京セラドーム大阪で先日あったプロ野球オリックスーロッテ戦を、オリックス側の1塁側内野席で見ていたら、後ろの4人組の中年男性がビールを飲みながら、盛り上がっています。4人ともテニス愛好家で、「あっ、エラーした」「ここで打たなきゃ」と叫び声を上げる一方、「Aさんのテニスはのびしろがないと思っていたのに、最近、うまくなってびっくり」と一人が言うと、別の一人が「週4日、テニスコートに来て練習しているよ」と返します。
「Bさんはまた、6万円のラケットを買ったそうだ」「あの人はタオル販売店を経営していて、お金を持っている。ラケットの収集が趣味なのだ。もっと練習した方がいいのにな。高いラケットが泣いているよ」
話が会社のことに飛ぶと「Cさんはゴルフに行く上司の送り迎えをしている。あそこまでやらないとえらくなれないよ。俺にはできないが」「上司と花見に行くとき、会社の女の子に声をかけ回って集めてくるしな」「上司は選べないから。できの悪い上司と仕事の板ばさみで、うちの職場では、うつ病患者が増えている」
野球そっち抜けで、会話が広がっていきます。「野球を見ている観客の半数は、酒を飲みに来ている」「京セラドームは3万5000人入るというが、今日の観客は1万人くらいかな(公式発表では、1万6000人)」
55歳で独身という一人が「60歳で定年になったら、5000万円の貯金があれば、老後は安心というが、年収400万円の俺では、とても貯まらない」「大腸がんになった友人がいるが、手術したりして何百万もかかったというぞ」「そう、健康は数千万円の価値がある」
確かに「人生にとって、健康がすべてではない。しかし、健康がなくなると、すべてなくなる」といいますから。