白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

25.Blue in the face

2009年10月25日 09時56分57秒 | 神隠しの惑星
 しばらくして、キジローがぼそっと聞いた。
「ボウズはどこに行ってるんだ?」
「エクルーのこと? 北半球の苗床をいくつか点検して周るって。ガードナー・ロボットとメカニック・ロボットを一人ずつ連れて行ったけど……あと2,3日帰らないんですって」
 キジローはしばらく寝そべったまま、腕にあごをのせて黙り込んでいた。
「どうかした?」
「いや、どうせ、そのロボットどもにもキテレツな名前がついてんだろう、と思ってさ」
「聞きたい?」
「けっこう。遠慮するよ。」
 キジローは、降参というように両手を空に向けた。

「キジローはエクルーのこと、ボウズ(マイ・サン)と呼んでいるの?」
「ああ、まあ、その時々だが……ボーイとかソニーとかバディとか……」
 サクヤは微笑んだ。
「バディ(相棒)というのはいいわね」
「そうだな。いろんなヤツと組んで仕事した事あるが、何と言うか、あいつくらいぴったり息が合うのは初めてだ。打ち合わせなしでもねらいを読んでくれるというか……時々、ちょっと怖いくらいだ」
「あの子もそう言ってたわよ」
「そうなのか?」
「キジローは勘が良すぎる。テレパスでもないのに、って」
「ふーん」
「優秀なパイロットには必要な資質よね。言葉やデータで出てくる前に、状況の先を読んで行動する。でなきゃ、手遅れだもの」

 キジローはごろり、と向きを変えて腕を目に載せた。どうやら、これがダウナーな時のキジローの決まったポーズらしい。
「今日の俺は最低だったな。あんたを怒鳴りつけて、追い詰めて。あんたがやさしいから、八つ当たりしちまった。情けない」
「本当に情けない男の人は、自分のこと、情けないなんて言わないわよ」
 サクヤはキジローの顔をのぞきこんで、微笑んだ。長い黒髪がキジローの頬をやさしくなでた。
「俺が怖くないか?」
「怖い? どうして? こんなにやさしいのに?」


 眠っているものとばかり思っていた。キジローがシャワーを浴びて、ネット・ニュースを調べて戻って来ても、サクヤは同じ姿勢のまま横たわっていた。首を触るとひやっと冷たかった。脈が細い。
「セバスチャン!」
 間髪入れずに返事が返ってきた。
「はい、モニターしてます。ミズ・サクヤを医務室にお連れ下さい」

 治療槽の前から、キジローは一歩も動かなかった。両肘をひざに乗せ、組んだ両手を口に置いたまま、目はサクヤに据えていた。
 セバスチャンがコーヒーを持ってきた。
「ミスター・ナンブ。ミズ・サクヤは時々、こういう深いコーマ(昏睡)に陥りますが、異常ではありません。これが彼女の常態です。我々はそういう場合の指示も受けております。どうぞ、あまり心配なさらないでください」
 キジローがあまりに動揺しているので、ジンとイリスまで呼び出された。
「本当だって。俺も聞いてた。大体、サクヤはふだんほとんど眠らないし、食べないんだそうだ。それで、ひどく疲れたり、ショックなことがあると、冬眠状態になって回復を待つらしい。そういう体質なんだよ」
 キジローは頭を抱えた。
「このまま目を覚まさなかったら、俺のせいだ」
 治療槽の中のサクヤが全裸だったので、さすがのジンにもどういう事態かわかった。セバスチャンにサクヤの服を持ってこさせて、イリスに着換えさせてもらった。
「そんなことないって。いつも、2,3日で目が覚めるらしいし。な、セバスチャン」
「ここにいらしてからはありませんが、以前は3年ほど昏睡したことがあったそうです。でも健康に目覚めました。キジローさん。今はあなたの方が心配です。血糖値が下がっているし、血圧と心拍数が高すぎる。どうぞ、医務室から出て、少し何か召し上がってください」

「イリスがホタルと遊んでいるんだから心配ないって」とジンは言った。イリスは治療槽の中のサクヤをひとめ見るなり「寝てる」と言ったのだ。「ずっと心配ごとがあって、やっと安心して寝てる。3日で起きる」というのが見立てだった。
「とにかく、あんたまで倒れないでくれ。カプセルはひとつしかないし、あれは一人用だ」
 カプセルできゅうくつにサクヤと浮かんでいるところを想像して、キジローは観念した。ゲオルグの用意してくれたコーヒーをすすって、木の実入りのスコーンをかじった。この3,4日で初めて口にするまともな食事だった。
「うまい」
 木の実の滋味が口に拡がって、緊張が解けた。キジローはまた頭を抱えた。
「どうしてもっと早く気がつかなかったんだ。眠ってるとばかり」
「いや、眠ってるんだって。カプセルも必要ないくらいらしいぜ。3年寝た時なんか、どこぞの洞窟で2人で砂に埋もれてたらしいし、その前は、4,5年、小惑星群の間で浮いてたって言ってたから」
「2人でってことは、ボウズもあんな冬眠状態になるのか?」
「ヤツは、付き合ってゴロゴロしてただけだって言ってたけど」
 キジローはまだ片手を頭に置いたまま、ほうーっと息をついた。
「死んだりしないんだな?」
「大丈夫だと思うよ。あのセバスチャンがそういうんだし。変調があれば、イリスに伝わる。セバスチャンは客にウソをつくかもしれないが、イリスはウソをつけないからな」
「私もウソなどつきません!」
 ソファの横のコンソールから抗議の声が上がった。
「客の会話を盗み聞きしているヤツが信用できるかい。どうせトイレもベッドもモニターしてるんだろう?」とジンがからかった。
「……音声は呼ばれた時しか入りませんよ?」
「本当にモニターしてやがったのか。とんだストーカーだな、セバスチャン!」
「ここは私のハウスです。大体、ここは居住向きに設計されてません。ラボ仕様ですから、死角は一切ありません」
 キジローはまた頭を抱えてしまった。




「呼ばれて帰って来てみれば……」
 エクルーはハンガーの上のバルコニーでタバコをふかしていた。
「セバスチャンがサクヤよりもキジローの方が心配だから、戻って来いって言うんだよ。星の裏側だぜ?船で行ってて助かったよ。ヨットだったら丸一日かかるところだ」
「おまえ、タバコ喫ったっけ?」とジンが聞いた。
 エクルーがやさぐれた表情で振り返った。
「うん? ああ、イラついた時だけな。イドリアンとの儀式で必要なんで、肝心なときに咳き込まないように時々喫ってるんだ。サクヤでさえ練習してる。ジンも慣れといた方がいいぞ」
「ふーん」

 エクルーは煙を細く長く吐いた。
「俺が帰って来た時、キジロー、何て言ったと思う? ”スマン”だって。殴ってやろうかと思ったよ。まったく、人がせっかく……」
「お前、もしかしてあの2人を取り持とうとしてるのか?」
「はは、とんだ女衒だね」すっぱー、と煙を吐きながら空を仰ぐ。「仕方ないだろう。俺じゃダメなんだから」
 ジンはエクルーをまっすぐ見つめて言った。
「どうしてダメなんだろう。おまえ、こんなにいいヤツなのにな」
 エクルーは朴訥な言葉に眼をぱちくりさせた。
「はは……ははははははは」笑いながら、エクルーはジンに抱きついた。
「お前こそいいヤツだよ。俺、良かったよ。お前に会えて……」
「そりゃ、ありがとう……おい?」
 ジンの肩に頭を乗せたまま、しばらくエクルーは動かなかった。
「なあ……大丈夫だよ。そのうち、何もかもうまく行くって」とジンは言ってみた。
 エクルーは顔を上げた。
「その根拠のない楽天的な見通しはどこから来るんだ?」
「本当にヤバければ、ホタルが騒いで、イリスが騒ぐ」
「なるほどね……確かに当たってるよ。キジローがしょげたぐらいで騒いでる事態じゃないもんな、今」
「それは可愛そうだろう。キジローはお前らみたいなのと付き合い浅いし……第一……」とジンが言いよどんだ。
「第一、何だ?」
「お前だってしょげてるじゃないか」
「うん。それも当たってるよ。どうしたの、ジン、今日鋭いじゃん」
「別にテレパスじゃなくても、友人がへこんでいればわかるさ」
「じゃあ、友よ、お前もこの悪癖に付き合いたまえ」
 ジンはタバコを1本受け取って、エクルーから火を移した。一息吸って、すぐむせた。
「うへっ、何だってこんなもの喫うんだろうな」
「そうだな。ため息をつくより煙を吐く方が、何か救われるからじゃないか? 火と灰がこぼれ落ちるのを見ながら、そのうち何もかもうまく行くって考えてみるんだよ」



 イリスはこの星に来た時にくらべると、肌のつやや髪の輝きが見違えるようだ。身体つきも少しふっくらして、女の子らしくなってきた。
 サクヤが縫った薄手のエプロンドレス1枚で、ホタルと走り回っている。イリスについてジンのドームに行っていた3匹のホタルは、久しぶりに他の兄弟たちと合流してはしゃいでいるようだ。

「あの子、きれいになったなあ」
「そうだろう」
 ジンがため息をついた。
「お前、あれ、軽いゴーモンじゃないか?」
「何を言う」
 ジンがいきり立った。
「俺はだな、父親のような気持ちでイリスを見守って……」
「ムリすんなよ」
「ムリだよなあ」
 ジンがまた、ため息をついた。
「まあ、ちょっと待ってな」
 エクルーは、クロゼットからエプロンドレスとそろいの布地のケープを出して来た。
「イリス、ちょっとおいで」
 エクルーはイリスの肩にケープをかけて、ちょうど前掛けのように首の後ろで結んでやった。ケープはイリスの両肩から胸の下あたりまできれいなドレープを描いて広がった。
「ほら、きれいだろ?イドリアンの若い女性は、家の中でも必ずこれを身につけるんだ。この刺繍と石の飾りは、サクヤがメドゥーラに習って付けたんだよ。魔除けの意匠なんだってさ。この石はイリスの眼の色に合うからって、グレンのお父さんが拾ってきてくれたんだよ。イドラ特産のヒスイだ。大事に着てくれよ?」
 イリスは大喜びでくるくる回って、ジンに見せにきた。
「うん。よく似合ってる。きれいだ」
 ジンがほめると、イリスは飛びついてジンに抱きついた。
 イリスがホタルにケープを見せに走り去った後、魂の抜けたジンが残った。
「悪い……逆効果だった?」
「いや、助かるよ。要は俺の修行が足りないんだ。近頃、あのコはここんちに返すか、メドゥーラんとこに里子に出すべきじゃないかと考えてるよ」
「ふーん」
「いずれにしろ、あの子にはここの言葉を覚えてもらわなきゃならんし、メドゥーラの家族にもすごく気に入られているしな。泉守りの候補なんだとさ」
「ふーん。でもそうするとさ」
「何だ?」
「ますますグレンと接近するな。あの家族はそういうつもりでイリスに親切にしてるんだぜ。グレンのつもりは知らないが」
 ジンはふぅーっとため息をついた。
「仕方ないだろう。決めるのはイリスだ。俺は年も違うし、言葉も通じない。天涯孤独で、頼れる家族もいない。グレンの一族に迎え入れてもらえるなら、その方が幸せかもしれん」
「ふーん。けっこうまじめにイリスのこと、考えているんだな」
「魔除けのケープなんかつけてもさ、俺が一番悪魔なんじゃないかと思うよ。あのコは安心しきってなついてくれているが、俺の頭の中を知られたらと思うと……」
 エクルーはまじまじとジンの顔を見た。この男はどうしていつまでも学習しないんだろう。
「あのさ、言っとくけど、ホタルが周りにいる限り、ジンの考えなんかだだ漏れだからね」
「え?」
「前にも言ったろう? ホタルは思考を中継するんだ。イリスは全部わかった上でお前になついているんだよ」
「え?」
「勝手にフリーズしてな」
エクルーはジンを残して、温室にイリスを探しに行った。イリスの方が先にエクルーを見つけて駆け寄って来た。



「あんまりジンをいじめてやるなよ。あいつは融通が利かない朴念仁なんだから」
「だが、その気になるのを待ってたら、10年でも足りないだろう?」
「そうかな。時間の問題だよ。陥落寸前だ。あの免疫のない男が、イリスにかかって勝てるもんか」
 イリスがにこっと笑った。
「こんなに美女だってわかってたら、みすみすジンに渡さなかったのに」
 ジンの足音が近づいてくるのに気がついて、エクルーはわざと言った。
「これはケープのおまけ。魔除けの仕上げだ」
 そう言って、イリスにキスすると温室を駆け出して行った。
「あーっ、お前! 何してる!」
「じゃね、俺は北半球のパトロールに戻る。ジンも帰っていいよ。サクヤは明日にも目が覚める。感動のシーンでおじゃま虫になりたくないだろ? あの色ボケには、勝手に苦悩させときゃいいんだ」
 ハンガーに駆け下りていくエクルーに、ジンが追いついた。
「おい! お前、さっきの……」
「気になる? じゃあ、返すよ」
 そう言うと、ジンの後頭部をがっとつかんで引き寄せるとキスをした。
「おまっ、お前……!」
「言っとくけどイリスには舌入れてないよ。じゃあね」

 ジンが呆然としている間に、エクルーのテトラはハンガーを出て行った。ジンは頭をぼりぼり掻きながら、今日何度目かのため息をついた。
「あいつ、何かヤケになってないか?」


 温室に戻ったジンは、イリスの顔をまともに見られなかった。唇に感触が残っている。イリスのくちびるがいつもより赤く見える。
 これってもしかして、間接キスってやつなのか?バカ、何考えてるんだ。
「サクヤは心配ないんだろう? 俺たちも帰ろう」
「卵」
 イリスがぽつん、と言った。
「卵? グラッコの卵のことか? まだ食品庫にあったな。夕飯はオムレツにするか?」
「違う。サクヤの卵だ」
 ジンはカプセルに取って返した。
「セバスチャン! サクヤの断層写真撮ったか?」
「ええ。でも特に異常は……」
「いいから見せてくれ」
 イリスは自分の言葉に切り替えた。
「本当の卵じゃない。身体の一部をちぎり取って作ったような卵だ。でも受精している」
 確かに受精卵らしきものが写っている。まだ着床していないようだが。
「生まれるのか?」
「もちろん生まれる」
「父親は……?」
 イリスが指差した。ジンは動揺した。
「待て。イリス、ちょっと待ってくれ。このことはしばらく内緒にしとこう」
「なぜ? きっと喜ぶぞ」
「まだ無事に生まれるかわからない。サクヤは体調が不安定だし、着床してないし、がっかりさせるだけかもしれない」
 イリスはしばらくジンの顔を見つめていたが、ニッと笑った。
「男の都合はどうでもいい。父親が誰だろうと、重要じゃない。大事なのは子供が生まれることだ。スオミが来て、サクヤの子供が生まれれば、サクヤの星の血がつながっていく」

 拙い連邦標準語を話しているときと、母国語を話しているときで、別人格のように感じてしまう。イリスの母国語で話すときは、ジンの方が不自由な分、気圧されてしまうのだ。
「我々も早く子供を作ろう」イリスが言った。
「今から仕込めば、大崩壊までに多少育つ。乳飲み子を抱いて逃げ回るよりずっといい」
「しこ……仕込む? 誰が仕込むんだ?」
 イリスはじいっとジンを見つめた。
「イヤなのか? なら仕方ない。グレンに頼んでみる」
「待て。何でグレンなんだ?」
「グレンの母上がそう望んでいるから、説得しやすいだろう」
「グレンが好きなのか?」
「好き……いいヤツだと思う。いずれにしろ、あまり選択肢がないと思うが」
 イリスはジンの傍に立って、腕に手をかけた。
「私はムトーがいい。助けてくれたし、親切だ。立派な仕事をしている。ムトーならいい父親になれる」
「ちょっと待ってくれ」ジンは後ずさって、壁際に追いつめられてしまった。
「私のこと嫌いか?」
「待て、ちがう。会ったときから、何てきれいな娘だろうと思ってた。でも年が離れているし、君がなついてくれても、父親かおじさんに対するような気持ちなんだろうと思ってた。イリスに対してそんな気持ちを持っちゃいけない、とずっと自分に言い聞かせていたんだ。今更急にそんなこと言われても……」
 壁をずずっとすべって座り込んでしまった。動揺してまくし立てたジンは、自分が連邦語をしゃべっているのに気づいていなかった。
「イリスはドクターが好き。ドクターは?」
 連邦語で話すと、表情までちがって見える。二重人格なのでは、とさえ思う。
「ドクターはいつもイリスを見ていた。ちがう? イリスのこと嫌い? イリスを欲しくない?」
 ジンは観念した。とんだファム・ファタルだ。ジンは両手で目を覆ってイリスの言葉で答えた。
「イリューシュが好きだ。お前が欲しい」
「ホームに帰ろう」
 イリスはジンの手を取った。




 セバスチャンはカプセルの横に簡易寝台を用意して、キジローに休息を取るよう説得した。強く言われると横になるが、結局眠れずに起き直って、カプセルの中のサクヤを見つめている。そうしてまた一晩過ぎた。
「せめてシャワーを浴びてください。汗臭いのは女性に嫌われますよ」
 口うるさい執事ロボットにがみがみ言われて、しぶしぶバス・ルームに行った。でもサクヤが気になって、申し訳程度にお湯をかぶって急いで出てきた。
 着替えていると、ゲオルグに呼ばれた。
「ミスター・ナンブ、ミズ・サクヤが目覚めます」
 もうカプセルの排水が始まっていた。アームレストとヘッドレストが現れ、温風が全身に届くように少しずつ角度が変わった。
 カプセルから両脚をそろえて優雅に出てくると、サクヤはニコッと微笑んだ。
「キジロー、おはよう。心配かけたかしら」
 言い終わらないうちに、キジローはサクヤに抱きついて声も立てずに泣いた。涙も流さずに泣いた。
 しばらくサクヤの肩から顔を離せなかった。
「ごめんなさい。心配かけて。私もう大丈夫だから」
「本当か。どこか痛まないか。何か喰った方が良くないか」
「本当に大丈夫。今は何も欲しくないし……」
「ミズ・サクヤ」
 セバスチャンがトレイに、ティーポット、カップ2つに水瓜のゼリーを持ってきた。
「これなら召し上がれるでしょう。レィディがお食べになれば、ミスターも少しは安心なさいますから」
「そうね。いただくわ。ありがとう」
 サクヤがお茶をひと口ふた口すすって、ゼリーを口に運ぶところを見届けると、キジローは寝台に突っ伏して動かなくなった。
「この3日ほど、全く眠ってらっしゃらないのですよ。食事もしてくださいませんし。カプセルの前から動いて下さらないので、栄養剤を点滴しまして、こっそり睡眠剤も入れたんですが、ガンとしてお眠りになりませんで」
「そうだったの」
 サクヤはキジローの肩の下に腕を入れて、楽な姿勢を取らせた。
「もう少しでドクター・ムトウの提案を採用するところでした」
「ジンは何て?」
「ショックガンを弱めにして撃ってやれば?と」
「ジンったら」

 1時間もしないうちにキジローはがばっと起きて辺りを見回すと、サクヤの姿を見つけてほぉーっと息をついた。
「キジロー、私はここにいるわ。あなたが眠っている間、今度は私が横にいる。安心して眠って。あなたまで倒れたら困ってしまうわ。さ、横になって」
 サクヤはキジローの手を取って、両手で包んだ。
「どこにも行かない。ここにいる」
 しばらくキジローはサクヤの顔を見つめていたが、ようやくまた眠りに落ちた。
 家族を失って以来、この人は何度こうやって飛び起きたことだろう。何もできなかった自分を責めて、また同じことが起こるのを怖れている。また大切な人間を失うのを。

「差し出がましいとは思いますが、ミスター・ナンブにレィディの体質などを少し……あらかじめご説明さしあげてはいかがでしょう」
「いきなり目の前で起こるのと、ずっと心に準備して待つのとどちらが残酷かしらね」
「ミスター・ナンブがこのように、レィディに精神的な依存をするとは予想外でした。何か対策を取るべきでしょう」
「どんな対策を推薦してくれるというの、セバスチャン?」
「怒らないでください。差し出口は承知の上です。ただ、彼に起こった出来事は私どもで解析しても、あまりにも過酷です。トラウマを癒す有効な手助けがなければ、精神が崩壊しても不思議ではありません」
「でも、例えば私が有効な手助けができたとして、依存させた後見捨てればもっと残酷でしょう?」
「見捨てなければよいではありませんか」
「セバスチャン!」
「申し訳ありません。ここ数日の彼を拝見していてあまりに……痛々しかったものですから」
「わかった。ありがとう、セバスチャン」
 頭部の半球をなでた。
「よく考えてみるわ。私に何が出来るか」






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