小説です

読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第3章 4)

2017年07月15日 | 小説

   来栖が大木から聞いた友紀の病状は予断を許さないものだった。友紀に対する現在の診断は、比較的重度の貧血で、本人には告げられてはいなかったが、再生不良性貧血や、この物語が始まる一年前に死去した、北里とも親交のあった、彼女の兄と同じ急性白血病の疑いもあるとのことで、友紀はN町の総合病院にその夜は仮入院することになった。この後、N町の総合病院の医師が紹介状を書き、東京の近県にある彼女の家から近い、専門医のいる病院へ入院することになるので、友紀の母が近々、友紀を迎えにN町まで来ることになるだろうとのことだった。
   大木の話では、友紀の早期回復を心から祈るが、県の教育委員会とも連絡を取り、まだ専門医の診断が出ないと友紀の回復はどれくらいかかるかわからなかったが、とりあえずは来栖一人で高学年と低学年の両方を受け持ってもらい、実際は李玲玲が低学年のフォローを重点的にやることになるだろうとのことだった。なお、李玲玲は子供のころ来日し、日本で育ち、日本の大学を卒業して、教員免許を取得し、補助教員となっていたが、現在、日本国籍を取るため帰化申請中とのことで、日本国籍取得後は採用試験を経て、正式の教諭となる可能性があるとのことだった。しかし、黄道の会の第一層の高位の指導三級の李玲玲であったが、来栖や友紀のときのようにY村の面接を受けて内定してから、一次試験で落第点を取る場合以外は採用が前提で、H県の教員採用試験を受けるという特例の適用はなかった。
   来栖は受話器を置くと、この村に来てからはお互いに教育に対する熱い理想を語り合い、共に分校の児童の教育に心血を注ぎ、同志のような存在の友紀の重い病状に強い心の痛みを感じていた。また、来栖は決して黄道の会に入会したことを後悔することはなかったが、黄道の会の入会にあたっては、欧開明への崇敬の思いが深い、彼女の強固な信仰心の感化を受けたことは間違いなかった。
   自分の部屋に戻ると、来栖の母がテレビでニュースを見ていた。
「……教祖がつかまって、本当によかったね……これで信一がいるこの村も普通の村になるだろうし……」母は来栖に語りかけた。
   来栖は無言にならざるを得なかった。その深遠な教えにより、苦しむ人々に人生の意義や生きる喜びを与えると共に、人々の安寧と幸福を祈り、世界平和を希求する黄道の会に間違った観念を抱いている母に反論したり、いろいろ言いたかったが、亡くなった来栖の父と同じで、新興宗教は皆、まやかしで、いかがわしく、入会する人は一般社会の普通の人と違う、特別な人で、自分の子どもがそのようなことにかかわることは、ほんの少しでも許容できないであろう、自分の母を説得したり、黄道の会に対する理解を得ることはたいへん容易なことではないように来栖は感じていたからだった。
   テレビの画面の中では、ニュースの男性アナウンサーが最近、報道特番で引っ張りだこになっている警視庁の元刑事の洲本孝三郎に尋ねた。
「洲本さん、今回、黄道の会の欧開明教祖、本名李光逸への事情聴取ですが、焦点はどのようなものでしょうか?」
「……黄道の会に対する警察の焦点は、まず第一に、行方不明となっている黄道の会の外国人を含む関係者三名の所在について……二つ目は修行中において、一部の信者に違法なドラッグを使用させた疑い、そして、三つ目は、これは現在明確な捜査対象とすることができませんが、核戦争に対応するためのシェルターに備蓄する、またはシェルター内での生産に必要とされる、多量な物資の購入――その中には、彼らの経典にある『最低限の防衛装置』――これは黄道の会傘下の企業が現在各種製造許可を申請中の催涙ガスや麻酔ガスを指しているようですが、その化学原料および精製装置の購入――これらがテロに使われる可能性はないかどうか……そして、ここに来て、Y村に住む精神に障害のある女性に対する欧開明教祖の婦女暴行容疑が浮んできています……」洲本は答えた。
「……その婦女暴行容疑は今まで聞かなかった案件だと思いますが……」アナウンサーは洲本に更なる説明を求めた。
「……警察はある目撃者の証言から、欧開明教祖がY村に住む精神に障害がある女性に暴行を働いた疑いに対する取調べを始めようとしています。また、これについてはその女性が自分一人で出産して、遺棄したと思われる嬰児の遺体の捜索が始まっています……」洲本は状況を説明した。
「……恐いねえ……黄道の会は。……教祖は見たこともないような、いい男の美男子で、みんな、こういう宗教をやってなかったらよかったのにねえ、と言っているくらいだけど……お前は関係なくて本当によかったよ……」テレビを見ながら、来栖の母はそう言うと、息子の方を見た。
   亡くなった父親似で、よく西アジアの外国人と間違えられる、いわゆる「濃い」顔の来栖は、ついに意を決して自分の母に語りかけた。
「……お母さん、話したいことがあるんだ……」
「何だい?急に……」来栖の母は驚いて、息子の顔を覗きこんだ。