愛犬愛紗♪

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第十話

2015-03-08 17:44:43 | 日記
「伯寧、此度の戦いご苦労であった。韓忠の首級も挙げられて良かったではないか」

「遂高様、私は基本的には文官なんですけど……」

 一応は何進将軍の筆頭軍師という事になっている私でしたが、なぜか軍勢を率いて苑周辺の黄巾軍の陣地を三つばかり落としてそこを守る将の首を挙げ、更には敵本隊が援軍として出して来た敵将韓忠を討ち取る事にも成功していました。

 正直なところ、私に軍勢を直接率いた経験は無いのですが、官学時代に遙から概要くらいは教わっていたのと、最初は彼女の助けがあったので、意外と楽に初陣を含めた戦いを終えていました。

 昔に匪賊は斬った事があるのですが、戦争は初めての経験で、完全に舞い上がったままで全てを終えていたのです。
 ですが、基本的に直接刃を交えるのが小規模部隊同士の戦闘となれば、これは指揮する将の強さで何とかなってしまう部分が多く、私は久しぶりに人に対して大剣と矛を振るい、弓を放って多数の敵兵を討ち取っていました。

 いくら全体の数は多くても彼らの大半は元は農民なので、数名くらいなら同時にかかられても、全く脅威を感じなかったのです。
 助けてくれた遙が、強過ぎるという理由もあるのでしょうが。

 僅か一日で苑周辺の賊を全て撃滅した我々でしたが、逆に本隊は全て陣地に篭ってしまい、それを犠牲を少なく殲滅するのに一ヶ月ほどの時間を要していました。
 
 討たれた賊の数の確認と埋葬に、捕虜にした賊の事後処理。
 それに主だった頭目の生死の確認など、様々な戦後処理も無事に終わり、占領した敵本陣前には、曝された、馬元義、張曼成、趙弘、韓忠、孫夏などの首が並びます。

「此度の功績に報いて、褒美と共に騎都尉に任じる」

「えっ!」

 いきなりの大昇進に、私ばかりでなく周囲からも驚きの声が上がります。
 なぜなら、この騎都尉という官職は華琳や鮑信や張バクと同じであったからです。
 
「伯寧ばかりではないさ」

 続けて、今回の討伐で功績のあった全ての若手にも私ほどではないにしても、それに順ずる官職や褒美が与えられました。
 最後に、呉匡将軍が私達何進将軍配下の部将達を取り纏めるナンバー2の位置にある事が確認されます。

「黄巾軍との戦いで、全てが解決するわけもないからな」

 何進将軍の言う通りで、賊を一時的に討伐しても政治が悪いので再び賊の蜂起は続くであろうし、凱旋して洛陽に戻っても宦官達との権力闘争は続く。
 しかも最近では、霊帝の健康不安説まで浮上していて、もし陛下が崩御すれば二人の皇太子による壮絶な後継者争いが発生する事は確実でした。
 そしてそれに敗れた者は、今までの歴史から見ても碌な人生を迎えないはずです。

 何進将軍は、自分の異母妹である何皇后が生んだ弁皇子を何が何でも帝位に就ける必要がありました。
 一方、宦官達は外戚の影響が少なく操りやすい協皇子を次期皇帝に推そうとするはずです。

「将来の事は今は考えても仕方があるまい。実は冀州の味方が苦戦しているらしい」

 豫州と潁川で暴れていた黄巾軍は、皇甫嵩将軍や王允、華琳達によってほぼ息の根を止められたものの、冀州では終始優勢に戦いを進めていた盧植将軍が賄賂を贈らなかったという理由で、視察に来ていた小黄門・左豊からの讒訴で免職され、後任の董卓将軍が初戦で敗れてしまったというのが最新情報だったのです。

「相変わらず、足しか引っ張らないのですな」

「あまりのバカさ加減に何も言えんな」
 
 と言いながら溜息をつく呉匡将軍と何進将軍でありましたが、とにかくも、何進将軍率いる軍勢は冀州へと進路を取るのでした。




「あら、勇樹じゃないの。聞いたわよ、大活躍だって」

「言うほど、大した事はしてないけどな」

 南陽の黄巾軍殲滅から約一ヵ月後、黄巾軍最後の拠点である広宗を包囲する、何進将軍以下、官軍のほぼ全戦力と将達でありましたが、私はその中に華琳の姿を見付けていました。

 他にも既に鮑信や張バクとは再会していたのですが、包囲作戦中であったので、彼らとは短い時間会話をしただけ別れていたのです。 

「何進将軍を支えている、若い逸材だって噂よ」

「そうなのか?」

「ええ、こっちでは噂になっていたわよ」

 私がしている事と言えば、幕僚の文官は全員若いが優秀なので大まかな指示を出すだけ。
 一緒に付いて来ている袁術軍ですが、軽い神輿である袁術が我が侭を言わないようにと何進将軍からの褒美として、私が独自に持参した水飴の甕を与えて飼い慣らす。
 これは、子供をあやすのとまるで同じですね。

 水飴は、麦芽と裏庭で作っている甘藷や里芋などを原料に作っておいた物です。
 彼女はこれを美味しそうに舐めていて、これがある内は素直に作戦に従ってくれていました。

 作戦におかしな点はありませんし、戦功は平等に評価していたので、張勲や袁術軍の古参の部将達からは文句は出ていませんでしたし。

 後は、行軍、野営、訓練など。
 先の戦闘と合わせて、なぜか軍人としての訓練も平行して行い、『何だ、才能あるじゃないか』と呉匡将軍に言われるようになっていました。

「華琳こそ、波才の軍を殲滅したそうだな」

「私は援軍だし、実際に首を挙げたのは皇甫嵩将軍だけどね」

 久しぶりの再会で話が弾む私達でしたが、二人で張角、張梁、張宝が率いる軍勢が篭る広宗を見下ろせる丘に移動すると、そこからは多くの味方の軍旗と軍勢が見えます。

「董卓将軍か……」

「初戦を落としたのは痛かったわね。今でも、悪く言う人がいるのよ。『盧植将軍を追い落として自分が方面軍司令官になるために、左豊をけしかけた真犯人だ』と言う人もいるわ」

「真実のほどは知らないが、出来れば盧植将軍に決めて欲しかったな」

 そもそもあんな下らない讒訴を洛陽の宦官達が受け入れなければ、盧植将軍がとっくに張角など討ち滅ぼしていたはずで、私達がわざわざ広宗まで来る必要もなかったのですから。
 
「いきなり交代と言われて混乱して、初戦を落としたというのが真相のようだけど」

「確かに、負けの印象が強くなるか……」

 更に最初に準備できた軍勢も少なかったようで、敗北というよりは犠牲を出さない内に退いたというのが真相のようでした。
 それも、呂と張の軍旗を掲げた援軍によって解消されたようですが。

「丁原将軍が病死したらしいな」

「ええ、それで養子扱いの呂布将軍が軍勢を率いているようね」

 大まかな流れは正史沿いではあるものの、細かい部分は完全に正史からも三国志演義からも離れてしまっているようです。
 でなければ、まだ丁原将軍は生きているはずなのですから。

「呂布将軍の勇猛ぶりは有名だな」

「丁原将軍時代からの優秀な部将も付いているしね」

 三国志演義では張遼、臧覇、カク萌、曹性、成廉、魏続、宋憲、侯成の八人を指しますが、他にも『陥陣営』の異名を誇る高順などもいて、その精強さは有名でありました。
 本当であれば、今の時点では揃っていない人物もいるのですが、この世界では既に全員揃っているようです。

 実際に、彼女達と戦う敵軍が可哀想になってきますが。
 それと、やはりというかこの世界の呂布と張遼は女性だとの華琳からの話でした。

 華琳は、二人とも物凄く欲しそうな表情をしていましたし。

「その呂布将軍と組む董卓将軍か」

「ええ」
 
 他にも、皇甫嵩将軍と朱儁将軍に、彼女達に従う孫堅や袁紹などの軍旗も見え、さながら後に訪れるであろう群雄割拠前の最後の大集合と言ったところでしょうか?

 そして私は、やはり『劉』の軍旗を見付けていました。
 義勇軍なのでその軍旗は少しみずぼらしく、更に兵士達の装備も貧弱で数も少ないようでしたが、あれは間違いなく劉備玄徳が率いる軍勢だったのです。

「ああ、劉備ね。義勇軍の中では、断トツに精強ね。将の質も良いし、軍師も優れているし」

「軍師がいるのか?」

 黄巾の乱の頃の劉備に、優秀な軍師がいる。
 私の拙い歴史知識では一時的に陳羣が付いていたはずですが、それは徐州を領有しようとした頃の事で、しかもすぐに彼は劉備を見限っていたはずです。
 後に三顧の礼で諸葛亮を迎え入れるまでは、常に優秀な軍師の確保に悩んでいたはずなのですから。

「ええ。伏竜鳳雛と言って、水鏡女学院でも有名な才媛なのよ(でも、どうして私の元に……)」

 この時期に、既に諸葛亮やホウ統が劉備の下にいるのは驚きでした。
 華琳の後ろの方の呟きは、優秀な人材を常に欲している彼女の本音が出た物なのでしょうが。

「勇樹、劉備に会ってみる?」

「そんな急に会えるのか?」

「何度か共同戦線を張っているし、多少の物資の融通も付けた事があるから大丈夫よ。勇樹も、今は何進軍の重鎮なわけだし」

「からかうなよ」

 私が何進将軍の下でここまで大きな力を振るえるのは、この広宗での戦いが終わるまでのはずです。
 都に凱旋すれば、後は頭は潰したものの実は全く解決していない賊や反乱軍との戦いや、最近体調が思わしくないと噂されている霊帝の後継者を巡っての争いなどで、何進将軍は己の陣容を強化するはずなのですから。

 何進将軍の私兵を率いている呉匡将軍は別として、華琳は勿論のこと、皇甫嵩、朱儁、盧植、袁紹、袁術、張融、淳于瓊、馮芳、陳琳、鮑信、張バクなどに比べれば、私などは小物でしかないのですから。

「どんな人物か興味がある。会わせてくれ」

「勇樹ならそう言うと思ったわ。それと、あそこには天の御使いもいるから」

「はあ? 天の御使い?」

 突然華琳の口から飛び出した単語に、私は頭の上にクエッションマークを浮かべてしまうのでした。




「あっ、曹操ちゃんだ」

「今日は、私の友人を紹介するわ」

「何進将軍の元でお世話になっています。満寵、伯寧です」

 華琳の案内で劉備軍の陣地へと到着すると、確かに優れた軍師が存在するようで、その設営方法は理に叶っていました。
 兵士達も、装備はかなり草臥れてはいるようでしたが手入れはキチンとされていて、士気もかなり高いようです。

「満寵さんですね。私が、この義勇軍を率いる劉備です。よろしくね」

「はあ、宜しく……(宜しくねって……)」

 何というか、完全に毒気を抜かれてしまったような状態です。
 私の考える劉備という人物は、演義におけるようなただ義理堅い人物ではなく、若い頃から傭兵軍を率いて各地を転戦し、何度拠点を失ってもめげずに再起してそのたびに人材を増やし、最後に蜀の地を得て皇帝にまで昇りつめた最強の傭兵隊長というイメージが強かったからです。

 同じ劉姓で皇族に連なっているという部分もかなり怪しく、それでもあれだけの人材を引き寄せたのですから、相当な魅力を持った人物だったのでしょう。

 目の前には、桃色髪の天然巨乳娘がニコニコしながら立っていましたが……。
 思わず劉備のその巨大な胸に視線が行ってしまうのですが、すぐに腿の辺りに激痛が走ります。
 見ると、華琳が清々しいほどの笑みを浮かべて私を見上げていて、私はすぐに咳払いをして誤魔化していました。

 その辺は、男の本能なので見逃して欲しいものです。

 後のメンバーは今更かもしれませんが、髭ではなくて黒い髪が美しい関羽に、チビっ子の張飛に、自己紹介の時に噛んで『はわわ』と言っている諸葛亮と、『あわわ』と言って噛んでいるまるで魔女っ子のようなホウ統と。

 私は、ただ脱力するのを我慢しながら彼女達からの自己紹介を聞きます。

 別に三国志の武将が女性なのは、華琳や麗羽などがいたので驚きはしなかったのですが、この面子で本当に華琳のライバルになり得るのか疑問に思ってしまったからです。

 だって、何事も第一印象って大切じゃないですか。

「最後に、私達のご主人様を紹介しますね」

 そして最後に、先ほど華琳の言っていた天の御使いを劉備が紹介します。
 確かに、この国では見慣れぬ服とキラキラと光る生地。
 有名な占い師である管輅が予言していたと言う、天の御使いなのでしょう。

 私がその話を最初に聞いた時には、完全に眉唾物だと思っていたのです。
 いつの世界でも、政治が乱れた国に反抗する反乱軍のリーダーなどは己を正当化するために神の遣いだとか、前の皇帝の隠し子だとか、身分や出生を偽る事は良くあります。
 冷静に聞けば怪しいのですが、そんな判断力すら反乱に参加する者達は持ち合わせられないほど逼迫しているという証拠なのでしょう。

 ですが私は、彼が天の御使いかもしれないと本当に思ってしまいます。
 なぜなら、その天の御使いを名乗る若い男性の服装が、私が約二十年ぶりくらいに見た学生服その物だったからです。

「北郷一刀です。ええと、天の御使いをやっています」

 ただ私は、彼のその発言にかなりの危険性を感じてしまうのでした。





「ええと、君は、北が姓で、郷が名でいいのかな?」

「いえ、北郷が姓で一刀が名で、字とか真名は無い所から来ました」

「そうなのか」

 やはり彼は、私が前世で生活していた日本と同じか良く似た世界から来たようです。
 私の出生の秘密はここで公表する事でもないので、何も知らない振りをしながら確認を取る事にします。

「それで、天の御使いだと?」

「急にこの世界に飛ばされてしまったんですけど、その時に桃香達に助けられて、彼女達が言うには天の御使いらしいです」

 多分、本人もあまり自覚が無いのでしょう。
 右も左もわからないこの世界に飛ばされて、そこで助けて貰った人達に天の御使いだと祭り上げられて、この義勇軍の実質的な指導者にされてしまった。

 もし私が同じ境遇であったらと、冷や汗すら出て来てしまいます。

「でも、もう天の御使いは名乗らない方が良い」

「どうしてですか? 満寵さん」

 劉備が理由を尋ねて来ますが、それは簡単な事です。
 この黄巾の乱が収まっても、間違いなく漢の国は荒れたままでしょう。
 今度も反乱や賊の発生は、減るどころか増えるばかりだと予想されます。
 その時に、天の御使いを名乗る連中がいる。
 都の皇帝陛下を差し置いて、そのような大層な名乗りを挙げる不届きな連中の存在。
 その場凌ぎの功績が欲しい連中によって、格好の餌食となってしまうでしょう。

「つまり、張角の二の舞という事ね」

「数も圧倒的に少ないからな。討つのは容易かろうし、私が朝廷から討伐命令を受けたら、拒否は出来ないさ」

「それもそうね」

 私と華琳の話に、劉備一行は顔色を青くさせていました。

「今回の黄巾討伐で功績は挙げたのだから、それなりの官位は貰えると思う。後は、地道に頑張るしかないのでは?」

「そうですよね。これからは、あまりご主人様の出自は言わないようにします」

「この国は、どういうわけか偉くなっても変な讒訴で命すら消える事もあるからね。何事にも注意は必要だよ」

 その後、少々の世間話のあとで劉備達の元を辞する私と華琳でしたが、私はあの天の御使いだと言われていた、明らかに現代日本から来たと思われる北郷一刀の事が気になっていました。

 彼が、この世界を救うかもしれない天の御使いだとしたら、この世界にで満寵をやっている私は、一体何のために存在しているのでしょうか?

 それと将来的に、北郷と組むのか? 
 それとも敵対するのか?

 選択を誤れば、私自身の命も危険に曝されるでしょうし。

「勇樹は、えらく劉備達に親切だったわね」

「そうか、いきなり無慈悲な発言だったと思うが」

「天の御使いとその一行を名乗らない方が良いなんて、今まで他に誰も言わなかったわ。みんな、勇樹の指摘する可能性は理解していてもね」

 この、まだ規模は小さい妙な義勇軍が今後どのように動くか純粋に興味がある。
 だが、もし自分達の邪魔になるのなら、それも潰すための武器になるかもしれない。

 確かに華琳の言う通りに、それをわざわざ教えてしまった私は相当のお人好しかもしれません。

「それは、華琳に申し訳ない事をしたかね?」

「それは無用な心配よ。だって、将来劉備達が私に挑んで来るのなら、正々堂々と全力で叩き潰すまでですもの」

 数日後、広宗に集結した天公将軍張角率いる黄巾軍は官軍の総攻撃を受けて全滅し、弟の地公将軍張宝と人公将軍と共に首を討たれ、黄巾の乱はここに終結を迎えます。

 ですが、これで世の中が収まると考えている人は、ほとんど存在しなかったのでした。