「サンタは雪降る南の島に住まう」掲載が昨日付で終わりました。
読んでくださった方はもちろん、いろんな人たちに感謝です。
あの物語の制作背景を、頼まれるでもなく以下に記しておきます。
新沖縄文学賞へ応募するにあたり、沖縄戦を作品のテーマとするのは即決でした。
まあなんていうか、沖縄文学における必修科目みたいなものだと思ったからです。
手垢のついた、今さら感の強い素材をテーマとすることのデメリットは承知の上です。
音を使った仕掛けは以前から用意していたストックです。
私は謎解きもの中心なので、そういうストックを日々こつこつためています。
最初に書き出したときの設定は
・主人公は民族歴史学専門の大学講師(三十代前半の女性)
・離島でフィールドワーク中、浜辺で骨と遺品を見つけて
という、わりと平凡かつ書きやすそうなものでした。それで仕上げた方がシンプルな良作になった可能性はわりとあります。その女性はフラメンコが得意という裏設定があり、夜の浜辺でたき火を前に踊るというシーンがあったはずです。
主人公をサンタにしたのはひらめきというか、軽いノリです。奇抜な設定で破たんなく作品を仕上げること自体が修行になるかな、という思いにもとらわれてしまいまして。実際、書いているときは苦しいながらも楽しかったです。厄介な山にトンネルを掘るような感覚でしょうか。
特に苦しんだのは第一章です。「サンタする」とはどういうことか、その説明をどこまで詳細に、どんな形ですべきかすごく悩みました。苦悩の果てに最適解を見つけたとも思えず、この作品のアキレス腱になってしまったかなという反省はあります。第二章は今でもとても好きです。ハッピーエンドが見えたときは本当にうきうきで、書くことが自分にとっての救いになっていました。
美帆ちゃんは実在します。サンタではありませんが、魅力に富んだ素敵な女性です。
穂乃香ちゃんは実在しません。「自分がなれるなら」という意味で理想的な女性像、かな。
沖縄が舞台の謎解きもの。その路線自体は悪くないよな、というのが自分なりの結論です。
おきなわ文学賞小説部門の実に3分の1以上を高校生以下からの応募作が占めているとか。
今回奨励賞に選ばれた桜海桃李さんの『あの夏』はその中でトップだったわけですね。
端的にいえば、この作品はテーマの簡潔さが好印象です。原稿用紙60枚でえがくことのできる世界には限りがあります。登場人物が多すぎたり、複雑な世界観だったりすると消化不良で原稿が尽きます。そういう点では私の作品も内容を盛り込みすぎです。シンプルなテーマでさらりと書いても名作はできるので、設定の奇抜さで受けを狙うのはあまりおすすめできません。
また、桜海さんは情景描写がきらりと光ります。たとえば次のように。
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なにを育てているのかは分からないが、畑が遠くまで並んでいて、その中に人の住む家が、ぽつん、ぽつんと建っている。そして、それらを囲む、大きな、大きな緑の壁。見る者を圧倒するその山々は胸を張って、からっと晴れわたるどこまでも青い、青い大空に向かってそびえ建っている。その青さに混じろうとせず、強く自らの存在を主張する黄金(きん)の太陽。青の中をゆったりと流れていく雲は、みんな大きさが違うのに同じ早さで泳いでいる。太陽の光を全身にうけて白銀に輝く雲たちは、綿飴のようなのに溶けてしまわないから不思議だ。
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繰り返し(反復法)、名詞止め、擬人法、比喩。国語の詩の授業で習ういろんな表現技法が巧みに使われていて見事です。この引用部分については高校生レベルを超越しています。もちろん私より上手です。文学の香り漂うお手本のような情景描写になっています。
細かいことを言えば、黄金を「きん」と読ませる点については個人的には疑問です。そのまま「おうごん」でも良いような。振り仮名付きでちょっと変わった読みをさせるなら、それに応じた明確な表現効果があるべきだと思います。「きんのたいよう」で七字になって快いという効果はあるかもしれませんが。
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雑草という名の草はない。なのに、なんで「雑草」というのか。その中から聞こえてくる、鈴を転がしたような音はなんだろうか。(略)果たして、この蒸し暑さを運んでくるのが「夏」なのか。生き物の息吹を運んでくるのが「夏」なのか。いや、むしろ、「夏」が彼らに呼ばれてやって来るのだろうか・・・
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ここは主人公の疑問という形での情景描写ですね。なんだか哲学的な問いの連続でかっこいいです。こういう素朴な視点からの問いかけって大人にはできません。だって純な子供心を遠い昔にどこかへ捨ててしまったので。感性のみずみずしさは中高生のみなさんにとって最大の武器です。純な瞳が濁らぬうちに(笑)名作を世に送り出せればあなたの勝ちです。
中高生からの応募作でも佳作やそれ以上(一席とか二席とか)を受賞するのは可能です。そのためには誤字脱字をなくすこと、「 」内の最後に句点(。)をつけないことなど、地味な気配りも必要になります。「数えきれない無数の星」は「危険が危ない」とか「頭痛が痛い」と同じ誤りだから直さなきゃとか、六点リーダー(……)や縦線(─)を頻繁に使いすぎるとひとつひとつの効果が薄れちゃうなーとか。そうした修正や試行錯誤ってあんまり楽しくないけど作品の質を高めるのに欠かせないお仕事です。とはいえ仮にそうした配慮が足りてなかったとしても、光るものがあればちゃんと奨励賞がいただけるはずです。
というわけで、中高生のみなさまどうぞ頑張ってくださいませm(_ _)m
佐藤モニカさんの新沖縄文学賞受賞作『ミツコさん』掲載が昨日で終了。
新聞小説ならではの毎回イラスト付きでほんわか癒されました。
えっとですね、率直な感想としては面白かったです。すごく胸にしみました。
海外の名作をさらさら訳したらこんな感じになりましたみたいな小粋さ、品の良さ。
やわらかくて抑制がきいていて、こういう文体ってどこにでもありそうで実は希少です。
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マリアンからもらった指輪の黄色い宝石の部分が手のひら側へくるりと回った。
あぁ、そうだ。わたしはこれからブラジルの地球の反対側の日本へ帰るのだと改めて気づいた。
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個人的にはこの連想的な表現が特に好きです。
読んでみると何気ないけど、書くとなると話は別。
推敲の果ての平易な表現は物語の深淵にとても近い気がします。
作中に使われた八月の誕生石ペリドット、実は私の作品にも出てきます。
メジャーな宝石ってわけでもないのに、こんな偶然ってあるんだなーと。
昨年のおきなわ文学賞小説部門では琉神マブヤーがかぶってました。
新沖縄文学賞佳作『サンタは雪降る南の島に住まう』まもなく掲載開始です。
来週月曜日(24日)からですよー、とさっき連絡をいただきました。
小説部門の場合、400字詰め原稿用紙2枚以内のあらすじを添えて応募します。
他の文学賞では梗概(こうがい)と呼ばれたりします。今後応募される方の参考(というか反面教師)にしていただくべく、私が第8回および9回に応募した際のあらすじをのせておきます。
※ 作品自体は『はなうる』でお読みいただければ幸いです(とさりげなくセールス)
まずは第8回応募作(二席)から。現物は縦書き、作者名も書いてます。
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『アドニスの新たなる百年』あらすじ
高橋綾乃は修業歴六年の弦楽器職人。この春から師匠鬼塚の命により、沖縄で唯一の弦楽器修理専門店『シノダ弦楽器工房』を一時的に預かっている。
前任の店主は篠田拓郎。鬼塚の兄弟子にあたる優秀な職人だったが、残念ながら今年の二月末に他界している。
七月のある夕方、工房にひとりの少女が現れた。名前は知名たんぽぽ。あるきっかけでチェロを習いたくなり、亡き叔母愛用の古びたチェロを直してもらうためやってきた。
叔母の知名さくらはかつてプロのチェリストだった。しかし病弱がたたり、若くして引退を余儀なくされた過去を持つ。
たんぽぽ持参のチェロケースには、知名さくらの記した一通の手紙が収められていた。このチェロを弾きたいのなら、まずは『シノダ弦楽器工房』の店主篠田に修復してもらうこと。だが篠田はすでにいないため、その役目は綾乃が引き受けることになった。
綾乃はそのチェロを預かり、入念に下調べを行った。そして分かったことのすべてをまとめ、鬼塚へ報告して助言を求めた。
その翌日、工房へ鬼塚本人が現れた。突然の訪問に驚く綾乃へ、鬼塚はある物を手渡した。それは篠田が生前に鬼塚へ送った、知名さくら愛用のチェロのための部品だった。
鬼塚は知名さくらと篠田、二人にまつわる過去の経緯を綾乃へ語った。それはチェリストと職人いう枠を越えた、器用で不器用な二人の想いが交差する物語だった。
綾乃はそのチェロにまつわるすべてを知った。それらを胸の内でかみしめながら、綾乃は職人としての誇りと矜持をかけて最高の仕事を施そうと強く誓った。
─了─
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続いて第9回応募作(一席)。原稿用紙2枚ぎりぎりです。
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『オキナワノート』あらすじ
荻野沙羅は気鋭の調香師。県からの招きに応じ、幼少期を過ごした沖縄へ二十年ぶりに戻ってきた。任務は沖縄を象徴する香水作り。作業場として大学の一室を与えられ、春から調香師ときどき講師の日々が始まった。
沙羅は各所をめぐり沖縄の今に鼻を利かせる。特任教授として週一度の講義も担う。調香に興味を持つ二人の学生とは気づけば師弟のような関係になっていた。
六月下旬、沙羅は弟子二人と知念岬近くの古い洋館を訪れた。目的は墓参と沖縄由来の花ヒメサザンカの芳香を学ぶこと。館の主である宮坂博士は半年前に他界している。
亡き博士は有機化学の権威。幼い沙羅に香りの不思議を教え、沖縄の病虫害蔓延を防いだ過去を持つ。沙羅はそうした背景を弟子へ語った。花を見に行った裏庭で、博士と十年来の知己を称する男が沙羅を待っていた。
男は博士の死にまつわる疑問を語った。沙羅は素っ気なく応じ、沙羅の父に連絡をとりたいという男の希望も拒絶した。沙羅の父は軍事ロボット工学の専門家。今は米政府に請われ無人攻撃機の開発を主導している。
沙羅は父に男との件を伝えた。父の返答は「関わるな」の一言。天の邪鬼な沙羅は逆にそそられ、今度は単身で館へ出向いた。
館の研究室で沙羅は二つの過去を知った。博士は化学兵器ガスを研究していたこと。晩年は天然香料を用いた悪質な臭気の生成を模索していたこと。しかもその模索を沙羅が引き継ぐことこそ父の希望と悟り、沙羅は複雑な思いのまま館を去った。
その後の沙羅は香水作りに専念した。冬休み前には試作品が沙羅の研究室に届き、弟子たちとともに芳香を楽しんだ。沙羅はその場で二人へ謎めいた課題を出し、自身は父と対峙すべくアメリカへ旅立った。
─了─
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あらすじはいつも作品完成後、郵送前日に書いています。書き方は完全な我流。比べるとどちらも主人公の名前と肩書きから始まっていますね。続いて主人公のおかれた状況の端的な説明。その後は脇役の名を絡めつつストーリーをかいつまんで追っています。
両作には「謎解きもの」という共通項があります。あらすじではその核にあたる部分は触れずにおきました。締めの「─了─」はあらすじの場合いらないのでしょうか。そうしたマナーを把握せず書いているのが現状です。
『アドニス』のときは登場人物すべての名を律儀にあげています。なぜなら当時の自分は、どの人物がストーリーの本流に不可欠か判断できなかったからです(たぶん)。
『オキナワノート』では主要人物を「弟子」や「男」と省略しています。そうしないと2枚に収めるのは不可能でしたし、一年たってそういう横着さ、要領よさを身に付けた証左だとも思います。
あらためて読み直すと、『アドニス』のあらすじは日本語がへたっぴですね。さっき作品を読んだら八割ぐらい改訂したくなりました。あらすじには応募者の文章力が如実に表れるものなので、手を抜いたら作品に申し訳ないですね。
2月2日に行われたおきなわ文学賞表彰式に行ってきました。
昨年に続き2度目。受賞者代表あいさつは笑っていただけたようでなにより。昨日の琉球新報朝刊だとなぜかカッコよくまとまっていて別人のスピーチのようでした(笑)
審査員の先生方から温かい言葉をかけていただき幸せでした。ただ、「この賞はもう卒業だからね」と釘を刺されてしまったのが泣き所。他の部門ならもちろん応募OKなので、機会があれば戯曲・シナリオ部門に挑んでみたいです(一席がなかなか出ないから)。あとは詩部門とか短歌部門とか。随筆部門は小説部門と審査の先生がかぶっており、文体でバレないよう策を練らねばという感じです。
祝賀会後、一階のカフェでボーダーインクの新城さま、随筆部門一席の秋さん、二席の仲間さんとお茶しました。秋さんと仲間さんは小説部門にも関心があるとのこと。『はなうる』でお二人の受賞作を読んだらどちらも文体がしっかりしていてすごいです。そんなに奇をてらわなくても受賞圏内に届くと思うので頑張ってほしいものです。
『はなうる』は巻末の講評も面白い。審査の先生方、部門によってはけっこう辛口モードで容赦ないです。それも愛のうちなので、手放しでほめていただけるよう精進するしかないですね。
1月22日に行われた新沖縄文学賞・タイムス出版文化賞の合同表彰式に行ってきました。
という記事を今さら書くのは、先月末まで別の作品を仕上げるのに必死だったせいです。
この日は沖縄にしては珍しい冷え込みでした。「寒いですねー」と声をかけたお相手はボーダーインクの新城さまでした。約10日後に別の場所で再会し、いろいろ楽しく話すことになります。
文化賞受賞者にあのいっこく堂さんがいらっしゃいました。
結石の痛みをおしての臨席で、名人芸の腹話術を交えたスピーチは圧巻でした。
文学賞正賞を射止められた佐藤モニカさんのスピーチも凛として素敵でした。
受賞作「ミツコさん」は現在、沖縄タイムス朝刊月曜紙面で掲載中です。
※ 感想は最後まで読んでから。さらりと、しんみり沁みる鈴の音のような良作です
祝賀会では審査の先生方からご助言をあふれるほどいただきました。
緻密すぎ、詰め込みすぎ、比喩多すぎ、ひねりすぎ、・・・
これでもかと繰り出した小技が過剰だったり不発だったり。
何気ない日常をさらりとした表現で見事に読ませる。
そんな作品が書ければ鬼に金棒だな、と思った夜でした。
このたび「第9回 おきなわ文学賞」の小説部門で県知事賞(一席)をいただきました。
昨年に続いての応募です。二席から一席になったので一応は成長と言えるのでしょうか。
いや、そうでもないかな。物語は書けば書くほど闇が深いです。
今年は応募総数が昨年比約2倍となったようでなによりです。
また、小説部門で高校生以下の受賞者(奨励賞)が現れたことも見逃せない慶事です。
俳句部門では同じく奨励賞で小学生以下の受賞者が出たとか。
大人も負けていられないなぁ、とつくづく思う今日この頃です。
今回の応募作は調香師が主人公です。
本当は塩作りがテーマの作品でいくつもりでしたが挫折しました(60枚では収まらない)
下調べも含めて三週間であたふたと仕上げたのでちょっと荒い作品かな?
いや、むしろ緻密すぎない方が物語としては懐が広がっていいのかもしれません。
他の受賞者のみなさまへ心よりお祝い申し上げますm(_ _)m
関係者および審査員のみなさまへも厚く御礼申し上げますm(_ _)m
このたび「第39回 新沖縄文学賞」で佳作をいただきました。
作品は年度内に沖縄タイムスさまでご掲載いただける予定です。
今回は沖縄戦と謎解きとサンタを絡めるというかなり無茶な設定でした。
書き上げたときは無事ゴールできたことに我ながら感動しました(笑)
なお見事正賞を射止められた佐藤モニカさんの作品はブラジル移民が題材とのこと。
自分には想像のつかないテーマなので今から読むのが楽しみです。
作品を書いていた時期は猛暑。今やすっかり秋、といいたいところですが、沖縄はこの時期でも昼間なら半袖で快適です。
末文ですがみなさま、どうぞお風邪など召しませぬようご自愛くださいませ。
第8回おきなわ文学賞小説部門で沖縄県文化振興会理事長賞(二席)をいただきました。
授賞式では主催者や選考委員、他の受賞者のみなさまとお話しできとても楽しかったです。
おしまい。
・・・というありふれたまとめのために久々に記事を書こうとしたわけではありません(笑)
入選・佳作の作品をまとめた『はなうる』小説部門の講評で、個人的に気になる一節を見つけました。小説部門に応募した、あるいは今後応募を予定している高校生のみなさまの参考になるかと思い、以下に引用します。
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他に応募総数の三分の一を占める高校生以下からなんとか佳作を出そうと『天文学的確率の旅の始まり』を推したが、やはり上位作との差が大きすぎ、受賞には至らなかった。
十代の応募はいわゆるライトノベルが大半で、ライトノベルでも出来がよければかまわないのだが、一度は過去の『はなうる』を読み、どういうレベルの賞なのかを確認した上でチャレンジしてもらいたい。
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先にお詫びから。私は過去の『はなうる』を読んだことはありませんでした。そのせいで私の作品だけ『はなうる』の中で圧倒的に沖縄成分が足りなくて場違い感がぬぐえません。いや、本当にごめんなさい。
一席に輝いた『一月三日ナカンダカリ号(草野榧)』は女性の作品とは思えぬほど男くさい沖縄にあふれています。佳作の『アキラという風に乗る(伊波祥子)』は「すぐそこにありそうな沖縄」の風景がさわやかにえがかれています。どちらも奇をてらった内容ではないのに秀作。そう評されるのはたぶん表現の仕方(たとえば読みやすさ、親しみやすさ)に創意工夫が凝らされているからだと思います。
私はライトノベルのことはよく分かりません。過去の『はなうる』を読まず応募したくせに「お前らはちゃんと読めよ!」と説教するのもおかしな話です。ただ、個人的には「表彰式が高校生だらけ」という場面はとても壮観だと思うので、十代の視点からえがいた沖縄的作品がたくさん生まれることを期待しています。