易熱易冷~ねっしやすくさめやすく、短歌編

野州といいます。ことしも題詠blogに参加しています。

「塔」9月号から

2007-09-26 21:55:23 | 歌誌から
軍靴にてゆくぬかるみを我は知らずいただく軍人遺族年金(安井幸子)
鯖一尾買い求めきし父の笑みごちそうだよとスープも飲みぬ(内海善子)
わたくしが還れる場所を思うなり葱の根っこの白を植えいる(永田愛)
草刈鎌の三日月やさし池の辺に置きし砥石に屈みて研げる(酒井久美子)
翼端をすこしそらせばまっすぐにすすむか紙の流体力学(村松建彦)

春来たるけじめにすべし引き返し若草色のメガネケース買う(しん子)
瓶ビール一本とぎょうざそれからはメニューばかりをながめて帰る(深尾和彦)
一息にものを言ふ呼吸それはもう青空を吐くやうに愉しい(毛利さち子)
萼片の反れるは西洋たんぽぽと何も混じらぬやうに言ひたり(溝川清久)
ここまでは日向の道を歩みきて日翳る角より足ばやにいく(土肥朋子)
離れ家は人住まぬ家 板塀をつる草わっと這いのぼりたり

逢ふ前のとほき祭日あかねさす天満宮に絵馬をかけたり(澤村斉美)
石段に水がひとすぢ流れぬと思ひしわれが石段に立つ
薄餅を食みつつ暮れてゆく庭に餡はしづかにかうべを垂れつ
踏み外し落ちてゆく間のゆるやかさ空の青さを目で受け止める(吉川敬子)
捕邪飛にて死にたる人がヘルメットてらてら光らせ退りてゆけり(林田幸子)

祖父かけし眼鏡の蔓の片方は糸なるゆえにふにゃふにゃしている(石井久美子)
ひとしきり笑って気づけり座のなかに眼の笑ってないその一人(坂本佳子)
日の長さ影の長さを生きながら六月のみづ薔薇と分けあふ(清水弘子)
使い途他に無き字と気付きたりあれほど書きし昭和の昭の字(船田逸夫)
あぶら菜の莢豆ほそりと道の辺に少女の眉のやうに実りぬ(結城綾乃)

隣室の号泣背に聞きながら静かにドアを閉め退院す(若松忠雄)
あじさいのあさきゆめみし水無月の明月院の木の門扉(沢田麻佐子)
流れくる桃など望むべくもなし拓かれちまった川上あたり(後藤悦良)
吾が足先を通ったばかりに六月の溝を流れてゆく百足かな(中林祥江)
明るいってさみしいもんだね終列車に学生服の男の子乗り来る(植村ゆかり)

はつなつの青色の爪そよがせて「水着を買うの」と雑踏に消ゆ(井上良子)
踏切にだつこの親子が電車を追ふ孫はとつくに来なくなりたり(石原勝)
人生に疲れたらしい顔をした俺にも下さいそのメロンパン(西之原正明)
全力で自転車をこぐ君の背を見ているだけの午後のベランダ
声を出すことがなかった一日を振り返りつつ漫画を閉じる

鳥図鑑見ればみにくきヨダカきてあないきいきと檄をとばせり(助野貴美子)
鯉のぼりわずかに体捩りたり対岸を赤い消防車行く(筑井悦子)
笑わされてこわばっている人の顔そ口紅の濃さを忘れず(岡本潤)
親からも打たれしことはなかりしと少女は男を打ちやまぬなり(加藤好男)
この町に置きてきしものその一つ梨袋掛ける君との生活(くらし)(津野多代)

畝と畝つながるまでに甘藷の葉しげりて阿波は梅雨に入るらし(荒津憲夫)
旅先は鍔広帽子が似合ひをり天空橋といふバス停に立つ(大河原陽子)
叱られた子どもをつれてゐるやうで凪ぎの五月が眩しくてならぬ(久保茂樹)
amigoの母音親しくくり返すこれにて始まる値引き駆引き(金井一夫)
畑にゆく母をとどめるすべとして雨は降りたりをさなき吾に(澄田弘枝)
いつの日も雨を待ちつつをさな子は雨女めく大人となれり

百メートルの畦の途中の草刈り機気づかず蛇をずたずたにする(向山文昭)
禿頭の監督囲み女子中学生が挙げる黄色い鬨の声はや(水島修)
めずらしく吾が子にトスは上がりたり父親なれば動機あがるも
嫌な人は嫌な期待を裏切らない「一応すみません」とふ言葉(岡本妙)
昼も夜もただ投げ出して地に落ちるこの世はこの世花は斉敦果(えごのき)(梶野敬二)

かつら見せて友は病に少しふれサンドイッチを半分残せり(小松道子)
氷山の砕くる音は知らざるも製氷皿に氷が落つる(松本妙)
母の日のカーネーションがベランダに赤く灯りて母の月閉ず(横山美子)
六月の雨を四角くくりぬける地下入り口をくぐりゆくもの(植田裕子)
犬小屋の専門店の軒先に立止まる犬一匹もなし(吉田恭大)

此の形の寺院の屋根のありさうな変わり日傘の吾の水無月(河端千恵子)
合歓いろの夕雲ひとすじ暮れ残り逢わざる日々が初夏に入りゆく(夏目空)