中世の絵巻物である『春日権現験記絵』には、「番匠」と呼ばれた多くの人びとがさまざまな道具を使って仕事をする風景が描かれています。
その中には、のみ、木槌、指しがね、墨つぼ、などの現在の我々大工も使用している道具が見られます。
木材を運ぶ番匠が口にくわえているのは、「木の葉型鋸」というもので、横挽き(木を繊維に直角に切る)専用ののこぎりで現在は使われていない型のものです。
手前で二列に並んで板をはつっている番匠たちが使うのは「手斧(ちょうな)」です。手斧も滅多に使われなくなりました。
珍しいものでは、これは道具ではありませんが、番匠たちの傍らに積み上げた木材の先端に二つづつ穴が開いているのが分かりますか?
これは「鼻繰(はなぐり)」というもので、縄を通すためのものです。
木を伐採地から作業場まで運搬する際に、筏を組んだり地上を引っ張ったりする時に利用するのです。
木材を加工した後は不要になるので切り落としました。
そして、手斧ではつった後の板をさらに削る番匠たちが使用しているのが「槍がんな」です。
槍がんなは両手で構えて、木に対して刃物を斜めに引いたり押したりして削っていくので、らせん状にくるくる巻きになった独特のかんなくずが出てきます。
今回Y邸の玄関のカウンター板を、古の番匠たちに倣って槍がんなでの仕上げに挑戦してみました。
用意したのは厚みが6センチ、巾が60センチの杉の一枚板。
原版は反りや捻れがあるので、墨を打って丁寧に削り込んでいきます。板の裏側には反り止めのための蟻桟(ありざん)をしっかりと打ち込んでおきます。
こうしておけば、将来板の乾燥にともなう狂いや捻れを防ぐことができます。
さあ、古の番匠たちのようにうまく削れるでしょうか?
普段使う台がんなと同じように、下っ腹に力を入れ、腰を据えて体全体で槍がんなを引いていきます。
槍がんなで仕上げた木肌は真っ平らにはなりません。
手で触ると、でこぼこ、でこぼこと刃の通った軌跡がよく分かります。
しかしそこからは、木が本来持ち備えているぬくもりや輝きが一段と増してこちらに伝わってくるような気がするのです。
番匠の愛用した道具とは、そんな不思議な魅力を持ったものなのです。