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森崎和江の世界:著作集『精神史の旅』全5巻完結/下 「日本」と「いのち(毎日新聞)

2009-05-26 00:00:00 | その他のニュース
森崎和江の世界:著作集『精神史の旅』全5巻完結/下 「日本」と「いのち」
 ◇「わたし」探しの旅の先に
 1960年代初頭、雑誌『サークル村』を離れた詩人、作家の森崎和江さんは、それでも筑豊に住み続けた。炭鉱の女性たちが、森崎さんを支えた。

 炭鉱の合理化が進むなか、女性たちは<夫(および男たち)に興味を失って、同じ現場で働く同性を愛しはじめました。(略)彼女らは顔をかがやかしたままアトヤマを>(『森崎和江コレクション』第2巻)やるようになる。つまり、かつて男性と坑内に入った女性たちは、再び、自ら外で働き出した。その姿に、森崎さんはひかれた。

 自らは、以前坑内で働いた女性らの話を聞き、それをまとめた。<私は、炭坑労働精神史が書きたかったのだ。それは、地上で生まれ太陽を仰ぎつつ育った人びとが、それぞれの事情で故郷を離れ、地下で働き、人間とは何かを、微光を肉体から発すかの如(ごと)き苦悩でもって現象させているのを知ったからだ。ここにこそ、母のくにありと思った>(第2巻)

 さらに、炭鉱の女性たちと似た輝きを、戦前、海外に売られた女性たちの回想に認める。圧迫された民衆は、<民衆自身による内的開拓を行っていると、私は敗戦ののちの内地の炭坑で感じてきた。(略)からゆきさんはからゆきさん仲間のうちでは自明な何ものかを、外側から判断すれば全面的な奴隷状況下で、はらんでいた>。からゆきさんが<「おんなのしごと」によってはぐくんできたものは、多様な民族の拮抗(きっこう)によって開拓されるインターナショナルな心情世界であったのである>(第3巻)。「あの美しさをどう表現していいか悩み、書き上げるのに5年かかりました」

 『からゆきさん』(76年)で描いた、貧しく、差別され、知性とほど遠いと思われてきた人たちにある「前衛」的な感覚。それが、朝鮮半島を侵略した近代日本ではなく、むしろ森崎さんを育てた「オモニ(母親)の世界」に通じる、もう一つの日本へといざなう。<近代国家日本と一口にいうけれども、そう気やすく統合してしまえぬ精神が、木の根か岩礁のようにこのくににはあり、それはいまでも日本国とは心に一線を引いて生きている思いがしてしかたがないのである>(第4巻)

 70年代後半、日本海沿いに北上して習俗をたどり、北海道の先住民族を知り、岩手の原生林を歩く。こうして、<なんだかやっとのこと、日本の背骨の山嶺(さんれい)へのぼれそうな予感がするなあ>(同)と思えてきた。

 85年には、朝鮮での同級生、金任順(キムイムスン)さんと、42年ぶりに再会した。金さんは、朝鮮戦争中の52年、孤児院「愛光園」を始め、700人の孤児を育てていた。90年に初来日。<金任順さん、ようこそ。言葉にしがたいあなたの解放の年月を、たたかいぬいてくださって、嬉(うれ)しい。会いたかった>(第5巻)。「解放の年月」は、森崎さんが「どう生きればいいのか」と苦悩した年月でもあった。その2人の年月が、交差できる日が来たのだ。

 森崎さんのこれまで約80年の人生は、日本の労働史、女性史、民俗史などさまざまな歴史を横断してきた。それは、単なる土着でも近代的な「自我」でもない重層的な「わたし」を探し、「わたし」を包み込む「いのち」へと至るものだった。

 「(自殺した)弟に『和ちゃんもやっと日本の女になったんだから、ちゃんとしなさい』って、言われている感じがします。命ある限り、東アジアの平和を考えていきたい。日本の歴史の中で一人の女が、こんなふうにしか生きられなかった。そのことを、孫の世代の誰かが、知ってほしいと思います」【鈴木英生】

 ◇抜粋やエッセーで斬新な編集--著作集『精神史の旅』
 今回完結した著作集『森崎和江コレクション 精神史の旅』(藤原書店)は、井上洋子・福岡国際大教授と古書店主の上野朱(あかし)さんが中心になって編集した。上野さんは、森崎さんの『サークル村』以来の友人、上野英信の息子だ。全5巻で、単行本の抜粋やエッセーを個人史に即して並べている。藤原書店の藤原良雄社長が「昔からの読者も手に取りたくなる斬新な編集にしたい」と大枠を決めた。

 第1巻は、朝鮮半島での生活から谷川雁との出会いまで。第2巻は、『サークル村』や炭鉱の女性たちの聞き書き。第3巻は、『からゆきさん』や沖縄、与論島など。第4巻は東北、北海道などの旅。第5巻は、朝鮮半島への旅や「いのち」への思いを集めた。

 井上教授は「時系列に並べたら、森崎さんの精神の歩みがそのまま出た。彼女の物語は、そのまま戦後史の一つの形です」と話す。朱さんも「読者の多くは『切り身』の森崎さんしか知らなかった。80年間の人生が詰まったものが、今回、初めて見られた」と強調している。

毎日新聞 2009年5月26日 東京夕刊





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