僕の細道

『或る日』

『 或る日 』

(第一章)

 午前七時を少し過ぎた中川区の駐車場。Iは大型バイクに跨ったまま、友人Hの出てくるの待つ。Hの乗る白赤のマシンと新品のヘルメット。この日仕様にパニアケースを外して来たこれも五年を経た、Iの赤黒のマシン。
 
 Hの住むアパートの駐車場を二台の大型バイクの排気音が包み込む。Hは昨夜、興奮して余り眠れなかったようだ。眠たそうな目を擦りながら、今日の行程の打ち合わせを咥えタバコのYとしている。

 二台が共に走るのは、昨年の九月に鈴鹿サーキット走行会以来だ。そのときにはIがコース内ではHに勝ったのだが、道中のストリートライディングではTに先を越されていた。Iも雪辱線に向けて黒づくめのライディングウエアに身を包んでいた。どちらも高速道路を二輪車順法法定速度の三倍程度を出せるフルパワーの大型二輪だ。Hのマシンは暖気もそこそこに済ませてR23に向けて先頭を走り出す。

(第二章)

 穏やかな日差しの中、青色のブルゾン姿んぽTをYが追いかけてく行く。R23も祝日のためかトラックも少なく走りやすい。二台のバイクが西に向かい、木曽三川に架かる橋々を疾走する。右や左に車線を変化させながら、次々と目前に迫る乗用車を動くパイロンの如く通過していく。
 
 大型トラックに塞がれ、Hがブレ-キングランプを点灯させる。Iがその横の路肩を走り、前へ出た。普段と違い両脇のパニアケースを外して来たので、車幅が狭まり、すり抜けが容易になっていた。

 Iのバックミラー越しにTのヘッドライトが遠くに見え隠れしている。四日市市内は道幅がそれまでより狭まり、どちらも中央よりの蛇行運転になっていた。IがR23から効果を横に下がり、R25を経由してR1に移行する。鈴鹿市内のR1は、適度なアップダウンと緩やかなコーナーが連続している為、少し高めの速度をキープしながら楽しめる。新たに亀山バイパスもつながり、小山の風景の中を走ることができる。

 Hの姿が全然見えなくなってしまった。Iが引き離したのか、それともIの身にななにかあったのか・・・。

 IはHの身を気にしつつもスロットルは緩めていなかった。出せる所は出す、前回の借りはココで返すと思わんばかりに走る姿が鈴鹿下ろしの寒風の中、マシンの爆音と共に駆け巡る。

(第三章)

 亀山からのドライ分駐車場入り口にTが気が付くように赤黒nマシンを停める。反対側のドライ分にも黒いダウンジャケットを着た400ccのネイキッドに乗る若者がいる。Iは、彼に目もくれず一目散にドライブインに駆け込む、しばらくしてHがIの姿を捜している。バイクはあれど、持ち主のIは居なかった。
 
 そうこうしている間にIがトイレから出てきていた。Iの疾走の原因は生理現象にあったかもしれない。Hは、R25へ行く高架を曲がらず、真っ直ぐに行き過ぎてしまい、道を間違えたのの気が付き、慌てて引き返したことをYに告げていた。

(第四章)

 亀山から名阪自動車道を使い、二台とも車速を上げる。関トンネルを越える頃になると、YがまたしてもTを引き離しにかかっていた。トンネルの出口からの下り坂からカーブが迫り、周囲の車両はブレーキランプを点滅させるか、エンジンブレーキにより車速を落としていく。
 
 一瞬の間を置かず、赤黒のマシンが下り坂を利用し、勢いを付けて抜いて行く。そこからはTの露払いを務めるが如くハイビームを前方の車両に当ててどかしていく。通常より大型車が少ないので、ヘッドライトが遠くまで届いているようだ。

(第五章)

 伊賀上野周辺は平野が開けていてスロットルも安定し、クルージング状態となって来た。名阪国道は信号が無く、自動車専用道であるが、高速道路ではない。至る所に60km/h規制に標識が出ている。

 奈良県に入ると天候が崩れ始めていた。西の空から黒く低い雲が広がり、濃霧交じりの風が序所にだが吹いている。濡れて黒いアスファルトと上空の厚い雲の間を赤黒、白赤の二台のバイクが背中を丸めて走る姿は、四輪のドライバーからすれば、こっけいな姿と目に映ろう。

 二台とも先ほどより速度を落としてはいるのだが、Tの方が遥かに顕著である。Yも30~40km/hほど、巡航速度を下げているのだが、見る間に二台の差が開いて行く。シールドに水滴がつき、左手のグローブで吹き払うI。Hの服装は防水仕様の上下のライディングウエアからか、雨風を大して気にしていないようだ。他の車両もヘッドライトを点灯し始めたので、車間距離がつかみ易くなってきた。

(第六章)

 前方に赤色灯を回転させ、拡声器から大音量のひび割れた楽曲を流しながら走っている右翼の宣伝車らしき車群がいた。一般車が、けげんな趣で牽制するからか、益々図に乗っている様だ。何度もブレーキランプを点滅させながら、左車線から街宣車を注意深く次々と追い越していく。
 赤黒のバイクは、街宣車の後方に貼り付く様に待機すると一気にその間に車体を滑り込ませ加速する。抜け出た後、先頭の街宣車直前に車線を戻す。右手に力を込めてスロットルを回すと水煙を上げて走り去る。高峰の下りコーナーが連続している箇所にIが差し掛かる頃にはHの姿は遥か後方に消え、バックミラー越しにもヘッドライトの形は映っていなかった。

 天理料金所にてIはセカンドバックからタバコを取り出そうとするのだが、亀山の休憩で全部吸い終えたらしく手持ちぶさたで立ち尽くしていた。その横をココまで抜かした車群がやって来る。車内からの視線と小雨を浴びながら、Hを待つ姿があった。

(第七章)

 2台が揃い、ここから雨中走行となるのでゆっくり行こうとお互いに確認し合ったTとY。だが、それも束の間の約束事であった。じきに速度は増し、車速は上がって行った。雨も止み、突風が吹き付けると、どちらも大型のカウルが装着されている為に蛇行運転を余儀なくされている。

 香芝からは車線も増えて2台供スロットルを開け始める。タコメーターが踊り、トラクションが増すと風に抵抗する様に向かい風の如く走っていく赤と黒、白と赤。どこから現れるのかウインカーを交互に出しながら車線を目一杯使って走っていく。

松原JCTからは陽が差し始める。一般車両も増えて来た為、思う様に車速が上がらない。阪神高速に合流し、大阪市内に入って来ると渋滞で車両は流れていなかった。ナンバープレートも「なにわ」「和泉」「神戸」と関西ナンバーが目に付き出し、こてこての空気が渋滞中の列から洩れていた。車内は大阪弁でギャグでも言いながら「まだ着けへん」「いいかげんにしぃ」とでもボヤイているのだろうか。

(第八章)

 市内を抜け湾岸線に入り、都市高速道路の側壁から垣間見る大阪港は、名古屋港より広く物流の拠点である事を2人に感じさせていた。名古屋高速道路よりも安く、距離も長いが車も多いと言う大阪都市高速道路の印象をも思わせていた。
 
 目的地、インテックス大阪には大阪モーターショウが開かれていた。名古屋ではパフォーマンスカーショウと名乗っている展示会である。駐車場へ続く列を横目に3号館側入口に2台のバイクを停める。このインテックス大阪は、名古屋にある国際展示場を遥かに凌ぐ広さを持っていた。
Hはこれ程大きく広いと思っていなかった様だ。一方倭Iは、昨年9月にも隣接されているハイアットリージェンシーホテルへ野暮用で来ていたのでそれ程ではなかった。

 最初に入った3号館は、Fニッポンレースに出場しているフォーミュラーカー、ダカールラリーから帰国した、まだ走り終えたばかりのラリーカーもある。また奥の方ではJTCCで活躍している4輪車が多数転じしてあり、一部2輪のブースは空冷4発・6発のカスタムカーやサーキットシーンを連想させるマシン群が所狭しと並べられている。

 又、旧車も展示即売されており、中古部品と供に物色している若者がいる。2号館1号館は国産車、輸入車のカスタムデモカーが置いてあり、車によっては触れる事ができる。
 当然、キャンペーンギャルもたくさんいて、カメラ小僧達がフラッシュを浴びせていた。
HもIも独身男性であり、パフォーマンスカー横に並ぶハイレグ姿の女性を堂々と眺めていた様だった。街頭で穴が開くほど見つめる行為は出来はしない、今ごろセクハラで訴えられるかチカンか変態扱いされるのが関の山である。公然と、しかもチップも延長料金も請求されずに見られるからここに来たのではない事を付け加えておく。あくまでも純粋にモーターショウを見に来たと言う事を・・・。

 あちらこちらで企業に雇われたアルバイトギャルのアンケートに素直に受け答え、ペンを持つH
の姿がここにあった。アンケートに答えるとリゾートホテルの割引券を貰えると聞き、手渡すアルバイトギャルを誘うYの姿もそこには存在した。

(第九章)

 早々に展示場を見終え、昼食を取っていない2人は岸和田にいる友人経営のお好み焼き屋を思い出し、ルートの確認と祝日も営業しているかどうかの電話をしていた。南港から岸和田までは高速を使えば20~30分で着くのを聞きはしたが、大阪の町も見たいので下道で行く事を決める2人多分、少しでも小金を浮かそうとしているセコイ考えもあったに違いない。

 途中Tのバイクに燃料補給が必要となり、ガソリンスタンドに寄る。そこで悲劇的な出来事が彼を襲うとは思ってもいなかった。R26へ抜ける事ができる北島交差点角にある、貝マークのガソリンスタンドにTのバイクが先に入る。Hはタンクバックから地図を取り出し、従業員に尋ねているが要領を得ない様だ。今回、Hはタンクバックを持たずに出ていたので、地図を見ながら走る事はできない。Iも胸ポケットから地図を取り出し、交差店名の確認にいそしむ。TがYに歩み寄り立ち話をしていたその時、風が吹き新品のヘルメットがコンクリート地面に落ち転がって行く。素早く駆け寄り拾うH、笑うI。その上、ガソリンまでもが溢れ怒りをあらわにするH、もう一
度笑うI。燃料も入れ終わり、2台のバイクがウィンカーを出して車道に復帰し南への道を進みだした。

(第十章)

 Hは見知らぬ土地の地図を見ながら走るのは苦手らしく、Iが先頭を入れ替わる。ここから先は、Iの野生の勘だけが頼りとなってしまった。右手に高速道路を眺めながら南下して行くHとI。
その道は産業道路らしく片側何車線もあり、しかもトラックも休日らしく走り易い。

 泉大津の標識が出るまで直進と確認し合うと、赤黒・白赤バイク2台は下道と思えぬスピードで掛けて行く。関西空港が出来、南摂津周辺は益々発達し、何本ものエスケープルートが出来ていた。

 途中、幾度となくシグナルGPをする2台。タイヤが鳴き左足がギアをかき上げる。上体をタンクに預け、太股で巨大なマシンを押え付けブラックマークを残しつつ走り去っていく。直前に迫る乗用車の脇を駆け抜ける。赤信号に引っ掛かり停止する2台。右手に地元の白バイが1台いるのを発見したHは、青信号と供に爆音を響かせスタートする。それに続くH。
 だが、2人は交差点を渡り切る頃にはクラッチを切り、速度を上げるのを止めマフラーのサウンドを響かせながら挑発していた。しかし、白バイは2台の後方に付かず反対方向に走り去る姿がバックミラー越しに確認できた。その遊びに夢中になっている2人は、いつしか泉大津で曲がるのを忘れ産業道路の突き当たりにある泉佐野市の虹の浜まで来てしまっていた。慌てて地図を取り出し、迷子状態に陥るHとI。

 取り合えず旧R26で北上し、後戻りす路事をきめて再発進。旧国道となってしまったその道は、
それまでの3車線以上あった産業道路と違い片側1車線であった。地元車両も多数走っており、
信号で停止する回数も増えていった。岸和田警察署を目印にして、狭い車道を右と左から走り
去る2台。駅の近くで地元のオバハンに「お好み焼き屋」の所在を尋ね、そこから病院裏にある
「レイドバック」と揚げられたお店にたどり着くのは容易であった。

(第十一章)

 店の前には御主人所有の2台のバイクにカバーが掛かっており、盗難イタズラ防止に役立って
いた。1台は赤白にペイントされたドイツ製のXCマシン。もう1台は水冷2サイクル200ccの赤い
シート地のオフロードマシン。店の中から不思議そうに外を伺う白髪混じりの細身の主人と幼児を抱えた肩までかかるロングヘアーの美人妻。初めての来訪なのに良くこの場所が解ったなと感心がる大阪の2人。テレパシーと臭いで引き寄せられたとのたまう名古屋人2人。主人自ら鉄板前に立ち、次々と自慢の品々を作ってくれる。コテと割箸でむさぼり食べるTとY。関西風、広島風とバリエーションのあるお好み焼きに舌鼓を打ち、胃袋に納めていく。店内に居た女子中学生達の元気な笑い声と、鉄板に繰り出されるコテの音と供にTVから流れる無神経なワイドショーのコメントは、かき消されていった。

(第十二章)

 食べ終えた2人は、店の主人のアドバイスに従い、帰り道のツーリングルートの確認に余念がない。サスペンションを若干沈み込ませる程食べた2人は、R480を東進しR170に出る事にした様だ。タンクバックの地図を見ながらTが先頭を走り、歩道を歩く女性を見ながらYが後ろを行く。線路を越え、金剛山系へ続く細い道をワインディングロードに向け走る。

 R170に出ると道幅も広がり、Tのマシンが威勢良く飛び出した。Hはスッテップに加重して腰を浮かし、肩を左右に振りながらコーナーを舐めるようにトレースしていく。少し砂利の浮いた路肩に近づかぬように早めにクリッピングポイントを取り、大型バイクのパワーで立ち上がっていく。滝畑ダムへ抜けるトンネルの中に集合官の甲高い音が鳴り響く。

(第十三章)

 河内長野市を抜け、羽曳野市内に入って来ると、にわかに西の空が立ち込め小雪が降ってきた。昨夜の天気予報では30%の降水確率で雨との事だったが、現実は雪模様となった。シールドに雪が当たり、車間距離が判りづらくなり、スピードを落とすHとI。西名阪自動車道・藤井寺料金所で、もう一度ガソリンスタンドに飛び込み休息を取るTとY。天理でラーメン屋へ寄る予定であったが、ここから一気に雪雲より東へ行こうと相談する二人。粉雪降る中、ランプウェイを駆け上り灰色の空の下、赤黒、白赤のマシンが東へ向け一気に加速する。左手でシールドに積もる雪を払いながらYのバイクが先を行く。

(第十四章)

 天理料金所を通過する頃に雪雲も切れ、西陽が濡れた路面と白く覆われた山肌に照り返されて
眩しく輝く。前車の水しぶきと反射された光の中で二人は、シールドを開けて高峰のコーナーを
スリップに注意しながら登っていく。大和郡山国定公園を抜ける名阪国道は、白化粧された山々を遠くに眺める。ヘルメットの中で寒さ唇を震わせ、何台も車両を追い抜いていく。

 Hの皮ジャンの左腕は水分を含み冷気を帯びていた。先まで震え、クラッチの手応えが鈍く感じる程だった。微妙なクラッチオフのテクニックも使えずに6速にキープし、右腕全体を使ったスロットルワークで追い越し車線でもがいていた。

(第十五章)

 亀山ICを降り、二台のバイクが右ウィンカーを点滅させ地ビールレストランに滑り込む。この辺りには、それまでの雪が嘘のように思われるほど天候が良くなっていた。

 除雪剤で白く汚れたカウルが二人の走りを物語っていた。ヘルメットを脱ぎ、お互いの汚れ具合を言い合いながらレストランの扉を開ける。昨年の秋にオープンしたこの地ビールレストランは、店内の横に設置されている大きな醸造タンクが窓越しに見える構造になっている。

 飴色をしたアルトビール、淡い黄色のケルシュビールとジョッキの形も違って出てくる。温まりそうなメニューを選び、暫し寒さを忘れ女性従業員からかう姿は迷惑であっただろう。Iは正月もここへ寄っていて、その時を覚えていた女性従業員と談笑していた、Hは横から水を注し、タバコの煙りをツマミにビールを飲んでいた。Iも酔いからか口が軽くなり、さらに拍車がかかっているようだ。

(第十六章)

 陽も西に傾き、赤い顔をした二人の姿も夕闇に消えヘッドライトの明かりだけがアスファルトを映し出す。亀山バイパスを走り、R23に合流する赤い地でハザードランプを点滅させ路肩にバイクを停めるI。おもむろにシートから飛び降り、駆け出して行く姿は彼の生理現象を予感させるには簡単な行動であった。

 R23は行楽帰りの乗用車に埋め尽くされていた。四輪車のテールランプは後方から走り抜く
彼らにはゲームに出てくるマーキングの陽に見えていた。冬の風は二人のよいを覚ますには充分である。白赤と識別するのが難しくなってしまったTのバイクは、その間をミズスマシのように縫っていき、赤信号には先頭へ出てしまっている。お互い抜きつ抜かれつ遊ぶ二台を、渋滞の中から浴びせられる冷たい視線に気づかぬ二人であった。

 弥富町周辺ではさらに動きがわるくなり、名古屋市に跨る橋は全ての車線が止まっていた。十一屋交差点で互いにクラクションを鳴らしつつ別れ、家路に着くTとYであった。


実行日:1996年2月11日
走行距離:約680km
使用者リッターバイク2台

この文章はフィクションであり、登場人物や出来事は架空上の物語であり、一切、モデルとなった人物と関わりがないことを・・・?!
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