TaizanのWhite Mountain

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山の法話10 只在此山中 雲深不知処

2020-05-23 | 山の法話

 「只だ此の山中に在らん、雲深くして処を知らず」これは唐の時代の詩です。諸国を行脚する雲水がこの地に住む仙人に参じようとします。松の下に居た童子に「仙人は何処にお出かけですか」と尋ねると、童子は「先生は薬草を採集しに行かれました。この山中に居られる事は間違いのですが、こう雲が深くてはどの辺りにいらっしゃるか分かりません」と答えたというお話です。私は2007年の5月にある地方紙の記事の3行ぐらいの短い文面に目が止まり、その年のお盆過ぎにラップランドを目指して一人荒野を歩いていました。記事にはその年の2月に北極圏で雨が降り、大地が凍りつき餌となるコケが食べられなくなったトナカイが数千頭も餓死したという事が書いてありました。当時私は北部白山エリアの管理を始めて間もない頃でした。世界では、北極海の氷山が融けてホッキョクグマが溺れかけている、南極で雨が降って抱卵するペンギンが寒そうにしている、氷河の融解による海面上昇でツバルが海に沈む、など地球温暖化の影響が報じられていました。白山の自然は何としても人間の手で守らなくてはいけない。お花畑に立ち入る登山者による自然破壊をどう食い止めたら良いかなどと意気込んでいた頃です。トナカイの大量餓死もまた地球温暖化の影響だろうと思い、この事について調べても当時は何のレポートも無いので、遂に自分の足で歩いて見て来ようと思ったのです。そしてそれに加えて、スウェーデンの国立公園の管理はどのようになされているのか?どんなルールが有るのか?など10項目ぐらいをまとめて調べるという目的でした。ノルウエーとの国境山岳地帯を歩き始めて5日目の事でした。目の前には何万年もかけて氷河で削られたU字溪谷が広がり両脇には急峻な岩山が立ちはだかります。8月下旬とはいえ北極圏ではもう雪が降りはじめ冠雪しています。天気は良いけれど寒風が後頭部をかすめて広大な渓谷に吹き抜けて行きます。澄み切った空と氷河から流れ出る溪谷の流れ。この風景を目の当たりにした時にハッと気付いたのでした。地球環境をこの手でどうのこうのなどの考えが吹っ飛んでしまいました。そして白山から何千キロも離れたこんな所にまで来なければ気付けなかった自分の愚かさに笑ってしまいました。物事を伝える手法には二つあると思います。危機だ危機だとその事を煽る方法、一方綺麗な物を示す事によって、心を清浄にして今起きていることに自ら気付く方法。時間は掛かるでしょうけれど私はこの風景に出合い、後者を選ぶ事にしたのです。諸国行脚して師に参禅し答えを得ようとする雲水の姿。自らの心が曇っていては気付けないという詩です。