お晩でがんす
一昨晩はとても強い風が吹いた,そのせいで木守り柿も皆落ちてしまった、そして百樹園の榠樝もほとんど落ちてし
まった
昔から「風が吹くと桶屋が儲かる」いう話がある詳細は知らないが大筋は理解できる
さしずめ「風が吹くと榠樝が落ちる」だ、熟し具合により完熟の物は落ちまだ未熟なものは残る
自然は誠によくできていて無駄がない
矢張り残った実は少し黄緑っぽい、しかしどれ子此れも虫が食わない実はない、自然だから仕方がない
榠樝を喰う虫も又自然に仲の一員なのだ
大きさと言いその表面の艶と言い申し分ない出来栄えだが、、、かりんシロップと榠樝酒と榠樝の酵素と最後は沢庵漬けに使い来春は野菜の肥料にする、種は全て皹の塗り薬にと、すべてが無駄にならない果樹だ
此れで此の実をモデルに良い絵が描けると、言う事無しなのだがこれがまた難しい
まあ高望みはしないでやろうと思っている
もう一つ「風が吹くと、、、、」銀杏がすいた様に落ちている
道路の落ちているものを拾おうと思ったら既に近所の強欲婆が二人で拾っていた
「餘に落ちているのでお宅へ話していただこうと思って拾ている」と言おうセリフだ
おいおいそれはそれで良いがその話は順序が逆だろう、持ち主に話してから拾うのじゃあないかい
もう八十に喃々としている高齢者に言ってみても、最初からその気はなかったのだろうから、
歳をとると恥ずかしさがなくなる、自分もそういう歳に成ったかと思うと嫌になる
家の塀の内側はまさか拾わないだろう、明日は早めに拾っておこうと思う
我が家のは新種で粒が大きい、手がかかるけれど折角成ったものだから無駄にしない様に、
それが自然の神への感謝だ
こうした謙虚さが仕事にも普段の生活にも表れているのではと自画自賛している
何しろ誰も褒める人がいない実情が少し寂しい
そんじゃあまたはなすべえ
遊童子
師匠の御宅も気が多いから、落ち葉掃きもひと仕事でしょう?
銀杏などそのままにしておいて、足で踏んでしまえば、お得意さんの御宅にでも行ったら、後で「元気そうだけれど・・・おむつでもしているのかね~」などと言われちゃうよ~
かりんもいっぱい落ちましたね
手を加えない、とどうにもならない果実です
のどに良いとの事で、友がシロップ漬けしてくれます
香りが良いですものね
沢庵付けに入れても、深みが増しそうです
かりんとマルメロは同じかと思ていましたが、どうも違う様ですね
若い頃、高木恭造さんの「マルメロ」という詩を津軽弁で聞いてから、マルメロはどんな実なのだろうと思って居ました
山に毎週登って居た頃、長野にマルメロ通りというマルメロが並木になって居る場所で、初めてマルメロを見ました
「何だかりんの事か」とその時は思いましたが,PCを初めてググったら、バラ科
かりんは、私みたいな木瓜科
たしかに木瓜に似てました
親愛受限無 親の愛を無限に受けて育つ果実
熟果決然離 熟した果はある日決然として離れる
落胆嘆落葉 落胆した親樹は葉を落として嘆く
秋愁長眠就 憂い悲しみ多き秋春までの長い眠りにつく
何かを思わせる秋も昨日今日で完全に冬に成った
急に寒くなったので、すっかり風邪をひいてしまった
聖夜の絵も撮影できないでいる
其のうちにまた
カリンと言わず、今年は実物の実付が良いようですね 先日の柿、ヤマボウシの実、そして今度はカリン、ギンナンと豊作ですね 東京でもカリンは結構よその庭先でもよく見かけます こちらでもやはり実付は良いようです
以前親戚からもらった大きなカリン1個で果実酒を作ってみましたが、梅酒の方が良かった経験です 実の香りは良いのですがね、作り方が悪かったのでしょうか
ギンナンはごく近くにギンナン畑があって木の下一面に広がっているのを見ます 匂いも強烈 公園でもビニール袋を持って腰を曲げている人をよく見ますね 今年は豊作のようです
冬の花は少ないので、ルーペを双眼鏡に持ち替えて冬の渡り鳥観察は良いかもしれませんね ボラ先でも葉の落ちた梢にとまる鳥は観察しやすくなって良いものです 先日奥多摩湖畔でエナガを見ました
<橙>
こめんとありがとうございます
冬ははながすkぅないから、、、。本当に花が少ないですがその中で見つけるのもまた楽しいものです
そして双眼鏡で採りを見るのはもっと楽しいが
年年歳歳年は取る、動作がニオブくなる鳥に動きは速い
、、、、の結果探鳥と撮影はやめた筈なのですが
それでも自然の花と同じでどうしてあの様にきれいな羽根が出来るのかどんな地味な鳥でもその花根の一つ一つはとても筆舌に尽くしがたいきれいさだ
現場で忙しく動いているとすぐそばまで来ているが
カメラを持つと遠くへ行ってしまう
良くご存じなのだ
何百かいと経験してきたはずなのにまだ懲りないで時々カメラを向けてがっかりしている
もう鳥は見るだけに仕様と心に決めている、、、、、のに、、、、、
ではまた