白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

24.嵐の夜に

2009年10月25日 09時36分46秒 | 神隠しの惑星
 3年ぶりに会った娘は、見違えるほどきれいになっていた。

 もう記憶にあるぽっちゃり柔らかそうな頬はなく、首も手足もほっそり伸びて繊細な印象をたたえている。たった3年分の成長とは思えない。少なくとも14か15に見える。不自然に強いられて作られた少女の姿が、その少女を生んだ直後に死んだ母親の面影に生き写しで、キジローはショックだった。だが、同時に不思議な満足感があった。思い残すことは何もない。このままキリコに殺されてもいい。
 本望だ。

 本気でそう思っていたのに。
 俺の腕の中でキリコの眼の光が消えた。俺を殺そうとしていたのか、助けを求めていたのか、俺にしがみついていた腕の力がなくなった。

 俺は抱きしめてやることもできなかった。




********************************

 イドラの宙港で、いきなり足止めをくらった。
 強面の武装ロボットが「船籍コードの確認です」と言って、船の車軸に輪留めをかけて強制的に固定してしまった。
「3ヶ月前にコードサインの更新したばかりだ」とエクルーがライセンスを見せた。
「先週、大規模なコード擬装が発覚したため、精度確認させていただきます」
「じゃあ、さっさとやってよ」
「宙港を通るすべての船を拘束して再確認せよ、との命令です。あなた方の船は整理番号135番です」
「明日までかかるじゃん! どうやって帰れっていうんだ」
「搭載している小型船は稼働して下さってかまいませんよ」
 エクルーはため息をついた。
「キジロー、ドームに帰るだろ? ヨット使っていいよ」
「おまえはうちに帰らんのか」
「俺はソーサーで紫川の泉に行ってくる。ゲートが開いてるから、ミナト達と相談してくるよ。何だか事態が加速してる気がする」
 キジローは答えずに、ぼんやりと塔のように尖った頂きの並ぶ脊梁山脈を眺めていた。
「キジロー、どうせテトラは明日まで検査から返ってこない。夕方には嵐が来る。今のうちにさっさと家に戻れよ」
 エクルーは大きな声を出して、キジローの肩をゆすぶった。
「しっかりしろよ。俺がドームまで送っていこうか? おい!」
 額を寄せて、間近でキジローの顔をのぞき込んだ。
「キジロー! 大丈夫か? 自分で帰れるか?」
「あ……ああ。大丈夫だ。ドームに帰る。お前、ゲートに行っていいぞ。でかいカエルどもによろしく伝えてくれ」

 エクルーがソーサーで飛び去った後も、キジローはしばらくぼんやりと山を眺めてタバコをふかしていた。短くなったタバコで指をこがして我に返った。
「ああ……家に帰らなきゃな……」
 ようやくヨットに乗り込んで西の山脈を目指したが、もう磁気が乱れ始めていて、ガイドがまったく役に立たない。
「まあ、まだ明るいし……山を目印にすりゃ行けるだろう」
 ところが、ヨットはマニュアル操作を嫌がって、勝手に狂った磁気情報を従って荒野の真ん中のメサに突っ込んでしまった。
「サクヤに連絡……ムリか……どうするかな……」
 斜めになった船から外に出て、背中をぼりぼり掻きながら、明るい緑色の空を眺めてタバコを2本ふかした。
「そのうち砂嵐も来るな……じっとしてれば砂に埋まる……それもいいか……」
 その時、胸だけ明るい白のクリ色のカイトが低空をひるがえって飛んで行った。
「ああ……でも埋まる前に、もう一度姫さんに会いたいよな。あの花みたいな匂いを嗅いで、髪を触りたい……」
 キジローは座礁したヨットを捨てて、砂漠を山に向かって歩き始めた。足跡はすぐ埋まった。いくらも進まないうちに、砂嵐が襲って来て視界を遮り、キジローの姿をすっかり隠してしまった。





 サクヤはドームで落ち着かずに立ったり座ったりしていた。
 エクルーから「キジローがヨットでドームに向かうから、出迎えてやって」とメイルが来て、もう90分経過している。
 いくら町で何か用事を足しているにしろ遅すぎる。磁気嵐の警報を聞いてないはずがない。

 今回の航海はいつもの情報収集とちがっていた。カリコボが石の子供の思考を拾って、その星の配置からかなり正確にシャトルの現在位置をつかめたのだ。エクルーとキジローは、またシャトルが移動しないうちにその星域に飛んで、肉眼で拝めなくともせめて擬装した船籍コードかソナー・プロファイルでも手に入れられないか、と追ったのだ。レーダーで2機のシャトルを捉えたところで、エクルーが再び子供の悲鳴を聞いた。
”キジローと船の内部に飛んでみる。”
 それ以後一切連絡がなく、相手に探知されるのを恐れてサクヤからも通信を送らず、ただひたすら待った。丸2日待った。追うのに丸2日かかったから、2日は仕方ない。苗床の作業をしながらじりじりして待った。そしてやっと来たのが、「出迎えてやって」というメイルだったのだ。

 とうとう砂嵐が始まった。今夜の嵐はレベル5だ。キジローはどこでどうしているのだろう。町にいるならいい。でも胸騒ぎが止まらなかった。
「セバスチャン、ヨット出すわ」
「レベル5ですよ?」
「30秒に1回、ホーンを鳴らして。低い音で」
「それでしたら、せめてソーサーでいらして下さい。ヨットよりは風の影響を受けにくいですから」
「わかった。もし落ちたらムリに動かずに、嵐が過ぎるまでやり過ごすわ。拾いに来てくれる?」
「もちろんです。バッテリーは、ヒーターを十分に効かせても3日持ちます。けっしてムリなさらないで下さい」
「ありがとう。行って来るわ」





 視界はほとんど2mもなかった。時々、一瞬だけ脊梁山脈のえんとつのようなピークが見える。
 キジローも宙港からドームを目指すなら、この山を目印に進むはず。サクヤは山に沿って南下した。
 気温はもうー15℃だ。もし船が不調で船外にいるなら、キジローは歩き続けようとするにちがいない。意識があれば。眠り込んでしまえばお終いだ。
 今ほど自分にエクルーのようなテレパス能力があれば、と願ったことはない。この視界では、倒れたキジローの上を通り過ぎてもわからないかもしれない。指が震えそうになるのを、深呼吸して何とか気を落ち着けた。

 見過ごすはずがない。だってキジローを見つける瞬間が見える。砂の中、足を取られながら歩いているキジローを見つけて、空中でソーサーのシェードを開け、砂の上に飛び降りる。両手を広げて駆け寄って、両腕をキジローの身体に回して……。
 そこまで考えて、サクヤは赤くなった。どこまでが予知で、どこからが単なる願望だろう。
 気温はー20℃を下回った。日が落ちて暗くなってきた。砂塵に散乱されて、ライトがまったく役に立たない。でも大丈夫。きっと会える。会える瞬間を信じてる。

 30分後ソーサーから飛び降りたサクヤを、両腕を広げて抱きしめたのはキジローの方だった。
「あんた……本物? 夢じゃないのか?」
「本物よ。キジローこそ幻じゃないわよね?」
「夢じゃない。またこの髪に触れた……」


 キジローがガンとしてカプセルに入るのを拒否したので、バスタブにお湯を張って浸からせた。横にゲオルグが立って見張っていた。
「30分は身体を温めていただきます」
「おフロの中で、これをゆっくり飲んで」とサクヤがバターを落としたホット・ラムのグラスを渡した。
「飲み終わったら、ざっとシャワーを浴びて砂を流して。セッケンは使わないでね。凍傷になってるかもしれないから」
「姫さんも砂まみれじゃないか」
「そうなんだけど……」とちらっと隣りのシャワーブースに目を移した。
「大丈夫。のぞいたりしない。このドラム缶に見張られてるから」
 シャワーブースはくもりグラスで、その上間にカーテンまでひいているのにサクヤは落ち着かなかった。キジローの視線を感じる気がして身体が震えてしまう。浮ついている場合じゃないのに。
 深呼吸すると、背をすっと伸ばしてブースを出た。


 小さなダイニングにヒーターを最強にしてかけているので、ムッとして暑いくらいだった。キジローは柔らかいガウンを着せられて、ソファに座るように言われた。
「サーモグラフは正常ね。胸を見せて」
 前と後ろを触診して、皮ふを調べる。指先、ほお、耳たぶ、足の指……ていねいに調べて、最後にサクヤがため息をついた。
「大丈夫。どこも凍傷になっていない。呼吸器も内臓も無事」
 そのままキジローの足元にへたり込んで、両手で顔を覆った。
「良かった、無事で。2度と会えないかと思った」
 キジローはサクヤに手を貸して、自分の隣りに座らせた。
「俺もヨットがぶつかって嵐が始まったとき、このまま砂に埋まっちまおうかと思った」
「どうしてそんなこと」
「でも最後にもう一度あんたに会いたいと思って歩き続けることができた」
 そう言うと、キジローはサクヤを抱き寄せてその肩に自分の頭を休めた。
「キリコが死んだ。俺の目の前で」
 耳元で聞こえたキジローの言葉にサクヤは身体を固くした。
「キリコになら殺されてもいい、と思ってた。なのに、キリコは俺に殺してくれ、と言うんだ。苦しいから、もうつらいから、殺して欲しいと訴えるんだ。俺の首を絞めながら」
 サクヤは涙を流しながら、キジローを抱きしめた。
「俺は何もしてやれなかった。もう1人子供が現れて、俺を撃とうとした。キリコは俺をかばって撃たれた。俺は無傷だった。せめて、キリコの身体を抱いてやりたかった。でも俺は見えない力で吊るし上げられて、指1本動かせなかった。キリコの身体は大きな穴が開いたまま、血の1滴も垂らさずに宙を浮いて運ばれていった。エクルーが飛び込んでこなかったら、俺もあのまま殺されていたんだろうな」
「もういいわ。何も言わないで」
「なあ、ヤツらはキリコの遺体をどうする気だろう。解剖するのか? 脳を取り出すのか? 電極を刺して反応を調べるのか?」
「キジロー! もうやめて。何も言わないで」
 キジローはサクヤの身体にしがみついた。
「俺をつかまえててくれ。埋る。冷たい砂に埋まってしまう。流されそうだ。重い砂が、俺を連れていく……」
「大丈夫。つかまえている。私は温かいでしょう?」
「ああ。あんたは温かい。それにいい匂いだ。柔らかい……あんたは生きている」
「あなたも生きている。大丈夫」





 暖房の効いたダイニングで2人は汗だくだった。
 少しでも身体を離したら見失ってしまうとでもいうように、ぴったりと身体を寄せ合って、さらに必死でお互いを引き寄せ合っていた。痛みにサクヤは身じろぎしたが、それでもさらにキジローにしがみついた。
 この人を失うわけにいかない。流砂に奪われるわけにいかない。朝まで持ちこたえれば、2人で生き延びられる。
 愛し合っているというより、まるでレスリングだった。でも闘っている相手は、”死”だ。絶望に捕らえられないように、2人で闘っているのだ。
 ようやくキジローが落ち着いて寝息を立て始めた時、サクヤは安堵の涙を流した。
 そうして初めて、片割れがなぜ昨夜帰ってこなかったか思い当たって、身体がすうっと冷たくなった。


****************************


 サクヤはラボでシャーレを並べて、組織培養の準備をしていた。アシスタント・ロボットに頼める単純作業だが、細かい仕事をしていると気が紛れた。

 3日前の朝、眠っているキジローを残して、山の北の泉にエクルーを迎えに行ったのだ。キジローと2人きりでドームにいるのが怖かった。でもエクルーはまだ戻らない、と言った。このまま、北半球の泉をパトロールして苗床をメンテしてくる、と言って、サクヤをおいてヨットで北に向かった。いつもは、数日振りにサクヤに会うと、ハグにキスに、と過剰に接触してくるエクルーだが、その朝は肩にさえ触れなかった。それがまた、いたたまれない。

 自分はエクルーに何を期待して、北の泉に行ったんだろう、とサクヤは考えた。
 キジローとのことを怒って欲しい? 祝福して欲しい? 何か安心できることを言ってくれる、とどことなく期待していたのだ。何て甘えた考えだろう。

 ドームに戻ってみると、キジローの姿はなかった。
「ソーリー(すまなかった)」と書いたメモが1枚残されたきり。

 サクヤは2人ともを裏切って、2人から否定されたような気持ちだった。自分は間違っていただろうか。
 でも、絶望に取り付かれたキジローを支えたい、助けたい、という気持ちは本当だった。なのに、この罪悪感は何だろう。

 培地をはった300のシャーレにペトリの着生シダの切片をのせてインキュベーターに入れた。手が空くとまた、堂々巡りの考えに取りつかれてしまう。

 罪悪感……なぜ? 誰に対して?


 サクヤは、ジンの設計してくれた苗床カタパルトの図面をモニターに呼び出した。1辺1mの土の立方体が水溶性ポリマーのコンテナに入っている。土の中には微生物を含んだ腐葉土層と植生の幼生が、数種取り合わせて入っている。湿地用、乾燥地用、林床用、高木の実生と潅木、高地用など30ばかりの種類のコンテナが用意されていた。
 108の苗床ドームからカタパルトで打ち出された土のコンテナは、2体のガードナーロボットに誘導されて着地し、地面に埋め込まれる。ロボットはドームに戻って、次の苗床を運ぶ。180ミリの雨が3日降り続くと表面のポリマーが溶けて、土は大気と触れ合うのだ。環境が合えば、幼生がその土地に根付く。
 108の泉の周囲にどういう配置で、コンテナを植えつけるべきか。地下水脈の流れや、ホタルたちの予測する気候変動を考慮して決めていかなければならない。

 ハンガーではメカニック・ロボットが、ガード-ナーを量産してくれている。少なくとも216は必要だ。惑星全体をカバーして、植え付け、手入れしてもらうには。いろいろ相談した上、ガードナー・ロボットは本体は球体で、細いアームが8本。カニかクモのようだ。意外にもイドリアンには好評で、可愛がられていた。


 植生の組み合わせに没頭していると、エンジンの音に続いてハンガーの扉の開く音が聞こえた。
 エクルー? それにしては、エンジン音が違う。なぜ、セバスチャンが何も知らせなかったのだろう。まさか?

 サクヤはハンガーに続くステップを駆け下りた。メカニック・ロボットが輪止めをかまして、ハンガーの扉が閉じて行くところだった。タラップが下りて、キジローが”タケミナカタ”から降りて来る。
 走り寄ったものの、60センチばかり手前でサクヤの足が止まってしまった。
 キジローが帰ってきた。でも何と言えば、良いのだろう?





 先に目をそらしたのはキジローだった。先に口を開いたのも。
「すまなかった。3日も無断でうろついてしまって……あんたに雇われている身なのに」
「そんなこと!」とサクヤは切り返した。
「そんなこと……関係ないじゃない。とにかく、良かった。無事で帰ってきてくれて……心配したのよ」
「心配? 何の心配だい」
 キジローの声が思いの外冷たいので、サクヤは心臓をぎゅっと掴まれた気がした。
「あなたが……万が一、早まったことをしないか心配だったの。こんな事態にあなたを引き込んでしまった責任もあるし」
「責任! 責任なんかとってもらおうと思ってないぜ」
 キジローは1歩踏み出して、サクヤの顔を正面から見据えた。サクヤは1歩後ずさってしまった。キジローの心の悲しみがビリビリ伝わって痛いほどだ。

 サクヤは目をそらしたまま、しぼり出すように言った。
「私はあなたを利用してばかりだわ」
「別に利用された覚えはないがな」
 キジローの声には嘲るような響きがあった。
「あなたの娘さんを探したい、という気持を利用してアカデミーのステーションを探してもらった。今度は……」
「今度は? 今度は何だっていうんだ。俺は利用されたなんて思ってない。そう言っただろう?」
 キジローは次第に声を荒げて詰めより、サクヤをハンガーの壁に追いつめた。
「俺の娘は死んじまった。俺の目の前で! もう、俺を釣る餌はないわけだ。だから今度は? 自分を餌に差し出したわけか?」
 サクヤは両手で口を被って、目を見開いた。顔を左右に振りながら、後ずさったが背中が壁にぶつかっただけだった。
 サクヤの顔の両脇に手をついて、覆いかぶさるようにキジローは怒鳴った。
「え、そうなのかい? 姫さんよ。この間、俺に抱かれたのは、そういうねらいだったのか、ちくしょう!」
 言い募りながら、キジローは自分でも不思議だった。どうして、こんなに凶暴な気持になるのか。追いつめて、自分は何を聞き出そうというのか。朝目覚めたとき、「エクルーを迎えに行く」というメモを見つけて、なぜあんなにショックだったか、自分でも持て余していた。サクヤの同情を利用したのは、俺の方か? 俺のせいで、サクヤにボウズを裏切らせることになったのか?

「ちがう……」
 サクヤは両手の中に顔を埋めて、つぶやくように言った。
「ちがうわ。あの晩、あなたはあのまま生きる気力を失いそうにみえた。目を離したら、また嵐の砂漠に消えてしまいそうだった。あなたを失いたくなかった。何とかあなたの支えになりたかったの」
 そのまま、ずるずると壁をすべって顔を被ったまま座り込んでしまった。
「自分の身体があんな風に役に立つとは思っていなかったけど、あなたが安心して眠りに落ちた時、私は女に生まれてよかったって初めて思った。本当よ。ただ、そういうことに慣れてなくて、怖くなってしまった。ドームに戻って、あなたが消えたのをみつけた時、どんなに……自分を責めたか。私が……私が迷ったばっかりに、二度とあなたに会えなかったらどうしようって」
 ここまで言うと、両の指の間から涙がぽろぽろ落ちた。
 キジローはほうーっと深いため息をついて、片ひざを付き、サクヤの肩に手をおいた。サクヤはびくっと身体をこわばらせた。
「悪かった。どなったりして。心配かけたのに、すまなかった」
 そのままサクヤの身体を抱き寄せて、自分の胸にもたせかけた。サクヤは身体を固くしたままだった。
「頼むよ。姫さん。粗末にしないでくれ。自分の気持も、他人の気持も。責任だの利用だの、という言葉で片付けるな。もっと、俺らを信用してくれよ。娘は救えなかったが、もうこの件は俺にとって他人事じゃないんだ。俺だって、アカデミーのプロジェクトをつぶして、この星やあの大きなカエルたちを助けたいと思ってるんだぜ」
 サクヤは静かに聞いていた。
「ジンだって同じ気持のはずだ。たとえ報奨金なんかなくたって、今更投げ出したりしない」

 サクヤがいつまでも重心を預けてこないので、キジローは小さく噴き出した。
「姫さん、あんた……何というか処女みたいだなあ」
 サクヤは両手でさっと身体を離して、きっとにらみ返した。まだ少し鼻声で言い返した。
「そうだったわ。つい、この間まで」
 キジローはびっくりして聞き返した。
「この間っていつのことだ?」
 サクヤはハンガーのステップをカンカンと駆け上がりながら、今度はふり返らなかった。キジローは慌てて追いかけた。
「なあ、姫さん、いつのことだって?」
 ハンガーからチューブに入って、温室でようやくキジローはサクヤに追いついて抱き止めた。


 調整室のモニターで、2人の成り行きを見守っていたゲオルグは、セバスチャンに聞いた。
「こういう事態を予測して、ミスター・ナンブの船の到着アナウンスをしなかったのですか?」
「気配りも、執事の重要な仕事だからね」
「私には理解不能です」
「男女の間には予想外の出来事が必要なんだよ」
「しかし、レイディ・サクヤには予想外の出来事などないのでは?」
「相手の行動が読めなくなった、ということは、ミズ・サクヤにとって大事な人間になった、ということなのだよ」
「ますます理解できません」
「がんばりたまえ。私達には考える時間がたくさんあるんだから」
「ひとつだけ、わかったことがあります」
「何だね」
「人間というのは矛盾に満ちた生物なんですね」
「だから愛しいんじゃないか。我々が300年学んでも、あんな不条理は生み出せないだろう」






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