*1
前回に続いて事例を数点記し、まとめます。
帝国主義に走った人々の心に迫ります。
事例E
19世紀フランスの「レ・ミゼラブル」の著者ヴィクトル・ユーゴは1879年、奴隷制廃止記念の祝宴でこう述べた。
「 南下したまえ!
アフリカには歴史がない。
しかしアフリカは世界にとって重要だ。
アフリカに人が住んでいれば、それは未開的野蛮だ。
諸君の抱く過剰なものをアフリカにつぎこみ給え!
同時に諸君のもろもろの社会問題を解決し給え! 」
国内で社会的正義を訴える一方で、非西欧世界に対しては差別的でした。注釈1.
< 2. ニュー・カレドニア >
事例F
1888年に発行されたフランスの植民地について書かれた本から、ニュー・カレドニアの記述を引用します。注釈2.
「この広大な土地で半世紀も経ないうちに人口7万が2万3千人になった。
人口減少の原因はさまざまである。
・・・・
イギリス人、スペイン人、アメリカ人、オーストラリア人たちは植民地占領の当初に原住民狩りをしたが、我々は原住民狩りをしていない。
フランスは・・・すべての野蛮な民族に対して人間的であり、『墓場の上に植民化』しようとするといった非難を浴びることはないだろう。」
事例G
1905年、ある原住民保護の集会で一人のカトリック牧師が言った。注釈3.
「フランス本国で泥棒や盗みは罰せられるのに、遠いアフリカの赤道下の黒人や衣服の違う中国人のところでは罰にならないのか。
エゴイズムによるものがある。
それは理性やキリスト教精神によっては禁じられているものだ。
二種類の道徳がある。
・・・
我々を害するものは他の人々には禁じられ、その同じことがわれわれの得になる時は許されている。
・・・我々の影響圏を拡大し、商品の販路をつくり、植民化し、劣った人種を文明化するなどいっているのだ。」
*3
事例H
1994年刊行の歴史教科書の帝国主義から引用。注釈4.
「このナショナリズムの高まりは、長らく引き継がれてきたヨーロッパ全体の連帯感を損ないはしなかった。
というのは、この感情は世界の他の国々に対する、集団的な優越意識によって醸成されてきた、という部分が大きかったからである。
またそれは、裏返しに、いつの日か、外国の勢力、特にアジアの勢力によって脅かされるのではないかという恐怖心からも強められていた。」
西欧人はなぜ帝国主義に走ったのか?
帝国主義を牽引した人々には経済的・政治的な動機があったとしても、なぜ国民はその収奪行為を許したのだろうか?
私は国民が以下の心理によって罪の意識を回避出来たと考える。
* 西欧文明の優越: 異なる文化・社会制度・風習を低俗と見なす。
* キリスト教の優越: 異教徒への宣教の為には何でも許される。
* 白人の優越: 白人以外の人種をすべて未発達と見なす。
* 異文明に対する恐怖: アジア等の侵略を懸念。注釈5.
* 西欧内の競争心: 競争に遅れると敗者になる恐怖。
これらは当時の状況から生まれたものですが、よくよく考えてみると西欧以外でも起こりうるものです。
要は、よほど自制しない限り何時でも起きることなのです。
次回に続きます。
注釈1.
参考文献「ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ」のp45より.
注釈2.
同上のp174より.
注釈3.
同上のp182より.
注釈4.
同上のp151より.
詳しくは「ヨーロッパの歴史・欧州共通教科書」のp322より。
注釈5.
特に1905年の日露戦争後の日本に対して。