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マイケル・グリーンの見解/安倍政権について

2013-01-09 18:50:19 | 政治
「安倍氏のある種のタフさが評価された

――自民党の勝利は、安倍総裁の歴史、防衛、外交に関する考えが支持された結果と考えるべきでしょうか。それとも、他にいい選択肢がなかったため、消去法的に自民党が選ばれたのでしょうか?

安倍氏が自民党の総裁に選出されたのは、外交政策に負うところが大きい。総選挙での自民党の勝利は、有権者が外交政策に関する安倍氏の考えを支持していることを示唆するのだろうか、と問われれば、広い意味ではそうだと思う。

世論調査によると、日本の人々は中国を非常に不安視しており、領土問題に関して、日本に対する中国、韓国、ロシアの屈辱的な動きへの民主党の弱腰な対応に心を痛めている。

安倍氏はある種の強さ・タフさを体現しており、それが支持を得ている。しかしそれは、日本の有権者が、安倍氏の具体的な個々の提案を支持していることを意味するのだろうか。たとえば、韓国との間のいわゆる「慰安婦」問題の解決を図る目的で15年前に発表された河野談話を見直そうという提案を支持しているだろうか。靖国神社への参拝を支持しているだろうか。尖閣諸島に公務員の常駐施設を建設することを支持しているだろうか。私はそうは思わない。

思い出してほしい。石原慎太郎氏が初めて東京都知事に当選したとき、出口調査によると、有権者は近隣諸国についての石原氏の見方を支持しているわけではなかった。むしろ圧倒的多数の人々は、石原氏の断固とした姿勢を評価して石原氏に投票した、と回答していた。

安倍氏の政権復帰は、外交政策に関して断固としたタフな姿勢を支持する幅広い声を示すものだと言えるだろう。対照的に、民主党は、近隣諸国からの圧力に対して弱腰の対応をしてきたように見られている。

――安倍政権は、外交上の具体的な問題に対し、どのように対処するでしょうか? その対応いかんで、日米関係にはどのような影響があるでしょうか。

安倍政権の総選挙での勝利は、河野談話の見直し、靖国神社への参拝、尖閣諸島への公務員常駐施設の建設などについて有権者が支持を表明したものだ、と結論づけるとしたら、それは大きな誤りだと思う。


マイケル・グリーン
CSIS上級副所長/ ジョージタウン大准教授
1961年生まれ。94年ジョンズ・ホプキンス大学助教授。97年アメリカ国防総省アジア太平洋部局特別補佐官。2004年米国家安全保障会議(NSC)上級アジア部長兼東アジア担当大統領特別補佐官、05年より現職
これらの問題について、一般の人々に対し「そこから生じる影響と切り離して賛成か反対か」を問えば、大多数はこのうちのいずれの問題についても、「賛成だ」と回答するだろう。

しかし、「河野談話の見直し、靖国神社への参拝、尖閣諸島の公務員常駐施設の建設は、日中関係だけではなく、日米関係やオーストラリアをはじめとする地域の国々との関係をも損なう可能性がある」と告げたうえで賛成か反対かを問えば、人々はこれらの動きに賛成しないだろう。これが現実だ。

河野談話の見直しと尖閣諸島への公務員常駐施設の建設は、日米関係にマイナスの影響を与える可能性がある。これらと比べると重大さは低いものの、靖国参拝も同様だ。

このような理由から、安倍氏の外交政策アドバイザーたちは、これらを実行することの影響について警告している。悪影響を生むことなく実行できるなら、これらの措置は理屈のうえでは支持されるだろう。しかし、日本の対中国戦略に悪影響を及ぼしかねないという理由から、実行に反対する声が優勢となるだろう。このような考え方と対極にあるのが、菅義偉元総務大臣など安倍氏にイデオロギー的な観点からアドバイスを与える人たちだ。

――なぜ河野談話の見直しと、尖閣問題への対応が日米問題に害をもたらしうるのでしょうか。

米国政府内では、これらの措置は割に合わない、挑発的な動きだと受け止められる可能性がある。尖閣問題に関する日本のアプローチについて、米国政府内で深刻な議論を巻き起こしかねないからだ。

ジョージ・W・ブッシュ大統領が政権の座にあった8年間のほぼ全期間を通して、安倍氏は非常に高く評価されていた。安倍氏は、非常に賢明で戦略的思考に長けた人物として、また日本がオーストラリアやインドなどの民主制諸国と歩調を合わせることの重要性を理解している人物として、正当に評価されていた。確かに安倍氏は、日米同盟の重要性を理解していた。

安倍氏は2006年に総理大臣に就任した際、中国および韓国との関係を改善させた。10年前に米国の政権内にいた人たちは、安倍晋三氏について極めて肯定的な見方をしている。日本の外交政策を極めて戦略的かつ賢明に仕切る人物だったからだ。

しかし、オバマ政権内部の人たちは、安倍氏に関するこのような見方を共有していない。オバマ政権においては、発足当初からずっと、アジアにおける勢力の均衡を重視するグループと、中国との戦略的協力を推進する必要があると考えるグループとが対立してきた。

中国が南シナ海および東シナ海で挑戦的な動きを見せたため、両グループの違いは狭まり、米政権内部では「アジア重視」で足並みがそろってきている。

ところが、尖閣問題については、一方の側を支持するのは挑発的すぎるのではないか、という議論が政権内部にある。

米国が、領土問題については「中立」の立場をとるとする一方で、「尖閣諸島は日米安全保障条約第5条の適用範囲内だ」と明言することについて、オバマ政権内には難色を示す高官が複数存在する。これら高官は中国から、「米国が日米安保条約の第5条に言及することは挑発的であり、米国は中立的立場をとるとだけ明言すべきだ」と告げられている。中国の主張は、オバマ政権内の一部にある程度の共感を呼んでいる。

オバマ政権でも、大きな論争が起きうる

オバマ政権は、安倍氏が非常に戦略的かつ賢明なやり方で、同時多発テロや北朝鮮問題に対処し、日米同盟を取り扱ったことを、現場で目の当たりにしたわけではない。そしてオバマ政権内部では、米国の対中国政策は、東アジアにおける勢力均衡をどの程度重視し、中国を安心させることにどの程度の基礎を置くかについて、意見が分かれている。

そこでもし安倍氏が、たとえば尖閣問題についてこれまで主張してきたことの一部でも実行することになれば、オバマ政権内部で尖閣問題をどう取り扱うかについて大きな論争が起こるのではないかと思う。

そうだとすると、安倍氏を取り巻く外交政策専門家たちは、安倍氏がこれまで主張してきた内容の一部は中国に対する日本の立場を弱くする可能性がある、と忠告するようになるのではないか。

もちろん、安倍氏を取り巻くこの人たちは、中国を喜ばせようとしているのではない。彼らは戦略的なものの見方に長けた人たちだ。日米を引き離しかねない政策を現時点で推進するのは賢明な戦略ではない、とわかっている。

河野談話の見直しは、結果的に中国を利する

また、河野談話の見直しについての議論も、極めて深刻な問題を引き起こす可能性がある。日米韓の三カ国間の関係が悪化すると、北東アジアにおける米国の戦略的立場が大きく弱体化する。

なぜなら、そうなれば北朝鮮に対する圧力が弱まることになり、また中国にとっては、近隣諸国を互いに反目させて分断するという、これまでも使ってきた外交政策上の戦略が、今まで以上に遂行しやすくなるからだ。

日本と韓国の関係悪化は、米国の戦略的政策にとって手痛い敗北となる。

今回の件では、国内政治上の理由から竹島に上陸し、天皇を侮辱した李明博大統領こそ、大いに非難されるべきだ。

しかし韓国ではもうすぐ新しい大統領が誕生する。これは日韓関係を再起動させるためのよい機会だ。それなのに、もし韓国の新政権が発足して最初の数カ月に、日本が河野談話を見直したいという意図を表明することになれば、米国政府は「日本は米国の国家安全保障および日本自身の国家安全保障を弱体化させる方向に進んでいる」というように見るのではないか。そのなれば、中国を、この状況を巧みに利用できる立場に立たせてしまうことになる。

東アジアサミットでは、李明博大統領は野田首相との面談を拒否する一方で、中国の温家宝首相とは面談した。また中国と韓国の外務大臣は共同声明をまとめ、日本が右傾化しているとして懸念を表明した。

これは米国の外交政策という観点からすると、非常に困った傾向だ。日本と韓国は本来同じ側に立つべきだ。

――河野談話の見直し、靖国参拝、尖閣諸島への公務員常駐施設の建設が、結果として、中国を利するとあなたは主張しています。そのことを、安倍氏は十分理解していると思いますか。

私は、安倍氏はこの点を理解している、と楽天的に見ている。

理由は2つある。第一に、それまで内閣官房長官を務めていた安倍氏は06年に首相に就任すると、政治家として成長した。内閣官房長官の立場で追求してきたアジェンダの一部を取り下げた。中国との関係を安定化させ、韓国との関係を強化し、オーストラリアおよびインドとの間で新たな安全保障合意に道を開くスタンスをとった。これらは外交政策に関する大きな業績だった。安倍氏はこの点がよくわかっている。

第二に、安倍氏に助言するアドバイザーには2つのグループがある。一方は、安倍氏や菅義偉元総務大臣を含む同世代のグループで、1990年代に発表された河野談話に憤慨している。彼らは、河野談話はいわゆる「慰安婦」問題を、90年代当時にボスニアで問題となっていた性的暴行と道義上同じだとでっち上げるものだととらえた。こういう文脈で、河野談話は問題視されてきたのだ。

90年代当時ボスニアでは、戦争の道具として性的暴行を利用するという問題が起こっていたが、安倍氏や下村博文氏をはじめとするこの世代の人たちは、第2次世界大戦当時の日本が本質的にこれと同じことをしていたと認める河野談話に、強い憤りを感じた。実際には、この2つはまったく別物だ。ただしその違いは、日本に対する非難を特に軽減するものではない。

現時点で安倍氏がこれらの問題を重視するのは、石原前東京都知事および橋下大阪市長と足並みをそろえたい、右派の中で彼らに出し抜かれたくないという政治的努力なのだ、という解釈もできる。

しかしこの世代の政治家の一部に、河野談話が発表された経緯について強い憤慨があるのも事実だ。これには非常に根深いものがある。

その一方で、安倍氏の周りには、保守的だけれども賢明で戦略的な思考に長けた人たちがいる。元外務事務次官の谷内正太郎氏、自民党の塩崎恭久氏、JR東海の葛西敬之氏などがこのグループに含まれる。

彼らはそれなりに愛国心が強いけれども、特定の行動が国際社会の中で生み出す影響が見えている。また、とりわけ中国に対処するうえでも、積極的に日本の国力と影響を強化しようとしている。

選挙運動期間中というのは特殊な時期だ。右派の石原慎太郎氏や橋下徹氏が注目を集めようとしており、一般の人々は日本がこれまで外国からいいように扱われてきたことに戸惑いを感じ、安倍氏はいまだに河野談話に憤慨している。このような文脈の中で、イデオローグたちが勢いづくのは驚くことではなく、どこの国においても選挙期間中にはよくあることだ。

しかし、いったん政権を担当する側に回れば、戦略的な考え方に長けた人たちが優勢になると思う。安倍氏はかつてそれを経験しており、政権の運営と選挙運動とは違うことを知っている。

とはいえ、私は100%の自信を持ってそうなると言い切ることはできない。今回の総選挙は、日米関係にとって非常に重要な意味を持つ転換期になるだろう。

安倍政権は、鳩山・菅政権よりずっと望ましい

私が安倍氏に期待したいのは、海洋諸国と手を結び、防衛費を増額し、日米同盟を強化し、集団的自衛権の行使を認め、その一方で日中関係の安定化に努めるという戦略だ。こういった戦略は、鳩山政権および菅政権が進めた戦略よりもずっと望ましい。

野田首相自身は、これらの問題について非常に優れた手腕を発揮している。しかし、支持率の低迷と、内部がばらばらな民主党に足を取られて、動きがとれない。

安倍氏にはこれまでとってきた戦略的姿勢を貫いてほしい。中国では、次期リーダーに決まった習近平氏が一貫して、中国の東シナ海および南シナ海に関する政策の背後にいるからだ。これらの政策は、習近平氏と無関係に生み出されているのではない。

習近平氏はこれら政策が導入された当時、中央軍事委員会の副議長を務めていた。個々の戦術上または作戦上の詳細には関与していないかもしれない。しかし一般的に、中国はいわゆる「近海」を統治下に置こうと主張していると言われているが、そこには習近平氏の影が見え隠れする。

しかし習近平氏もまた、現実主義者かつナショナリストであり、しかも戦略的思考に長けた人物だ。

現実主義的で戦略的な考え方をするナショナリストの2人が相対することには、プラスの面もある。いずれの側にも譲歩する余地はなく、したがってある意味ではそれが状況を安定化させる。つまりもし一方が弱腰または予測不可能に見えれば、他方が強い態度に出ようとする。しかしもし双方が同程度にしっかりとした動じない姿勢を貫けば、緊張緩和策を模索するインセンティブが働く。どちらの側も緊張が高まるのを望まないからだ。

ともに海洋を重視する戦略的なナショナリストである安倍氏と習近平氏が相対することで、日中両国は緊張緩和に向けた戦略を指向する方向に動くだろう。

安倍氏がこの状況を有利に展開するには、米国をはじめとする海洋諸国との関係を強化しなければならず、韓国と争うことはできない。

中国政府高官と会って感じたこと

安倍氏は深く、個人的にも河野談話に憤慨している。また安倍氏は、中国は自国が優位に立っていると考えていると見ていて、日本の決意をしっかりと示すためにはさらなる手段を講じねばならないと確信している。

尖閣諸島に施設を建設するという議論は、単に大衆迎合主義から出たものではない。この議論の背後には、中国はここ数年間にわたり自国のほうが優位に立っていると考えている、という見方がある。私自身、中国政府の高官たちとの交流の中で、彼らは実際に中国が優位にあるとの見方をしているとの感触を得た。

安倍氏の言説の背景にあるのは、単なる大衆迎合主義のナショナリズムではない。安倍氏は、一線を画したいと考えているのだ。安倍氏とその周辺の人たちは、たとえば、国が尖閣諸島の所有権を取得しただけでは不十分だと考えている。それに加えて、橋下氏や石原氏との、右派の主導権争いがある。

また別の要因としては、かつて米国政府が北朝鮮への対応に関して勝手な単独行動をとったことがあったが、安倍氏には、そのとき北朝鮮政策に関してブッシュ政権に煮え湯を飲まされたとの思いがある。本人からそれを聞いたわけではないが、安倍氏がこの経験から、自分の意見を貫くのがベストだ、との結論に至った可能性はある。

以上のような理由から、安倍氏が今まで主張してきたことの一部を実行に移す可能性を否定し去ることはできない。」

http://toyokeizai.net/articles/-/12157
http://toyokeizai.net/articles/-/12167?page=1


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