誰か大人の人呼んで来い!

こちらは同人活動をしている一般人大慶油田(ターチンユデン)の記録ブログです。生暖かい目で、気楽に見て頂けたら幸いです。

絵本「小さな博士の手を引いて」

2009-02-21 09:23:34 | Weblog







博士は、ずっと独りで宇宙の彼方に住んでいた人で
生涯のほぼすべての時間を研究に捧げてきた。
その期間、実に400年である。

あまりにも長い間そうしていたものだから、
騙し騙し施してきた延命措置にも、とうとう
限界が来てしまった。博士は投薬を止めた。
すると、副作用で失っていた心がぽつりぽつりと蘇ってきた。

「家に帰らなきゃ。」














故郷の匂い、暖かい人たち。
かつて幼い頃、自分を取り巻いていた優しい世界を
ふいに思い出した。
もう、随分と地球の土を踏んでいない。

地上は今も、あの頃のように
穏やかな時間が流れているのだろうか。













「博士が地球に戻ってくる!」

数百年前、人類の生活を一変させた張本人。人類の進歩を数世紀早めた奇人――。

地上はどよめき、博士の残された余生を、まだ明らかにされていない尊い技術を
我が物にしようと、政府、各企業をはじめとする
様々な組織体が私欲にまみれ、博士を手中に収めようとした。

博士は身分を隠さなくてはいけなかった。













数日後、博士は民間人に紛れて地上に降り立つことに成功していた。
しかし、目の前の光景に愕然としていた。

あまりにも人の心が変わり果てていたからだ。
博士にとって、そこはまるで異世界だった。











誰もが、ひどく陰鬱な空気を纏い、
隣人に声をかけることもなく
傍で助けを求める人がいても、空気にでも触れるように無関心。
笑うことがあるとすれば、それは
他人の不幸を目の当たりにしたときくらい。

毎日誰かが殺されている。
そんな世界。

あまりにも時が経ち過ぎて、
博士を直接知る人も、もうどこにも居ない。
「故郷が変わらず、ずっとそこにある。」
疑いもせずそう信じていた。

博士は泣いた。自分の愚かさと、戻ってこない色んなもののことを思って泣いた。













地球に降り立って4度目の夕暮れ時。
博士は6個のカプセルを
ロケットに詰め込んで空に発射した。
ロケット雲が夕日に染まって
長く長く垂直に伸びていく。


博士はそれを見上げて、
とても綺麗だと思った。











「やさしい心」

それがカプセルの中身だった。
かつて取り組んでいた研究で
サンプリングした
数億人に及ぶ感情のデータ。
そこから、「やさしさ」の
パターンに該当する部分だけを
抽出、精製した物。
それをウィルスに組み込み、
大気圏外から世界に
投下する試みだった。


果たして―――











世界はたちまち感染し、
投下より48時間内に
世界のほぼ全域が愛で溢れた。
数週間のうちに、ぱたりと戦争は無くなり
恐ろしく、奇妙なほど
突然世界は平和になった。


この世界は偽りである。


世界で只一人だけが、それを知っていた。











平和になった世界で、博士は誰もがするような恋をした。
普通の人の人生を、まるで今からはじめたみたいに。


穏やかな時間の中で、暖かな人たちに囲まれて
博士はとても幸せだった。

でも、いつも頭をよぎるのは、自分が世界にしたことだった。

大切な友人たちも、目の前のこの愛しい人も、そして自分自身でさえ
所詮はまやかしの感情に突き動かされているだけなのだ。
この愛情も、人を大切に思う気持ちもなにもかも。
すべては己自身のエゴで作られた偽物に過ぎないと―――。











試行段階のこの技術、持って数年というところだった。
効力が切れれば、またもとの世界に戻ってしまう。
どんなに優しい感情が溢れても、それは本来のものじゃない。

それでも、そんな偽りの世界でも、博士はすがりたかったのだ。
嘘でも良いから、幸せな世界を見ながら死にたいと思った。











(どうしてそんな顔をするの?)

恋人は、”彼女”が心配だった。

彼女が時々、とても寂しそうな顔をするから。

何がいけないのか、
どうしてあげたらいいのか分からなかった。

彼女を助けてあげたかった。














こんなこと、昔の自分ではありえないことだった。
かつては人を人とも思わず
私欲の為に人を殺めたことさえあった。
平気な自分がそこに居た。


しかし、突然世界が変わったあの時
自分も変わっていくのが分かった。

どうしてこうなったのかは分からない。
でも、そんなことかまわなかった。

だって今の世界はこんなにも素晴らしい。
誰もが幸せそうに笑っている。


彼女にも

こころから笑ってもらいたかった。














そんなある日、博士の元に2人の男が訪ねてきた。
彼らは独自の方法で、博士の居場所を突き止めてきた
研究員だった。
2人は、強い信念と情熱、
素晴らしいアイディアを持っていた。

「世界の為に 貴方は力を貸す義務がある!」

彼らは声高に夢を語った。
だが博士はそれに応えなかった。











その一件がきっかけで、恋人は
彼女が”博士”であることを知った。
そして知ることになる。

「…あれは君がやったのか?」

彼女は、世界中の人が偽りの心に操られていること
そしてこの世界も、もうすぐ元に戻るということを告げた。


優しい気持ちは、元から無かったみたいになる。

「いつか貴方も忘れてしまうわ。」
最後にこう付け加えて、彼女は小さく俯いた。












この感情が偽りだとは信じられなかった。
目の前のこの人を、なによりも大切に思うし
苦しんでいるこの人を助けたかった。
少なくとも、今の自分にとっては
それが紛れも無い本心だった。

「…この気持ちは、本物だ。
何年経とうが、忘れるわけない。」

彼女の手を取って、何度も何度も訴えた。

彼女は哀しそうに笑った。

なんとかして、証明したかった。
証明して、彼女を安心させたかった。












彼女は、あたたかい人たちに囲まれて
余生の数ヶ月を送り

人類の行く末を案じながら

そして死んだ。

みんなは彼女のことを想って
たくさんたくさん泣いた。












それから
数年経ち、数十年かの時が流れ
いつかの恋人は老人になった。

薬の効果はとうの昔に切れていた。

でも、世界は変わらなかった。
今も尚、やさしい心を忘れた人は
地球上どこにもいなかった。
やさしさは、確実に次のやさしさに繋がっていたのだ。
この奇跡を、彼女は知らない。














老人は
このしあわせな世界を、かのじょに見てもらいたかった。

彼女に対する愛情は、本物だったと知って欲しかった。



彼女はもう、どこにも居ない。








































長くてスンマセン。

昔コミティアで出した代物です。
2回くらいのイベントで、たしか全部で5冊くらい買って頂いたような…。
もっと精進デス。
サイト欲しいなあ…。

ともあれ、読んでくれたら万々歳!
ありがとうございました…!







2 コメント

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初めまして (まむ)
2009-03-08 04:56:37
とってもいい話ですね。素敵です・・
11月のコミティアで「まどろみ続ける」という作品を
購入させて頂いたのですが、それもすごく気に入ってます。
またイベントへ行くことがあれば、立ち寄らせていただきます(^^)
これからも応援してます。
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ア…アリガトウゴザイマスッ!! (大慶油田)
2009-03-08 21:23:50
アリガタキお言葉…嬉しいです。。

「まどろみ」のコメントを頂ける日が来るとは…!!!
感無量です。
これを励みに、もっと精進致します。。

マダマダ弱小サークルですが、また我々を見かけたら読んでやって下さい。。。大喜びします。








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