遭っているのは、身分が低く年端の行かない女子(おなご)だけ。
売り捌かれてゆくのであるのか、其れとも嬲られ殺されるのか。
(かどわ)かしに遭った子供がその後どうなるかなんて全く知られて居ないけど
兎角そうした不穏な噂が、病のように上田の城下に雪崩れ込んで来たのである。

だからこそ。


 「・・・・?」


ふと、百舌鳥(もず)の声が聞こえた気がして甚八は夜空を仰ぎ見た。
けれども其処に広がるのは、一面に塗られた漆黒闇(しっこくやみ)
月も出ている刻限なのだが、今宵は薄い墨色雲(すみいろぐも)が宙(そら)全体に伸ばされてしまっている為、烟(けぶ)った陰光(いんこう)しか届かなく、
勿論其処には鳥の姿も、星の欠片もまるで無い。
・・・当たり前、か。
夜に鳴く百舌鳥だなんて、聞いた事すら無いのだから。

寒さで悴(かじか)む手元を寄せて、軽い吐息を吹きかけた。
おそらく指の先迄さえも冷え切っているであろう、一瞬暖かさを感じる手も唖ッと言う間に冷たくなる。
最早感覚さえも無い、己の脚に叱咤して
提灯を持つ手に入らぬ力を込めながら、甚八は今宵の『任務』を確認する。


囮捜査――。


上田の平穏を守る為、十勇士達が下(くだ)した決断が此であった。
取り敢えずは被害の遭った時刻に場所、装(よそお)い風体成形(なりかたち)を絞りに絞って
小助を始め海野に伊三に鎌之助と、それぞれ変装或いは女装を施し、彼方此方(あちらこちら)に手分けで当たっているのである。
勿論其の面子には、甚八も含まれているのであって。


 「・・・・あれ・・・・?」


再度、百舌鳥の声が聞こえた気がして今度は後ろを振り返った。
けれども矢張り其処には鳥の姿無く、猫も犬も人の子さえも見当たらない。
灯りの点(とも)る人家すら無い昏(やみ)の中、其れでも僅かに感じる気配は寝入った人の其れであろうか。
さらりと頬被(ほほかむり)の下で流れる髪を抑えつつ、又一度(またひとたび)足を進(ふ)む。

変装に対する小助の指導は凄まじかった。
(ま)ず衣服は褌から剥ぎ取られ、着付けの仕方や歩き方、身振り素振りに至るまでを注意され。
化粧は化粧で慣れぬゆえに、非道く薄く施された其れだとしても皮膚呼吸が儘ならない。
どんなに油を付けた処で整わなかった己の髪は、仕方の無しに髢(かもじ)で誤魔化し長く纏められたのだ。
本来ならば厚ければ厚い程に美人とされる化粧だが、小娘ならば薄くたって好いだろうとの理由から
今現在、頬被に隠れつつも提灯燈(ちょうちんあかり)に照らし出されるその頬は、白いと言うより半透明。
(かむり)を咥える其の口にも薄く紅が差されており、頬も此又薄く紅い。
慣れぬ着物は歩き難(づら)く裾も気になって仕様がなくて。
引きつるような感覚の頬や唇を擦(こす)りたいけど、其れすら禁止されているのでもどかしく
ふらふらと、蹌踉(よろ)めくように足に合わせて歪(いびつ)に提灯が揺れ動く。


嗚呼、慣れない。



 「・・・・?誰・・・・?」


三度(みたび)、何かの声がした。
よくよく聞けば百舌鳥でも無く、犬や猫の類(たぐい)で無い。
虫の声とも違う其れは、明らかに人の発するものであり。
目元深くに被った布を、少し指で摘んであげて
ふと、不穏な声を発した主を探し見る。
・・・が、矢張り其処に漂う空気は、わだつみの底のように静寂(しず)かで沈みきっていて。
幻聴だろうか、錯覚だろうか。或いは寒さからくる耳鳴りだろうか。
もう一度、目元深くに被(かむり)を被せて小首を傾げてみるのだが


 「・・・・ッ!」


そんな疑問は、夜闇を縫って響いてきた嫌な殺気に瞬時に呑まれて掻き消された。

反射的に眉を顰めた甚八は、慌てて提灯の燈(あかり)を消す。
闇の中での灯りなど、例えどんなに頼り無くとも目立つのだ。
変に護衛が居たならば犯人に警戒されるであろう事から、他の十勇士達も今は居ない。
曇った月の明かりだけが水の其処へと浸み入るように現(うつつ)の世へと差し込むも、其れは星の光以上に果敢無(はかな)くて。
静寂(しん)と冷えた闇の底、恐る恐ると神経を澄ませて殺気の出場所を探してみる。


 (・・・・複数)


しかも、自分に向けられた其れでは無い。
成れば誰か、拉致(さらわ)れかけているのであろうか。
それとも若(も)しや、辻斬り闇討ちの類(たぐい)であるのか。
(ど)の道ぎらつく獣の様な殺気が漂って来る事からして、尋常とは程遠いのだから
成れば此処で余計な詮索をするよりは、儘よとその場に行った方が懸命だろう。
じり・・・と裸足を滑らせて、息を潜めて気配の方へと歩み寄る。
大通りを店伝いに延々通って来たのだが、どうやら小径(こみち)に逸れた処に誰かが居るようであり。

・・・嗚呼矢張り、着慣れぬ着物が仇(あだ)と成る。

家屋と家屋の隙間道(すきまみち)を壁に手を当て怖々覗き込んで見て遣れば、矢張り其処には多数の人影が何やら言い争っていた。
何を言っているのかは上手く聞き取れないけれど、声音口調からしても罵詈雑言(ばりぞうごん)の類(たぐい)であろう声を荒げる三、四人の男達。
その中の一人に抱えられ、おそらく気を失っているのか全く動かぬ女の人。
捲し立てる男達の其の手には、それぞれ得物が握られているようであり
朧に滲む昏灯(くらあかり)の最中(さなか)ですらも、細身の刃が鈍い色に煌めいていて
そして、散々悪態と殺気を当てられつつも而(しか)してその場に佇む影。
その場の雰囲気で察するに、どうやら男達こそ【ことり】の様で
【ことり】達が挙(こぞ)って悪態を吐き捨てている男はどうやら、招かれざる客らしい。


 (・・・・どう、しよう・・・・)


何だか修羅場を見てしまった気持ちである。
【ことり】を発見出来たのは幸いの事であったけど、何だか取り込み中みたいだし
一旦屋敷に戻って仲間に報告しようものにも、あの女の人が心配で。
其れに、何やら囲まれているであろう男の人。
仲間割れの様子で無いし、落ち着いている声音からして女の人を助けようとしているのやもしれないけれど
流石にあの人数で、しかも皆々得物持ちでは多勢に無勢ではあるまいか。


 (・・・あ・・・でも・・・・)


若(も)しかしたらば彼(あ)れは十勇士の誰かかも。
そんな想いがふと過(よ)ぎる。
ならば彼処まで冷静なのも頷けるし、己が割り込む必要かても無いだろう。
(むし)ろ今のこの風体で割って入った処でも、録(ろく)に動けぬ闘えぬと却って足を引っ張る事に成るのが顛末(おち)だ。
けれど若(も)し、彼(あ)れが十勇士で無かったら?
多少腕に自信の有る者ならば冷静に対応かても出来るであろうし、僅かなりとも修羅場を潜った人間ならば、山賊盗賊の類(たぐい)なんかに怯(ひる)む事かて無いだろう。

そんな事をおろおろ考えているうちに、向こうは何やら危険な方向(ほう)へと話が進んで仕舞ったらしく
刀を握った際に鳴る、僅かに鳥の声にも聞こえる金属音が響いて来た。
はっと其の音に弾かれて、目深(まぶか)に被った布の下で視線を上げ
そして・・・・




 (――――ッ)




思わ、ず。
咥えていた頭布(かぶりぬの)の切れ端が、はらりと口から零れて落ちた。










---------------------------------
途中経過)

どうして記事での文字限界がたった1萬文字なんだ、と制限機能に憤慨し
どうして1萬文字で纏める事が出来ないんだ、と己自身に絶望する。


勿論続きます~。


秋の夜長に書いた話

2007年11月10日 | 小説:狐白











闇に濃霧に雨の中

視界の効かぬ、三つの法則


夜目遠目に傘の中

顔すら見えぬ、三つの法則













非道い豪雨が降っていた。
雨の巻き上げる水の飛沫と濃い霧は、しとどに世界を濡らすどころか浸す勢いですらある。
これで先刻迄はからりと晴れた良い天気だっただなんて、到底信じられぬ事だろう。
空を見遣れば釣瓶落としの夕暮れ時。
茜の滲む金色橙(こんじきだいだい)が厳かに天を焦がし尽くしているのである。
俗に言えば天気雨。
迷妄介せば狐の嫁入り。
兎に角秋の夕暮れ空の真下には・・・今現在、非道い暴雨が打ち付けられているのであって。


 (あんにゃろう・・・)


その中で
穴山小助は非常に苛立ちを隠さずに、朱塗りの傘を差していた。



此処は某所上田の城下。
突如振り注(そ)ぐ季節外れの夕立に、町民達は慌てて見世棚を仕舞い込み
軒に先にと駆け込んでは、一時の雨宿りを決め込んでいる。
弾く雨は地面を穿(うが)ち、彼方此方の柔い土に泥濘(ぬかるみ)を作って跳ね飛ばす。
その飛沫がそんな人達の裾や袴を軽く濡らして染みを作り
おお厭だ、ああ濡れた、と人は其れに眉を顰(ひそ)めて悪態づく。

扠此処で、傘があればと天を睨む人々よりも
どうして傘に収まっている小助の方が機嫌が悪いのかと申してみれば
発端は、望月六郎だったりする。


 (な・に・が・お遣いだ!!!)


ばしゃん!と早々に出来てしまった小さな水溜まりを蹴り飛ばしたが、
一瞬舞い上がった雫は、しかして雨の勢いには到底勝てずにすぐさま暴雨に呑まれてしまった。


あれは今より少し前。
勿論こんな暴雨すらも降らぬ前の刻の事。
戦があった所為であろうか、望月の持つ薬草薬種が色々尽きてしまったのだ。
本来ならば薬は山なり河なり採りに行き、渡来の薬は信玄公が店なり業者なりを介入させて買っているので文を寄越して送って貰えばいいのだが
如何せん、尽きた薬草の殆どが時季の合わぬ其れであったし
何より先達ての戦は武田としてのものであった。
なれば彼方の方こそに大量の薬が必要だろうし、余るどころか此方と同じく不足しているやもしれない。
望月かてもどうやったのか、普段は広い人脈を介して南蛮の薬を分けてもらっているのだが
それかて、短期間に多量に使えば尽きてしまうが道理である。

ゆえに今回望月は、薬屋で薬種を買ってきてくれと小助に頼んだのである。


 “手前ェが行きゃいいだろが”


勿論、小助はこう返した。
その時分は未だ今の様な非道い雨が降る事なんて想像出来ぬ刻である。
此方の上田城下にだって萎びた爺ィが営んでいる小さな薬屋が点在するし、
もっと手っ取り早くすりゃァ、元々分けて貰っていた望月の知り合いから買ったり何なりすればいい。
方法手段は他に幾つもあるだろうに、何で其処で俺なんだ。
・・・そう返したら、あの性悪野郎。



 “――――ぁあっ!急に目眩がァ!!”



・・・と言う、物凄く態(わざ)とらしい素振りで蹌踉(よろ)めき
凄まじく胡散臭い演技でごほごほを咳を吐き始めやがったのだ。
最終的には頭痛腹痛生理痛が非道ェよゥ、薬が足ンねェ間に合わねェ。嗚呼大変心臓がァとかぬかしやがってあの野郎。
(がき)か。
嗚呼判ァったようっせェな、取り敢えず男として生理痛は有り得ねェだろスッ恍惚(とぼ)けた事ぬかしてンじゃねェよ唐変木が
己が苦く吐き捨てて、くるりと踵を返した途端の




 “心配すンなィ後で駄賃はやるからよゥ”




あの、けろりとした笑顔と言ったら。




 “・・・オイ・・・・さっき手前ェがほざいてた心臓はどうなったよ・・・”
 “おお、毛が生えちまったィ大変じゃろゥ”







あの、笑顔と言ったら。















 
「絶対ェ殴る・・・・ブン殴ってやらァあの優男(やさおとこ)・・・・!!!」


殺気混じりに呟かれた小助の声は、幸いにして豪雨に呑まれ
誰一人として聞かれる事無く水煙の中へと蕩けて消えた。
あまりに力を入れすぎていた為に、ぴしりと柄の持ち手部分に思いっきり罅(ひび)の入る音がしたが
・・・別段、どうでもいい。
生憎此方の薬屋の方は爺ィが寝込んだだとかで休みであったし
買う薬種も以下の通り、
海金砂(かいきんしゃ)に独活(うど)に桂枝(けいし)に千振(せんぶり)に。
威霊仙(いれいせん)に延命草、現(げん)の証拠と来たもんだ。
本気で四季を問うてない。
乾燥させた奴ならば置いてあるかもしれないが、それかて一つの店で全てを揃えられるのか?
と、疑問に思えば難しく。
結局此処・・・某所まで脚を運ぶ羽目と成ったが顛末なのだ。


直ぐ脇を、急ぎ駆け足の男が走って過ぎてゆく。
雨は一向に止む気配を見せぬまま、そろそろ焦(じ)れた人々達が
(まま)よと濡れて帰る方を選んでいっているのだろう。
確かに、この雨は唐突過ぎた。
天気雨と言えども長いし、勢いかても酷過ぎる。
自分かても出掛ける前に、甚八が教えてくれなければ傘を持つなど全くもって考えなかった程なのだ。
今や悠々と構えているのは、最早雨を透かした夕空だけで。


 「・・・・ぁン?」


目的の薬も漸(ようよ)う買い揃える事も出来たし
扠さっさと帰ろうか、と人の流れに逆らって町の口に近付いた時の事であった。
ふと、水煙と霧の向こうに見覚えのある姿が見えた。

幸と同じ髪の質に影姿。
幸に比べりゃ少し丸みを帯びた身体に、ほんの僅かに優しい眼。
戦中では無いゆえに、自分と同じく鉢巻きも戦衣装も纏っていないがそれでも緋色の小袖を羽織り
困った表情(かお)で、雨の軌道を注視(みつ)めている。
幸に変装しているだけの自分が言うのも何だろうが、俺と似たような成形(なりかたち)
その癖、性別育ちはまるで反対と来たもんだ。
同じようで全く違う
己と同じ名前の奴。



 「・・・あ、ら?」
 「ァにやってンだ。お前ェ」




彼方の穴山小助である。



むせ返るような水煙に、匂い立つような水の霧。
雨垂れの音は最早台風の様な轟音で、斜めに激しく叩き落つ。
ばらばらぼさぼさと傘を打つ音の一つ一つが重たくて、鬱陶しい事この上ない。
それでも軽く傘を上げ、己よりも背丈の高い向こうの俺を見上げて告げた。
絶え間なく軒から落ちる水糸簾(みずいとすだれ)の向こう側。
矢張り突如の雨宿りでもしてるのだろう向こうの己は、きょとんと驚いた風である。
・・・まァ、当然か。
此処は向こうの領土なのだし、俺が此処に居る事の方が珍しいってモンなのだから。


 「この雨なら完全に陽ィ暮れッちまうまで止まねェぞ」
 「え?」
 「止まねェンだとよ。うちの甚八がそう言ってた」


どうせ余ッ程偉ェ狐様でも嫁ぎに行ったンだろうぜ。
そう言葉に付け足せば、向こうの俺は何処か困ったように苦笑して


 「うーん。ではどうしましょう・・・」


苦笑のままに、眉を顰(ひそ)めて呟いた。
天を見上げる視線につられて、傘の隙間から遠くなった空を見る。
秋の日は釣瓶落としとは良く言うが、それかて完全なる日暮れまでには未だ遠い。
茜滲みの橙焼けは、灰色なる雨の霧に包まれて鈍い青味を増していて。

ばしゃり、と人が駆けて行く。
無駄な抵抗だと解っていても、手を翳してああ厭だ、おお冷たいなど叫びながら走って行く。
・・・何故厭なのかが理解(わか)らない。

視線を移した。
自然俺の目線上に、向こうの俺が抱える荷物が眼に這入る。
つまりはそれだけ身長差があると言う事なのだが・・・何か、もういい。
これ以上腸(はらわた)を煮えくり返らせたくもないのであえて考えない事にする。
兎に角、薄い布に包まれただけの小さな其れは、大事そうに持たれていた。
大きさから言って団子や饅頭の類(たぐい)なのか、それとも織物の類なのか。
どのみち、濡れては困るものではあるのだろう。
加えて向こうの俺の様子は、何処かに早く帰るか向かうかしなければ・・・的なものであり。



 「ん」



其れが見ていてまどろっこしかったので、ぐい、と傘を差し出した。
否・・・差し出すと言うより突き出すと言う方が正しいようにも思えたが
兎にも角にも、己が持ってる柄の部分を向こうの俺へと向けたのだ。


 「・・・はい?」
 「だから、使えっつッてンだよ」
 「え、けど」
 「いーからさッさと持ちやがれ」


ぐいと更に押し付ければ、不自然に上がった傘の下から雨が這入(い)り込み脚へと当たった。
(みぞれ)のような強さの其れは、一粒一粒が大きく重い。
瞬時に己の脚が濡れたが、別段自分は一々そんな事を気にする程に神経質なんかじゃねェ。


 「別に、大丈夫ですよ。このまま止むまで待ちますから」
 「はァ!?夜ン成っちまうまで待つつもりかよお前ェ。
 何か急いでンだったらさッさとコレ使って行きゃ好いだろーが。どうせ俺ァ急ぎじゃねェし」


そう。
己の用事は疾(と)うに終わった、別に急ぐ事も無い。
それに薬は一つ一つ、包みの上から念入りに油紙で巻いてあるので濡れる心配かてもない。
加えて、自分。

己は育ちが山である。
山と言っても山の民(たみ)とか山賊とか・・・そうした類(たぐい)の物ではない。
帰る家など無かったし、耕す田畑も道具も無かったのだ。
人も灯りも色も光も何も無い。
唯一、自分が師匠と呼ぶ存在と、昼であろうと何であろうと光の一つ通さぬ山の深い闇
其れしか無かった。
だから自然、雨露を凌ぐ屋根など無い為雨の降る日はだだ濡れ状態。
其れが、普通であったのだ。
ゆえに今更やれ濡れただの冷えただの、そうした事に頓着なんて無いのであって。


 「それに手前ェ女だろーが。いいからさッさと受け取れッつってンだよ、駄阿呆」


・・・そして何より、自分と向こうの自分の違い。
誰かの言葉か書物の文字か、何処(ど)ッから仕入れた巷話だったかは忘れたが
男よりも女の方が病魔に冒されやすいと聞く。
身体を冷やしやすいとか、抵抗力が弱いとか、理由なんざ逐一憶えちゃいねェけど。
ほぼ野生児として育った己に、確か武家で育った彼奴。
そう言う違いもあるだろうけど、此処でハイ左様ならと見捨てッちまッて後で風邪ェ引きましたじゃ御後(おあと)が拙(まず)過ぎて後味悪ィ。

何故かきょとん、と間抜け面をした向こうの俺にさっさと傘を押し付けた。
反射的に受け取ったのだろうその表情(かお)は、どうにも幸にそっくりで。



 「じゃーな。罅(ひび)入ってっから使い終わったら捨てッちまえよな、ンな襤褸傘」



絶対ェ返しに来ンな。
そう言う意味を言外に含んで、話は済んだと傘から出た。
途端に暴雨が頭の芯から降り注ぎ、唖ッと言う間に髪の一房までもに濡れる。
咽せる程の水煙に、強く匂う水の霧。
ぽたぽた指の先から垂れる水の粒をぺろりと舐めて、足早にその場を駆け去った。
町の人と同じように、額に手や腕を翳したりなンかしない。
別段濡れるのは好きでは無いが、だからと言って厭と感じる程でも無い。
其れが自然。当たり前。


どことなく、冷えた頭で向こうの己を思い返す。
多少の違いはあるけれど、体格風体容貌と幸に瓜二つな俺。
それに比べて己はどうだか。
背丈も違う口調も違う、容貌かてもコレは只の変装に過ぎない。
人を引きつける馬鹿みてェな明るさだって俺にゃァ無ェし、甘ェモンかて嫌ェの域。
そもそも生まれ育ちからして幸とはえらく離れてるンだ。
一般的なる影武者としては有り得ぬ事であるのだろう。
俺の何処が幸に似ていると問われれば、おそらく答えに息詰まる。

・・・が。


 (どーでもいい)


そんなの今更だ。
別に俺は誰かに成りてェ訳じゃねェし、幸の代わりに幸の人生歩むつもりもさらさら無ェ。
誰かの為に命と人生張るなんざ、真っ平御免だ。



厭では無いが、好きでも無い。
けれどもどこか、そんな境を心地よいと感じる己が居るのも又事実。
どうやら育ちっつーモンは、簡単に抜ける代物なンかじゃないようで
雨で頭を冷やした所為か
煩わしい音を立てる傘から抜け出た所為であろうのか
あれだけ苛立っていた気持ちが今や
雨の上に棚引く夕焼け空のように、さっぱりと晴れたようになっていて。

嗚呼、俺は
所詮こうした視界の効かぬ世界からは、切っても切れねェものなのだろう。




一瞬、幸の影武者として其れで良いのかとも思ったが
俺は武士の理屈道理を通すより、幸の理屈を組んでやって俺の道理を通すだけ。



一瞬、其処で自分の顔が幸のままだと気付いたが
周囲は豪雨、水の檻。
視界は覆われ、灰色混じりの白露の中。
・・・関係無ェや。









闇に濃霧に雨の中



視界の効かぬ、三つの世界





夜目遠目に傘の中



美人に見える、三つの法則
















――――俺にゃ傘なンざ要らねェよ

















-------------------------------------------

※何が書きたかったんだと言う・・・・;;;

すすすすいまっせぇええええん!!!!とうとう暴挙に出ましたよこの人!!!

ふおおおおおお其方の小助喋らせてしまったぁあああああ
済みませんほんと あの 不快感とか持たれたらすぐ言ってください即効ブラックホールの中へ投げ捨てますので!私ごと!!!(くわっ)

いいい勢いで書くものじゃないですね・・・・主旨が・・・・主旨が自分でも解らない・・・(しくしく)


閑話休題その2

2007年09月15日 | 小説:狐白




















上弦の月が、下天(げてん)に姿を現した。
猫の爪のような其れは、銀か金かも判別出来ない程に細かく鋭利に煌めいている。
(あかり)も乏しい宙天(ちゅうてん)は、幾重数多(いくえあまた)の星霜夜(せいそうや)
(あか)るく無いが、しかして冥(くら)い訳でも無い。
些々(ささ)と掠れる音がするは、葉々の擦れか風唄(かざうた)か。

朧に聞こえ、闇に掠れて消え行く虫の鳴声歌声を聴き乍
甚八は再度、彼(あ)の川縁(かわべり)へと赴いた。









沢水に空なる星のうつるかと












夜は嫌いな方じゃない。
否、むしろどちらかと言えば昼より好きな方かもしれない。
濃く匂う水の匂いに、沈むように昏(くら)い世界。
闇に呑まれる音声(おとこえ)に、閑寂(しん)と冷える闇の彩(いろ)
水の中と何処か似ているだからこそ、嫌いじゃないのかもしれない。

よじよじと、大きな杉の木に登る。
木登りは嫌いで苦手である。
海で産まれて水と共に育った自分は、何年経っても山の生活に追いつけない。
馴染めぬ自分に嫌気も差すが、だからといって海に戻るつもりは無い。
だから何とか馴染もうと、佐助や鎌や小助みたいに、身軽に木に登りたいとは思うのだけど
・・・矢っ張り、どうしても此は苦手であって。


 「の・・・・のぼれ、た・・・・」


ようやっと、手を滑らせて脚を踏み外して何回も転がり落ちた末に
それなりに高い一本の枝へと到達した。
樹齢も相当経っているであろう一本杉は、太さも高さも可成り在る。
それから更に二、三本と近くの枝に乗り移り、適度な高さを見定めた。


視線の先には、彼方側の真田の屋敷が存在する。


(あかり)の点(とも)らぬ城下は既に真っ暗で、夜の闇へと沈んでしまっているものの
屋敷の中ではまだ誰かが起きているのか、茫漠とした橙闇(だいだいやみ)の景(ひかり)が彼方此方に灯(つ)いている。
女中か従者か下男か、それとも或いは十勇士達の誰かであるか。
己の住まう屋敷には下働きなど居ないので、誰が起きているのかなんてそれこそ解らないものだけど。

近くは無いが、だからと言って決して遠くなどでもないその距離に、幸いにも偶然聳える大きな杉。
姿を隠すだけならば、木々に家々大岩塀と、障害物はもっと近くにも多々あるけれど
多分これ以上近付いたなら、向こうの幸村様達に勘付かれてしまうだろう。
己はあまり上手に気配を隠せないし、こんな時間にこそこそ何かをしていたならば、間違いなく闇討ち襲撃と間違われる。
出来るならばそんな事で、向こうの面々に迷惑を掛けたくなど無いし、気を煩(わずら)わせたくも無い。


だから、此処で良い。


とりあえず重心を保つために大振りの枝へと腰掛けた。
そしてそのまま片手は巨木の芯に宛(あ)てたまま、背中にくくりつけて在った、とある物を引っ張り出す。

それは、小さな枝であった。

陽光の下(もと)で見たならば、其れは死蝋(しろう)のようであろう。
青みがかった白い色に葉っぱも花も見当たらない、朽木(くちき)のような脆い其れ。
大きさは大体大振りなる紫陽花の花程度の物であり、
太い枝を中心に、葉っぱの形状に蜘蛛の糸のような細かい枝が張り巡らされている。
後は腐って大地に還るだけのような其の小枝を握り締め、折れた処が無いか確認し
次いで、辺りを見回した。


甚八の周囲には・・・沢山の螢が飛んでいた。


勿論此処は木の上である。
木の真下にもその近辺にも、水辺や川は存在しない。
それでも淡い黄緑の燈は朧に霞み、揺らいで瞬き煌めいては杉の彼方此方を透明色に染めていた。
中でも景(ひかり)が密集するは、甚八の手に持つ彼(か)の朽木であるもので。

・・・此の枝は昨日(さくじつ)、此方側で探していた物なのだ。

純度の高い水辺にしか生えない貴重な其れ。
どの文献にも書簡にも、載ってはいない知られていない生きた朽木なのである。
花も種も葉っぱも色も、まるで何も無いけれど
この枝は、螢の雌が好む匂いを放っている。
そして雌の発する燈につられ、牡が枝の尾鰭のように夜の周囲を濡らしていて。

近くで見れば薄青緑の螢の星群。
遠目に見遣れば巨大な狐火鬼火であろうか。

訥々(とつとつ)と瞬く灯は小さく、縦横無尽に闇を縫って枝に止まり、和草(にこぐさ)を求めて飛び回る。

・・・この枝の事は、多分知る人も居ないだろう。
それくらいに貴重な生命(そんざい)なのだから。
本当は、手折るつもりなど無かった。
存在さえ確認出来れば良かっただけ。
けれど・・・

空いた片手で懐を探り、一本の簪を取り出した。
半透明なるその挿物(さしもの)は、夜と森の陰を吸い込み無限の漆黒色である。
ふい、と横切った螢の灯りが朧に透けて、ほんの一瞬、満月色が滲んで消えた。

 (・・・)

もしかしたら。
そう。これはもしかしたらという推測なのだ。
確信も自信も、証拠も無い。
けれど、推測憶測で漠然と頭に浮かぶ、この簪を持つ主(あるじ)
どうして彼に思い至ったのか・・・明瞭(はっきり)とした理由なんて無いけれど。
ただ、何となく似ていたのだ。

簪を透かし、彼方の屋敷の方を見る。
黄緑色の燈は消えて、仄かに闇(くら)い橙茜(だいだいあかね)が小さく小さく円形を作って滲んで溶けた。
(か)の人は、相対する存在に対して縦横無尽に色を変える事が出来る。
されども決して芯の己の色は変えないままに、綺麗に、見事に相手に合わせて対応出来る。
この簪のように、半透明に


自分は其れが――――羨ましい。


己は人に合わせる事がまるで出来ない。
会話も疎か、眼を合わせる事すら出来ない。
相手に合わせる事すらも・・・そんな簡単な事一つ、まるで出来やしないのだ

それは仮面を被っているだけ、相手を騙しているだけだろう。
そういう言い方見解も、それは在るのかもしれない。
けど、けれど。
まずは相手と眼を合わせ、相手と話を共にしなければ、人と人との繋がりなんて生まれない。
仮面と云うのは上辺の言葉と云う物は・・・確かに己を誤魔化し、心を隠したものだけど、
それでも誰かに歩み寄る、大事な一歩に必要なのだ。
確かに本音を言うことだって大切だけど・・・いきなり本音で相手に掛かっても、それはただの自分を通した我が侭に・・・・暴力にしか、成らないのだ。

仮面を着ける時点で恐がり
他人との接触(つながり)を・・・出来ない以前に逃げてしまう。
積極的とは縁(えん)の無い、自分には無い簪(これ)のような色合わせ。


だから・・・羨ましい。
それが原因で他の十勇士達に怒られていた処もあったけど。
でも、好いことだと思う。自信を持って良いとも思う。
自分は・・・恐くて畏ろしくて、人と関わる事自体が恐怖の対象に成っているから。
どんなに直そうと思ってみても、努力してみても・・・誰であろうと対峙すると目の前が真っ白に成ってしまう。思考が凍結してしまう。
だから、相手に合わせて態度を、声を、表情を変える事が出来る
誰かに向けて、微笑(わら)う事が出来る・・・
この簪が放つ燈(ひかり)のように柔らかい、もう一人の自分成らざる己自身が
・・・羨ましい。


 「・・・はっ」


其処で、朦朧(ぼんやり)と思い耽っていた己自身に気が付いて、慌てて首を左右に振った。
違う、違う。
自分はこんな事をしにやって来たわけでは無いのだ。
早くしなければ、刻(とき)が過ぎてしまうのに。

足場を確かめ、飛び交う星々をうっかり践んでしまわぬように気を付けながら、此又背中に括ってあった己の弓を取り出した。
今は銃を使っている為、滅多に使わぬ長弓(それ)である。
己の背丈に合わされた物では無い為に、非道く重心が取りにくい。
八尺程はあるであろうか、白塗りの其れに通常よりも細い弦。
中仕掛けを確かめて、矢を一本取り出した。
弓懸(ゆがけ)も胸当ても持ってないけど・・・今更そんな物は要らないだろう。
己が使うは弓道では無く弓術なのだ。
射法も射型(しゃけい)も射技八節(しゃぎはっせつ)も知らないし、駆使(つか)わない。

取り出したのは弓と同じく白鳥色の矢であったが、少し逡巡した後(のち)
山梔子(くちなし)で染めた其れへと交換(か)えた。
山梔子色とは・・・「口無し」と掛けた色名と、どこかで聞いた覚えがある。
別段気付いて欲しいなんて思わないし、気付かれても恥ずかしい。
出来る事ならそんな事に気を遣わせてしまいたくは無い。
けど・・・只の矢を撃ち、敵襲夜襲と思わせてしまう事よりは
何等かしらの細工が施された其れの方が、余計に気を遣わせてしまわずに済むであろう。


(やじり)の付け根に例の枝をくくりつける。
少々見てくれが悪いけれど、目的を果たす為なら大丈夫だろう。
確乎(しっか)と動かぬよう固定をし、群がる星群の真ん中で星を透かして向こうを見る。
枝に立つ。
重心が取りにくい。
僅かに揺れる。
幾重数多(いくえあまた)の星霜螢(せいそうぼたる)が・・・・非道く眩しい。
左の腕は直線に構えたままに矢をつがえ、そのまま弦ごと矢を真っ直ぐに引き絞り、胸の前で腕を広げた。
枝が矢先に付けられて、螢が矢先に群がっている。
ただでさえ水辺から、故郷から引き離して連れてきてしまったのだ。
短い命だと云うのに、それをこんな事に利用するなど申し訳すら立たないけれど。
せめて、それらを打ち抜いてしまわぬように隙を見て・・・・



鶴のように高い音が、辺り一面に木霊する。



もしも簪(これ)が彼(あ)の人の手持ちの物だとして
もしも意図的な落とし物で無いならば、簪(これ)は返すべきなのだろう。
故意で無いなら、此は渡すべきなのだろう。



でも、でも



思った以上に大きな音を立てた矢は、一直線に屋敷の庭へと落ちて行く。
群がっていた螢達は、あまりの速さに空中で枝と分かれてしまった。
どつっ、って鈍い音の一つもしたのだろう、矢は見事に庭先へと突き刺さる。
・・・池とか泉が、近くにあればいいのだけれど。


簪を見た。
螢は飛んでいった枝へと目掛け、後を追うように向こうの屋敷へと這入って行く。
段々遠ざかって行く、薄緑色の星の群れ。
純度の高い闇色へと静かに染まり行く、簪。



 「・・・ごめん、なさい・・・」



返せない。
自分には此の持ち主を確かめる事も・・・返す勇気すらも、無い。
黙って持ち逃げ猫糞(ねこばば)なんて、情けない事、悪い事。
でも。


螢の群は完全に彼方の屋敷へ移り込み、辺りを煌々と照らし出す。
星の海。星の森。
真っ暗闇で、泳ぐ其れ。



何となく、持っていたいのだ。
自分にもいつか、向こうの自分のように誰かに素直に接せる事が出来るように、と。
何処か彼(あ)の人に似た、この簪を持っていたいと思うのだ。
自分は、白粉よりも硝煙の匂いで
着飾るよりも、動きやすさの格好で
女としては全然駄目な自分に対してこんな綺麗な簪など・・・屹度似合わないし持っていても場違いなのだとそう思う。

悪い事だと思うのだけれど
矢っ張り・・・持っていたいのだ。



今回あの枝を携えて、螢達を連れてきての行動は
御礼じゃないのだ。
謝罪じゃないのだ。
だから気付いて欲しくも無いし、気付かれたくも無い。
確信が無いのだ。証拠が無いのだ。
自分の筋違いかもしれないのだ。
だから。


簪の持ち主が向こうの自分で、此が意図的だったのならば・・・ありがとうで。
此が意図的で無かったならば・・・返せなくて、我が侭で、ごめんなさい。
もしも此が向こうの十勇士達に全く関係が無い物ならば――――



そこで甚八はほんのちょっぴり考えて

















 「残暑お見舞い、申し、あげ・・・・ます・・・・ました?」
















ぺこり、と屋敷に向かって頭を下げた。







群がる星垂(ほた)る達の中、
異変に気付いたのであろうか、それとも矢音で起きたのか。
からりと何処かの障子が開き、幸村様か十勇士達なのであろうか
誰かの足が、垣間に見えた。





――――――――――――

ますらおが 弓ふりおこし 引き放つ 矢部の川もに 飛ぶ火垂かな



碧使様のあまりの格好良い甚八殿に悶絶し、是非御礼の程をと思ったのですが・・・な、何だかこちらも甚八の一人語りに成っちゃっていますね・・・^^;
おまけに碧使様サイドの十勇士達が出てこないっ!!!(致命傷)

ふおおおおおん次回こそはぁあああああっ!!!(え、まだやる気!?)

済みません;お待たせしすぎな上、こんな益体も無い長い文章で・・・っ;;(アクロバティック土下座)


そして碧使様とそちらの幸村様、十勇士達に、今更過ぎる残暑お見舞い申し上げます☆(真逆の笑顔)


閑話休題

2007年09月14日 | 小説:狐白
















 (どうしよう・・・)


己の手の中に有る二つの物質を見比べて、甚八は非道く困っていた。
弓手(ゆんで)に簪、馬手(めて)に弾。
一つは掌から飛び出す程の、一つは片手に収まる大きさのそれぞれは、どちらもひやりと冷たくて。
繋がる糸が見付からぬ程に、変な組み合わせのその二つ。
ぎゅ、と其れ等を握り締め、甚八はぽつりと呟いた。


 「・・・どう、しよう・・・」


みんみん
じーじー
つくつくほーし


しかしながらも周りには、大音響でも聞いているかの如くの蝉の声。
其れ等が浸す世界の中で呟かれた、甚八の小さな囁き声は
誰にも聞かれる事も無く、唖(あ)っと言う間に蝉と夏の森の中へと蕩(とろ)けて消える。

後に残るは、森の陰(かげ)










沢水に空なる星のうつるかと












みんみん
じーじー
つくつくほーし


大合戦でもするかの如くの蝉が奏でる鬨声(ときごえ)が、頭の芯まで響き渡る。
思考すらも揺さぶられ、茫漠とした白い靄(もや)が掛からんばかりに煩い其れは、止む気配などまるで無い。
別に今、己は森の奥に佇んでいる訳では無いし、山道を歩いている訳でもない。
元々上田は周囲が山麓に囲まれている処なのだ、
だから町とは言え屋敷とは言え、春夏秋冬虫や山鳥の囀(さえず)りなどは何処でも響く。己が住まう草屋敷・・・・元は廃寺(はいじ)だったらしい町はずれに建つこの屋敷かても
其れは例外などでは無く。

なるだけ陽差しを避けた軒、人気(ひとけ)も無しの廊下の縁(ふち)に腰掛けて
ぶらぶら足を動かしながらもう一度、握った両手を開いて見る。


其処には矢っ張り、綺麗な髪挿しと奇妙な銃弾が存在して。  



 「・・・うぅ」



朦朧(ぼんやりと)、しかしながらも困った表情を隠さぬままに再度それらを見比べた。


そもそもの発端は昨日(さくじつ)の事。
所用で出掛け、彼方側へと捜し物をしていた折りの時である。
川の付近で彼此(あれこれ)注意を巡らせて、とある物を探していたその刹那
突如間近で発砲音が轟いたのだ。

相手は相当の手練れだったと言う事か
それとも自分がまだまだ未熟なだけなのか

おそらく後者の理由が大きいであろう自分は其れに大層驚き、慌てて警戒を広げたのだが
しかしながらも、気配は微塵も感じられず、撃たれた筈の跳弾の音すら聞こえない。
何処か遠くで逃げる鳥の鼓翼(こよく)以外、余韻の響きはまるで無く。

暫しその場に留まって周囲を見回して居たのだが
何の動きも見られぬ事に訝(いぶか)しみ、恐る恐る音のした方へと動いてみた。
山賊猟師の類(たぐい)かとも思ったのだが、山賊ならば単独で動く事など稀少であろうし
猟師ならば、わざわざ気配を隠す必要なんて無いだろう。
誰かの悲鳴が聞こえた訳じゃない
動物の倒れる音も聞こえなかった。
そして閑寂(しん)と返った森の中には、血の匂いも一切しなくて。
ならば、己を狙った刺客であるか。
次いでそう考えてはみるものの、自分が居た場所は己の住まう方面などでは無いのである。
自分の姿も素性も名も、知らない者が多い筈のあの場所で己が狙われる事の方が考えにくい。

ならば一体、先の音は何なのだろう。

そう思って成るだけ呼吸も音もしないよう気を付けて
こっそり音の発信地を窺ったその時に・・・・



 ・・・・見付けたのが、此等であった。



みんみん
じーじー
つくつくほーし


 「・・・むぅ」


ころり、と。
軒から脚を飛び出させたそのままに、上体を倒して後ろの廊下へ転がった。
その衝撃でか手に持たれた簪が、綺麗な音でしゃらりと響く。
透明がかった、純白色。
太陽に透かせば仄かに滲んだ橙(だいだい)が、髪挿しを優しい色へと染めた。


何故、髪挿しと銃弾なのだろう。


これが先から己を唸らせている疑問なのだが、どう考えても解らない。
使われた形跡の無い簪は、傷の一つ汚れの一つと見当たらない。
買われた直後の物なのだろうか、それとも大事に扱われてきた物なのだろうか
どの道自分が拾って来ちゃいけなかったのでは、と。
思わずそう思ってしまう程、其れはあまりに綺麗すぎて新し過ぎて。

そして、弾。

まるで見たことも無い其れである。
大きさからして短銃長銃に込める類(たぐい)の物であろうが、形状が何とも特殊なのだ。
伴天連、とか、明(みん)とか暹羅(しゃむ)とか南蛮とか
初めは外来の物だろうかと思ったのだが、十蔵曰く


 “ わはははははッ!!!接合部分付着部分から手作り物だと解るダロウッ!!この愚か者めッ!!!”


・・・と、思いっきり即答で返されたのがつい先刻。
ついでにその時、何故かぐりぐり攻撃付きで怒られたのだが、
何はともあれ、漸(ようよ)う発砲した彼の人物が相当の銃器に詳しい者だと判明した。

そして再び、考える。

焦げた痕跡も見付からず、火薬の匂いもしない弾は未発砲の物で間違い無い。
ならば何故そんな物が、髪挿しと一緒に落ちていたと言うのだろうか。
落とされた物?
捨てられた物?
忘れられた物?

・・・故意に、置かれた物?


 「・・・」


矢っ張り、解らない。


呆(ほう)と透明なる髪挿しを、陽差しの位置から僅かにずらして空へと透かす。
朧な橙は淡く溶け、仄かな浅葱が新しい色へと加わった。

捨てられた物なら、己が拾って来た処で別段支障は無いのだろうけど
もしも此が喪失紛失の物ならば、ちゃんと持ち主に届けなくてはならないだろう。
故意に置かれた物だとしたら、それこそ理由(わけ)が判らない。
生憎自分は育った環境も手伝ってか、女の癖に紅やら紐やら小物やらには明るく無く、値打ちや真価は分からない。

けど、けれどこんなに綺麗で高級(たか)そうな物、もしも意図的で無いならば、屹度持ち主は困ってる。
返さなくてはと思うのだけど、持ち主が誰なのか解らない。
在った場所へ置いておけば良いのだろうかとも思ったが、下手をしたら動物が持って行きかねない。



相当な知識と、銃の使い手の持ち主。
女物の、簪。



誰、なのだろう。




戦或いは命を賭けた闘いに於いての経験者。
女性又は女性に関係する男性。








・・・ん?







がばり、と上体を跳ね起こした。
暑さの所為か、休む事無い蝉の声の所為なのか
軽い目眩と脳を揺さぶられる感覚が鈍い痛みと共に起こるがそんな事はどうでもいい。



 「・・・・・もしかして・・・・・」



みんみん
じーじー
つくつくほーし


相も変わらず周りには、戦場(いくさ)のような蝉の声。
其れ等が浸す世界の中で呟かれた、甚八の小さな囁き声は
誰にも聞かれる事も無く、唖(あ)っと言う間に蝉と夏の森の中へと蕩(とろ)けて消える。




後に残るは、夏の蔭(かげ)



――――――――――――


ひぎゃぁあああああん長くなってしまったので分けまするーーーーっ!!!><;


何で長くなるんだぁあああああ!!!自分っ!!!(涙)


一休み

2007年04月13日 | 小説:狐白


















生き物という存在を大きく分けるとするならば、種類に問わずまず最初に区分されるのが性別という事柄である。
男と女
雄と雌
植物動物そして人。遍(あまね)く生きる存在は、子孫や血筋を残す為に子種を生(う)ませてそして産む。
それは森羅万象の、変わる事なき真理であろう。
そして種族に関わらず多少の差異(さい)と言うものは、差別や偏見などを齎(もたら)す種と成りうるもの。

これも又、生きとし生ける存在(もの)の証、変わらぬ普遍(ふへん)の理(こと)である。







桜が見事に咲いている。
決して濃い色では無い、透いた桃が空の頬をうっすら染めて舞っている。
雪よりも静かに緩慢(ゆっくり)と、紅葉よりも淑(しと)やかに細々(さめざめ)と。
香りは無い筈だと言うに、甘い花香(はなか)が鼻腔(びこう)を擽(くすぐ)るのは気の所為か
薄い若葉、柔らかい色の新芽、雪から這い出た黒い土。
空から土から生き物から、全てが春を告げている。
淡い霞(かすみ)でも張られているのか薄い彩(いろ)の世界の中を、鎌之助は跳んでいた。


 (全く失礼極まりないのよ)


春爛漫なこの盛り。
思わず誰もがにっこり笑いを浮かべそうな景色の中で、しかしながらも鎌之助の表情はどこか憮然とした其れであり、嫋(たお)やかなる肢体を繰(く)って枝を蹴る、その動作は荒々しい。
襟の袷(あわせ)に襦袢の裾に袖中に、はらはら舞っては這入(い)り込む花弁(さくら)も気にせずに、怒ったように唇を尖らせ跳んでいた。


 (闘いもしない内から、みーんなアタシを化け物扱いして!!)


事の発端は戦場での事であった。
敵の軍が鎌之助を見た途端に「化け物が出た」と悲鳴をあげて、蜘蛛の子を散らすように逃げた事。
久々に腕を振るえると期待していた鎌之助としては、相当に遣る瀬の無い出来事であったのだ。


 「大体っ!!!武人の癖に敵に背を向けて逃げるンじゃないわよーーー!!!!!」


堪らず出した怒声の声に彼方此方でばさりと鳥が戦慄(わなな)く気配がする。
・・・が、それも怒りにまかせて凄まじい速度で木々を跳び行く鎌之助には聞こえない。
どう仕様も無く術(すべ)も無く、溜まった鬱憤を晴らすべくに足を動かし身体を動かすのであるが、
矢張りそう簡単に蒼天みたいに晴れはせず。
むかむかと胸も腸(はらわた)も煮える思いを抱きながら、一際強く枝を蹴って何本目かも解らない桜の枝へと着地した。


 (・・・・ん?)


・・・と。
ふと、その影(そんざい)に気がついた。

比較的大きな桜の枝、それも上部に立っている為下界は全て桜の色で覆われている。
ちらほら風に誘われては揺らめいて、薄桃(うすもも)の雲は時折地面を見せるのだが、それでも地面には散った花弁が積もっている為、矢張り全ては桜色。
そんな中、桃色帳(ももいろとばり)が一瞬映した誰かの影。


 (あれって・・・、あっちの鎌ちゃん?)


鍛錬中なのであろうか、軽装のまま自身の得物を振るっている。
少々尖った癖の無い髪に、目元涼しげな鋭い眼。
相当前から此処に居たのか動きに沿って靡(なび)く髪は少々重く、うっすら額に汗もが見える。
風の気紛れと桜の花々の悪戯で、姿はそれこそ隠れ隠れにしか現れないが
それでも誰かが動く気配は、確乎(しっかり)存在しているのであって。

枝に立つ足を宙へと吊し、立ってた枝に腰を下ろしてつとその光景を注視する。
鍛え抜かれて締まった体躯は余分な肉も有りはしない。
筋肉質では無いのだが、だからと言って線が細い訳でも無い。
無駄が無い、のだ。要するに。


 (・・・・いいなぁ)


ぶらぶらと足を揺らし乍、そんな事を考えた。
十二分に戦える、そんな身体を持った【鎌之助】に。
筋肉も確乎(しっかり)ついている。
無駄な肉も無いが為、動きに一部の隙も無い。
体力腕力持久力なら負けない自信はあるけれど、それでも圧倒的に解ってしまう男と女のその差異(ちがい)。
再度柔らかな風が吹いて、下界で動くもう一人の【鎌之助】の姿が見えた。
引き締まった二の腕と、己の二の腕を見比べる。
太さ堅さは言うまでもなく、己の腕はつついてみれば、ぷに、と擬音でも起きそうなくらいに頼りが無い。
加えて戦場に立つ身としては、無駄な肉の極めと言っても過言ではない己の胸。
さらしで巻いてあるにせよ、激しく動く時などには非情に邪魔に成るのである。


 「いいなぁ・・・」


ぽつり、と今度は声に出して呟いた。
動きやすいその体躯
闘いやすい男の身体
何より男は、戦場で手柄を立てれば誉められる。
例え忍びであったとしても、多少の違いはあるにせよ戦忍(いくさにん)なら同じ事。
女に与えられる言葉は、沢山武功を立てたとしても、所詮が『身分を弁(わきま)えろ』だの、『女の癖に生意気だ』など、所謂(いわゆる)侮蔑の言葉である。
別段軽蔑の言葉を言われようが気にはしないが、此度の事があるのである。
尻尾を巻いて逃げられるのが、矢張り一番頭にくるのだ。


鎌之助が化け物と呼ばれる理由。


其れは女の癖にそこらの男達よりも強いから。
他にも詳細(こま)かな理由はあれど、雑把に言えばコレが全ての元であろう。


女の癖に
女だから


だからこそ



 (・・・・男の子が、羨ましいの)



再び風の悪戯で、桜の雲が鎌之助の姿を覆って隠す。
ヒュンッ、と変わらず何かを振るう音からして、おそらく向こうは気付いて居ないのであろう。
それとも、気付いているのに気付かぬ振りでもしてるのか。
・・・どのみち、もう姿は見えないのだからいいけれど。


たんっ、と軽く立ち上がり、近くの枝から花弁の散りきった小枝を探す。
これだけ沢山地面に積もっているのである、見れば春を終わらせた枝もあろう。
そしてその思惑通り、手近な処に一足早く小さな実をつけた枝が存在して。

其処から桜の小粒の実を、一つ摘んで失敬した。
茎の長い、滑(なめ)らかな色の桜の実。
そして其れを握りしめ、来た方面へと戻るべくに枝を蹴る。
蹴ると同時に宙へと翻(ひるがえ)った身を捩(よじ)り、その実を思いっきり下界へ投げた。





八つ当たりが大半と、気付けという意味が少々と
・・・ほんの一抹(いちまつ)の嫉妬を込めて。





投げた先に定めたは、同じ名前の彼(か)の男。







再び桜並木に包まれて、桃色以外は何も見えなくなった己の背後、下よりで
小さく「イテッ!?」と声がした。





――――――――――――

※以前碧使様が才蔵コンビを描いてくださりましたので、鎌之助コンビを書いてみました。

・・・御免なさい;;;碧使様の鎌之助の格好良さがどうにも書き表せなかったです(涙)
と言いますか・・・勝手に書いてしまって済みません(平身低頭)