大阪城での四季のうつろい

相棒や友人たちとの日々の行動を記録するため、2005年(平成17年)リタイア後ブログをはじめました。

比叡山東塔地区

2017年07月19日 | 史跡
昨日、高大歴考同窓会にて比叡山へ。

参加者9名例によって早めの集合、大阪駅10時15分発、大津京駅10時55分着。
迎えのバスで眼下に琵琶湖を望みながら比叡山延暦寺会館へ。

以前西塔地域での体験修行を思い出しつつ昼食の精進料理を頂いた後、ボランティアガイドのご案内で伝教大師最澄が延暦寺を開いた東塔地区を巡ります。

麓の坂本から徒歩にて上ってきた時の入り口にあたる文殊楼(重文)へ。
文殊菩薩を祀ってあることから文殊楼と呼ばれ、現在の建物は寛文8年(1668年)焼失後すぐに再建された。

延暦年間に創建された根本中堂(国宝)は、織田信長の焼き打ち後徳川家光が寛永19年(1642年)再建。
欅の柱76本で立つ堂は延暦寺総本堂であり比叡山最大の建物。本尊は、最澄が自ら刻んだ秘仏薬師如来。

平成28年から大改修中(平成38年頃完成予定)で建物全貌は見ることができませんでしたが、内部(中陣)にて開創以来1200年の時を超えて輝き続ける不滅の法灯の前で法話をお聞きしました。
印象に残ったお話は「念じ念じを疑うな」。
意味は、祈りとは「決して疑うことなく心から念じ続ける」ことであって、そうすることにより苦しみは消えていく(観音経)、ということのようです。

開運を呼ぶ鐘を撞いて僧が学問修行をする大講堂(重文)へ。
昭和39年に山麓坂本の讃仏堂を移築。本尊は大日如来で、その左右には比叡山で修行した各宗派の宗祖の木像が祀られ、外陣には釈迦を始めとして仏教・天台宗ゆかりの高僧の肖像画がかかっています。

天台宗の僧侶が戒律を授かる重要なお堂、戒壇院(重文)へ。
828年創建、本尊釈迦牟尼如来。現在の建物は延宝6年(1678年)の復興。

各堂へは急な石段を上ってお参りをしてきましたが、いよいよ最後の石段、手すりにしっかり掴まって上り阿弥陀堂へ。
本尊は丈六の阿弥陀如来。比叡山開創1150年大法要を記念して昭和12年建立された先祖回向の道場。

その左隣の東塔
昭和55年に阿弥陀堂の横に再興。最澄は日本全国に6か所の宝塔を建て日本を護る計画をされ、その中心の役割をするのがこの東塔になる。
本尊は大日如来をはじめとする五智如来が祀られており、塔の上層部には仏舎利と法華経が安置されています。

比叡山上は、気温が5度位低く階段の上り下りや歩いていても殆ど汗もかかずに東塔地区を巡り終え、予定より早いバスに乗車し京阪出町柳駅で下車。
駅前でティータイム、その間外は猛烈な雨、よい雨宿りになりました。
今回担当の第3班N氏と皆様、有難うございました。
コメント
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