掲載がDVD作成・私事等諸般の事情により非常に遅れましたが、ご容赦を。
四境の役150年を記念して地元有志によって150年事業周東実行委員会を立ち上げ、前山口県議山手卓男を会長、周東文化協会長中部康典らを副会長に、通化寺住職中島知彦(ちげん)禅師(本山執事兼務)・片山通化寺総代らを委員・協力者に「遊撃軍隊士慰霊祭」が平成28年6月11日通化寺において執り行われた。
導師に宇治の黄檗宗大本山萬福寺近藤博道第62代黄檗管長を迎え、内閣総理大臣安倍晋三代理筆頭秘書配川博之・吹田愰(元自治大臣)・山口県知事代理・福田岩国市長らの来賓と河瀬眞人(河瀬安四郎・真孝曾孫)・天野賢輔(安芸志芳堀天野隆重末裔)・小川顯一(遊撃軍参謀小川師人:宮田半四郎曾孫)氏ら、遊撃軍遺族等関係者が多数出席した。
慰霊祭に併せ、「記念講演・芸州口の戦い」(講師:樹下明紀)・「遊撃軍遺品展・芸州口の戦いパネル展」・記念植樹等を実施した。
以下はその式典模様。一部敬称略。
第62代黄檗管長 近道博道
通化寺遊撃軍隊士慰霊祭香語
芸州四境ノ大梅山 峰火丘ヲ照ライシ 遊撃弓をヒク
隊士勇心供養ヲ藎ス 維新大キク開イテ 暁天ノ環(か)ウン
黄檗博道 書
遊撃軍太鼓演奏(高森小学校太鼓クラブ)
150年記念事業周東実行委員会山手卓男 安倍晋三首相筆頭秘書配川博之
福田岩国市長 本堂外の参列者
内閣総理大臣安倍晋三揮毫「高杉晋作遊撃軍激励之地」・除幕式
(左から)
知彦禅師・藤本市議・小川・河瀬・山手・「記念碑」・配川・吹田愰・岩国市長・県知事代理・天野の各氏。
安倍晋三首相は筆頭秘書配川氏代読挨拶のなかで、
「・・・。ここ通化寺は、祖父岸 信介が日本再建連盟を旗揚げした縁の地でもあります。感激無量であります。実行委員会から記念事業の一つ、記念碑“高杉晋作遊撃軍激励之地”建碑にあたり、揮毫の依頼を受け、私は即座に承諾し、先日内閣総理大臣安倍晋三と記銘したところであります。
今、先人たちの成し遂げた偉業を偲び、この熱き思いに心に思い察しているところであり、国を預る者として改めて汗を流す意を強く致したところであります。・・・。」と、メッセージを寄せる。
(注)岸 信介はA級戦犯被疑者を無罪放免され、昭和23年(1948)12月24日巣鴨プリズンを出獄後、通化寺にて玖珂郡・熊毛郡の気鋭の若者を前に再起と戦後の政治・経済再建を決意表明する。1952年4月日本再建連盟創立。
(暫く通化寺に隠棲の説あるが、確認できない)
この際、通化寺にて漢詩三首をものにする。
鬱屈三年 意始メテ伸ブ
還来今日(かんらいこんにち) 萬象新タナリ
誰カ云ウ 國敗レテ山河在リト
満目是正ニ 天下ノ春
通化寺即吟 箕山(きざん:岸 信介号名)
(通化寺蔵)
別の一首、
鬱屈三年 意始メテ伸ブ
環来今日 萬象新タナリ
誰カ云フ 邦國妖雲蔽ウト
満目満耳 天下ノ春
昭和24年春 通化寺即吟 信介 (花押)
昭和初期の通化寺:左から本堂・庫裏・遊激軍記念館
遊撃軍遺族等関係者代表挨拶・河瀬眞人(河瀬眞孝曾孫・河瀬眞孫)
河瀬安四郎曾孫河瀬眞人・松本和子 熊野郁子・小川顯一 河瀬眞人
(宮田半四郎曾孫)
旧天野氏家臣藤井房子・*28代天野賢輔 *第28代天野賢輔・宜弘(たかひろ)
*天野隆重嫡男元明の養子隆重六男元信は萩築城五郎太石事件で熊谷元直と共に一族誅殺され、志芳堀(金明山城)天野氏は断絶。このため、毛利氏防長二州移封により久田・長野を知行する隆重五男元嘉以降の天野氏累代は天野氏姓祖である遠景を初代として累代表記。
天野隆重(天野氏12代・堀天野8代)・天野元嘉(天野氏13代)・現当主天野賢輔(天野氏28代)
野点や檀家の人たちによる茶粥に参列者一同感謝感激。
基調講演「遊撃軍と芸州口の戦い」 樹下明紀(幕末長州科学歴史研究会会長)
遺品展担当の当方は、この講演を聴講出来なかった。残念無念。
「遊撃軍遺品展・芸州口の戦いパネル展」
二重構造の地雷火収納箱 携行用歩兵操典
盗難紛失の遊撃軍遺品類(弾薬箱・砲弾・陣鐘・陣中鍋・陣中守護神等)
遊撃軍附属維新団の陣中守護神(千手観音像)は観音開き笈状の箱に収納。
背中に背負い、弾よけ守護神として戦地を駆け巡っていた。
遊撃軍隊士行進之図複製(高森・正蓮寺蔵)
会場で展示した、「芸州口の戦い」パネル・史料関係はHP「周防国の街道・古道一人旅」に掲載しています。
*その他、記念植樹・第二部の地元愛好家サークル演奏の「大正琴合奏」・「童謡歌合唱」等は割愛掲載略。
今回、四境の役150年を記念して、遊撃軍遺品展会場デモ用と遠来出席の関係者事前案内用にDVDを2種作成する事に。何とか慰霊祭式典までに完成し、展示会場でTV映像を流すことが出来た。
「幕末維新遊撃軍のふるさと高森と通化寺」と「天野氏館跡と(廃)円月寺墓地の遊撃軍神霊」の2枚。岩国中央・周東・玖珂図書館に寄贈したので是非ご覧下さい。
これらは、前年の2015年夏から秋にかけて現地調査・撮影し、2016年3月末完成をメドに作成したもの。寄贈版は式典関係スライドと一部史料を追記したもので、私蔵最終版の-2Ver.程度のものですが一般向け最終版です。
「芸州口の戦い」DVDも作成予定だったのですが、これは今だ手付かずの状態。
「芸州口の戦い」展示用パネル作成のため、苦の坂口・大竹口から小方・松ケ原・玖波・大野・宮内まで、現地踏査にあわせ、DSC・DVC兼用のデジコン撮影を行ったのだが、DV編集はかなりのハード作業。2017年夏ごろまでには何とかしたいと思っているのだがどうなることやら...。
考えただけでもゾオ~とします。
今回、DVD及び各種史料を作成する過程で、河瀬真孝(安四郎)・天野氏(天野嘉言・正世)・宮田半四郎(小川師人)等遊撃軍関係者や、大竹~宮内間の戦跡調査で興味ある事実が多数判明。
これらは、雑録としてのち程HPやブログで逐一紹介を。
本当は、こんな事をしているから、「芸州口の戦い」DVDが手付かずなのです。
河瀬安四郎(河瀬眞孝・石川小五郎)
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