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山の法話22 山岳信仰と登拝

2022-12-09 | 山の法話

12月に入り北日本を中心に寒気が下りてきています。上志比と勝山の境である藤巻白山伏拝からも多くの積雪が有ったように遙拝できます。青空に雪をまとう白山は、威風堂々としてひときわ大きくその存在感が強調されています。12/9は山祭りの日です。この山に精霊が宿るという考え方は、自然発生的に生まれた原始宗教で、日本だけに限った事ではありません。以前ラップランド先住民サーメの友人も、木には木の精霊、石には石の精霊、何にでも神様がいて、いつも自分たちの事を見ている。と言っていました。

原生自然のままの姿を残す山岳地帯は信仰の対象で、日本では古来より「高嶺には神が宿る。」という考え方があります。これは中国の六朝時代に生まれた神仙思想に影響されていて、山岳信仰が仏教と融合し発展する際に、山を御神体と考えていた事から、主峰に「大日」「薬師」「釈迦」など、仏様の名が付けられた例が多く見受けられます。また、山頂への登拝道上に立ちはだかる幾つもの峰々にも信仰に関連する山名が残っています。山名に留まらず、美しい高山植物が咲き乱れる所を極楽に例えて「弥陀ヶ原」や「浄土ヶ原」。グツグツと温泉やガスの噴出している渓谷を「地獄谷」とか「餓鬼谷」などと呼んだりしています。登山口から、山頂のご本尊にたどり着くまでに地獄や極楽を垣間見て、遂には禅定を成すという登拝を通しての体験は、まさに人生そのものを演出していると考えられて来たのだろう思います。今も昔も山は自然のテーマパークとして人を引き付け続けていると言えるでしょう。山に畏敬の念を持つことは昔から自然であり、それに逆らう行為には代償が払われると言うことを肝に銘じておかなければ成りません。



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