![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/07/1f/714618f62d7d2ea0e27c4280a3b101a7.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/0e/11/5527a67da6d5f1cb1ee82e5f6f70d9ce.jpg)
博士は、ずっと独りで宇宙の彼方に住んでいた人で
生涯のほぼすべての時間を研究に捧げてきた。
その期間、実に400年である。
あまりにも長い間そうしていたものだから、
騙し騙し施してきた延命措置にも、とうとう
限界が来てしまった。博士は投薬を止めた。
すると、副作用で失っていた心がぽつりぽつりと蘇ってきた。
「家に帰らなきゃ。」
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故郷の匂い、暖かい人たち。
かつて幼い頃、自分を取り巻いていた優しい世界を
ふいに思い出した。
もう、随分と地球の土を踏んでいない。
地上は今も、あの頃のように
穏やかな時間が流れているのだろうか。
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「博士が地球に戻ってくる!」
数百年前、人類の生活を一変させた張本人。人類の進歩を数世紀早めた奇人――。
地上はどよめき、博士の残された余生を、まだ明らかにされていない尊い技術を
我が物にしようと、政府、各企業をはじめとする
様々な組織体が私欲にまみれ、博士を手中に収めようとした。
博士は身分を隠さなくてはいけなかった。
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数日後、博士は民間人に紛れて地上に降り立つことに成功していた。
しかし、目の前の光景に愕然としていた。
あまりにも人の心が変わり果てていたからだ。
博士にとって、そこはまるで異世界だった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/04/37/06459b190a0770035fb1f5fd93caba86.jpg)
誰もが、ひどく陰鬱な空気を纏い、
隣人に声をかけることもなく
傍で助けを求める人がいても、空気にでも触れるように無関心。
笑うことがあるとすれば、それは
他人の不幸を目の当たりにしたときくらい。
毎日誰かが殺されている。
そんな世界。
あまりにも時が経ち過ぎて、
博士を直接知る人も、もうどこにも居ない。
「故郷が変わらず、ずっとそこにある。」
疑いもせずそう信じていた。
博士は泣いた。自分の愚かさと、戻ってこない色んなもののことを思って泣いた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/69/ce/2ff7e1b5bc460efc62c63a8f14a8d01b.jpg)
地球に降り立って4度目の夕暮れ時。
博士は6個のカプセルを
ロケットに詰め込んで空に発射した。
ロケット雲が夕日に染まって
長く長く垂直に伸びていく。
博士はそれを見上げて、
とても綺麗だと思った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/29/b8/40c4ae437525fb53cbe739b070523342.jpg)
「やさしい心」
それがカプセルの中身だった。
かつて取り組んでいた研究で
サンプリングした
数億人に及ぶ感情のデータ。
そこから、「やさしさ」の
パターンに該当する部分だけを
抽出、精製した物。
それをウィルスに組み込み、
大気圏外から世界に
投下する試みだった。
果たして―――
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2f/d4/bd13df11a945bba25d7dcb94757698e5.jpg)
世界はたちまち感染し、
投下より48時間内に
世界のほぼ全域が愛で溢れた。
数週間のうちに、ぱたりと戦争は無くなり
恐ろしく、奇妙なほど
突然世界は平和になった。
この世界は偽りである。
世界で只一人だけが、それを知っていた。
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平和になった世界で、博士は誰もがするような恋をした。
普通の人の人生を、まるで今からはじめたみたいに。
穏やかな時間の中で、暖かな人たちに囲まれて
博士はとても幸せだった。
でも、いつも頭をよぎるのは、自分が世界にしたことだった。
大切な友人たちも、目の前のこの愛しい人も、そして自分自身でさえ
所詮はまやかしの感情に突き動かされているだけなのだ。
この愛情も、人を大切に思う気持ちもなにもかも。
すべては己自身のエゴで作られた偽物に過ぎないと―――。
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試行段階のこの技術、持って数年というところだった。
効力が切れれば、またもとの世界に戻ってしまう。
どんなに優しい感情が溢れても、それは本来のものじゃない。
それでも、そんな偽りの世界でも、博士はすがりたかったのだ。
嘘でも良いから、幸せな世界を見ながら死にたいと思った。
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(どうしてそんな顔をするの?)
恋人は、”彼女”が心配だった。
彼女が時々、とても寂しそうな顔をするから。
何がいけないのか、
どうしてあげたらいいのか分からなかった。
彼女を助けてあげたかった。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/23/1a/e7ed11749946d36a38c169a9fea8f971.jpg)
こんなこと、昔の自分ではありえないことだった。
かつては人を人とも思わず
私欲の為に人を殺めたことさえあった。
平気な自分がそこに居た。
しかし、突然世界が変わったあの時
自分も変わっていくのが分かった。
どうしてこうなったのかは分からない。
でも、そんなことかまわなかった。
だって今の世界はこんなにも素晴らしい。
誰もが幸せそうに笑っている。
彼女にも
こころから笑ってもらいたかった。
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そんなある日、博士の元に2人の男が訪ねてきた。
彼らは独自の方法で、博士の居場所を突き止めてきた
研究員だった。
2人は、強い信念と情熱、
素晴らしいアイディアを持っていた。
「世界の為に 貴方は力を貸す義務がある!」
彼らは声高に夢を語った。
だが博士はそれに応えなかった。
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その一件がきっかけで、恋人は
彼女が”博士”であることを知った。
そして知ることになる。
「…あれは君がやったのか?」
彼女は、世界中の人が偽りの心に操られていること
そしてこの世界も、もうすぐ元に戻るということを告げた。
優しい気持ちは、元から無かったみたいになる。
「いつか貴方も忘れてしまうわ。」
最後にこう付け加えて、彼女は小さく俯いた。
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この感情が偽りだとは信じられなかった。
目の前のこの人を、なによりも大切に思うし
苦しんでいるこの人を助けたかった。
少なくとも、今の自分にとっては
それが紛れも無い本心だった。
「…この気持ちは、本物だ。
何年経とうが、忘れるわけない。」
彼女の手を取って、何度も何度も訴えた。
彼女は哀しそうに笑った。
なんとかして、証明したかった。
証明して、彼女を安心させたかった。
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彼女は、あたたかい人たちに囲まれて
余生の数ヶ月を送り
人類の行く末を案じながら
そして死んだ。
みんなは彼女のことを想って
たくさんたくさん泣いた。
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それから
数年経ち、数十年かの時が流れ
いつかの恋人は老人になった。
薬の効果はとうの昔に切れていた。
でも、世界は変わらなかった。
今も尚、やさしい心を忘れた人は
地球上どこにもいなかった。
やさしさは、確実に次のやさしさに繋がっていたのだ。
この奇跡を、彼女は知らない。
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老人は
このしあわせな世界を、かのじょに見てもらいたかった。
彼女に対する愛情は、本物だったと知って欲しかった。
彼女はもう、どこにも居ない。
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長くてスンマセン。
昔コミティアで出した代物です。
2回くらいのイベントで、たしか全部で5冊くらい買って頂いたような…。
もっと精進デス。
サイト欲しいなあ…。
ともあれ、読んでくれたら万々歳!
ありがとうございました…!
11月のコミティアで「まどろみ続ける」という作品を
購入させて頂いたのですが、それもすごく気に入ってます。
またイベントへ行くことがあれば、立ち寄らせていただきます(^^)
これからも応援してます。
「まどろみ」のコメントを頂ける日が来るとは…!!!
感無量です。
これを励みに、もっと精進致します。。
マダマダ弱小サークルですが、また我々を見かけたら読んでやって下さい。。。大喜びします。