遊童子のひとり遊び

日々の生活の中で心を休ませる時間と趣味を独り言の中で話すブログです

 盆の準備2

2017年08月09日 | 

おばんでがんす

我が家は今年は新盆だが、さして変わったことはしない、例年通りの盆棚を作り例年通りのやり方を踏襲するだけだ

夏水仙は、毎年別段の手入れをしないでも咲く、誠に都合のよい花だ、しかも可憐で、か弱い感じが又佳い

二度程雑草を毟ってやったがそんなことはしなくても大丈夫な花だ

如何にも涼し気な花だ

然も妖しい魅力も持っている。お盆の話が出てくるとこの花が咲く、とても正直で律儀な花だ

そしてこれは蓮座をしつらえる蓮の葉だ、仏様は蓮の花の上に座れるが、牛や馬は、蓮の葉の上に立つ

盆の客を天界へ送る時の、丑や午が乗る蓮の葉だ

蓮がない時は里芋の葉などで間に合わせたが、正しくは蓮の葉なのである、いつの間にか代用品が正規の物になってしまった

代表的な例である

なるべく大きな葉が良いし無傷なものが良い

普段、ゆとりがなくて必死に生きて居る庶民はお盆にご先祖様来てもご報告できるような立派な成績は残せない

辛うじて代代の家を潰さずにいるのが精いっぱいである、そして偶には正しくない方法でもあるいは情にない方法でも 

生活のために目をつぶってすることもある

それらは総括してお盆様に一年の不作法をお詫びし、自らを禊清める意味合いから、溝萩を進ぜる

溝萩は我が家では「禊萩」と言う

克って先祖が御嶽教の先達をしていたこともあってそうしたものが色濃く残っている

盆棚の前にそれぞれが一年の穢れを禊この先の一年のが清らかなもので有る様に願って進ぜる

一時、除草剤で失敗してこの花を絶えらかしたこともあるが、まずまず毎年進ぜられるようにしている

一メートルに満たない茎で小さな花弁で有るが数多く咲いて一群を成す、大切にしたい花だ

こうして一日一日ご先祖様が実家へ帰るのを待つ、。子孫と先祖を繋ぐ大切な行事である

そのこと自体如何なる利益があるのか不明だが、そうすることで心が豊かになり余裕ができて失敗が少なくなると信じている

自分だけで生きて努力して今があるとは思えないしそれほど傲慢でもない

他を思いやる優しさは必要不可欠だ

 

そんじゃあまたはなすべえ

遊童子

 

 

コメント (2)    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 七晩焼き | トップ |  乳茸始末記 »
最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
心待ち (チョキ・チョキ)
2017-08-10 14:33:47
心が満たされていく、盆の準備
ご先祖さまや、ほからなぬ奥さんが帰ってくる処ですから、安心して過ごせるよう師匠の迎える準備は凄いなぁ~と感心させられます
絵子さんの弟子さんのコメントに「折角来た妻に悲しみの顔は見せない様に」この言葉、心に染みたなぁ~
お盆に奥さんにも、師匠が頑張って元気に過ごして居る姿を見せて下さい
色々学ばせて頂いています
返信する
お盆の準備 (遊童子)
2017-08-16 20:15:29
ちょきちょきさんへ
こめんとありがとうございます
少し褒めすぎでしょう
あまり褒めすぎると舞い上がって何を言い出すかわかりませんから注意が必要です
絵子さんの弟子さんにも感謝しています
皆さん少し買い被りが過ぎるようですが嬉しい事です
今は新盆の準備で悲しんでいる間も無いです
此れが過ぎたらどうなるか心配ですが
まあなる様になるでしょう

御力付けを感謝しています
返信する

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事