小説です

読者の皆様を惹きつけるストーリー展開でありながら、高尚なテーマを持つ外国の小説みたいなものを目指しています。

村 (第1章 17)

2013年07月21日 | 小説

 金村勘吉の逮捕と時間が前後するが、火事のあった翌日、来栖と友紀は大講堂を訪れていた。その日は大講堂内の多数ある分室の一つで子供たちが参加する「童会(わらべかい)」があり、友紀に誘われ、来栖も初めて大講堂を訪れたのだった。
 養老院の老人たちはまだ、そこにいた。数日後手配が済めば、町のいくつかの老人ホームに老人たちはそれぞれ分散して住むことになっていたが、まだこの大講堂を仮の住居としていた。カーペットを敷き詰めた大広間では所々、間仕切りと簡易ベットが置かれ、寝ている老人の姿もいくつかあったが、寄り集まり、ひそひそと雑談をしている老人たちの姿もあった。
 大講堂の北に面した側にステージがあり、鳳凰の姿をかたどった大きな絵が壁に描かれ、祭壇のようなものが設けられていた。
 そこは来栖が、つい一昨日の夜、見た夢に出てきたあの天井から吊り下げられた、鐘のようなものにぶらさがる人の群れを見た大広間の場所に似ていた。しかし、はっきりとこの場所だったとは、言い切れないのだった。
 子供たちは小学六年生を筆頭に九人いた。六年生の女の子が一人、五年生の男の子と女の子が一人ずつ、四年生の男の子が三人、三年生の女の子が二人、二年生の男の子が一人だった。
 大講堂の分室はそれぞれ黄道の会の発祥地とされる中国大陸にある名所旧跡の名前が冠されていた。今回の「童会」の開かれる部屋は「泰山」の間だった。コの字に並べられた長テーブルと折り畳み椅子が置かれた以外には、OHPの装置とスクリーンがあるだけの簡素なたたずまいだった。
 鳳凰の絵を背にして撮られた、眉目秀麗の欧開明の中国の道服をまとった姿の写真の小さな額が、この部屋のメインとしてでなく、何か部屋の装飾のアクセントであるかのようにひっそりとかけられていた。これは欧開明自身は、個人崇拝されることをあまり望んでいなかったせいで、このような欧開明自身の気持も鑑み、また黄道の会の人々の欧開明に対する抑えられない崇拝の念の発露の中間を取った折衷案の結果かもしれなかった。
 あと数分で、土曜の午前九時になろうとしていた。来栖と友紀は子供たちとお互いに自己紹介をしあい、明るい性格の友紀の醸し出す、活気によって盛上っていた。
 八雲が結束された本と資料をかかえて、急がしそうに部屋に入って来た。
「おはようございます」と八雲は皆に一礼したあと、本と資料を子供たちや来栖と友紀に配り、OHPの準備を始めた。
 OHPが光を投影しないので、「あれ?……」と八雲は首をひねり、装置のスイッチやコネクター等、あちこちいろいろいじっていたが、ついにあきらめ、助けを求めに部屋を出て行った。
 八雲が出て行ってから、少し経ったのち、ドアをノックする音とともに、一人の若い、容姿の優れた、背の高い女性が入って来た。皆に会釈して、スクリーンに近い前の方に腰を下ろした。
 来栖は不思議な感覚に捉えられていた。その女性とは初めてあったにもかかわらず、以前どこかであったことがあるような感じがするからだった。しかも、それはかなり以前ではなく、最近のことであるようにも感じられた。
 八雲が事務室の職員を一人連れて、入って来た。
 友紀と子供たちは相変わらず、明るく談笑していたが、八雲がその女性を目にすると、ちょっと一瞬ぎょっとするような、身体を引くような動作があったのを、来栖は見逃さなかった。
 やがて、八雲が事務室の人の助けを借りて、OHPの光が正常に照射されるのを確認することができると、事務室の職員は一礼をして、「泰山」の間を出て行った。
 八雲が向き直り、皆に語りかけた。
「みなさん、お待たせして、ごめんなさい。では、これから童会を始めます。分校の先生として赴任された、来栖信一先生と三輪友紀先生も参加することになり、先ずはみなさんに自己紹介をと思ったけれど……」突然、子供たちの中でどっと笑い声がした。
「そうか、もう自己紹介はしたかもしれないけれど、もう一度皆の前で、正式に、一人ずつ立ち上がってやりましょうか?……その前に、ぼくは村役場で働く八雲です。ここは小さな村なので、なんでもしなくてはいけないので、村役場のなんでも屋です。よろしくお願いします……」八雲は続けた。
「そして、みなさんに先ず紹介しなければならない、わたしたち、黄道の会から来たお姉さん、指導三級の李 玲玲(リー レイレイ)さんです」
 紹介された、長身の若い女性は立上り、皆に一礼した。
「リー レイレイです。本当はリンリンと言います。よろしくお願いします」
 まったく日本人と変わらない、外国人の訛りの無い発音で、ゆっくりと彼女は皆に語りかけた。ざわついていた子供たちがしーんと静まりかえった。