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山の神にお供して歩きつづける、ある山のぼら~の記録。ネイチャー、冒険の本もとりあげるよ。

探検家ジョン・フランクリンの生き方『緩慢の発見』

2014-02-15 | 山・ネイチャー・冒険・探検の本

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『緩慢の発見』シュテン・ナドルニー 浅井晶子訳 白水社

Numberの「ブックソムリエ」でたまたまこの本の存在を知った。タイトルからは、まったく想像できない内容。主人公は、19世紀の探検家、イギリスのジョン・フランクリンだ。タスマニアの総督まで務め、サーの称号をもつ。

大変失礼なことにジョン・フランクリンを「緩慢」という言葉をキーワードに読み解こうという試みをしている小説だ。子どものときからどんくさく、のろま。でものろまだけれども、それは思慮深く、慎重な行動を生んだと結論づけている。あくまでこの作家の主観とこじつけだろうけど、読んでいくとジョン・フランクリンはそんな人なのかという気がしてくるから不思議だ。

19世紀の英国といえば、大英帝国の時代。まさに英国全盛の覇権の時代。海外に広大な植民地を抱え、戦争につぐ戦争、そして探検につぐ探検で、世界のあらゆる場所へ英国の力を及ぼそうとしていた。ジョン・フランクリンもその時代の波に飲まれ、トラファルガーの海戦をはじめ、いくつもの戦争に立ち会うという強烈な経験をしている。やがて所属していた海軍での冷静沈着な判断が買われ、北極探検の指揮をとることになる。

北極探検では、北極圏の航行可能な北西航路を見つけ出すことが使命であり、過酷な環境下で生死の境を行ったりきたりする、とんでもない運命に翻弄される。食糧を切らし、連日味もそっけもないコケを採取して食べる。部下が狼の肉といって、別の部下の死体の肉をもってきて、皆それと知らずに食べてしまう事件も起きる。人間、死が目の前にぶら下がったような極限まで追い込まれると、何をしでかすか知れたものではない。

ジョン・フランクリンはその死地から帰還し、体験記を執筆する。あまりの赤裸々な書きっぷりで、自らの弱さをさらけだしたものだから、率直な人徳者という評価になり、ジョン・フランクリンはたちまち有名になった。訳者によると、こうした自分の弱さを認める人物は、英国では好まれるという。日本でも、そうだよね。カッコつけている人は嫌われる。

この後再びジョン・フランクリンは、還暦を超えたにもかかわらず北極へ旅立ち、その途上で死を迎える。過労死なのか、天寿をまっとうしたのかはよくわからないけれども、死の予感はあったような気がする。このとき「緩慢」の人生のなかで初めて、「性急」な人生を送ったのかもしれない。

ちなみにこのときに編成された探検隊は残念ながら全滅している。それから160年余り経ち、日本人探検家の角幡唯介氏は、この悲劇的な結末をたどったフランクリン隊に興味をもち、その軌跡を追いかけた。その顛末は『アグルーカの行方』という本に記されている。たぶん。たぶんというのは、じつは積読になっているからだ。この『緩慢の発見』のおかげで、『アグルーカ』はすぐに読みたくなったし、読まなくちゃなあと切迫した気分になった。「緩慢」からの脱出だ。

緩慢の発見 (EXLIBRIS)
クリエーター情報なし
白水社
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