92の扉

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「クライマーズ・ハイ」

2008-08-02 | 映画・音楽・書籍等
 人はどう「クライマーズ・ハイ」になっていくのか。それによって得るものと、失うものとは…。




 今日は久々に映画館での映画鑑賞。この夏の話題作のひとつ、「クライマーズ・ハイ」(goo 映画)を観に行ってきました。

 この映画で大きなウエイトを占めている日航機事故には、リアルタイムでの記憶があります。8月12日の夜というのは、例年ペルセウス流星群が極大になる頃合い。この事故があった日の夜も、ラジオを聴きながら実家の近くで星空を眺めていたのですが、淡々と読み上げられる搭乗者名簿の膨大な人の名前に、戦慄を覚えたものです。

 そして、その印象が強烈だったこともあるのか、うちの書棚にはかつて古本屋さん等を巡って買い集めた、例えば柳田邦男さんの「死角 -巨大事故の現場-」等や朝日新聞社の「日航ジャンボ機墜落」といった書籍が並んでいたりするので、この映画も気になる存在でした。

出稼ぎ拠点の書棚より


 あらすじとか、一般的なコメントは各方面で出ていると思いますので省略。ウチにとって印象的だった部分などをいくつか書き留めておくことにしましょう。
(以下、一部ネタバレを含みます)



■ 日航機事故の映画?

 ポスターを観て存在を知ってから気になっていたこの映画。実は原作の小説も読んでいなければ、TV ドラマも観たことがなく、この映画の事前情報も僅かに予告編を少し見ただけの状態だったので、てっきり「日航機事故を題材にした映画」だと思っていました。

 でも、実際に観てみると、少し意味合いが違ったような印象を受けたのです。

 この映画では、日航機事故の経緯や原因分析については、殆ど出てきません。また、取材対象が殆ど登場せず、画面には出てきても殆ど台詞がありません。あくまで主人公・悠木和雅や、悠木の所属する「北関」(北関東新聞社)の主観・目線に軸足が置かれていて、他者の視点が極端に少ないのです。

 従って、実感としては「日航機事故を題材にした映画」ではなく、「未曾有の大事故に直面した新聞記者(あるいは新聞社)の想いを綴った映画」であり、その背景として日航機事故があったに過ぎないように思えたのです。

 もちろん、そのことはこの映画のマイナスではありません。小説や長編ドラマならば、日航機事故そのものや北関以外についても盛り込んで厚みを持たせることもできると思いますが、映画という枠組みを組み立てる中で、監督や脚本家が取捨選択した結果でしょう。

 その結果、見事に新聞社の内情が(架空の新聞社で、いくらかのデフォルメはあるであろうとは思うものの)鮮やかに描き出すことに成功しているように思います。

 ただ、少し期待するとすれば、今回は「取材する側」のストーリーに絞って映画を作られたので、次回は(題材は違っても構わないのですが)「取材される側」に軸足を置いたストーリーの映画も観てみたい気がします。



■ 成功と失敗

 いくつもの印象的な場面がある映画ですが、中でも自分の仕事と重ね合わせて含蓄を感じるのは、深刻な対立を生んだ悠木と社会部部長・等々力庸平の手打ちのために仕組まれた酒席で、悠木が言う台詞ですかね。

 「『大久保・連赤』で全国紙に勝ったと言っているけど、実際に勝てたのは序盤だけ。あとはジリ貧で負けたのに、その事実から目を背けて何の反省もない」

 正確な言い回しではないと思いますが、そういった表現で『大久保・連赤』世代の等々力部長の逆鱗に再び触れることになりました。

 実際、仕事においては成功体験も大事ですが、失敗から得られることもバカにならないものです。敗因を分析して問題点を洗い出し、その対策を打つからこそ、再発防止も図ることができる。

 ところが、概して失敗事例は反省もなく忘れ去ったり、隠して闇に葬ろうとしたりすることが多く、せっかくのステップアップのチャンスを逸することが多いものです。

 失敗を失敗と認めて向き合うところから、次へ向けての取り組みが出来るのではないでしょうか。


 ちなみに、この映画の終盤ではスクープを巡っての「クライマーズ・ハイ」に向かっていくワケですが、恐らくあのスクープを紙面に出していれば、一時的には「勝利」を掴むことができたかもしれませんが、結局は『大久保・連赤』の轍を踏むことになったような気がします。


 もうひとつ、終盤にしばしば登場する「チェック、ダブルチェック」という台詞。うちの職場では「クロスチェック」という表現で使われる考え方ですが、これをきちんとやるかどうかで、成果物の品質や作業品質に大きな差が出るんですよね。

 手間も掛かるし時間も必要になることではありますが、こういう観点はきちんと持っていたいものです。



■ 2つの大きな時間軸

 この映画の表現上の手法で面白いなと思ったのは、大きく現代(2007年)と日航機事故当時(1985年)という2つの時間軸があり、それをフラッシュバックさせている点でしょう。

 しかも、その2つの時間軸それぞれで、思い出として語られる内容や回想シーンがあって、微妙に枝分かれしており、観る人を惹きつける一方、観る人によっては難易度が高く感じる面もあるような気がしました。

 それぞれの時間軸には、悠木を「引き出す」パートナーとして、現代には山仲間の故・安西耿一郎の息子・安西燐太郎、日航機事故当時には県警キャップ・佐山が大きな役割を果たし、ストーリーが展開されていきます。

 情熱的ながら沈着冷静を旨とする悠木ですが、実は彼もまた「クライマーズ・ハイ」の中にありました。現代では燐太郎のアドバイスが耳に入らなくなり、日航機事故当時も板挟みや究極の二者択一の局面の中で。現代での谷川岳のクライミングや、日航機事故当時での北関に置かれたままだったザックが、それを象徴していると思います。

 でも、それに加えて悠木はもしかしたら、2つの時間軸を越えた「クライマーズ・ハイ」にも入っていたのかもしれません。悠木の息子・淳(←字は合っているのかな?)と離れて暮らすことになってしまった頃から、ニュージーランドで再会するまでの、長い長い時間に渡る「クライマーズ・ハイ」に…



 余談ですが、日航機事故の原因について、映画では佐山の口を借りて「出来過ぎている」と言わせ、エンドロールでも「事故原因には諸説あり、再調査を望む声も多い」(←微妙に表現は違うかもしれませんが)というメッセージを入れています。

 もしかしたら、日航機事故について最も真に迫っているのは、実はこの部分だったかもしれません。




 この映画を観るにあたっては、とある方々のご厚意が大きな後押しとなってくれました。いやぁ、ありがたいことです。



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日の出工房:「『クライマーズ・ハイ』(監督:原田眞人)」(2008-08-15)

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4 コメント

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ドリンカーズ・ハイ (ゴマ@日の出工房)
2008-08-15 16:17:33
 人はどう「ドリンカーズ・ハイ」になっていくのか。それによって得るものと、失うものとは…。(笑)

 …なぁんてことを思いながら読ませていただきましたよ。「大久保清事件」と「連合赤軍」で地位を得て十数年も食い続けていた上司と、「日航機墜落事件」をようやく巡ってきたチャンスととらえた悠木や佐山らの世代間抗争といった視点で見ると、より現代的なテーマに沿った見方ができるかも知れませんね。

 原田監督の映画は確かに捉え方が難しい部分もありますが、DVDになったらもう何度か見直したい映画ではあります。

 では我々は「ドリンカーズ・ハイ」を合言葉に松本の街に挑みますか。(爆)
返信する
■ ゴマ@日の出工房 さん (kuni@管理人)
2008-08-16 03:44:20
「ドリンカーズ・ハイ」というレベルより、もう「ドランカーズ・ハイ」かも…(汗)

妙な合い言葉が流行りそうっすね(苦笑)


> 世代間抗争

そういう面も色濃いですよね。

ただ、密かに等々力部長と悠木の関係性には注目しています。

ある意味、仕事上では最も本気でぶつかり合えるハズの相手なのかも、という気がしました。ただ、幸か不幸か、両者とも歪んだ「ハイ」にしかなっていなかったような。

ちゃんと「ハイ」になる。それも大事な合い言葉かもしれませんよ(笑)
返信する
映画は未見ですが (nov_rain)
2008-08-19 21:22:36
私は原作を読みました。

横山秀夫の作品は、重厚な人間関係に特徴があると思います。多くの作品において、短気で下品なたたきあげ、権力にしがみつくエリート、ニヒルな職人気質が登場し、情報戦や足の引っ張りあいを繰り広げます…。
思わず「ちゃんと仕事をしなさい!」と言いたくなりますよね。本を読むなら、そんなキャラの書き分けが最も見事な『震度0』がオススメです。

ご存知かもしれませんが、『クライマーズ・ハイ』は、横山秀夫がかつて新聞記者だった頃の体験を小説という形でまとめたもの。彼にとってはこの作品こそが日航機事故の全てなのでしょうね。
返信する
■ nov_rain さん (kuni@管理人)
2008-08-20 02:36:23
なるほど、そのうち原作や『震度0』も読んでみたいです。

ただ、近年めっきり本を読む時間が減ってしまって…。そういう、まとまった時間を確保できるようにならんといけませんねぇ(苦笑)


> 情報戦や足の引っ張りあい

小さなプロジェクトだと一人で何役もこなす必要がある(と言うか、そうしないと回らない)だけに、そんなことをしているヒマが無い(もしくは、されたら勝手に代行するだけ?)ように思いますが、大きなプロジェクトだと縦割りというか縄張りというか、まぁイロイロ疲れることがありますねぇ

『ちゃんと仕事』というのが、実は一番むつかしいのかも…(苦笑)


> 彼にとってはこの作品こそが日航機事故の全てなのでしょうね。

だからこそ、の観点も多いんでしょうね。

映画では、そこへ更に原田監督の思いも凝縮されているものと思われますよ。
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