椎ノ木荘の庭のケヤキに、クマゼミの抜け殻がびっしりと付いています。
去年ここへ来て驚きました。庭土はポッカリと穴だらけ。そして暮色に包まれる頃に、穴から出でて、神秘の脱皮を始めます。 さてセミの抜け殻とはいかにも無骨。源氏物語の空蝉と申した方が、心惹かれるものを感じてよいのではないでしょうか。
あなた達(セミ達)は、地中にあって七年もの闇の生活をするのですね。そして強い意志と目的を忘れず、しっかりとこの地上に這い出し、露命の恋に酔いしれます。
あなた達は素晴らしい。暗闇で静謐で、その中にたった一人で孤独に生きてきました。見上げたものです。大したものです。
翻り、吾人は七年の歳月にも殆ど進歩というものがありません。無駄に時を費やし、嘲罵し、いがみ合い、阿諛し、惰弱でいつも遅疑逡巡してばかりいます。
それにつけ、あなたの抜けた殻は、まるで武者の鎧のように凛としています。無言で虚心、閑雅で土が付着する殻は誇らしくもあります。
秋風が椎ノ木のケヤキの葉を散らすとき、あなたの残した殻は源氏の空蝉への想いのように、心引く季節の移ろいに一夏の甘くはかない夢を追いながら、来る年も来る年もその形骸を残すのでしょうか。